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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
507/550

機工界編 あの人ならそうした




 炸裂した見事なまでのクロスカウンター。


 少女二人の柔らかほっぺがむにぃっと歪み、しかし、たたらを踏んだのはリスティだけだった。


「ふんっ」

「チッ」


 五年経った今、当時の年齢からすればリスティは十歳くらいのはずで、アワークリスタル内の訓練で実際年齢七歳になっているミュウより、なお年上だ。


 子供時代の三年で生まれる体格差は大きい。成長の早い女の子は特に顕著なはずだが……


 やはり、小さい頃の栄養不足が響いているのか。ミュウと同程度の身長に、ミュウよりずっと細い体つきは、いかんともし難い地力差を生んだらしい。


「お互いにやることは分かっていたとはいえ……シアお姉ちゃんに鍛えられたミュウの拳に合わせてくるなんて中々やるの」

「上から目線に自慢話か? 良い性格してやがる」


 腕を組んで仁王立ち。不敵な笑みを浮べているミュウに、リスティは口元を乱暴に拭いながら忌々しげに言い返した。


 昔と違って随分と粗野な言葉遣いに、ハジメは驚いた様子で少し目を見開いた。


 クロスカウンターしかり、見た目しかり。五年前のリスティとはだいぶ違って見える。


 ボブカットの栗毛は自分で適当に切ったのだろうか? 前髪が不揃いで片眼だけ隠れ気味になっているが、しかし、目つきの鋭さは一見で分かる。


 ジャスパー達が白基調の小綺麗な服装なのに、一人だけ油汚れ等がところどころに見えるタンクトップ&カーゴパンツ姿である点や、小さな傷をあちこちにこさえている点も相まって、いかにも下町のチンピラ娘といった風情だ。


 普段は人見知りで口数も少なく、兄姉にも「機兵面」と言われるほど表情に乏しい子だったはずだが……


 ハジメが関わることだと物怖じしなくなるというか、やたらと好戦的な面を見せることがあったという点は加味しても、やさぐれ娘感がすごいというかなんというか。


 おまけに、歯軋りの癖でもできたのか軽いギザ歯になっている。そのせいか口の中を切ったようでナチュラルにペッと唾を吐く――


 寸前で、ここが室内だということを思い出したようで綺麗な床を見てングッと堪えた。


 口をモゴモゴ。視線も右へ左へ。


 ミュウも視線をうろうろ。組んでいた腕を解いてポケットをまさぐり始める。何かペッできるものなかったっけ……


 少女二人の突然の暴挙に唖然として口を挟めないでいたハジメ達やジャスパー達も揃って我に返った。なんだかんだ〝良い子〟が滲み出ている二人に、ついほっと表情を綻ばせてしまう。


 その間にも、格好をつけ損なった小学生男子みたいに少し恥ずかしそうにしつつ、リスティはごっくんした。ミュウがハンカチを取り出しかけて、「あ、いらないですかそうですか」みたいな雰囲気でいそいそと仕舞い直す。


 かと思えば、一拍。気を取り直したように再び剣呑な雰囲気が戻った。


 大人達からすると既に猫同士の威嚇にしか見えなくて空気感に呑まれるということはなかったが、ひとまず見守る。


 互いに睨み合うミュウとリスティ。まさに、一触即発の空気だ。


「ミュウなの」

「リスティだ」


 名乗りは一種の宣戦布告か。ミュウは再び組んでいた腕を解いた。リスティも拳を握り締めた。


 そうして、再び互いの譲れぬ戦いが始まる――流石に止めた方が! という視線が愛子や優花からハジメに、ミンディ達からもジャスパーへ注がれる。


 その直後だった。


「じゃあ後で」

「首を洗って待っていろ」

「「「「「エッ!?」」」」」


 なんか普通にリスティに背を向けて戻ってくるミュウ。リスティも追うことはせず、落ち着いた雰囲気で大人しく見送っている。


「いや、喧嘩するんじゃねぇのかよ!」

「え? そこでやめるのか!?」


 盛大な肩すかしに、思わずツッコミを入れる龍太郎とジャスパー。気持ちは同じなのだろう。淳史達も頷いている。


 そんな龍太郎へ、ミュウはキョトンッとした表情になった。かと思えば、訝しむような、あるいは困った人を見るような目になった。


 龍太郎くん、大変心外な気持ちになる。出会い頭に初対面の相手と無言で殴り合いする少女に、そんな非常識な人を見る目で見られるいわれはないんだが!? と言いたげだ。


 とても正論である。


「龍太郎お兄さん、ミュウとリスティだけならともかく、他の皆もいるのにご挨拶そっちのけで戦ったりしないの。失礼だし、空気読めてないにもほどがあるの」


 大変正論である。


「急に正論をぶつけてこないでくれよ。俺の一番苦手な流れじゃねぇか」


 あまりの釈然としなさに龍太郎の表情がすんっとなっている一方で、ジャスパーにも末の妹からの呆れ顔が突き刺さった。


「……兄貴、常識的に考えて」

「お前に言われたくないんだが!?」


 ジャスパーさんの言う通り。常識を殴り飛ばした二人にだけは言われたくない。


「ジャスパーさん達とパパだって再会を喜び合いたいだろうし、ユエお姉ちゃん達だってご挨拶したいでしょ?」

「まぁ、それはそうだ」

「……ん、まぁ」


 ハジメとユエが顔を見合わせる。ジャスパーとそっくりな表情だ。言ってることは正しいのだけど、なんか違う……と感じていそうな表情である。シア達も同様に。


「あ、あと龍太郎お兄さん」

「お、おう? なんだ?」

「間違えないでほしいの。喧嘩じゃなくて、これからするのは決闘なの」


 大事な点らしい。物凄く真剣な表情だ。衝動的なものでも、軽い気持ちでするものでもないと言いたいのだろう。


 というか、


「いや、結局戦うのかよ」

「そういう運命なの」

「もう訳が分からねぇよ……」


 ツッコミも追いつかねぇよ……と肩を下げる龍太郎に、「大丈夫だ。俺達も分からねぇ」と淳史と昇が優しく声をかける。背中だってポンポンしてあげる。


 そんな中、リスティもリスティで、なんとも言えない顔をしている家族に、さも常識を語るようにミュウの言葉を補完した。


「決闘には相応しい準備と場所がある。兄貴、分かるでしょ?」

「いや、分からんが?」

「チッ」

「こ、こら、リスティ! 舌打ちはやめなさいと普段からあれほど……」


 ミンディさんの思い出したような苦言もなんのその。殴り合って、名乗りあっただけなのに、しかも初対面なのに、この二人の完璧に了解し合った空気感はいったいなんなのか。


「っていうか、それならなんで殴ったの?」


 ミュウの指摘に二の句が継げなくなっている彼氏に代わって、鈴がおずおずと尋ねた。今、喧嘩――じゃなくて決闘するわけじゃないなら、なぜ殴り合ったのか。当然の疑問である。


 続けて、レミアお母さんが少し怒った表情で、香織は困り顔で言う。


「ミュウ、パパのことで思うところがあったのだとしても、まずはお話するべきじゃないかしら? いつもならそうするでしょう?」

「少しミュウちゃんらしくないね? 他にやり方はなかったかな?」


 一方で、リスティの方も年長者の男の子が「魔王兄ちゃんとやっと再会できたのに、その娘さんを殴るって……お前、なにやってんだよ!」と叱り、少し年上くらいの女の子は「嫌われたらどうすんのよ!」と涙目で怒鳴っている。


 ミンディも「ほら、ごめんなさいしましょう? ね? リスティ」と諭している。


 そんな彼等・彼女等に、ミュウはさも「何を分かりきったことを」と言いたげなやれやれポーズを取って、リスティは「説明するまでもないことを、なぜ説明しなければならないのか」と言いたげな不機嫌顔で言い放った。


「ただの挨拶なの」

「ただの挨拶だろ」


 そういうことらしい。


 う、う~ん……とハジメを筆頭に男子陣が分からないでもないけどと苦笑い。シアだけ「なるほどです」と納得しているが、ユエ達はなんとも微妙な顔だ。


 拳で交わす挨拶やらコミュニケーションに理解があるかどうか、すなわち、そういう創作物を目にしたことがあるかの違いだろうか。


 ジャスパー達にとっては理解の外だったらしい。「うちの末っ子が年々分からなくなっていく……」とジャスパーが遠い目で呟けば、子供達も「やっぱリスティはこえぇ」「気にくわない奴には直ぐに噛みつくもんね……」「〝ガラクタ山の狂犬リスティ〟って呼ばれてるのも分かるぜ……」とヒソヒソ。


「ミュウ、その挨拶はやめましょう? ね?」

「リスティ、どうして殴ることが挨拶だと思ったの? 今後はしちゃダメよ? ね?」


 レミアママとミンディお姉ちゃんが頭を抱えながらもそれぞれ諭すように言うが……


 またも、ミュウとリスティの返答は綺麗にハモッた。


「パパならそうした」

「お父さんならそうした」


 いがみ合ってるわりには本当に息ぴったりだな!……と誰もが思ったが、それはそれとして。


 某勇者の死後○○年後に口にされそうな言葉だった。慕うが故の言葉な点は同じなのに、()の勇者の場合と違い善行とは言い難い点がなんとも言えない。


 だが、こちらの世界の勇者と接する時は、それこそ某深淵卿が常に胃を痛めるくらい、お互いに直ぐに手が出るのであながち間違いでもない。


 それこそ挨拶がてらに銃弾と斬撃が飛び交うのだから余計になんとも言えない……と視線が泳ぐハジメお父さん。


 ユエ達の視線が一斉にハジメに向く。生温かいというか、パパ的にはこれでいいの? と問いたげな視線というか。


 ジャスパー達からも当然、視線が注がれる。「やっぱ、口調といい普段の行いといい、変わったのは旦那の影響だよなぁ」と複雑そう。


 なので、ハジメパパは、


「……子供の情操教育に悪いパパでごめんよ……」


 そう呟きながら、そっと両手で顔を覆ったのだった。


 そんなハジメパパそっちのけで、ミュウの目つきがギンッと光る。聞き逃せない発言があったらしい。


「誰が〝お父さん〟と呼んでいいって言ったの? ミュウは認めてないけど?」

「ふんっ、お前の許可なんて求めてない」

「少しは冷静になれたかと思ったけど、まだ頭に血が上ってるの? もう一発、ご挨拶してあげようか? なの」

「……チッ」


 苦々しげにそっぽを向くリスティ。


 ユエ達の表情に「ああ……」と納得が浮かんだ。〝拳で挨拶〟も本当なのだろう。けど、ミュウにはもう一つ目的があったのだ。


 どう見ても尋常ではない様子のリスティに冷静さを取り戻させること。


 高ぶった心と沸騰した頭では何を口走ってしまうか分からない。せっかくの再会が意に沿わぬものにならないように、少なくともリスティが自分の気持ちを正しく口にできるように……


 そう思って、ハジメが話す前に割り込んだのだ。きっと。


 リスティの様子を見れば、彼女もミュウの意図を理解しているらしいことは分かる。ミュウの懸念が正しかったことも。


 レミアを筆頭にユエ達の視線がとびっきりに柔らかくなった。やはり、ミュウはミュウだったと。


「あらあら、ごめんなさい、ミュウ。リスティちゃんを想ってのことだったのね?」

「……気に食わないのは本当なの」

「でも、ちゃんとお話できるようにって思ったのも本当なんだね?」


 くすりと微笑む香織に、ミュウは少し頬を染めてそっぽを向いた。ずっとそっぽを向いているリスティと仕草や雰囲気がそっくりだ。


 なんだか姉妹みたい……と優花達はほっこりした気持ちになった。


「……気持ちは……分かるの。パパはパパすぎるから、苦しい時や不安な時にパパされたら、それはパパと呼びたくなってしまうの」

「パパが渋滞起こしてません?」


 パパ五段活用みたいな用法に思わずツッコミを入れるシアだが、その目は懐かしさと優しさで細められている。ミュウと出会った当初のことを一番間近で知る身からすれば、ミュウの想いはよく理解できたのだ。


 ミュウはおそらく、リスティと自分を重ねているのだろうと。


 まったく一緒ではないけれど、苦難の中で出会い、ぶっきらぼうながら確かに伝わる無条件の包容力と温かさを感じ、そして「この人の傍が世界で一番の安全地帯だ」と安堵してしまう圧倒的な強さを以て守られた。


 あるいは、エガリ達の記録映像を初めて見たその時から、リスティの気持ちを一番理解していたのはミュウだったのかもしれない。


「なるほどのぅ。確かに、二人の境遇は似ておるかもしれんなぁ」

「つまり、だいたいハジメさんが悪いってことですね」

「酷くない?」


 リリアーナのからかうような視線に、ハジメは溜息交じりに反論する。が、直ぐに「いや」と苦笑いを浮かべて頭を振った。


「悪いのは確かに俺だな」


 そう自嘲気味に呟いて、ユエ達に視線を巡らせる。肩を竦めたり、苦笑したり、なんにせよ自分達の紹介は後回しでいいという了解が返ってくる。


 次いでジャスパー達に視線を転じれば、こちらはむしろ望むところだというように感謝の眼差しと頷きが返ってきた。


 一拍置いて、


「リスティ」


 と名を呼ぶ。そっぽを向いたままのリスティの、その細い肩がびくりっと震えた


 静かに歩み寄っていくハジメ。


「まずは謝らせてくれ。会いに来るって、俺の家族や世界を見せてやるって言ったのに、随分と時が経っちまった。本当に悪かった」


 リスティの傍らに片膝をつく。しかし、リスティは目を合わせようとはしなかった。


 G10から、ハジメが会いに来られなかった理由もジャスパー経由で聞いている。ハジメにも予想外のことで、仕方ないことだったと理解している。


 なら、そう言えばいいのに――と、リスティは思った。


 こんな、まるで理不尽に怒ってもいいと、受け止めてやると言わんばかりの雰囲気で語りかけられたら……


 せっかく引っ込んだ激情が、また湧き上がってきてしまう。


 だから、ぐっと唇を噛み締める。


 いつだって冷徹とさえ言えるほど冷静だったこの人に、癇癪を起こした子供のような姿は見せたくなかった。成長した姿こそを見せたかった。


 なのに、


「大きくなったな。G10から少し聞いてる。随分とコルトランの発展に貢献してるんだって? 中々の発明家らしいな。凄いじゃねぇか」


 そんなことを、望んでいた言葉を、なんでもないみたいにくれるから。


 ああ、変わっていない……と、なんだか無性に泣きたくなってしまう。


「でも……お父さんじゃないって言うんだろ」


 少し驚いた表情になって、でも、直ぐに静かな表情になるハジメ。真っ直ぐに、穏やかに、けれど真剣にリスティを見つめる。


「父親を名乗るなら、子供に優先順位はつけるなんてあっちゃならない。だが、俺はお前よりミュウを優先する。だから、父親にはなってやれない」


 虚飾のない言葉だった。ともすれば、子供には冷酷と言えるほど。ジャスパーとミンディの眉間に少しばかり皺が寄った。他の子供達も何か言いたげだ。


 ユエ達が静かに見守る中、リスティはようやくハジメの方を向いた。


「知ってる。おとう――あんたは、そういう人だ」


 憧れと敬愛から、いつしか自然と真似ていた男口調で、でも、その泣き笑いは小さな女の子のそれで。


 胸を締め付けられるような笑みに、愛子や優花、それに奈々達も無意識に胸元を握り締めていた。龍太郎が何か言おうとしたのか一歩前に出かけるが、鈴がそれを制する。


 小さく首を振り、横目にチラリッとミュウを見る。静かに見守るミュウを見れば、確かに自分が口を出すところじゃないと頷く龍太郎。同じように口を開きかけていた淳史達も慌てて口を噤んだ。


「もう、何も知らなかった幼い俺じゃない。あんたとの思い出はいつだってはっきり思い出せる。父親じゃないと言われたことも、それでもお父さんと呼んで酷く困った顔をさせていたことも、覚えてる……」


 ぽつりぽつりとこぼれ落ちるような言葉が、あの頃とは違う小綺麗な部屋に響いた。


「だから、G10から連絡が途絶えたって聞いて、それが何年も続いて……疑ったんだ」

「何をだ?」

「本当の娘がいるから、俺のことなんて忘れたんだって。勝手に懐いてきたガキとの約束なんて捨ててしまったんだって」

「……五年は、そう思っても仕方ない年月だな。恨んでさえいたんじゃないか?」

「そうだよっ」


 こぼれ落ちそうな涙をグッと乱暴に拭って、リスティはハジメを睨み付けた。でも、直ぐにふにゃりと崩れてしまう。


「腹が立ったっ。恨んだよっ。どうせ捨てるなら、なんで優しくしたんだって!」

「そうだな……空気なんて読まず、もっと毅然とした態度を取るべきだった――」

「違う! 俺が言いたいのはそういうことじゃない! 言ったろ! 全部、覚えてるって!」


 少女の思いの丈がピリリッと響く。あの頃とは全く違う小綺麗なリビングルームに、昔から寡黙で表情があまり変わらないと兄姉にも言われていた子が、きっとおそらく今もそうであろう子が、感情全開で想いを口にする。


「あんたを初めて見た時の安心感も、汚らしいガキが寄ってきても変わらなかった優しい眼差しも、汚れるのも気にせず撫でてくれた温かい手も、全部っ、ぜんぶ……覚えてるんだ……」


 だから、どんなに悲しくて、どんなに腹が立って、どんなに恨んでも、決して消えてなくなりはしなかった。ハジメを父と慕う気持ちは。


「だから、だからっ…………」


 遂に堪えきれず溢れ出る涙。くしゃりと歪む顔を見られたくないのか、両手で顔を覆って、それでもリスティは言う。一番伝えたかったことを。


「また会えて嬉しいっ。くそぉっ、なんでもっと早くって怒鳴ってやりたいのにっ――嬉しいよぉっ」


 嗚咽が木霊する。目元を覆った指の隙間から次々と涙の雫が落ちていく。


 様々な感情が飽和して溢れ出したような少女の姿に、誰もが心を打たれた様子だった。ユエ達は当然、ジャスパー達でさえも、リスティのハジメを父と慕う気持ちの大きさを、まだ見誤っていたのだと気づかされるに、それは十二分の姿だった。


 それはもちろん、ハジメも同じだ。


「リスティ……」

「分かってる。たとえ、あんたの娘に勝ったところで成り代われるわけじゃないって。そんなこと、分かってる」


 そうやって娘を捨てられるような人だったなら、そもそも父と慕っていない。何より、ミュウに「その座を寄越せ」と叫びながら、本当は、そんなこと望んですらいないのだ。


「何かをしてほしいわけじゃない。ただ、遠い世界には、お父さんと呼ぶことを認めてくれている凄い人がいるんだって胸を張って言えたなら、それだけで十分で……きっと、また強くなれるから。この世界で、強く生きていけるから……」


 それが、この五年で至ったリスティの想い。だから、願わずにはいられないのだ。


「あんたを、お父さんと呼ばせてくれ。……です」


 取って付けたような丁寧語。リスティなりに誠意を表現したのだろうか。


 表情を隠していた手を下ろして、真っ直ぐに見つめて、何かに耐えるみたいにズボンをぎゅっと両手で握り締める。とても、いじましい姿だった。


 ジャスパー達が息を呑むようにしてハジメに視線を移す。ユエ達は……なんとなくこの後の展開を察しているような、しょうがない人を見るような目をハジメに向けている。


 リスティの思いの丈を黙って聞き届けたハジメは、一拍置いて肩越しにユエ達へ振り返った。その表情を見て、ほらやっぱり、とユエ達の表情に微笑が浮かぶ。その微笑の意味は明白だ。


 ハジメもまた頬を緩め、そして最後にミュウへ視線を――


「ヴァカめ。ダメに決まってんだろ。なの」

「「「「「!!!?」」」」」


 剛速球で辛辣極まりない言葉が飛んできた! 思わず動揺しちゃうハジメパパ。「ミュ、ミュウ?」と声だって震えちゃう。


 だって、こんな辛辣な言葉を吐くミュウも、めちゃめちゃメンチを切っている表情も見たことないのだもの! パパショック!!


 ユエ達もまた一斉にミュウへ視線を向け、リスティに引っ張られているのかと思うほどガラの悪い雰囲気を放っているミュウにショック顔を見せている。


「あ、あらあら、ミュウ? パパになんて――あ、パパにじゃないのね……」


 当然ながらレミアママの動揺は更に酷い。空気を読まないどころか破壊しにかかっている愛娘に白目を剝きかけたが、どうにか堪える。


 そうして、気が付いた。ミュウの視線から、その言葉はハジメではなく、


「てめぇには聞いてない」


 リスティに向けたものだったということに。


 涙も一瞬で引っ込む言葉の暴投に、リスティちゃんの額がビキッとなっていた。こちらも、少女がしちゃいけない凶悪な顔になっていらっしゃる。


「さっきも言ったの。お父さんと呼ぶこと、ミュウがまだ許してないって。パパがお前を娘と認めるかどうかなんて関係ないの」

「え、いや、そこが一番関係あるんじゃない?」


 思わずツッコミを入れちゃう優花だったが、ミュウから鋭い眼光を向けられて「!? ご、ごめんなさい……許して……」とか細い謝罪を口にしながら、すごすごと引き下がっていた。


 奈々達は思った。南雲っちのこと言えないじゃん。優花っちもよわよわじゃん……と。無理もないとは思うけれど。それくらい今のミュウは迫力に満ち満ちていたから。


「関係ない、だと?」

「フッ、良く聞けなの。パパはミュウが悲しむようなことは絶対にしない! 成り代わりは当然、ミュウが絶対に嫌だと言ったら何があったって娘を増やしたりもしないの!」

「それはっ――そうだろうな」


 いや、そこで通じ合うのかよ……と淳史達は思ったがミュウちゃんに睨まれるのは怖いので大人しく口を閉ざしておく。


 ズンズンッと再び進み出てくるミュウ。レミアママ、娘がどこか知らない遠くへ行ってしまうとでも感じたのか、無意識に手を伸ばす。


 しかし、ミュウは止まらない。レミアママの伸ばした手は届かなかった。香織が優しく微笑みながら、レミアの手を包み込んであげている。


「つまり」

「……」


 再び、向かい合う少女二人。傍らで片膝をついているお父さんが凄く所在なさげ。


 まさか、この流れでミュウがリスティを拒否するとは思わなかったのだ。ハジメよりよほど他者を慮るのがミュウである。ミュウがいなければ拒絶し切り捨てていた事柄がどれほどあったか。


 ここに来て逆の立場になるなんて予想外である。眉を八の字にして、「どうしよう……」とユエ達に助けを求める目を向けるが……


 ユエ達はスッと視線を逸らした。いや、無理でしょ。この戦いに口を挟むとか無粋だし……みたいな雰囲気だ。


 さもありなん。ミュウの気持ちが大事なのは確かだ。


 その間にも、ミュウは腕を突き出すと親指を立てた。そして、キレッキレの動きで、その親指を自分の胸元にビシッと向ける。


「パパに娘と認められたければ、ミュウの屍を越えていけ!! なの!!」

「いや、死んじゃだめでしょ!?」


 ミンディさんからも思わずツッコミが。「あ、どうも初めまして、ミュウです」と、普通に礼儀正しくペコリするミュウに、ミンディさん「雰囲気の緩急で頭がおかしくなりそうっ。でも初めまして!」と返礼。中々にツッコミの才能がありそうだ。


「なるほど。決闘はそれが目的か。認めさせてみろ、と。お父さんの娘に相応しいってな」

「そういうことなの」

「今ので通じるのね……」


 雫が、やっぱり分かり合ってるレベル高くないかしら? と乾いた笑みを浮べつつ、なんとなしに視線を転じた。


「犬猿の仲って感じなのに、息ぴったりだね?」

「……ん、不思議」


 香織とユエがなんか言ってた。雫の乾いた笑みが更に乾燥した。


 そんな自覚の薄い二人の片割れたるユエに、不意打ちで飛び火が。


「万全の準備を整えるがいいの。いつでも、どこでも、何度でも、この魔神の愛娘たるミュウが――ううん、正妻ならぬ正娘たるミュウが相手になってやる! なの!」

「……ん!? そのセリフは――」

「なぜなら、パパの正妻であるユエお姉ちゃんならそうするから!!」

「んんっ!?」

「そうか……あの綺麗な人が……俺の母になってくれるかもしれない人か!」

「ンンンッ!?!?」


 少女二人がぐりんっと顔を向けてくる。一人は「言ってやったぜ、なの! ユエお姉ちゃん!」と誇らしげに胸を張って褒めてほしそうな眼差しを向け、もう一人は「リ、リスティだ。です。初めまして……です」とモジモジしながら一生懸命慣れない言葉遣いで挨拶してくる。


 正妻様は動揺を隠せない! 唐突に剛速の変化球が飛んできた気分だ。こんな時、どんな反応をすればいいのか分からないの……と言いたげに視線を右往左往。


「確かに、立場は似ておるかもしれんのぅ。実際、ユエも同じこと言っておったし」

「ですねぇ。ユエさんが認めない限り、ハジメさんも絶対に他のお嫁さんなんて受け入れないですし」

「ほ、本当にいろんな意味で受け継いでますね、ミュウちゃん。……レミアさん、大丈夫です?」

「こうして子供はどんどん先へ進んでいくんですね……うふふ……」


 愛子がさりげなく〝鎮魂〟して、レミアお母さんもようやく現実を受け入れたらしい。娘の成長(?)が嬉しいような寂しいような? いや、これはなんか違う気がしないでもないが。


 何はともあれ、水を向けられているユエはというと。


「……ミュ、ミュウよ、よ、よくぞ言った。もう教えることは何もない。我が道を行け! そして、リスティよ。見事、この試練を乗り越えてみせよ!」


 動揺のあまり、なぜか老師みたいになっていた。香織がブホッと噴き出し、お腹を抱えて蹲った。ツボに入ったらしい。シア達も顔を背けてぷるぷるしている。


 ユエの顔がスゥ~~ッと赤くなっていく。自分でも「これはない」と思ったようだ。顔に「穴があったら入りたい」と書いてある。


 だが、ミュウとリスティ的には望む言葉だったらしい。


「はい! なの!」

「おうっ。ですっ」


 それこそ本当の姉妹のように揃ってパァッと表情を輝かせて、元気な返事を響かせた。


 成り行きを大人しく見守っていたハジメに、リスティがギラギラした眼差しと共に向き直る。


「見ててほしい。きっとこいつに――ミュウに認めさせてみせる。それで、それでミュウが嫌じゃないと言ったら……改めて〝お父さん〟と呼ばせてほしい。です」


 今度は、ミュウも何も言わなかった。腕を組んで、静かにハジメを見つめている。


 言いたいことは言った。後の判断はハジメに任せるということだろう。


 ハジメはミュウの気持ちを最大限に汲む。だからこそ、そんなハジメが決断したことなら、たとえ自分の意に沿わなくても受け入れる。それがミュウのスタンスなのだろう。


 ハジメは微苦笑を浮かべつつもミュウへ頷きを返すと、改めてリスティに視線を向け直した。


 隠しきれない緊張や不安が滲んでいる、それでも闘争心に輝く瞳をジッと見つめながら、静かに口を開く。


「さっきも言ったな? 俺はどうしたってミュウを優先する」


 ぐっと口元を引き結び、それでもはっきりと頷くリスティ。


「そう遠くないうちに、ミュウの弟や妹も生まれてくる予定だ」

「! そう、なのか……? えっと、おめでとう?」

「ははっ、ありがとよ。まだ少し気が早いけどな?」


 やはり良い子だ。自分より優先されるだろう子が更に増えるという現実を突きつけられて、それでもなお直ぐに祝福を口にできる。大人にだって中々できないことだ。


「それでも、俺を父親と思いたいか?」

「うん」


 迷いも揺らぎもない即答だった。瞳も変わらず真っ直ぐだ。ハジメは困ったような、けれどやはりどこか覚悟を決めた表情で「そうか……」と頷く。


「言っておくが、ミュウは強いぞ。認めさせるのは、マザーを倒すくらい困難だと思え。それでもやるか?」

「そのマザーを倒した人の娘になりたいんだ。むしろ、それくらいでなきゃ気合いも入らない。上等だよ」

「……まったく、やたらと好戦的なところは変わってないんだな」


 ハジメを真似ているのだろうか? 不敵な笑みを浮かべるリスティの頭に、ハジメは目元を綻ばせながらポンッと手を置いた。


 あ、とリスティから声が漏れる。久しぶりの感触に、不敵な笑みが一瞬で崩れて口元がもにょもにょし出す。


 ゆるりと撫でられて気持ち良さそうに目を細める姿は、まるで普段は凶暴だが信頼する人に撫でられた時だけ喉を鳴らしてデレる野良猫のようだ。


 そんなリスティの姿に目を細めながら、ハジメは言った。


「なら、やってみろ」


 俺の自慢の娘を認めさせられたなら、その時は俺も認めよう。言外に伝わる答えに、リスティのゆるゆるに緩んでいた表情がパァッと輝いた。


「うんっ」


 やさぐれ娘感に溢れていたのに、それは実に純粋で無邪気な少女の笑顔だった。


 固唾を呑んで見守っていたジャスパー達がほっと肩から力を抜いて、表情を綻ばせていく。良かったなぁと涙ぐむ兄姉もいるようだ。


「フッ、簡単に認めてもらえるとは思うな、なの。シアお姉ちゃんだって見てる方が泣けてくるくらい雑に扱われても頑張り続けて、旅も終盤に入ってようやく認められたの。ユエお姉ちゃんはそうした。だから、ミュウもそうするの」

「……あ、あの、ミュウ? もう少しハードル下げてあげたら?」

「ユエさん……その発言、過去の自分に言ってもらえます?」


 そんなミュウやユエ&シアのやり取りに優花達の空気感も一気に綻び、ユエに認められる苦労を知る香織達は「ほんとにねぇ~」と呟きつつも応援の眼差しをリスティに送った。


「よく分からないけど、俺は諦めない。絶対におとう――あ、えっと……認めさせるまで、なんて呼ぼう?」


 律儀に、ミュウに認めさせるまでお父さんと呼ぶことは控えるらしい。困ったように、上目遣いでハジメを見つめるリスティ。


「好きに呼んでいいぞ?」

「………それじゃあ…………親分とか?」

「それはやめろ」


 妹分とか、兄貴分とかのニュアンスなのだろうが、リスティの荒っぽい雰囲気とかハジメの絶対に堅気じゃない雰囲気と合わさると別の意味に聞こえる。


 なので、即座に却下しちゃうハジメ親分。好きに呼んでいいって言ったのに……とリスティの眉が八の字を描く。


(かしら)とか?」

「ダメだ」

「え、えぇ、じゃあ……叔父貴(おじき)?」

「叔父じゃないし、どうしてそっち系の呼び名ばっかりなんだよ……せめて、兄貴とかで良くないか?」

「兄貴はあそこにいる。被る。……(あに)さん、は?」

「ああ、うん、まぁ、それでいい」


 暫定、(あに)さんは微妙な顔ながら頷いた。


 ニッとギザ歯を見せて不敵に笑いながら、ミュウを見やるリスティ。直ぐに〝お父さん〟呼びに戻してやると瞳が燃えている。ミュウもまたニィッと不敵に笑い返した。


 結局、ハジメを父と呼ぶことも、ハジメが娘として認めることも保留となったわけだが、リスティのその笑みには納得があるように見えた。


 ミュウにしろ、リスティにしろ、最初からお互いのことを決して無視し得ない存在として認識していたのだろう。お互いの納得がなければ先へは進めないと。


(逆境の中での心の強さはミュウ並だ。良い友達になるんじゃないかと思ったが……これは本当にライバル的な仲にもなるんじゃねぇかな?)


 そうなればいいと思う。元々リスティ次第ではジャスパー一家と家族ぐるみの付き合いを考えてはいたが、どうやら本当に長い付き合いになりそうだ。


 コルトランではジャスパー一家とハジメ達の繋がりは秘匿しないといけないが、そのために用意してきたアーティファクトの数々も無駄にならなそうで何よりである。


「分かり合い、認め合うための決闘。きっと、これから何度もぶつかり合うんですね! ミュウちゃんも、それにリスティちゃんも、中々熱い魂を持ってるじゃないですか。私、こういう展開は大好物ですっ」

「シアお姉ちゃんならそうした! という感じでしょうか? シアさんの影響も大きそうですねぇ……」


 目をギラギラさせて自分の手の平に拳を打ち付けているシアを横目に、リリアーナはミュウの納得の仕方が誰の影響を受けたものか察する。


「あれ? でもよ、リスティ。お前、あの子に〝屍を越えていけ〟って言われて、初めて決闘の理由を理解した、みたいな顔してたよな?」


 一段落ついたかな? と話しかけるタイミングを図っていたジャスパーが、ふと湧いてきた疑問を口にする。


 確かに、リスティはミュウにそう言われて「なるほど」と口にしていた。つまり、決闘するつもりではあったが、ミュウに認めてもらうという目的ではなかったわけで。


「おい、まさか変なこと考えてなかっただろうな? 旦那の娘さんに何かあったら――」

「別に、大して違いはない」


 先程投げ捨てたエプロンを拾い、ついでにミュウのカーディガンも拾って投げ渡しながら、リスティは言った。


「舐められたら終わりだから」


 やっぱり発想が物騒すぎでは? と、ジャスパー達以上に表情が引き攣る優花達。


 勝ち負けに関係なく、引かぬ媚びぬ省みぬを地で行く闘争心。まだ十歳なのに天晴れと言うべきか、それとも自重しなさいと叱るべきか。


「それに――」


 リスティが作業用エプロンを付け直しながら、ハジメをチラッと見やる。無愛想がデフォルトの顔が、やっぱりニパッと笑顔に。


「気にくわない奴は、とりあえずぶっ飛ばす! おとう――(あに)さんならそうする!」


 勇者のお兄さんにそうしてたもん! と、ちょっと童心に戻った様子で自信満々に言うリスティちゃん。


 短くも濃厚な時間で、リスティがハジメから学んだとっても大事なことらしい。


「ハジメ君……平和を愛する日本人の姿とやらはいったいどこへ?」


 愛ちゃん先生のジト目が心に刺さる。


「ねぇ、ハジメ。光輝とのやり取り、あれが二人なりのコミュニケーションの取り方なんだって納得していたのだけれど……改めてみない?」


 雫の優しい声音での提案が、まるで小さい子を諭すようで逆に心に痛い。


「みゅ……確かに、舐められないことは大事なの。どうやら、よくパパの背中を見ていたようだな? なの」


 なんて、ミュウまでうんうんっと納得するものだから。


 ユエ達の、そしてジャスパー達のなんとも言えない視線を前にハジメは、


「あの、なんだろう。俺を見本にするの、やめてもらっていいですか?」


 つい某論破王みたいな口調で返してしまったのだった。


「……ご、ごほんっ。取り敢えず、そろそろお互いに自己紹介しよう? いつまでも立ちっぱなしというのも落ち着かないし?」


 流石は正妻様。


 心底不思議そうに「どうして?」と小首を傾げている少女二人と、あと「普段は温厚を心がけているんだが……あくまで対応が厳しくなるのは戦いが必要な場と勇者を前にした時だけで……」と説明しているハジメパパにも苦笑しつつ、場の仕切り直しを図ってくれた。


「あ、ああ。そうだな! じゃない、そうですね! さぁ、こっちの席にどうぞ! お茶も用意してますんで! ミンディ、頼めるか?」

「ええ、もちろん! 少し温め直してくるわ!」


 総督になって少しは教養が身についたのか。ジャスパーが丁寧語に切り替え、更にミンディ達をキッチンへ促す。子供達も手伝うのだろう。ミンディに続いてパタパタと駆け出していく。


 それを見て、


「む、おとう――(あに)さんのお茶は俺がいれる!」


 と、リスティも駆け出そうとした。


 その腕を、咄嗟にミュウが掴んで引き留めた。


 たぶん、ただ訝しんでいるだけなのだろうが、表情が如何にも「あぁん? なんだてめぇ、やんのか? おぉん?」みたいな感じになるリスティちゃん。


 やっぱりチンピラ感というか、やさぐれ娘感がすごい。


 ハジメが「嘘だろ……俺、もしかして天之河といる時はこんな顔してんのか?」と視線を泳がせ、龍太郎達から「してるしてる。だいたいこんな感じ」とか「天之河は笑顔だよな。ただし、目だけまったく笑ってないタイプのこえぇ笑顔」なんて感想(事実)が返ってくる。


 優花達が、特にレミアがハラハラした様子でミュウとリスティを見守っている中、


「その前に」

「なんだよ」

「〝俺〟はやめるの。口調ももっと丁寧にするの」


 おぉ? と注目が集まる。まさか、ミュウなりに〝女の子らしさ〟を教えようとでもいうのかと。


 リスティもそう思ったのだろう。というか、散々ミンディ辺りに言われてきたのだろう。真剣な表情で苦言を呈してくるミュウを、ハッと鼻で笑った。


「お前も、もっと女らしくしろって言うのか? そんなの――」

「違うの。女の子が男らしくても、男の子が女らしくても、それはそれでいいの。むしろ、それがいいまであるの」

「あ? だったらなんでそんなこと――」


 どうやら予想が外れたらしい。では、どうして一人称や口調を改めさせようというのか。


 ソファーに座っていきながらハジメ達も注目する中、ミュウはカッと目を見開いた。


「男口調と雑な態度、喧嘩上等でタンクトップが似合う技術屋系俺っ()!」

「お、おう?」

「ジト目が似合う切れ長の目元、ギザギザ系の歯もかっこいい! ニィッって笑い方が凄く似合う!」

「え? な、なんだよ、いきなり……」

「なのに背は小さくてロリ属性もあり、片目隠れなんてチャームポイントまで完備! そして何よりぃ! 憧れの人の前では素直でふにゃふにゃ!」

「ふ、ふにゃふにゃじゃねぇし! 普通だし!」

「乱暴な口調なのに、語尾だけ頑張ってですますだなんて狙っているとしか思えないの! あざとい、カァーーッ、あざとい! なの!!」

「しょうがねぇだろ! 慣れてねぇんだから!っていうか語尾に関してはお前にだけは言われたくねぇ!」


 何はともあれ、ミュウの突然の褒め言葉(?)の羅列に、逆に怖くなってきたのか助けてほしそうな目をハジメに向けるリスティちゃん。


 そんなリスティの顔を両手で挟み、強制的に自分の方へ向けて、ミュウは言い放った。


「属性盛りすぎなの! 少しは自重して! 仮に娘になった時、ミュウよりキャラが濃い妹分とか許せない! 姉に勝てる妹なんていないの!」

「誰が誰の妹だ! 俺の方が歳は上だろ! そもそも意味が分からねぇ! 属性ってなんだよ! なんかこえぇよ、お前! 離せぇ!」


 エリートオタク一家から英才教育を受ける愛娘の魂の叫び。


 ハジメ達は改めてリスティを見た。記録映像を見たことのあるユエ達は、五年前の幼女時代と比較もした。


 そうして、一拍、


 顔を見合わせると、ハジメ達は一斉に頷き合ったのだった。確かに、属性多いな、と。


 リスティちゃん、この五年で違う意味でも随分と成長してしまったらしい。


「せめて俺っ娘はよせなの!」

「うるせぇ~~っ。俺はおとう――(あに)さんみたいに格好良くなるんだぁーーっ!」


 お茶が運ばれてくるまでの間、少女二人は言い合いを続けた。


 ハジメ達は止めなかった。むしろ、少し楽しそうに二人の少女の口喧嘩を眺めていた。


 将来を暗示するような、なんとも微笑ましい光景に見えたから。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


ミュウVSリスティを期待してくれていた方々には申し訳ない。決闘自体はするので、もうしばらくお待ちいただければと。

また、前話のリスティの一人称を修正しました。成長したリスティを〝下町の技術屋系女の子で粗野な言動〟とするのは最初から決めていたんですが、書いてる内にふと「……あれ? このキャラだったら俺っ娘とか良くない? 良いよね?」と思い衝動的に俺っ娘にしてました。信頼する人にだけふにゃる俺っ娘……良いですよね?

一応、ミュウとの最後のやり取りで修正の余地は残したので不評多数なら物語の先で変わると思います。


なお、「アフターⅡ 新世界の神に私はなる?後編」でリリアーナが言及した七人の子は実子の予定です。〝新たに生まれてきた子〟という意味なのでミュウもリスティも含まれていません。気にされている方がいたので念のため。


※ネタ紹介

・○○ならそうした

 『葬送のフリーレン』より。ヒンメルならそうした。ちな、白米はアイゼンが推し。

・ヴァカめ!

 『ソウルイーター』のエクスカリバーより。

・母になってくれるかもしれない人か

 『機動戦士ガンダム』のシャアより。


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― 新着の感想 ―
言っては何だけだけど、ミュウちゃんを只者では無いキャラに仕立て上げたいのは理解してますが、チョッとこれはどうかなぁ?幼女にしては器が大きくて深い愛情のある娘だと思ってたんですけどね…
属性過多はいいんだけどなぁー
正娘も何もどちらも血は繋がっていな((ギンッ))いや何でもないですごめんないぃっ!!
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