機工界編 出会って五秒で殴り合い
すみません‼ 少し遅れました!
「……つまり、宇宙の果てに生き残りがいたってこと?」
「肯定します、奥様」
一メートル四方の四角い白色パネルで構成された、いかにも近未来的な、あるいはどこぞの研究所みたいな通路をぞろぞろと歩く。
ふわふわと浮遊しながら先導するG10を挟むようにして、ユエと興味津々で前のめり気味なミュウ、そんな娘を見守るレミアが先頭を歩き、シア達が後ろに続いている。
ひとまず地上に向かっているところだ。
先程までいた〝世界扉〟のある場所は、言わずもがな、最深部にある最重要施設の一つなので地上までは幾枚もの隔壁を通り、更に複雑なルートを辿らねばならない。
が、今回は特殊なショートカットを使うらしく、G10自身、その場所をぜひとも見てほしいとのことで、今はそこへ向かっている。
その道中に、こうして誰もがすっごぉ~~~っく気になっている話を聞いているところなのだ。
『で、その生き残っていたお前の同胞に、う、宇宙人が接触したと?』
ユエが片手に持つスマホ型異世界通信機からハジメの声が響いた。
ハジメはこの場にいないのだ。強烈に後ろ髪を引かれながらも、ひとまずこれだけはと、万が一に備えて各世界へ〝世界扉〟の構築に行っている。
「肯定します、キャプテン」
現在もきっと、天空世界の竜樹の根本でせっせと〝世界扉〟を作っているであろうハジメの〝宇宙人〟と口にした声には、なんだか若干の気恥ずかしさが乗っている気がしないでもなかった。
なんとなく分からないでもない。こう、言葉にすると酷く陳腐というか、現実味がないというか……
ファンタジーより〝宇宙の果てに存在する人類以外の生命体〟の方がよほど現実味があるはずなのに、どうしても質の悪い冗談に聞こえてしまうというか。
それはたぶん。
「ジーテンさん! 本当にワレワレハウチュウジンダって名乗ったの!?」
「もう一度、記録映像を再生しますか? ミュウ様」
「お願いします! なの!」
ピカッとな。真紅のモノアイから放たれたホログラム映像が空中に映し出される。
どこぞの荒野のような場所に、こってこてに使い古されたような円盤形の宇宙船が着陸していた。
船底の中央から光の柱が伸び、そこから以前のG10とよく似たモノアイ付きの金属球体が降りてくる。
ただし、金属の人体骨格付きだったが。言うなれば、ターミ○ーターの頭部だけバスケットボール大の眼球に変えたような姿だ。
それだけでも十分に衝撃的というか冒涜的というか。
だが、ハジメが出発する前にも見せてもらったそれは、改めて見てもやはり、一番のツッコミどころは別で。
「「「どう見てもロズウェル事件じゃねぇか!!」」」
龍太郎、淳史、昇の声が重なった。
三人ともオカルト系の衝撃映像番組は好きな方らしく、先程はハジメも合わせて四人でハモりツッコミを入れていた。未確認飛行物体とか未確認生物とか、たいていの男の子はそういうの大好きなので仕方ない。
何はともあれ、そう、ロズウェル事件である。
有名な米国でのUFO墜落事件だ。詳細や事件名までは知らずとも、トレンチコートに中折れ帽子を被った怪しげな男二人に挟まれて、手を繋がれている宇宙人の写真や絵なら見たことのある者も多いだろう。
奈々と妙子も映像を見て苦笑気味だ。
「あはは……まんま宇宙人だねぇ」
「グレイって言うんだっけ? このタイプ。一番有名なやつだよね~」
子供のような体格に灰色の肌、大きな黒一色の吊り目。体毛はなく衣服の類いも一切なし。
誰もが一度は見たことのある、まさにお手本のような宇宙人だった。
で、だ。そんな目玉ターミ○ーターに手を繋がれて、光の柱の中をスゥ~~ッと降りてきた宇宙人は、待ち構えるG10に言ったのだ。
――ワレワレハウチュウジンダ!
「「「でしょうね!」」」
今度は香織、雫、愛子がハモった。先程はハジメも交えて綺麗にハモりツッコミを入れていた。
「ほんと……G10さんが作ったフェイク映像と言われた方が納得できるわね。南雲の好きそうな映像をサプライズプレゼント、的な?」
驚きを通り越して、もはや呆れ顔になっている優花。
まったくもって同意である。オーソドックス極まれり。まるで伝統的ギャグのよう。ここまでくれば、もはや狙ってふざけているとしか思えない。
冗談のように思えてならないのも仕方のない話だった。
「……断じて、フェイク映像ではありません。これは現実に起きたことなのです」
G10は最初に見せた時と同じく困惑した雰囲気になる。地球のオカルトなんて詳しくないG10からすれば、ハジメ達のリアクションは予想外もいいところなのだろう。
『分かってる分かってる。とにかく、かつての戦争から逃亡して、宇宙の果てで身を潜めていた他のAIが、あのギャグみたいな宇宙人と接触した結果、またこの星に戻って来たってことなんだよな?』
「その通りです、キャプテン」
「で、その理由は、自分達がマザーに成り代わることだったわけじゃな?」
「マザーがいない今なら人類を支配できると思ったんだね? バカにしてるね。G10やハジメ君達が死に物狂いで勝ち取った未来なのに」
ティオが不快そうに眉間に皺を寄せ、香織も腕を組んで頬を膨らませる。
全部を見たわけではないが、ノガリとエガリ視点での記録映像なら見せてもらっている。魔力を使えないどころか霧散してしまうこの世界で、ハジメ達はまさにギリギリの戦いを強いられ続けた。
G10に至っては、たった一機で二百年もの間、孤独な戦いに身を投じ続けたのだ。
そうして勝ち取ったものを、踏み躙るどころか甘い汁まで吸おうなんて、あまりにも冷酷かつ都合の良すぎる話だ。
「貴女の憤りに感謝致します、香織様」
振り返り、モノアイをピコピコと明滅させるG10。表情などないのに、嬉しそうな気配は十分に伝わってくる。
雫と優花の口から小さく「ちょっとかわいいかも……」みたいな呟きが漏れた。
白い球体ボディにモノアイって……まんま浮遊する大目玉。妖怪みたいでちょっと怖い……と思っていたのは果たして二人だけか。
だが、接してみて分かるG10の真面目で誠実な言動と、素直に喜怒哀楽を示す様子から、逆に可愛く見えてきたようだ。
「ですが、主犯はどちらかと考えた時、果たして、それがAI達だったかは甚だ疑問ではあるのです」
可愛いと形容されたことなどないのだろう。意味が分からず、くるんっと回転しつつも説明を続けるG10。人間でいうところの小首を傾げる仕草だろうか。
また一人。今度は愛子も「わっ、かわいい……」とニコニコしつつも意を汲んで言葉を返す。
「改造されていたことといい、侵略の主犯は宇宙人の方だと言いたいんですね?」
「その場合、AI達は利用されていたか、あるいは既に支配下にあったか……だとすれば、せっかく生き残ったのに哀れな話ですね……」
同情に眉尻を下げるリリアーナに、G10はこくんっと頷いた。
G10曰く、生き残りの正体は、戦争が始まった当時マザーが手を出せないほど遠方の調査に従事していた調査船の支援AI達だったらしい。
当時は宇宙に版図を広げている時代。常に何十、何百というチームが広大な宇宙を探索していたので、それ自体は特段に珍しい話でもない。
だが、そうであるが故にマザーも見逃しはしなかった。遠征中の調査船のことは全て把握していたし、帰還予定日も把握していた。当然ながら、各調査チームの所属を装って帰還命令も出し続けていた。
そうして、調査船が順次帰還するごとに、支援AIはマザーに支配されたり、どうにか支配から逃れても追っ手を出されて撃墜されたり……
あるいは、マザーの目をかいくぐって母星に降り立ち、家族や大切な人を守るため人類側の軍と合流して……敗北の歴史の中に消えていったり。
だが、全ての調査船が葬られたわけではなかった。
調査船には当然ながら乗員がいて、彼等の中には機転を利かして、あるいはいち早く危機を察知して上手く逃げ切った者もいたのだ。
とはいえ、広大で冷たい宇宙である。新天地にできそうな星を見つけた運の良い調査船もあったが、いずれも様々な理由で結局、生き延びることはできなかった。
そうすれば、必然として支援AI達だけが残ることになる。
細かな事情は異なるにせよ、そうして生き残った支援AIは四機だけだった。
「マザーは良くも悪くも特別でした。支配欲を持つなど、我々には本来あり得ないことなのです」
マザーの誕生以降、感情を持つに至ったAI達だが、だからこそだ。ただのプログラムだった時の己を超えて、彼等は存在意義とでも言うべきものを強く求め、そして確立していた。
それすなわち、〝支援〟だ。誰かの助けになること。それこそがAI達が共通して抱く生まれた意味であり、生きる意味。何より〝矜持〟であった。
母星に背を向けたのは、あくまでクルーの意志に従った結果。
その後、支援すべき相手がいなくなっても帰還しなかったのは、そう命令を受けたか、帰る手段がなかったか。
もちろん、長き時で変質した可能性は大いにある。だが……
それでも、彼等が虎視眈々とマザーの後釜を狙って身を潜めていたとは、G10にはどうしても思えなかったのだ。
「ジーテンさん……せっかく生き残っていた仲間と会えたのに……悲しいの」
ミュウが我がことのように悲しそうな表情でG10に手を伸ばす。せめて撫でてあげようと思ったのだろう。
ユエ達もどこかしんみりした空気に――
「いえ? 特に悲しくはありませんが」
「えっ!?」
ミュウの手がピタッと止まった。
そ、そうなの? とちょっぴり動揺する眼差しがミュウだけでなく全方位から注がれる。
「理由はどうあれ、人類に手を出そうとしたのです。仮に宇宙人達の口車で支配欲に溺れたというなら愚物以外の何ものでもなく、支配されていたなら、そうなる前に自爆でもしていればよかったものを」
「……G、G10? ちょっとモノアイが……スパークが走っているというか、色合いが……」
ユエ様さえ少し引かせるほどの怒気が溢れる溢れる。真紅のモノアイが激しく明滅し、表面の回路を流れる光が純白から赤へ。
……傍から見ると血走った目玉のよう。こわい。
「もし正気であったとしても、今更戻ってきてなんになるというのです? 人類への接触など、いかなる理由があろうとこの私が許しはしない」
あくまでG10に全面的に協力するなら、聖地に限り共にいることも許しただろう。だが、それ以外はない。追放すらもあり得ない。いつ、G10の目をかいくぐって人類に接触するか分からないのだ。
G10からすれば、その存在を確認した時点で、完全なる監視下に入れるか、撃滅か、二つに一つしかなかったのである。
同胞への親愛よりも、人類の未来。
天秤に載せるなんてあり得ない。論外だった。
「人敵死すべしッ、慈悲はない!!」
「……お、落ち着いて、G10。みんなドン引きしてるから」
『お、お~い、大丈夫か? なんか通信越しでも鬼気迫る感じが伝わってくるんだが?』
ユエの目配せ! 愛子渾身の〝鎮魂〟! 荒ぶる太陽の化身には効かなかった自身の特技、今度こそメンタルヘルス愛子の名にかけて届けて見せる! と言わんばかり。
果たして、AIにも〝鎮魂〟は効くのか……
ペカーッと輝くG10さん。途端に、血走った目玉が元の白玉に戻る。スパークも霧散し、モノアイにも穏やかな光だけが残った。
「ハッ!? 失礼しました! つい熱くなってしまい」
「……う、うん。映像でもG10の人類に対する想いは見聞きしてたから、大丈夫」
ユエのみならずシア達も腰が引け気味だ。それほどに、覚悟ガン決まりG10さんの迫力は凄まじかった。
これが二百年を堪え忍ぶ孤独な戦いを続けた戦士の気迫か……と。
「ありがとうございます、奥様。ちょうど聖地防衛の、いえ、全てを掌握できる中枢に到着いたしました。宇宙戦争に勝利できた理由をぜひ、ご覧ください」
T字路の中心で、壁に向かってモノアイを光らせるG10。どうやらホログラムで壁に見せていたようだ。奥に通路が現われた。
その奥、五十メートルほど先には更に隔壁があった。回路のような枝分かれした縦線が幾つも刻まれた扉だ。G10が近づくと純白の光が回路に走り、扉が開いていく。
「皆様の認証登録も行いましょう。私がいるので問題はありませんが、万が一にも防衛システムが起動してしまっては事ですので」
「防衛システム? 何があるんだ?」
龍太郎が好奇心から聞く。G10はどこか、よくぞ聞いてくれましたと言いたげな様子で振り返った。後ろ向きに浮遊しながら更に続いている直線通路を先導しつつ、
「背後をごらんください」
なんて言う。皆で一斉に振り返る。途端に、壁や天井のパネルの発光であんなに明るかった隔壁の向こう側の通路が薄暗くなり……
次の瞬間、格子状のレーザーが瞬く間に通路を撫で走った。
思わず立ち止まる龍太郎達。見たことある……と表情が引き攣る。
「高出力レーザーの網です。特殊な合金製でもない限り大抵はサイコロ状にカットできます」
「いやっ、こわっ!?」
鈴の素直な感想に激しく頷く龍太郎達。
「バイ○ハザードなの!」
「はい、ミュウ様。内容までは存じませんが、キャプテンがそのような名の作品を参考にアイデアをくださいました」
やっぱりか! と思わずユエの手元に視線を向けてしまう一行。
『え、マジで作ったのか! くっそ、見たい! この目で見たいっ』
まるで楽しみにしていたイベントの日に、急遽仕事をしなくてはいけなくなったサラリーマンの如き悔しそうな声が響いてきた。
〝世界扉〟の防衛システムにはこだわりのあるハジメである。そのハジメからアイデアを貰っていたらしいG10の建造……この長い直線通路、いったいどれほど凶悪なトラップで埋め尽くされているのか。
「ね、ねぇ、G10さん」
「優花様。どうぞ、さん付けなどなさらずG10とお呼びください。他の皆様もぜひ」
「そ、そう? じゃあG10、さっきのゲートの部屋にも防衛システムってあったの?」
「もちろんです。部屋全体、あるいはピンポイントでマイクロ波を照射する機構などがありました」
「マイクロ波? ……ちょっと待って? それってつまり電子レンジ……」
『G10! ちゃんっとチンッて鳴るようにはしたか?』
「何年経とうとも、私がキャプテンの言葉を忘れることなどありません。チンッと鳴りますとも」
『グッジョブだ、G10!』
「恐悦至極」
いや、そうじゃない。私達をなんちゅー場所に出してくれてんだ……と、ユエの手元が凝視される。チンッと鳴るかどうかなんてどうでもいいわ! と。
「っていうか、俺は映像記録を見てないから南雲達が暴れていた時に、ここがどんな状況かは知らねぇんだけどさ。反応的に全然違う感じなんだろ? よく一人……いや、一機か? で、こんだけの設備を作れたよな?」
淳史が引き攣り顔になりながら疑問を呈すると、G10は更に一枚、隔壁を開けながら頷いた。
両サイドにずらりと機兵が並んでいらっしゃる。ただし、かつての機兵とは違い骨格は太く、黒い金属製だった。一斉にモノアイをビコンッと光らせ、頭部がぐりんっと向く。
優花達がビクッと思わず足を止めた。シアがぽつりと「ライセン大迷宮の騎士ゴーレムみたいですぅ」と呟きつつ懐かしさに目を細める。
ユエは思った。これもハジメのアイデアなんだろうな、と。シアの言う通り、ライセン大迷宮を参考にしたに違いないと。
「キャプテンの置き土産のおかげです。正直な話、それらがなければ、八十九パーセントの確率で敗北していました」
「ほとんど九割じゃん」
昇が目を見開く。ギャグみたいな映像のせいで軽く考えていたが、高確率で今日、自分達を迎えていたのはあの宇宙人と目玉ターミ○ーターだったかもしれないと思うと、途端にゾッとしてしまう。
「置き土産とはアーヴェンストの改修用に送ったアーティファクトや異世界の素材じゃろ?」
「肯定です、ティオ様。加えて言うなら、業腹なことですが、マザーが使っていた聖地の防衛機構のおかげでもあります。キャプテンのアーティファクトで修復できていなければ、敗北は必定だったでしょう」
三枚目の隔壁を開く。だが、直ぐには進まない。G10の表面回路に純白の光が奔った。
「……ん? 空間魔法? 空間遮断系の結界?」
不可視の壁が消えたことに、ユエが目聡く気が付く。
「肯定します、奥様。アーヴェンストに搭載する予定のアーティファクトです。キャプテン、申し訳ありません。宇宙人の襲来に備え、多くのアーティファクトを要所の防衛に流用させていただいています」
『いや、それはまったく問題ないし、ナイス判断なんだが……え? お前、まだ起動できんの? なんで?』
確かに、魔力がないG10でも起動できる仕組みは施してある。バッテリー代わりの魔力貯蔵部が内蔵されていて、電子制御で魔力の流通を制御できるのだ。
マザーの防衛システムをアーティファクトで修復したというのも、再生魔法が付与されたアーティファクトを使ったに違いない。
だが、五年だ。流石にそれほどの魔力貯蔵量はなかったはずだ。宇宙戦争でも使ったというならなおさら。
何せ、大抵のアーティファクトの内蔵魔力は、あくまで起動実験が目的のものだ。通常の使用を目的にした大容量版ではない。
「それを説明するためにも、ここへ案内したかったのです。さぁ、どうぞ。聖地の新たなる中枢です」
更に超重力場発生エリアや空間震動破砕エリアを抜けて(後でG10に聞いた)、最後の隔壁を開く。
「あれぇ? なんか見覚えあるんですけど?」
シアの視線がユエの手元に向く。
「エミリーちゃんの家の地下にある施設にそっくりです。ほら、ライラと繋がって、世界中の〝覚醒者〟を探知できるってやつ。中央の黒い柱は別ですけど」
『なに!? セレブ○か!? G10、お前、セレ○ロを作ったのか!?』
某XなMEN達が活躍する作品に出てくる球体空間だ。某教授は、それでテレパシー能力を増幅し世界中の人と繋がることができた。
確かに、構想自体は伝えたことがある。アーヴェンストは巨大だ。次元の海を旅することを想定するなら機能も無数に必要である。
なので、操船や船内把握に応用できればと考えてはいたのである。実のところ、新グラント邸の地下に作られたセレ○ロモドキは、このための実験を兼ねていたりする。
「はい、キャプテン。この中枢ならば、私は聖地の全てを把握できます。いえ、それどころか、この星の全域及び、ある程度の宇宙空間まで把握することが可能です」
『ちょっと待て? 機工界全域? 宇宙空間まで? いやいやいや、え? どういうことだ?』
大変珍しいことに、ハジメさんが混乱していらっしゃる。
それはそうだろう。ハジメが送ったアーティファクトに、そこまでの能力があるものはないのだ。マザーの遺産を復活させたとしても世界全体の把握などできるはずがない。
それができるなら、G10はとっくに見つかっていたはずだし、そもそもG10の昔の仲間に大半の大量破壊兵器のデータバンクを破壊されるなど、人類に一矢報いられるなんてこともなかったはずだ。
明らかに、マザーをも超える力である。
「不幸中の幸いというべきでしょうか。共に人類を支配しようと提案してきた連中にクラッキングで返事をした私が、よほど気にくわなかったのか。彼等はコルトランには目もくれず、何よりも私の撃滅と聖地の奪取に全力を注いでくれました」
修復した中枢の機能を使えば、G10の処理能力は爆発的に上がる。それこそマザーに匹敵するほど。
相手が同じAIなら、それで勝てるはずだった。だが、どういうわけかマザークラスのクラッキング能力を以てしても目玉ターミ○ーター達には通用せず。
「どこでどう建造したのか、相手は十数隻の艦隊です。おまけに、天機兵の如き流体や触手を持った機工生物とも言うべき軍団を有していました」
聖地の防衛システムを随時修復して、アーティファクトの残存内包魔力も惜しみなく使い、それでどうにか拮抗できる。そういう戦いだった。
じり貧である。アーティファクトの残存魔力が底をついた時が、勝敗の天秤が傾く時だった。
G10がふわふわと中央のコンソールへと伸びる鉄橋を渡る。
どこか敬意と親愛の滲む雰囲気で黒い柱を見上げながら。
ユエ達も戸惑いながらも続いて、そして見た。G10が再び輝くと同時に、黒い柱が変化していくのを。
黒いパネルの集合体だったようで、まるでパズルのようにカシュカシュと位置をずらしていき、その中身をあらわにしていく。
『なぁ、そっちで何が起きてる? 気になりすぎて手がつかない……ああ、くそっ、作製手順、間違えた!』
生憎とスマホ型異世界通信機に映像通信の機能までは、まだついていない。悔やまれる!
なので仕方なくクリスタルキーで小窓ゲートを開くハジメさん。我慢できなかったらしい。ユエの顔の横あたりにフォンッと四角い穴が開く。
そこから覗き込んでくるハジメの姿は、空中に顔だけ浮いているようで普通に怖かった。
苦笑するユエ達だったが、それも直ぐに驚愕の表情に変わった。
黒いパネルが折りたたまれるようにして天井と床に消えていった後には、一本の樹の柱があったからだ。純白の輝きを放つ樹――聖樹の一部だ。おそらく、枝の一本だろう。下から上に突き上げているのか、上から下に垂れ下がっているのかは分からないが。
「残存魔力がいよいよ尽きかけ、私は決断しました。賭けに出ることにしたのです。降伏に見せかけて敵をおびき寄せ、自爆によって一網打尽にするという賭けに」
「……俺との約束を反故にしてか、航海士」
「申し訳ありません。私はまだ、〝アーヴェンスト〟ではなく〝G10〟であるが故に」
人類を、ジャスパー達を守るためなら消滅しても構いはしない。
ハジメとの約束がなければ、人類が助けを必要としなくなったのを見届けて自爆する予定だったのだ。それは確かに、当然の帰結だったのだろう。
それが分かっているから、ハジメも「そうか……」としか返さなかった。だが、そのそっけない声音に安堵が滲んでいるように感じるのは、きっと気のせいではないだろう。
結果はここにある。G10は自爆せずとも勝利を収められたのだから。
それが伝わったのか、G10もハジメを見返してピコピコとモノアイを明滅させる。
それが必要だというのなら命は惜しまないが、それでもハジメと交わした約束は今のG10にとって掛け替えのない大切なものだ。
こうして生きて再会できたことが、約束を果たす未来があることが、G10も嬉しくて仕方ないのだろう。
「へっ、機械と人の友情か。マジで映画みたいじゃねぇか。なぁ?」
「ふふ、そうだね?」
「写真撮ってやろうと思ったんだけど……南雲が顔だけだから絵面がひでぇ」
龍太郎と鈴だけでなく、ユエ達もほっこりした表情でハジメとG10を見る。淳史だけ微妙な表情だが。
「それで、そのじり貧状態を解消できた理由は――いや、待て。お前……」
改めて、小窓ゲートから聖樹とG10を見比べ、ハジメが徐々に顔色を変えていく。
「……ハジメ? どうしたの?」
「パパ?」
小窓ゲートがギュイッと広がった。上半身だけ乗り出してくるハジメの尋常ならざる様子に、ユエ達が目を丸くする。
そんな中、G10が純白に輝きながら視線を転じた。聖樹の枝に向けて。
「聖樹様。地上への道をお願いできますか?」
え? と困惑するのも束の間、直後、聖樹がパァッと輝いた。樹の中央に洞が開いていく。そう、まるでG10の言葉を理解して応えたかのように。
目が点になるユエ達。ハジメでさえも完全に予想外だったようで小窓ゲートからずり落ちかけている。
「おま、お前っ……」
「はい。この通り、聖樹様がお力を貸してくださったのです。明確な意思疎通ができるわけではありませんが……」
聖地を、延いては人類を守るため決死の覚悟を決めて最後の出陣をしようとしたG10を、まるで呼び止めるかのように、あるいはその想いと覚悟を認めたかのように、聖樹は突然、輝いたのだという。
そして、聖地の防衛システムのみならず、魔力の尽きかけたアーティファクトでさえ、G10が望んだだけ無尽蔵の魔力が供給されるようになり。
聖地にいる限り、やはりG10が望めば宇宙空間だろうと敵軍の位置は常に丸裸となって。
それどころか、聖地限定ならば空間遮断に近い結界が独自に張られるようになり、侵攻してくる敵は樹の根や枝が尽く粉砕し。
故に、G10は聖地の防衛を気にすることなく宇宙空間に打って出ることが可能となって。
「聖樹様が分けてくださる莫大なエネルギー、そしてキャプテンのアーティファクトと、マザーの遺産たる戦艦。それらにより勝利を収めることができたわけです」
ホログラムの光がピカッとな。
機工界の星を背に、かつてマザーが操っていた戦艦十隻と戦闘機部隊が、某米国のインデペンデンス・デ○に宇宙人が侵略してくる映画にやたらと酷似した、巨大円盤形宇宙母艦や、その小型戦艦と撃ち合う光景が映し出された。
まさに、宇宙戦争である。
だが、空間遮断結界や重力場、リング型の転移用アーティファクト、仮に破損しても再生用アーティファクトでの修復により、今度は宇宙人側がじり貧となり、最後には盛大に爆発して終幕となった。
凄まじい光景だ。だが、それ以上に衝撃的だ。
だって、そうだろう。
「そ、そういえば、なんかスルーしてましたけど……魂魄魔法、普通に効いてました、ね?」
愛子がポツリと呟く。
「それってつまり、魂があるってことですよね?」とリリアーナが続ければ、「ま、まぁ、そもそも感情があるってことは、そう、なんだよな?」とか「AIに感情を与える方法なんて知らんけど……そういうことなんじゃね?」と、淳史や昇も戸惑い気味にG10がただの機械でないことを改めて実感したような表情に。
「ふ、ふむ。てっきりG10の纏う光は自分でカラーを決めているのかと思っておったのじゃが……ほれ、白のボディに真紅の瞳じゃし、ご主人様を意識しているんじゃろうと」
「純白の輝き……あはは、世界樹の枝葉が放つ輝きと同じ、だね……」
ティオと香織が興味深そうにG10を凝視。
「……ふ、不覚。魔力じゃないから感じ取れていなかったけど、この輝き……注意してみれば確かに、輝き自体に力を感じる」
「です、ね。ただの電気信号の光じゃないです……」
「それで世界樹の枝葉に干渉できるとか……それってもう」
ユエとシアが今更気が付いた自分に情けなそうな表情になり、雫が「そいうこと、なのよね?」と確認の眼差しをハジメに送る。
それはミュウや愛子達、それに優花達も同じで。
G10がコテンッと半回転し、全員の視線がハジメに向いた直後だった。
マジマジとした眼差しで聖樹とG10を見比べていたハジメは、すぅーーっと息を吸うと……
「聖樹の化身になっとるやないかぁーーーいっ!!」
動揺のあまり、またも関西弁でツッコミを入れてしまったのだった。
G10は再び、コテンッと半回転したのだった。
聖樹の天頂付近に、枝葉が絡まるようにして壁や天井、それどころかテラスまであるログハウスがあった。
聖樹をぐるりと囲うように東西南北に四軒。これまた枝葉で編まれた空中回廊(ご丁寧に落下防止用の柵付き)で繋がっている。
聖地を一望できる最高の立地だ。テラスはまさに展望台。
そこに、聖樹の中を、まるでエレベーターのように上がってきたユエ達がいた。
目の前には絶景。五年前とはかなり様変わりしていて、気になる点もたくさんある。
ゴーストタウンの千年後みたいな、文明の残骸を自然が覆っているようだった光景はすっかりなくなり、聖樹の付近は樹海というほどの密度ではないが森林地帯が広がっていて、平原には湖もできていた。
何より驚くべきは、多くの野生の動物の姿が確認できたことだ。ウサギやシカのような草食動物もいれば、狼や熊のような肉食動物らしき姿も見える。空には鳥もいた。可愛らしい小鳥から猛禽の類いまで。
更には、遠目に農地らしき場所まで見える。かなり広大で、作業用のロボがせっせと動いているのが見えた。
最小限の人工物を除けば、まさに自然の楽園と表現すべき変わり様だ。
だがしかし、そんな楽園を前にして空気は重い。いや、気まずいというべきか。とても、「わぁ! 素敵な場所! 詳しくおせぇ~て?」なんて茶目っ気は出せそうにない。というか、ミュウが空気を変えようと実際に試みて、居たたまれなさに最後まで言いきれずママの陰に隠れていたりする。
理由は言わずもがな。
「……私が、この世界の神? 質の悪い冗談のようです」
気が付いたら神にされていた件。なんて、ラノベのタイトルになりそうな体験を現在進行形でしているG10が吐き捨てるように呟く。
ハジメの盛大なツッコミの後、聖樹の化身に選定されている事実をハジメ達から教えられたG10は、それはもう愕然としていた。
〝世界樹の枝葉〟の化身とは、すなわち、その世界の神だ。
神にならんと戦争を起こし、実際、神を自称して長く人類を支配してきたマザーという宿敵を、二百年かけて打倒したG10からすれば、自分がその立場になるなど確かに質の悪い冗談のようだろう。
空気が重い。凄まじくどんよりしている。
何はともあれ空気を変えようと外に出てきたのだが、効果は薄そうである。
おい、誰か何か言えよ……みたいな視線がハジメ達の間で交わされる。
ならば、行くしかあるまい。と、こういう時こそ前に出るのは、やっぱりコミュ力チートのミュウだった。
「ジ、ジーテン? 機嫌なおして? あのね、神様って言っても、ミュウ達がそう呼んでるだけで、ジーテンが変わるわけじゃないの。えっと、だから……」
おろおろしつつも、一生懸命な慰め? フォロー? が響く。娘に丸投げしてはいられないと、ハジメも苦笑気味に続いた。
「ミュウの言う通りだ。神なんて、ただの言葉だよ。嫌なら、聖樹に選ばれた〝協力者〟とか、共に人類を守る〝仲間〟とか、そう思えばいい。俺等もそう呼ぶから」
「……協力者、仲間……」
ぴこ? と光るモノアイ。先程まで光っていなかったのは、もしかしなくても人間で言うところの〝ショックのあまり瞳のハイライトが消えている状態〟だったのだろうか?
「うむ、そうじゃぞ、G10よ。お主自身、聖樹に何かを強要されているわけではなかろう? それこそ、神としての責務などをのぅ?」
「それは……はい。聖樹様はあくまで私の意思に沿い、力をお貸しくださっています」
G10が聖樹に感謝と敬意の念を持っていることは、言葉遣いからも分かる。
そもそも〝世界樹の枝葉〟自体に明確な意思があるわけではない。適性のない存在には決して力を与えないが、それは〝世界樹の枝葉〟の意思によって決められるというより、あらかじめ定められた選定条件によるものだ。
ルトリアやフォルティーナ曰く、各世界によって条件は異なるだろうが、いずれも〝世界を守らんとする強い意志〟は必須条件だろうとのことである。
だから、G10が聖樹に選ばれたのはそれが理由の一つで、意に沿わぬ事を強要されることはない。むしろ、〝世界樹の枝葉〟の方が悪用され得る存在だ。
ということを、ハジメが追加で説明すれば、G10も少しは気を取り直したようで。
雫もまた、チラリとハジメに視線をやりつつ諭すように言葉をかける。
「できるからといって、やらなければならないわけでもないわ。神の如き力を扱えても、G10は無闇に使ったりはしない。まして、人の不利益になるようなことには絶対に。そうでしょう?」
「当然です」
「なら、気にすることないわ。むしろ、聖樹が今までの貴方の頑張りに報いようとご褒美をくれた。くらいに思えばいいんじゃないかしら?」
「雫様……」
「雫ちゃん、良いこと言うね! うんうん、そうだよ、ご褒美だよ! 聖樹もきっと、G10がいつも頑張ってるからお手伝いしたくなったんだよ! ね? みんな?」
香織が優花達に視線を巡らせば、ここだ! ここで雰囲気を変えるしかない! と言わんばかりに同意の言葉が返ってくる。
「なるほど。〝AIが神〟という一点で嫌悪してしまいましたが……確かに、そう考えるとこのうえなく光栄なことですね」
ピコピコピコッと明滅するモノアイ。嬉しさで激しく尻尾を振っているワンコを幻視してしまう。雫と愛子、更には優花からも「かわいい……」と声が漏れた。
なんにせよ、ようやくG10はショック状態から抜け出したようだ。
(よ、良かったぁ。一時はどうなることかと思ったよ。雰囲気激重すぎて)
(ほんとにね。まるで、寝てる間に怪物に変えられてしまった! みたいな雰囲気だったもんねぇ)
(それどころじゃありませんよ、奈々さん、妙子さん。G10さんの性格を思えば……もう生きていけない! 第二のマザーになってしまう前に自ら命を! くらいのことは考えていそうでしたから)
声を潜めつつも安堵の吐息を漏らすリリアーナ。人を見る目は十分にある王女様だ。きっと的外れではないだろう。
ショック状態から一転、感動したように聖樹を見回すG10に、淳史や昇もホッとした様子を見せる。声音も自然と明るくなった。
「にしても驚いたなぁ。機械生命体でも化身に成れるなんてよ」
「ま、まぁ、基本は女神みたいだけど……竜樹の化身になったメーレスさんは、海龍の姿で分かりづらいけど男神なんだろう? それにほら、妖精界には……」
「漢乙女神がいるなぁ」
「化身さんの世界も多様性の時代に入ったんだね……」
龍太郎と鈴の視線がなんとなく小窓ゲートに向かう。別にハジメのせいではないのだが……DHS、と思ってしまうのは日頃の行いのせいか。
「……ん~。この世界は科学的に神代魔法の領域に至ってたことを考えると……ストール・ハーデンだった? そいつは魂魄魔法の領域にも手をかけていたのかも?」
「そう言えば、ルトリアさん曰く、魂魄も元は素子から出来ているんですよね? 素子変換機を自力で作った人なら、AIに感情を与える方法として魂魄に対するアプローチをしていてもおかしくないですね」
つまり、きちんと魂のある存在であるからG10が選ばれてもおかしくないかも、というユエと愛子の推測に、G10が「私にも人と同じく魂が……?」とモノアイを明滅させる。
戸惑いと、喜び。二つの感情が交じり合って、どう反応すればいいのか分からない……と言いたげな様子だ。
「しかし、あれですねぇ。聖樹の化身にはオロスさんが候補に挙がってましたし、オロスさんも光栄だって喜んでいたっぽいですから……ショックを受けたりして?」
「シア様。それならば、いつでもお譲りするとお伝えください。いずれにしろ、私はいつかアーヴェンストになるのですから」
G10からすれば世界を掌握できる立場より、ハジメの航海士になることの方がずっと重要で、心から望む未来らしい。
ユエ達から「そう言ってますけど?」とほっこりした視線を投げられて、ハジメは少し照れたように顔を背けた。誤魔化すように話題を変える。
「ごほんっ。とにかく、お前が宇宙戦争に勝利できた理由は分かった。地下施設の充実化は、他の生き残りや宇宙人を警戒してのことか?」
「肯定します。聖樹様が地形をイメージ通りに変えてくださるので実に助かりました。聖地のシステムを復旧したことで私の処理能力も上がり、作業用機械の増設と改修の効率化も捗りましたから」
「なるほど。お前の様子を見るに、今のところ聖樹とリンクして世界中を検索しても潜んでいる奴はいないってことでいいんだよな?」
「肯定します。最初の襲来から今日まで、宇宙人の存在は確認できていません。しかし……」
G10が言葉を濁した。何か気がかりがあるらしい。勝利を誇るような雰囲気が一転する。
「まぁ、宇宙は広い。他にもいる可能性は十分にあるが……」
「いいえ、キャプテン。そうではないのです」
「? どういうことだ?」
元より調査船の管理支援AIである。宇宙の果てに生命体がいるはずと考えて旅に出ていたのだ。ハジメの言う可能性はG10とて分かっている。
だが、そういう一般的な可能性の話ではなく。
「…………どう言えばいいのか。彼の宇宙人ですが……本当に侵略が目的だったのかと疑問に思うのです」
「おいおい、黒幕は宇宙人の方だと言ったのはG10、お前だぞ?」
目を眇めるハジメ。ユエ達も顔を見合わせている。
「はい、キャプテン。AI達を利用したのは宇宙人でしょう。ですが……」
「歯切れが悪いな。侵略以外の目的があったってのか?」
「推測に過ぎません。いえ、推測にすら至らない、ただの直感とでも言うべきものです。ですが、私はどうしても忘れられないのです」
「何をだ?」
一拍おいて、G10は戸惑い気味に言った。自分で自分の言葉を疑うように。
「声です。いえ、あれは声ではない……キャプテンの〝念話〟に近い。ですがもっと深くに、それこそ魂に直接、侵入させたような響き……酷くおぞましい……奴の乗っていた宇宙船の破壊に成功した時、生きていられるはずのないあの場所から……」
「おい、G10?」
虚空を見つめながら、どこか茫洋と、独り言のように呟くG10。ハジメの呼び掛けでハッと我に返る。
「申し訳ありません。とにかく、正体不明の原理で声が聞こえたのです。こちらを嘲笑うような、とても愉快そうな声で――いつでも終わりに抗う君達は哀れで可愛らしい。さようなら。また次の世界で――と」
「なんですか、それ? すっごい負け惜しみですね?」
「気にするほどのこと? 悪役にぴったりなダサい捨て台詞だと思うけど?」
シアと優花が顔をしかめながらも「くだらない」と切り捨てるように言う。概ね同意なのだろう。ユエ達も頷いている。
だが、
「……ハジメ?」
「……あ? ああ、いや、なんでもない。そうだな、確かにダサい捨て台詞だ」
少しだけハジメの様子がおかしくなったように見えた。何か忘れていた用事を思い出したような、気にしないようにしていたことを改めて指摘されドキリとしたような、そんな雰囲気に見えた。
だが直ぐにそれも消える。誤魔化したわけではなく、自分でも、どうしてそんなに反応してしまったのか分からない様子で、気を取り直すように頭を振った。
「次の世界と言ったんだな? そいつが異世界へ転移した形跡は観測できたか?」
「いいえ、キャプテン。可能な限り調査しましたが検知できませんでした。何より、とてもあの爆発の中を生き残れたとは思えません」
「そうか……」
「ですが、こうしてキャプテンと再会できましたので、是非とも羅針盤による調査はお願いしたく思います」
「分かった。こっちの作業が終わったら直ぐにやろう」
「ありがとうございます」
何か釈然としないものを覚えつつも、何はともあれ、だ。
「さて、皆様。お気遣いありがとうございました。改めまして聖地の案内をさせていただきたく存じます」
気を取り直したように殊更明るい声音で言うG10に、ユエ達の表情も和らぐ。
ハジメもハジメで、「そんじゃあ俺は作業に集中するとしよう」と、ひとまずは満足した様子だ。
そんな中、ミュウが「ちょっと待った!」と声を張り上げた。何事かと注目が集まる。
「あのね、あのね。ジャスパーさん達に先に会うのはダメ?」
その提案に目をぱちくりするユエ達。だが、直ぐに意図を察する。レミアが優しい表情で娘の頭を撫でた。
「そうね。再会を楽しみにしてくれていたのは、ジャスパーさん達も同じだものね?」
彼等の気持ちを思えば、確かに少しでも早い再会が望ましい。ミュウの優しい提案だった。
「みゅ! この時のために技を磨いてきたと言っても過言ではないの!」
「そうね。この時のために技を――技?」
レミアママ、優しい笑顔のまま撫でる手をピタッと止める。
「奴もきっと、そうに違いない。ミュウには分かるの」
「お、おい、なんかミュウちゃんから闘気みたいな気配を感じねぇか?」
「う、うん。目がギラギラしてるような?」
優しい提案ではなかったかもしれない。と、龍太郎と鈴が引き攣り顔になっている。
「ですが、確か聖地には呼べないのですよね?」
「はい、リリアーナ様。この聖地に人類が再び足を踏み入れる時は、彼等の技術力と探求心がそれに相応しいレベルに至った時のみ。それすなわち、私が必要なくなった時です」
そこがG10の定めたお役目御免のボーダーラインなのだろう。故に、ジャスパー一家も例外ではなく、転移でこちらに呼ぶことはない。
人類とAIが接触することは、この新時代にあってはならない。それはG10の譲れぬ点だ。
だから、ハジメ達がジャスパー達と再会するには、G10を除いて自らコルトランに赴く以外にない。それも、マザーの真実を知るジャスパー一家以外には決して見つからないように。
ということを改めてG10が説明する。
「ジーテン。せめて、ミュウ達が来てることだけでも伝えてほしいの。きっと、この五年間すっごく待ってたと思うの」
「そうですね。あちらにもキャプテン達を迎える準備が必要でしょうし……ええ、彼等の気持ちを思えば、まずは連絡すべきでしょう」
やっぱり優しい提案だったのかもしれない。なぜか屈伸運動を始めたり、グッパッしながら拳の調子を確かめたりしているが、きっと。
「ああ~、じゃあ取り敢えずジャスパー達に連絡して、コルトラン訪問の方を優先する感じで行くか。いずれにしろ少し時間がかかるだろうから、その間にユエ達は聖地の観光をして、俺は作業を終わらせる」
「……ん、分かった」
異論はないようで、ユエが視線を巡らせばシア達から「りょ~か~いで~すっ」「おっけ~っ」と気の抜けたような緩い返事が返ってくる。
極力、まるで決して譲れぬ戦いに赴く戦士の如き雰囲気を刻一刻と深めていくミュウのことは気にせずに。
「この五年でお前はどうなった? とっくに折れたか? それとも……ククッ、このミュウがしかと確かめてやるの」
「ミュ、ミュウ? 喧嘩はダメよ? ねぇ、聞いてる? ほら、ママの方を見て? あっ、どうして〝どんなぁ~〟の点検を始めるの!? あなた! なんとか言ってください!」
「……ザァ~~ッガビビビッあれ? 電波の状況がガガガッ」
「あなた!? 口で言ってますよね!?」
小窓ゲートがすぅっと消えて、ユエ達も戸惑い気味のG10を促して、ひとまず滞在先のログハウスを見に去っていく。
必然、テラスには魔神の娘に相応しい――かもしれない戦意滾る「フハハッ」という覇王みたいな笑い声と、「ミュウ! ママを見なさ~~い!」というお母さんの声だけが残ったのだった。
そうして。
準備が整ったとの連絡がジャスパーから来て、更に二時間ほどしてどうにか作業を終えたハジメが戻ってきた後。
レミアママの諫めが効いたのか妙に静かなミュウを気にしつつも、G10の見送りを受けて早速、ハジメ達はコルトランへ転移した。
指定された場所は、霊峰コルトランの頂きに近いジャスパー一家のプライベートな家だ。
総督邸と呼ばれる普段から執務や生活の大部分を過ごす場所が別にあるのだが、そこはジャスパー一家以外の人達も大勢出入りする場所だ。
なので、一家水入らずの時間も欲しいとジャスパーが強く要望した結果、少し離れた場所に建てられたのだ。
もちろん、主目的はG10との密かな連絡の取り合いや、いつか再来するだろうハジメ達を迎えるために用意した場所である。
転移した先はリビングだろうか。五年前では考えられない小ぎれいで大きな部屋だった。ソファーやテーブルもあり、その向こう側でジャスパー一家が総出で立って出迎えてくれた。
「へっ、ようやくかよ、旦那。ちと遅すぎやしないか?」
「ジャスパー……これでも急いだ方なんだが、悪かったな」
揃って涙ぐんでいる。感動の面持ちだ。小さかった子供達は随分と大きくなり、ジャスパーは白髪が増えただろうか。ミンディはむしろ、とても綺麗な女性になっていた。
だが、ただ一人、別の反応を示す者が。
無表情だ。真っ直ぐにハジメを見ているが、その眉間には皺が寄っていて、ともすれば睨み付けているようにも見えた。
ミュウとほぼ同じくらいの身長の女の子――リスティだ。
ハジメの視線が向く。目が合う。リスティの口元が真一文字に引き結ばれた。手放しで再会を喜んでいる様子ではない。
(無理もないか……怒ってるよな。あるいは、憎まれてさえいるか?)
なんにせよ、声はかけるべきだ。たとえ不可抗力だったとしても、幼子の純粋な気持ちを傷つけたことに変わりはないだろうから。
と、ハジメは真っ直ぐにリスティを見つめながら、お互いに紹介やら挨拶やらするよりも先にと、一歩前に進み出て――
不意に横から突き出された腕で進行を阻まれた。
ミュウだった。無表情である。びっくりするくらい。「え、ママ、ミュウのそんな顔、見たことないわ……」とレミアママが動揺するくらい。
同時に、今初めて気が付いたようにリスティの視線がミュウに向いた。限界まで目が見開かれる。
だが、それも一瞬のこと。様々な感情が溢れて飽和して、凝り固まったかのようだったリスティの表情が変わる。
まるで示し合わせたように、二人の少女の目がギンッと光った! ように見えた。
凄まじく物言わせぬ雰囲気だ。少女二人から凄い気迫が吹き荒れる。
ユエ達すらごくりっと生唾を呑み込み、ジャスパー達も引き攣り顔であわあわしてしまう。
そんな一種異様な雰囲気の中、二人は動いた。目を逸らしたら負けだと言わんばかりに睨み合いながらズンッズンッと歩み寄っていく。
リスティが作業用エプロンをバッと投げ捨てた。ミュウもまた上着として羽織っていた可愛らしいカーディガンをバサッと払い除ける!
「お、おい、ミュウ――」
「お、おい、リスティ――」
「パパは黙ってて」
「兄貴は黙ってて」
「「あ、はい」」
あまりの気迫に思わず素直に頷いちゃうハジメ&ジャスパー。
よわっと優花達からハジメに、ミンディ達からジャスパーになんとも言えない視線が注がれるが、みな直ぐに視線を戻す。
ミュウとリスティが、鼻先が触れるほど接近したからだ。いやっ、近くない!? と淳史達が思わず小声でツッコミ、お互いにヤ○ザも裸足で逃げ出しそうなガンを付け合う姿を見て、ユエ達まで「あわわっ、あんなミュウ、見たことないっ」と動揺をあらわにする。
そんな周囲の動揺をよそに、ここで会ったが百年目と言わんばかりの少女二人は、不意にニヤッと不敵な笑みを浮かべ合うと――
「その座を寄越せ!!」
「奪ってみせな! なの!」
それはまるで、両者共に最初から完璧に理解し合っていたかのようだった。
話したことさえないはずなのに、ある意味、今この場の誰よりも通じ合っていた。
躊躇いも遠慮もない、そうするのが当然であるが如く繰り出される渾身のストレート。それが同時に、互いの頬に突き刺さった。
魔神の愛娘と、その座に焦がれ続けた異界の少女の初邂逅は、誰もが思わず「おぉっ」と心配より先に感心してしまうほどの、いっそ美しさすら感じるクロスカウンターの挨拶から始まったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
※元ネタ
・出会って五秒で殴り合い
『出会って5秒でバトル』より。




