機工界編 将来が危ない女の子
少女達の激闘が決着した後のこと。
崩壊したガラクタ山もすっかり元通りになり、リスティの怪我も香織によって完全回復した現在、
「聞いてんのか、リスティ」
「ああ、聞いてるよ、兄貴」
当然ながらの〝お説教タイム〟が繰り広げられていた。
工房の前であぐらをかき、腕を組んで口元をへの字にしているリスティちゃん。その前で、腕を組んで仁王立ちしているジャスパー。
双方ともに真剣な眼差しを互いに向け、一切逸らさない。
だが、なぜだろう。お説教しているはずのジャスパーの方が微妙に気圧されているように感じるのは。
「あ、目が泳いだの」
「指摘しないの!」
レミアママがメッする。母娘の声が聞こえて、ジャスパー兄貴の目は更に泳いだ。
なお、リスティは先程まで銃創&切り傷多数・肋骨三本と左大腿部の骨折、左手首の脱臼、内臓損傷という超重傷だった。
怪我の具合を香織から聞いて、なのに気絶しなかったどころか泣きわめきもしなかったリスティの根性というか気合いの入り方に、全員が感心半分ドン引き半分だったのは言うまでもなく。
それはまぁ、総督兼兄貴であってもたじろいじゃうというもので。
だから、特別自分が情けないわけじゃないんだからな! と誰も聞いていない言い訳を心の中で叫ぶジャスパー総督。
「リ、リスティちゃん、ふてぶてしいな……」
「お説教を聞いているというより、聞いてやっている! みたいな感じだよな」
淳史と昇もコソコソ。
「一応、反省はしてる……のかしらね? さっき深々と頭を下げてごめんなさいしてたし」
「でもさ、優花っち。見てよ、あのどっしりした態度。やましいことなんて欠片もない!って全身で主張してるみたいじゃん?」
「逃げも隠れもしない! さぁ、存分に叱れ!って感じだよね。潔いというかなんというか……」
優花、奈々、妙子も同じくコソコソ。鈴と龍太郎も「どこかの誰かさんみたいだなぁ」とハジメをチラリ。ハジメは空を見上げていた。良い天気だなぁ~。あ、あの雲、蜘蛛みたいな形だ……
「リスティ? ちゃんと反省してるの?」
「当然だ、ミンディお姉ちゃん。リスティはとても反省している」
なんだそのロボットみたいな返答は、と誰もが思った。ミンディお姉ちゃんの頬がヒクヒクし出している。兄弟姉妹は頭痛を堪えているかのよう。
たぶん、いつものことなのだろう。ということが容易に想像できた。
「と、とにかく! もう未申告の違法物はないだろうな!? 隠し事はなしだぞ! いい加減にしないと、俺、泣くからな!」
既に涙目になりながらジャスパーが声を荒げる。リスティは真っ直ぐ見つめ返しながら……否、少し視線を逸らして何か考える素振りを見せてから、再度、しっかり目を合わせて頷いた。
「大丈夫だ、兄貴。あれ以上の違法物はない!!」
力強い断言だった。嘘偽りなき言葉に違いないと十分に伝わる声音だった。
だが、ジャスパーとて伊達に五年も総督をしていない。雰囲気や声音、表情から他者の心の機微や思考を読み取る力を日々養ってきたのだ。相手が身内ならばなおさら見逃したりはしない。
なので、ジト目になりながら確認する。
「それは、もう手元に何もないって意味だよな? まさか、物はあるけど〝性能的にあれ以上はない〟とか〝完成品はない〟って意味じゃないよな?」
リスティはスッと視線を逸らした。
嘘じゃないけど本当でもない話だったらしい。ミュウから伝えられたハジメパパの特技を一生懸命実践習得しようとしているリスティちゃん。健気ッ(?)
「旦那ぁっ」
「なんかごめん……」
恨みがましい涙目で見つめられて、流石のハジメもお天気模様から意識を戻さざるを得ない。
「ええいっ、リスティ! いいから全部だせ――」
「兄貴!」
「な、なんだよぅ!」
あぐら状態から正座へ。両手の拳を地面についてビリリと空気が震えるような覇気を持って呼びかけてくる末の妹に、ビクッとビビるお兄ちゃん。
「本当にすまないと思っているっ」
ギンッと目が光ったような気さえした。
「……ん~、絶対にすまないと思ってる子の顔じゃない件」
「あはは、だねぇ。どこかで見たような……」
「香織さん、あれですよ! 24時間、手段を選ばず戦い続ける〝テロリスト絶対殺すマン〟のあの人です!」
24時間、手段を選ばず研究・発明を続ける〝ハジメパパの娘に絶対なるウーマン〟。それがリスティ。今はミュウに絶対勝利したいウーマン精神も加わって気迫がやばい。
「すまないと思ってるなら自重しろよぉ!」
「ミュウに勝つまで違法行為をやめないっ」
なんて堂々とした宣言か。
お前が泣くまで殴るのをやめない! みたいな言い回しだった。精神的に殴られて涙目になっているジャスパーの姿を見れば、あながち間違いではないっぽい。
兄弟姉妹が両手で顔を覆っている。ミンディの表情が透き通っていく。
国のトップの身内が率先かつ断固たる意志を以てアウトローしている事実に、もしこれが弟のランデルだったら……と想像したのか。リリアーナがこれ以上ないほど同情していた。
「兄貴ぃ!」
「今度はなんだよぅ!?」
「いっそ兵器開発局とか創設するのはどうだろう!」
「ダメに決まってんだろぉ! どこの誰と戦争する気だよ!」
リスティは無言でビシッと指を差した。もちろん、ミュウへ。でしょうね! とジャスパーは頭を抱えた。なぜそれが代替案になると思ったのか。このマッド研究者がよぉっ。
「いいか、リスティ。兵器開発は禁止だ。ミュウちゃんに勝ちたいって気持ちは分かるけどな? 頼むから自重してくれ」
チェーンソーとか電磁誘導のハンマーとかならギリセーフだから。ネイルキャノンとか爆発物はなしで頼むよ……と。
しゃがんで視線の高さを合わせ、真摯に説得するジャスパー。
「……そう、だよな。兄貴はコルトランのリーダーだ。リーダーの身内がこれじゃあ示しがつかない。迷惑だよな……」
「迷惑ってわけじゃねぇんだけどよ……」
「いや、いい。分かった。コルトランにいる以上はコルトランのルールに従うよ。工房に保管してる違法物は全部提出する」
「そうか! 分かってくれたか!」
神妙な顔付きのリスティに、ジャスパーやミンディ達の表情も晴れ……
「つまり、コルトランの外ならルール無用。工房に保管していない違法物は提出しない……ってことなの?」
ミュウがボソッと呟く。
どこからどこまでがコルトランか。他の都市が存在しない今、境界線なんて概念はない。そして、リスティはサルベージャーだ。広大な地下空間の探索者である。
都の直下から離れた地下で見つけた危険物を、都外の拠点で研究開発することも可能だろう。そして、その分にはルールに抵触しないはず。というグレーゾーンを突いたのか。
勘の良いミュウなんか嫌いだ! みたいな凶相を浮かべていることからすると、おそらく図星だろう。またやったのだ。嘘じゃないけど本当でもない話を着実に習得していっている!!
笑顔から一転、スンッと真顔になるジャスパーやミンディ達を見て、リスティは視線を逸らした。
これにはハジメも、
「なんかほんとごめん……」
居たたまれなくて再び謝っちゃう。
「う~む、リスティの情熱と意志を制限するのは至難のようじゃなぁ。まぁ、先の戦いを見れば分かることじゃが」
「グレーゾーンを突いたやり方、どんどん巧妙になりそうですね。こういう時はある程度許容して目の届く範囲にいてもらう方がいいんでしょうけど……総督という立場上、いろいろ難しいですよね……」
愛子が、まるで校則破りの常習犯な問題児生徒を前にしたような苦笑を浮かべる。認めてあげたい部分はあれど、立場上、見逃してあげられないという点でジャスパーへの共感があるのだろう。
「リスティちゃんなら悪用はしないのでしょうけど……」
リリアーナが人一倍難しそうな表情になっている。それはハジメも同じだった。ジャスパーの苦労を思ってというより、どこかリスティを心配するような、何かを懸念しているような表情だった。
「大丈夫だ、リスティは悪用しない」
そんな各々の心情を知ってか知らずか、またもAIみたいな口調になっているリスティ。凄まじく嘘くさいのだけど……と誰もが苦笑せずにはいられない。
「それよりミュウ。要求を言え」
あ、露骨に話を逸らした……と苦笑が深くなる。ジャスパーが盛大に溜息を吐き、ミンディ達は悩ましげに顔を見合わせる。
とはいえ、ルールを守らせるべき立場にある兄と、鋼鉄の意志でアウトロー路線を曲げないだろう末の妹の攻防は、ここで直ぐに決着するものではないだろう。
ということで、ひとまずお説教タイムは終了。
場所を譲るように下がりつつ視線を投げてきたジャスパーの意図を汲んで、ミュウはリスティの前に立った。
「覚悟はいいか、なの」
「できれば、腕一本で済ませてくれ」
龍太郎が「覚悟の入り方が異次元すぎるだろッ」とツッコミを入れ、鈴が「うそ、だよね? ミュウちゃん……」と不安に揺れる眼差しをミュウへ向ける。
「あわよくばパパとお揃いの義手にできるかもなんて甘いにも程があるの!」
「……そうか。腕は取らないのか……」
「なんでちょっと残念そうなの!」
ミンディお姉ちゃんの目がつり上がった。そんなの絶対に許しません! と目が言ってる。
ハジメへの憧れが限界突破している姿には、もはや畏怖を感じるほど。
レミアが「あらあら。ハジメさん、もう少しパパを自重した方が……」と困った人を見るような目を向け、「……くっ、鎮まれ! 俺のパパぢからっ……みたいな?」とユエが小首を傾げてくるが、そんなことを言われてもハジメだって困る。
「腕なんか貰っても意味ないの。それより、リスティにはこれから――」
「なんだ……何をする気だ? いや、させる気だ!!」
ミュウの〝宝物庫〟が輝きを放った。リスティの表情が緊張に強ばり、それに反してニヤリと笑うミュウ。
直後、ミュウの隣に人型の何かが出現した。同じくらいの身長のそれはマネキンだった。
下はチェック柄のミニスカートにリボンが可愛いスニーカー。上は薄桃色のキャミソール、そしてダボッとしたパープル色のネコミミ付きパーカー。首元には貝殻を模した小さなネックレス。
「可愛くなってもらうの!!」
「え、嫌だが?」
真顔で即答するリスティ。だって、リスティは格好良く、なんなら男らしくなりたいのだ。当然の返答である。
「敗者に拒否権はないの。これからは身なりにもオシャレにも気を遣ってもらうの!!」
「なんでだよ! 俺は俺のままでいいって言ったろ! やっぱりミュウも、ミンディお姉ちゃん達みたいに女らしくしろって言うのか!? そんなの断固拒否だ! 俺は兄さんみたいに――」
「このバカチンがぁーーっ!!」
「いたぁっ!? なんで殴った!?」
正座状態が崩れて、しなだれるような格好で頬を押さえるリスティちゃん。まるでDVを受ける奥さんのよう。もちろん、この場合の旦那はミュウだ。
その理不尽なミュウは、まるで悪びれた様子もなく、それどころか殴った拳をそのままに声を張り上げた。
「せっかく元はいいんだから、もっと可愛くなれよっ。可愛さも磨いていけよぉっ。どうして格好良さしか見ないの! 女の子は可愛いも格好いいも磨き抜いた時、本当に魅力的な自分に出会えるの! だからこそ、もっと可愛くなれよおおおおおっ!! なの!」
「お、おお、落ち着けって……」
あのリスティが動じている。それほど本気と情熱を感じる力説だった。
「口調を直せとは言わないの。俺っ子だっていいの。格好良くなりたいのも分かるの。そこに二言はない!!」
「お、おう」
「だがしかぁーーし!! 見るがいいの!!」
ミュウがビシッと指をさす。ユエを、シアを、ティオを、香織を、そして雫達を順番に。
唐突なミュウの松岡○造化に固まっていたユエ達がビクリッと肩を震わせる。え、え……な、なに、なんなの? と視線を泳がせながら動揺している。
「みんな可愛いでしょう? すっごく綺麗でしょう?」
「……おう」
「でも、すっごく強いの。戦ってる姿なんてさいっこーーっに格好いいの!」
今度は違う意味で動揺した。揃って頬を染めたり、髪をいじいじしたり、視線をそわそわさせたり。いやぁ、まぁ、それほどでも?……と照れくさそう。
優花だけ「今、指をさした先に私っていたと思う? ねぇねぇ! いたと思う!? すっごく微妙な角度だったと思うんだけどっ」と奈々や妙子にこっそり聞いてる。
うんうんそうだね。きっと入ってたよ……
親友達の表情はとても優しかった。
それはそれとして、改めてじぃ~~っとユエ達へ視線を向けるリスティ。そんなリスティへ、ミュウは断言した。
「格好いいと可愛いは両立できる。パパの周囲にいる女の人は皆している。ミュウもそうあれかしと努力している! ならばっ」
世界の真実を説く先導者の如く、両手を広げて啓蒙せんとするミュウの姿に、リスティは視線を吸い寄せられた。
「パパに認められようという者が、パパの娘を名乗る者が、そぉしてぇ! このミュウの妹になろうという者が! どちらかだけで満足して終わろうなど笑止千万!! なのぉ!!」
「くっ、なんて……なんて完璧なロジックなんだっ。まるで隙がないっ」
そ、そうかぁ? と龍太郎達は思った。もちろん、空気を読んでツッコミを入れたりはしないが。
「あ、でも〝妹〟のところは異論が――」
ツッコミどころはあったらしい。もちろん、ミュウはさらりと無視したが。
左手を腰に添え、雰囲気たっぷりに髪を掻き上げる。まるで某深淵卿がサングラスをクイッとするみたいに。そして、右手の指をピンッと天を衝くように伸ばしてから、見せつけるようにゆっくりと下ろした。
指し示す先は当然、リスティだ。
「リスティ!! かっこかわいい女になれ! なの!!」
というのが、結局のところ勝者の要求らしい。
ハジメ達が顔を見合わせ、ほっこりした表情になっている。ミンディなんかは、感謝混じりのとびっきり優しい眼差しをミュウへ向けていた。
なんのことはない。
油と埃に塗れた恰好やボサボサの髪、傷だらけの体を見た時から思っていたこと。そして、先の決闘で確信したこと。
一生懸命すぎて、リスティはあまりに自分を労らなさすぎる。
それが心配で、不満で、世話を焼かずにはいられない気持ちになったのだ。何せ、ミュウはリスティの姉を名乗ろうという者だから。
「滞在中に、姉として〝かわいい〟のなんたるかを叩き込んでやるの。ついて来いなの!」
そう言って、突きつけていた手を返し、手の平を差し出すミュウ。
その手の平を少し眺めて一拍。
「だから、誰が姉だよ」
なんて文句を言いつつも、リスティは己の手を重ねた。握り締められ、引っ張られるに合わせて立ち上がる。
そして、まさに素直になれない妹みたいに顔を真っ赤にしながら、
「でもまぁ、勝者はお前だし今更グダグダ文句は言わない。だ、だから……その……か、可愛くしろっ、くださいっ」
潔く要求に応えたのだった。
ミュウがとっても満足そうで、同時に気合い入りまくりの笑顔になったのは当然。
もじもじしながら可愛くしてほしいと言うリスティの姿には、ハジメ達もほんわかニコニコ。特にミンディや子供達は感動したように瞳を潤ませたのだった。
そんなこんなで、ミュウ&レミアどころかユエ達まで総掛かりでリスティのおめかしをした結果。
「これが……あたし……?」
工房前に設置された姿見を前に、テンプレよろしく。リスティちゃんが愕然としていた。
「一人称変わっとるやないかい、なの」
ニヤニヤしているミュウのツッコミにハッと我を取り戻して「お、オレ! 俺って言った!」と抗議しながら鋭く睨み付けるが……いかんせん、顔が真っ赤だしネコミミフードである。
おまけに、ユエ達の魔法や日本から持ってきたケア商品系を惜しみなく使ったので、髪はツヤツヤ、唇ぷるぷる、傷も見当たらず、普通に可愛らしい少女だ。
「ふむ。ついでにこんなのもありか、なの」
「な、なんだよぉ。まだ何かする気かよぉ」
不意に手を伸ばしてきたミュウに、言葉とは裏腹に逃げる素振りもみせず受け入れるリスティ。目を瞑り、ミュウの指先が髪や額を撫でる感触に「ぅん」と声を漏らす。
「やはり、おでこ! おでこを出すのも似合うの!」
「髪留め、か?」
ネコモチーフの可愛らしいヘアピンがリスティのおでこをあらわにしていた。満足そうなミュウは、お揃いのヘアピンで自分もでこ出しヘアにする。
「服はともかく、ヘアピンくらいなら普段からしててもおかしくない。暫定妹として、それは持っておくがいいの」
流石に、地球産の衣装を普段着にはできない。ファッションを楽しむ概念が育っていないコルトランでは異質すぎる。だから、今回のおめかしも今だけだ。
だからこそ、普段使いできるヘアピンをプレゼントしたのだろう。
「同じやつかよ」
「同じやつなの」
不満そうにそっぽを向くリスティだが、ニヤニヤしそうな口元を必死に誤魔化しているかのようにムニャムニャしている点、内心を隠せていない。
「リスティはシルバーアクセとか装飾過多なくらいが似合いそうなの。そういうのなら、自分で作ったって言い訳もできるし……ふむ、ちょっと鏡の方を向いてなの」
「お、おい、何を……ひゃぁ!? 耳をさわさわするなよぉ~」
イヤリングやイヤーカフスの類いを取り出しては、鏡の前に立つリスティをバックハグするような体勢で試着させていくミュウ。
リスティの顔がいよいよ熟れたリンゴみたいになっている。振り払わないのは、おめかしが満更でもないのと、何よりミュウが物凄く真剣なのが伝わるからだろう。
キリッとした表情でリスティに似合うファッションを探り続ける姿を鏡越しに見れば、さしものリスティも大人しくなってしまうらしい。
それこそまるで、姉に構われる妹のように。ユエ達から「あらぁ~~♪」と微笑ましげな声が漏れ出した。
「……レミア、大変。ミュウがまたイケメンしてる」
「というか、学校の女の子達といい、ちょっと同性相手に乙女心を揺さぶりすぎじゃないですかね?」
「端から見てるだけで、ちょっとキュンとしちゃうもんね? まるで少女漫画の主人公みたいだよ」
「スミレ大先生の教育の賜物かしら、ね?」
「ほんと、どうしましょうね……最近、刃傷沙汰にならないか少し不安で……」
ママの心配は尽きない! が、傍目には大変微笑ましい光景だ。ハジメ達も揃ってほっこりほわほわした雰囲気で見守っている。
そこへ、幾つかのシルバーアクセを耳に付けられたリスティが、改めてお披露目するみたいにハジメの前にやってきた。
普段の堂々とした足取りが嘘みたいに、トコトコなんてオノマトペが見えそうな足取りで。
ミュウが後方腕組みお姉さんみたいな雰囲気で見守る中、モジモジしながら顔を上げるリスティ。
「あ、あの、おと――兄さん……似合う、かな?」
ぐぅかわ! とハモった声が聞こえた。淳史と昇、それに奈々と妙子だった。良い笑顔でサムズアップしている。
もちろん、異論はまったくなかった。
「ああ、よく似合ってる。可愛いぞ」
「!」
「これで強いうえに賢いとはな……将来が少し心配だ。男も女も関係なくモテモテになりそうだ」
「……ぅ」
リスティちゃん、ネコミミフードの端を両手で掴んでギュッと引き下ろしちゃう。まるで立ったままのカリスマ○ードのようだ。顔を見られるのが余程恥ずかしいらしい。かわいい。
小声で「そうか……やっぱり〝かっこかわいい〟が正解なんだ。ミュウは正しかった……へへっ」とか歓喜の滲む声で呟いたりしているので、なおさらかわいい。
ユエと香織が我慢できずに、思わずフード越しにナデナデしてしまう。
「あ、あの……私達まで良かったのでしょうか?」
戸惑い半分嬉しさ半分みたいな雰囲気で問うミンディもまた、がらりと衣装が変っていた。ノースリーブのセーターにロングのスカート。髪も丁寧に結い上げられている。
薄くではあるが化粧もしているせいか、良いところの上品なお嬢さんといった様子で、淳史が「ミンディさん……やっぱり良い……」とスマホを取り出している。ツーショットが取りたいのだろうか?
「いいじゃんいいじゃん! リスティちゃんだけっていうのも不公平だしね!」
「というか、流石はミュウちゃんね。レミアさんやティオさんに事前に相談して、ジャスパー家全員分の衣装を用意しておくなんて」
「くっ、優花のコスプレ衣装しか用意できなかった自分達の無力感が恨めしいよ……」
「一生無力感に浸ってなさいよ」
冷たい眼差しの優花はさておき、そう、ミンディだけでなくジャスパー家の子供達も同じように衣装チェンジをしていた。
「うむうむ。みな、よく似合っておるぞ~」
「髪、結ってほしい子はこっちに来てね~」
「おう、お前等なかなか男前になったじゃねぇか!」
女の子達がキャッキャッとはしゃいでいる。鈴に綺麗な髪飾りと共に髪をハーフアップにしてもらった長女ちゃんなんかは、ぽわぁ~とした表情のまま動かない。
男の子達も現代日本のファッションに戸惑い気味ではあったが、龍太郎の快活な称賛に頬を染めてニッと笑みを返している。
なお、パオロ君だけは「なぜ、ピチピチだけがないのか。まったくもって解せないっ」と四つん這いになって地面をペシペシしている。
リリアーナが別の女の子の衣装を整えてあげながら、
「ふふ、世界は違っても、やっぱりオシャレは楽しいものですよね。どうですか、ジャスパーさん。これを機に新しい文化形成に踏み切るのは。服飾分野でも新たな雇用が生まれますよ?」
なんて為政者側らしい意見を出す。一人だけ何かあった時にすぐ対応できるようにと着替えなかったジャスパーが「あ~」と声を上げた。
「そうだなぁ。俺は着られればなんでもいいだろとか思っちまうんだが……目の前でこんだけ盛り上がってるところ見ちまうと、そうだなぁ。……ミンディ、上手いこといけそうか?」
「そうね。いきなりそのままのデザインを広めるのは問題でしょうけど、少しずつ変化させていくなら大丈夫よ。衣装にしろ装飾にしろ化粧にしろ、とても参考になるわ」
「ミンディさん、また文化方面で崇められてしまいそうですね?」
リリアーナの悪戯っぽい笑みに、ミンディは「あはは……」と苦笑交じりの笑みを零すものの、その瞳には強い意欲が感じられた。
ピチピチ伝道師パオロに負けぬ健全なファッション文化を、ぜひとも流行らせてほしいものだ。
リリアーナと同じく、女の子達の衣装を見てあげていた愛子が、ふと空を見上げる。太陽の位置が来た当初よりだいぶ降りてきていた。
「そろそろ工房見学した方がいいかもしれませね……。結構な時間、人払いの結界を張り続けてますし」
この辺りに用事があって、あるいは、それこそリスティを訪ねるつもりで来た者が明白な理由もなく戻ってきたら、都市部の人達も不思議に思うことだろう。
そうすれば、今後のリスティの生活にも支障が出るかもしれない。
「そうだな。とはいえ、工房内に全員で入るわけにもいかないな……」
金属の棒を溶接して作られた〝初めの工房〟という看板に微笑を浮かべつつ、しかし、小屋サイズの工房を見て、どうしようかと少し考えるハジメ。
「大丈夫だ、兄さん」
途中からシアと雫にも撫で回されていたリスティが少しクラクラした様子ながら前に出てくる。
そして、
「この工房は表向きだから」
なんてことを言った。最も「え?」と困惑したのは、もちろんジャスパー達である。
そんな身内をスルーして、ネコミミをぴょこぴょこっと揺らしながら工房内に入っていくリスティ。のれんを押しのけつつ、手招きもしてくる。
ハジメ達は顔を見合わせながらも後に続いた。
「ここから本当の工房に行けるんだ」
「なにそれ知らない」
と平坦な声で言ったのはジャスパー総督である。ちなみに、危険物だけでなく、未発見の地下空間や通路も発見時には報告義務がある。もちろん、報酬付きだ。
ジ~~ッと見てくる兄の方を不自然なくらい見ないで、リスティはキャスター付きの収納ラックを移動させた。
その下にはなんの変哲も無い金属製の床があったが……よく目を凝らせば、うっすらと正方形型の線が見えた。
「隠し扉か?」
「そんなところ」
取っ手も何もない。だが、リスティが工房の棚に置かれたガラクタの隙間からペン型のスタンガンのような物を取り出し、床の一部に当てて電気を流すと――一拍。カチンッと何かが外れる音が響き、床扉が少し浮いて、そのままスライドして開いた。
現れたのは、直下へ続く深そうな穴と梯子だった。
「こっち!」
ハジメに本当の工房を見せられるのが余程楽しみなのだろう。リスティは少し浮かれた様子で梯子を下りる――否、両端に手足を添えるようにして一気に滑り落ちていく。
随分と手慣れた様子だ。
「こ、こんなっ、秘密基地みたいな! ロマンがすぎるの!」
瞳をキラキラに輝かせたミュウが同じく梯子の縁に沿って滑り落ちていった。
再び顔を見合わせるハジメ達。
「まぁ、とりあえずついていくか」
「……ん。みんな先に行って。最後に結界を消してから降りるから」
ユエの言葉に、無表情のジャスパーを筆頭に頭が痛そうなミンディ達も頷き、仄暗い地下への穴を降りていった。
そうして。
「長いな……」
強力なライトで奥を照らしてなお光が届かないほど長い地下通路が、そこにはあった。壁や天井、床も金属製のおかげか崩落した様子はなく綺麗なものだ。
ちょっとした地下倉庫のような空間を想像していたので、誰もが驚きをあらわにしている。
「りすてぃぇ~~~っ」
ジャスパーから絞り出したような声が漏れ出した。頬がヒクヒクしていらっしゃる。
違法物どころか未発見の地下通路も秘匿していたらしいリスティちゃん。壁に設置された穴に先程の電気を通すペンを入れて地上の扉を閉じつつ、肩越しに振り返る。
「兄貴」
「おう、言ってみろ。イカした言い訳をよぉ」
「バレなきゃ違法じゃない」
「違法だバカ野郎」
「知らなきゃ隠す必要もない。心労もない。兄貴は隠し事が下手だし」
「気遣いありがとよこんちくしょうがっ」
とっても兄貴想いなリスティちゃんだった。お兄ちゃんも嬉しそうだ。額に青筋が浮かぶくらい。
「で、本音は?」
ミンディお姉ちゃんがリスティの肩をガッと掴んだ。思わずビクリと震えながら見上げれば、そこには香織の般若さんもかくやの素敵な笑顔が。
流石にサァーッと血の気が引くリスティちゃん。間髪を入れず本音を吐いちゃう。
「違法物の保管や武器開発に都合が良かったから……あと、自分だけの秘密の工房とかロマンだし」
「分かる」
「分かるの」
「あなた? ミュウ?」
レミアお母さんが旦那と娘の肩をガッと掴んだ。条件反射のように答えてしまった父娘が恐る恐る振り返る。香織の般若もかくやの素敵な笑顔があった。
間髪を入れず「「ごめんなさい」」するハジメ&ミュウ。確かに、よりにもよってハジメとミュウがここで共感したらリスティから反省の二文字は消えるだろう。
レミアとミンディが視線で通じ合っている……出会ってまだ一日も経っていないが、二人の間には強い共感が芽生えているらしい。
「あ~、もしかしなくても、この地下通路を見つけたから、その扉の上に工房を建てた感じかな?」
「目立たない場所っていう地上の立地だけが理由じゃなかったのね」
香織と雫が苦笑しつつ、兄総督VSアウトロー妹のバトルが始まる前にと微妙に話題を逸らしにかかった。
コクコクと頷くリスティ。龍太郎が通路の先を見通そうと目を細めながら尋ねる。
「にしても、いったいなんの通路なんだ? えらく真っ直ぐだし、金属製のせいか保存状態もいいしよぉ」
「分からない。すごく長い一本道で、突き当たりまで行けば、そこからも地上に出られる。その途中に広い空間があるんだ。本当の工房はそこ」
ガラクタ山脈地帯自体が郊外にある。そして通路は都側とは反対の方角へ伸びている。つまり、完全にコルトランの外に出る地下通路ということだろう。
「ふむ。コルトランが元は軍事拠点であったことを考えれば、ここは秘密の脱出路だったのかもしれんのぅ」
「元々は何か重要な施設が地上に建っていたのかもしれませんねぇ」
「ですが、ティオさん、シアさん。ハイリヒの王宮にも脱出通路はありますけれど、こんな一直線ではありませんよ? 普通は追っ手や侵入者対策で複雑にするのでは?」
リリアーナの指摘に、それは確かに……と頷きが返る。
「……だとすると、直通の搬入路だったとか?」
「ユエさん。それだと出入り口が梯子タイプなのは不便すぎませんか?」
愛子が今さっき降りてきた梯子を見やる。出入り口も一般的なマンホールぐらいの大きさしかない。
「まぁ、なんでもいいんじゃね? いつまでもここにいても仕方ないし、進もうぜ」
「どうしても気になるなら、後でG10に聞けばいいしね~」
淳史と奈々が促すように前に出る。確かにその通りだとハジメ達も続こうとして――
「あっ、ダメだ! 止まって――」
リスティが唐突に声を張り上げた。と同時に、淳史の足下でピンッと何かが弾けるような音が。
え? と見下ろせば極細のワイヤーが。その先は壁際にカモフラージュされた手榴弾が……
「「あ――」」
「……んんっ!!」
ユエ様の神速空間遮断結界! 超局所的な閃光が発生し、僅かな間だけ通路を照らす。
しんっとした空気が漂った。
分解砲撃を撃つ気だったのか、香織が冷や汗を噴き出しながら片手を向けている。シアにティオ、雫はジャスパー達や子供達の前に移動していて、鈴は手榴弾と自分達を隔てるように結界を、ハジメも流体金属の壁を展開していた。龍太郎達もそれぞれ防御姿勢を取っている。
素晴らしい反応だった。爆発しても問題はなかっただろう。
だが、そんなの関係ねぇ!
「侵入者対策に幾つかトラップを仕掛けてるんだ。気を付けてほしい」
「「先に言ってくれるぅ!?」」
ふい~っと冷や汗を拭うリスティに、淳史と奈々の半ギレ気味の抗議が炸裂した。ジャスパー兄貴、ツカツカと歩み寄り末の妹へ拳骨を一発。良い音が木霊した。
「……」
「ご、ごめんなさい……」
無言&真顔の兄貴の姿には、流石のリスティも素直に涙目で謝った。
ユエさんありがとーーーっ!! と涙目で感謝する淳史と奈々を尻目に龍太郎が引き攣り顔で呟く。
「さ、殺意高すぎだろ……」
「スタンガンとか非殺傷の武器も持ってるのに、入っただけで爆殺って……ははは、南雲君のゲート用エントランスみたい」
同じく引き攣り顔の鈴の言葉に、ハジメは流体金属を戻しつつも微妙に視線を逸らした。
「この先にあるのはお宝ばかりだから、つい……バレたら兄貴達にも迷惑がかかるから……」
「だから、いっそ口封じに殺ってしまおうってこと?」
「それは違うぞ、優花の姉さん。ワンチャン生き残れる程度には威力を抑えた」
「あんまり変わんないわよ! 南雲、一回ちゃんと話し合った方がいいわ。絶対に」
「そうだな、うん。滞在中にちょっと言い聞かせるわ」
胸元を指先でグリグリしながらジト目を向けてくる優花の姿に、流石のハジメも素直に頷いた。
果たして、説得力という面で意味があるのか……と龍太郎達は揃って思ったが。
「と、とにかく、この先だから! ついてきて!」
おと――兄さんに説教されちゃう。と、口元をニマニマさせつつも、リスティは誤魔化すように先導を開始した。
そうして。
「こ、こいつは……」
リスティの本当の工房に辿り着いたハジメ達は目撃することになった。いろんな意味でヤバすぎる研究内容を。試作品の数々を。
その中でも特に人目を引いた物に、龍太郎と淳史、そして昇は思わず声を揃えて叫んだ。
「「「いや、最初のアイアン○ンじゃねぇかっ!!」」」
「?」
キョトンッとしているのはリスティばかり。
どうやら見学を通り越して、取り調べが必要なようだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
先週は投稿できずすみませんでした。日中の温かさに油断し薄着のまま夜にバイクを走らせて風邪を引いたお馬鹿さんとは私のことです。そのせいで最後まで書き切れなかったし……
皆さんも一気に冷えてきたので体調にはお気を付けください。
あと実は今、ありふれのプラウザゲームができるみたいです。暇潰しのお供にぜひ!
※ネタ紹介
・本当にすまないと思っている
『24』のジャック・バウアーさんより。
・勘の良いミュウは嫌いだ
『鋼の錬金術師』のショウ・タッカー「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」より。
・バカチンがーっ
『3年B組金八先生』より。
・もっと可愛くなれよっ
松岡修造氏より。もっと熱くなれよ!




