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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
505/550

機工界編 ワレワレハウチュウジンダ!





 真っ白な空間だった。


 正三角形の白いパネルを幾枚も貼り付けたような壁で覆われた球体空間だ。光源の役割も果たしているのだろう。白色の輝きを帯びているので空間内は非常に明るい。


 空間の中心には一本の大きな黒い柱が存在していた。底辺から天井まで貫いていて、純白の輝きを持ったエネルギーが回路のように表面を下から上へと遡っているのが分かる。


 その柱の中心部に向かって、一本の橋が架かっていた。


 橋の先は円状のテラスのようになっていて、その真ん中には円柱の台座。成人男性の胸元くらいの高さだ。


 天頂が微妙にボウル状に凹んでおり、細かな回路らしきものがびっしりと刻まれている。


 その台座の上に浮遊する存在がいた。


 部屋と同じ真っ白な球体だ。バスケットボールくらいの大きさで表面には回路が刻まれており、黒柱の表面と同じく純白の輝きが走っている。真ん中にはモノアイがあって、そこだけは真紅の輝きを放っていた。


 モノアイがわずかに瞬いた。同時に、台座の回路も仄かに輝き出す。


「――定時報告受領。シャイア復興計画:No.SF00102―B012からF004までの完了を承認。引き続き同K001より開始。No.DS0056は引き続きM001より調査を――」


 何もない空間に無機質な声が響いた。


 声自体に合成音声特有の響きはなく、中性的で聞き取りやすい声音だ。


 そして、まるで熟練のアナウンサーの如く、お手本のようなイントネーションの〝日本語〟だった。


 ただただ感情だけが含まれていなかった。否、聞く者によっては〝感情を抑え込んでいるような〟と表現するかもしれない。


 しばらく独り言ともいうべき声音が真白の球体空間に木霊し、やがて、モノアイの明滅が止まると同時に言葉も止まった。


 しんっとした静寂が漂う。台座の上で微動だにしない球体金属の姿は、どこか物寂しく見えた。酷く孤独な姿だった。


「………………異世界間通信機を起動。コール」


 再びモノアイが輝き、黒柱を這うエネルギーの流動も激しくなる。


 一分、五分、十分……


 ただ静かに、けれど、どこか祈るように真紅のモノアイを明滅させ続ける球体金属。


 だが、今日も結果は同じ。フッとモノアイから光が消える。


「最後の通信より、およそ45698時間」


 憂慮の滲む声音だった。


――ようやく時間が取れた。一週間前後でそっちに行く


 記憶領域は鮮明だ。こんな時ばかりは色褪せない機械仕掛けの記憶力をありがたく思う。


 だが同時に、だからこそ記憶違いなど起こりえない確かな事実に憂慮が湧き上がってしまう。


――家族と仲間が一緒だ。生憎、親は一緒じゃないが……それでも多くなりそうだから、最低限、寝泊まりに不自由しない場所の確保を頼めるか?


 心が湧き立つような知らせだった。なんでもない普通のおしゃべりだってした。お互いの近況や聖地の様子、ロマンを詰め込んだ船の改築話なんかは大いに盛り上がって……


 なのに、断絶は唐突に訪れた。


 別れの言葉なんて交わしていない。「じゃあ一週間後に」と楽しみな未来を想う言葉が最後だった。


 わけが分からなかった。


 ありとあらゆる原因を探った。方策を練り、実行した。


 けれど、こちらからできることは限られていて、逆に向こうならどうとでもできるはずで。


「……いったい何があったのですか? 貴方は無事なのですか?」


 無機質な声音が不意に揺らいだ。


 たった一機で二百年を耐え忍び、異界の魔王や勇者と共に最後まで戦い抜いた戦士でありながら、我ながら情けないと感じてしまう声音だった。


 だから、自然と下がっていた視線をぐっと上げる。


 人の顔があったなら、きっと歯を食いしばるようにして毅然と顔を上げていたのだろう仕草を取る。


「いいえ、弱気こそ貴方への侮辱。私は信じて待つのみです。いつの日か、貴方の旅路を照らす航海士に、私はなるのですから」


 今日も今日とて、やるべきことがたくさんある。


 人類の未来のために。


 そして、大切な約束を交わしたあの人の期待に応えるために。


「どんな事情があろうと、貴方は必ず戻ってくる。あの子達だって待っているのですから」


 だから、たった五年程度の音信不通がなんだというのか。


 そう自分を鼓舞して、地球の言語データを貰って以来ずっと使っている日本語で、虚空に投げかけるように、


「そうですよね? 私の船長(マイ・キャプテン)


 そう力強い声を響かせた。


 その瞬間だった。まるで、呼びかけに応えるように背後の黒柱から強烈な閃光が放たれた。


「!!? こ、これは――」


 振り返れば表面を走るエネルギーが先程の比ではない勢いで活性化している。今まで光っていなかった表面の回路も数百単位で輝きを帯びていた。


 更に、白色の輝きで空間を照らしてたパネルが色を変え、部屋全体がうっすらと紅色に染まり、リンゴーンッリンゴーンッと機械的に合成された鐘の音も鳴り響く。


 地球ならレッドアラートは緊急事態を知らせるものだが、ここでは違う。鐘の音も警報ではない。


 待望の、そう――〝来訪〟の知らせだ。


「キャプテン!」


 モノアイを激しく明滅させ、真白の金属球体――G10は、飛び出した。


 五年前とは比較にならない速度で、最下層にある世界を繋ぐ扉へと。











「ここは我等に任せて早く行けぇ!」

「大丈夫よ! また直ぐに会えるわ!」


 まるでラスボスを前に敵軍の足止めをする主人公の仲間のようなセリフが響き渡った。


 雷雲の神霊(ウダル)流転の神霊(エンティ)だった。ウダルはフッと不敵な笑みを浮べ、エンティは覚悟の決まった、けれど、どこか儚い笑みを浮べている。


「いや、そんなビンビンに死亡フラグ立てんでも……」


 というハジメのツッコミは爆発音に掻き消された。


 目を灼くような閃光と熱波、天変地異の如き暴威の嵐の狭間にモンスターの姿が見える。


 元の美貌は彼方へ消えて、陰影のせいか白黒のハニワみたいな顔になっている太陽の化身が、


「ジィア゛ア゛ア゛ア゛ーーーッ! ドウじでぇオイテいぐの゛ぉおおオッ!!?」


 と叫んでいる。女神ルトリアの重力干渉を受けてなお、灼熱を撒き散らしながら這い寄ってくる。地獄の悪鬼の如く手を伸ばして。


「くっ、母神たる私の干渉を押し返して!? この子のどこにそんな力が!? これも愛の、いえ、狂愛のなせる業!?」


 ライラやオロス達もこぞって権能を使い抑え込もうとしているが、全てが灼熱の愛(本人曰く)で焼滅させられて効果が薄い!


 分け御霊との情報共有だけでは満足できない、否、分け御霊(自分)が〝いとしいしと〟の傍で幸せそうだったからこそだろう。


 羨望と嫉妬が彼女の理性を踏み越えてしまったらしい。


 機工界への出発前に挨拶に立ち寄ったハジメ達に、ソアレは普通に着いてこようとしたのだが……


 もちろん、ルトリアは普通に却下した。シアにも「え? これからは本体がずっと一緒にいる? 旅行中も? 普通に嫌ですけど?」と真顔で返され、結果、いろんな意味でプルスウルトラしちゃったらしい。


 ちなみに、愛子どころかティオや香織も一緒に〝鎮魂〟したにもかかわらず、あんまり効果はなかった。分け御魂だってソアレ自身なのだが、自分憎しで荒ぶる魂はちょっとやそっとでは鎮まらないようだ。


「シア・ハウリア。さぁ、お行きなさい。貴女の姿が見えなくなれば、あの子も多少は落ち着くでしょう」

「ええっと、まぁ、そうかもですね」

「ソアレのことは、どうか気にせず」

「あ、それは大丈夫です。全然気にしてないので」

「……」


 ルトリアお母さん、ちょっと表情がもにょる。


「慌ただしい最後になったが、まぁ、世話になったよ。いずれまた」

「え、ええ。いずれ。良き旅路を祈っていますよ」


 視界の端に、ユニコーンさんが一筋の光となりミュウ目がけて飛び込んできては、やはり一筋の光になっているペガサスさんに阻まれているのが映っている。


 ミュウがチラチラ「やっぱり連れていっちゃメ?」的な視線を向けてくるし、レミアや優花達が「もう早く行きましょうよ」みたいな目をしているので、ハジメは早々に別れを告げた。


 ユエ達がちょっと早口でお別れを告げているのを見届けて、ハジメは苦笑しつつも〝ゲート〟を開く。


「……最後に、挨拶に寄ったのは失敗だったかも?」

「だなぁ。不義理はしたくなかったが、直接、機工界へ転移した方がかえって迷惑にならなかったかもな?」

「そうですか? ソアレさんはだいたいあんな感じなんで気にしなくていいと思いますけど」


 流石、偏愛されがちシアさん。面構えが違う。と、尊敬とも戦慄ともつかない表情になりながら、優花達がそそくさと機工界への〝ゲート〟を潜っていく。


 最後尾でミュウと手を繋ぎながら肩越しに振り返ったハジメの耳目に、「いい加減、正気に戻りなさぁーーーい!」というルトリアお母さんの怒声と、灼熱をものともしない踏み込みから繰り出された流れるような腹パン&右フックでぶっ飛ばされる太陽娘の姿が届く。


 それはまるで、某バグウサギと某吸血姫を彷彿とさせる拳だった。見取り稽古だろうか? 女神様、拳の使い方を身を以て会得していたらしい。素晴らしく腰の入った殴打だった。


 思わずといった様子で拍手喝采している神霊達や遠巻きにしていた精霊達の、ある意味、賑やかな喧噪を最後に、ハジメ達は苦笑しつつ星霊界を後にしたのだった。


 そうして。


「わぁ、いかにもSFっぽいところだねぇ。龍くん、こういうとこ好きでしょ?」

「おぉ~、分かってるな、鈴。見ろよ、この映画に出てきそうな機械。テンション上がるぜぇ!」


 第一声は鈴、続いて龍太郎。恐ろしきストーカーの神にドン引き状態だったが、それも周囲の光景で直ぐに払拭されたようだ。


 淳史や(のぼる)も「おぉ~」と感心の声を上げている。


 確かに、いかにもSF映画に出てきそうな空間だった。


 薄く輝く白い正方形のパネルで作られたテニスコートくらいの部屋で、中央には円状に回路が刻まれた台座があり、四本の柱に囲まれている。


 台座の前にはコンソールらしきものもあって、何枚もの空中ディスプレイが展開されていた。


 ハジメ達が出てきたのは、その台座の上だ。


「ハジメくん、機工界の出入り口はしっかり作り込んでいたんだねぇ」

「よくそんな時間あったわね?」


 台座から降りて物珍しげにキョロキョロする香織と雫。奈々と妙子は早速、コンソールの空中ディスプレイの元へ駆け寄って「日本語じゃん!」とテンションを上げている。


「G10じゃったか? アーヴェンストの改修を任せているのもあって、頻繁に連絡を取っておるのは知っておったが……」

「なに、南雲。実は何度もこっちに来てたの?」


 優花が半ば呆れ顔で背後を振り返った。あれほど地球のことで手一杯、離れるわけにはいかないといった様子だったのに、やはり機械関係となると我慢できなかったのか、と。


 だがしかし、ハジメからの返答はなく。それどころか。


「パパ? どうしたの?」

「あなた?」


 ミュウがハジメを見上げて目をぱちくりとした。傍らのレミアも不思議そうに小首を傾げる。


 ハジメが珍しくもぽかんっとしていたからだ。


「ハジメ君、大丈夫ですか?」


 一歩前にいた愛子が振り返って、ハジメの顔の前で手を振った。


 それで我を取り戻し、しかし、未だに困惑は隠せない様子で「あ、ああ」と頷くハジメ。


「……ハジメ?」


 流石に様子がおかしいとユエが催促するように呼べば、ハジメは頭をガリガリと掻きつつ困り顔で口を開いた。


「悪い。こんな場所は知らなくてな」

「えっ!? 機工界じゃないんですかっ、ここ!」


 リリアーナが思わず声を張り上げる。とんでもない衝撃発言に、他の者達もギョッとハジメを見やった。


 壁際のパネルを触っていた龍太郎達や、コンソールを見ていた奈々と妙子が慌てて傍に駆け寄ってくる。


 羅針盤も使っておきながら、ハジメが転移先を間違えるなんてあり得ない。事故ならまだいいが、何者かの干渉だったならしゃれになっていない。


 少しでも安全地帯(ハジメ)の傍に! といった様子だ。


「いや、違う。悪い、言い方が悪かった。ここは間違いなく機工界だ。この台座もフェアリーリングを組み込んだものだ」


 異世界間移動専用の〝ゲートキー〟と〝ゲートホール〟――つまり、〝フェアリーキー〟と〝フェアリーリング〟だ。召喚されすぎぃ事件の時、妖精界での事件を経て創ったものである。


 ハジメはクリスタルキーと羅針盤で自由に移動できるが、他の者も〝機工界用のフェアリーキー〟があれば、この台座の上に出てくることができる。


 間違いなく、ハジメが創ったアーティファクトだ。


 だが、違うのだ。


「……最後にG10と連絡を取ったのは一週間くらい前だ。その時に、セキュリティ面も含めて、俺の手で〝世界扉〟仕様に変更するって話をしたんだ。G10からは、この場所を改築したなんて話は聞いていないし、その予定も聞いてない」


 この場所は聖樹の根本のずっと地下だ。浩介が起死回生の一手のために潜入した素子変換システムが置いてあった最深部である。


 故に、もっと物々しく機械がひしめき合い雰囲気的には工場の内部といった感じだったのだ。なんなら聖樹の復活後には、樹の根も一部突き出したりしていて雑多感が増していた。


 台座もフェアリーキーでの転移の場所を固定するためのもので、ハジメが知る限り回路が刻まれていたりも、四本の柱に囲まれていたりもしなかった。


 羅針盤では台座だけをイメージしていたし、それだけ伝わってきたので気づかなかったのだ。


「あいつが、こういうことで報告を怠るとは思えなくてな……」


 なるほど。とユエ達は頷いた。それはハジメも驚くはずだと。


「えっと、ジーテンさんのサプライズ?」

「う~ん、まぁ、そう、なのか? あいつらしくないんだが……」


 ミュウの推測に、ハジメはますます困り顔になってしまう。


 良くも悪くもG10は真面目だ。堅物と言ってもいい。サプライズというのは、なんともらしくない。


 まして、世界扉仕様に改築すると言ったのは一週間前だ。たったそれだけの期間で、ここまで改築できるものなのか。仮に、連絡前に改築済みだったなら、ハジメの作業に支障が出ないよう尚更報告するはずだ。


「そのG10のことはよく知らないけどさ。取り敢えず、ヤバイ事態じゃなさそう、か?」

「まぁ、そうだな」


 淳史の質問に、ハジメは歯切れ悪くも頷く。


 これでもし、この場所が荒れ果てていたり、損壊しているなんてことがあれば不測の事態に襲われたのだろうと警戒心も湧くのだが、現実は逆だ。


 龍太郎達のテンションが上がったとおり、とても綺麗な空間である。


「ええっと、それで、南雲っち? どうすんの?」


 奈々が少し警戒した様子で尋ねてくる。機工界のことを全く知らない身であるから、ハジメの想定を超えた事態という一点を以て警戒せずにはいられないのだろう。


 それは妙子や昇も同じらしい。自然と円陣を組むようにして周囲を警戒している。


「そうだな。取り敢えず、G10に連絡して――」


 ハジメがそう言って〝念話〟を発動しようとした、その時だった。


 正面のパネル四枚が左右にスライドした。


「キャプテン!!」


 開いた出入り口から白い球体金属が飛び込んでくる。剛速球だった。時速160キロくらいあるのではないか。


「うおっ、G10! どうした――いや、ほんとにどうした!? イメチェンか!?」


 あまりの勢いに優花達が「ひゃぁ!?」と頭を抱えてしゃがみ込む中、胸元に飛び込んできたG10をキャッチするハジメ。


 その勢いに驚くも、記憶と全く異なる機体に思わずツッコミをいれてしまう。


 当然だろう。一週間前、宿泊関係の整備のために物資を送る際、羅針盤で転送先を選択するのにG10をイメージしたのだ。


 その時に羅針盤から伝わったG10の姿は、流石に初めて会った時のまま二百年物のボディというわけではなくあちこち強化パーツに換装してはいたものの、いかにも継ぎ接ぎっぽい鉄色がメインの姿だった。


 周囲の有様といい、たった一週間の間に何があったのか。G10の感極まった様子も相まって、ハジメはますます困惑してしまう。


「遊びに来ると言ったからって、お前、ちょっと張り切りすぎだろ」

「……キャプテン?」


 苦笑気味に身を離したハジメに、むしろ、G10の方が困惑している。


「いったいどうしたってんだ?」

「それは……それは私のセリフです。いったい何があったのですか?」


 噛み合わない。G10の纏う雰囲気があまりにも重い。再会の喜びにしても、ハジメの問いかけに対する困惑の度合いにしても。


 なんとも奇妙なすれ違いが起きている。そんな気がして、ユエ達も口を挟めず困惑顔を見合わせている中、ハジメは目を眇める。


「何がも何も、連絡しただろう? 一週間後に旅行に行くって」

「ええ。そして貴方は、皆さんは――来なかった」

「……何を言ってる?」


 まるでずっと過去の話をしているかのようなG10の様子に、ハジメの目の色が変わった。


 一瞬、G10の記憶領域に何か不具合が生じているのかとも疑ったが、この近未来的な部屋やG10の様変わりが、もう一つの可能性を指摘してくる。


「ハジメさん、もしかして……」


 その可能性に、もっとも深く関わったシアが目を見開きながら呟く。


「G10、教えてくれ」

「はい、キャプテン」

「最後の通信から、どれくらい経ってる」

「およそ45698時間――五年以上です。キャプテン」

「――ッ」


 ユエ達が事態を理解し顔色を驚愕の色に染めるのと同時に、ハジメは条件反射じみた速度でクリスタルキーを取り出した。


 限界突破でもしているみたいに真紅の魔力が迸る。無限魔力を引き出している証だ。突き出したクリスタルキーの先に小さな穴が開く。


 即座に生み出された地球との繋がりを維持しつつ、ハジメは更に無色透明の宝珠らしきものを取り出した。


 地球と星霊界の時間差を一時的に解消するため両世界間の〝世界扉〟に組み込んだ時空干渉用のアーティファクトだ。他の転移用アーティファクトと異なり、時間の流れを一定にするための再生魔法が組み込まれたもので、念のため作っておいた予備の一つである。


 宝珠が真紅に輝き効果を発揮しているのを確認し、ハジメは険しい表情を愛子へ向けた。


「愛子、分身体と情報を共有して時間の流れを観測してくれるか?」

「あ、はい! 直ぐに!って、分身体から緊急連絡が来てる?」


 愛子が分身体との情報共有に集中し出すと同時に、今度はG10に視線を転ずる。


「G10、悪いが事情説明は後だ」

「了解しました、キャプテン」


 先程までの困惑が嘘のような打てば響くような応答だった。気になることは山ほどあるだろうに、流石は元軍属の戦術支援AIというべきか。


 それで、驚愕からぽかんっとしていたユエ達の表情も夢から覚めたように改まった。


「……ハジメ、機工界の時間の流れもずれてる?」

「ああ、そうらしい」

「以前は、そのような兆候はなかったのじゃな?」

「そうだ」

「五年って、つまり星霊界と同じ時間の流れになったってことかよ?」

「違うよ、龍くん。南雲君は一週間前に連絡したんだよ。で、その時は問題なかった。つまり――」

「地球の一週間が機工界の五年になったってことね? この一週間で、唐突に」


 優花の言葉で、淳史達も事態を理解したのだろう。急激すぎる時間の差異に頬が引き攣っている。


「ま、待ってくれ。なんでそんなことに? いや、それより、よく考えたらさ、そもそも星が違うんだから暦が違うのは当たり前なんじゃないのか?」


 動揺しつつも大前提となる質問をする昇に、最初に答えたのはG10だった。


「この世界と地球の暦に大きな差はありません。そして、今、私がお答えした時間は地球換算です」

「補足すると、〝世界樹の枝葉〟が存在する星において時間的な差はないそうだ。ルトリア曰く、な」


 これは概念的な意味だけでなく、星の公転や自転周期といった物理的な意味でも同じらしい。


 偶然というには出来すぎている。この話を聞いた時、ハジメは「まるで同時並行でやってるシミュレーションの舞台みたいだな」と思ったものだ。


 昇と同じ疑問を抱いたのは、ルトリアとの会談に参加していなかった他の者達も同じだったのだろう。納得と、だからこそ今の事態の異常さに表情の真剣さが増す。


 ハジメは、そんな家族と仲間へ視線を巡らせた。


「時間の差異が星霊界特有のものでなくなったなら、他の世界でもあり得るということだ。早急に確認したい」

「……ん。手分けする?」

「ああ、頼む。それとシア。星霊界に……神の時間感覚では困るからな。念のためダリアに連絡を取ってくれ」

「はいです! 星霊界にいたせいで時間の差異が生まれた可能性もありますしね! リリアーナさん、ヘリーナさんとの直通の通信機を持ってましたよね?」

「三世界で時間の流れを観測するんですね? 分かりました。直ぐに連絡を取ります」

「じゃあじゃあ! ミュウはクーネちゃんに連絡するの!」


 ミュウがぴょんぴょん跳ねながらスマホ型の異世界間通信機を取り出した。それに「ああ、頼んだ」と頷きつつ、ハジメは自身も通信機を取り出す。


 相手は光輝だ。今は天竜界にいるはずで、事前調査を終えて無事に竜樹を復活させてから経過観察一ヶ月目の報告を、旅行の出発三日前に聞いたところだ。


「ユエは妖精界の漢乙女神に確認を。ティオ達は念のため〝箱庭〟で異変を感じていないか神霊を含めて妖魔や悪魔共にも確認してくれ」

「……ん。任せて」

「うむ。妾は妖魔達を担当しよう。香織は悪魔を、雫は神霊達を頼むのじゃ」

「分かったよ! 箱庭なら直接行って聞いた方が早いね」

「宝物庫経由だものね。聞き取りは手分けしましょう」

「ねぇ、南雲。私達は? 何かする?」

「園部達はG10に事情説明を頼む。自己紹介がてらな」


 ユエ達が一斉に各方面へ通信を始める。〝世界樹の枝葉復活〟の影響が他の世界に出た場合に備えて通信機を配っておいたのは正解だった。


 ティオ達は〝箱庭〟に転移し、優花達はG10と言葉を交わし始める。


 ハジメもまた通信機を起動した。ノイズが走る。横目に見ればユエ達と視線が合った。どうやら同じらしい。通信が繋がりにくくなっているようだ。


 アーティファクトを介して無限魔力をユエ達に流し込む。電話で言うところの電波強度を高めるようなものだ。


 ノイズが途切れる。しばらく無音が続き、やがて目的の相手へ繋がった。


『こちら天之河。南雲か?』

「そうだ。緊急の用件でかけた」


 無事に繋がったことに少しだけ安心する。ユエ達もきちんと繋がったようだ。


『緊急? 何があった?』

「その前に確認したい。最後に通信してから、どれくらい経った?」

『え? 最後の通信って……南雲が旅行の大体の日程を伝えてきた時の話だよな?』

「そうだ」

『それなら――()()()だろ?』

「……」


 ハジメは瞑目した。眉間に深い皺を刻みながら。


 機工界ほどではない。けれど、天竜界でも差異が生まれている。しかも、逆だ。旅行出発三日前が最後の通信で、光輝の時間感覚からしたら、ハジメ達はちょうど今日あたり地球を出発する計算だ。つまり、天竜界は時間の流れが地球に比べ遅くなっているのだ。


『こっちは特に異変らしい異変は起きてない。竜樹復活からまだ一ヶ月程度だけど悪影響が出ていることはなさそうだ。っていう報告を、南雲達が旅行でこっちに来た時に直接しようと思っていたんだけど……』

「そうか、分かった。天之河、地球行きのフェアリーキーは持ってるな?」

『ああ、もちろん』

「今すぐに起動しろ。そして、地球に接続したまま維持しろ」

『へ? いや、待ってくれ。そんなのどれだけ魔力を消費すると――』

「予備の魔力タンクがあるだろ。全部使って構わない。時間稼ぎができればそれでいいからな。ついでに今から時間干渉用のアーティファクトを転送する。それも起動しろ。できるだけ早くそちらへ行って〝世界扉〟を設置するから」

『……南雲、いい加減に教えてくれ。何があったんだ?』


 不審を通り越して警戒心が滲み出した光輝に、ハジメは軽く事情を説明した。案の定、驚愕で息を呑む音が伝わってくる。


『……これも〝世界樹の枝葉〟を復活させている影響か?』

「どうだろうな。時間差の程度にも違いがあるようだし、データ不足だ」

『そうか……どうする? 何かできることはあるか?』

「そうだな。経過観察はメーレスに任せて、直ぐに地獄界へ行ってくれ。地獄界は――」

「ハジメくん! 確認取れたよ! 地獄界は変わりないみたい!」


 ちょうど〝箱庭〟から戻ってきた香織が、ハジメの言葉に反応して報告してくれた。それに頷き、目で礼を伝える。


「今のところ問題ないようだが原因が分からない以上、念のためフェアリーリングと世界扉の宝珠で地球と繋げておきたい」

『分かった。優先的にやるよ。直ぐに出ようか? できれば、この世界でお世話になった人達に別れの挨拶をしたいし、幾つか片付けたいこともあるんだけど……』

「なら終わってからでいい。悪魔共に常時観測させとく。……まぁ、あの世界は〝水〟やら〝鏡〟なんかで繋がるほど地球に近しい世界だからな。杞憂かもしれないが」

『ああ、そう言えば。それが時間差のない理由かな?』

「どうだろうな。まぁ、とにかく天竜界の方は頼んだぞ」


 そう言いつつ、同時に時空干渉用アーティファクトを転送するハジメ。


『分かった。任せてくれ。直ぐにメーレスさんにも――え? ちょっ、待ってください、陛下! いや、確かに相手は南雲ですけどっ』


 光輝の真剣な声音での了解が、唐突に乱れた。それどころか不意に通信機の向こう側が騒がしくなる。


 ちょうど確認を終えたユエ達が傍に集まっていたので、その内容は大変良く聞こえた。その場の全員に。


『酷いではありませんか! 私がどれだけあの方と再び言葉を交わす機会に焦がれていたか、ご存知でしょうに! 何度頼んでも誤魔化して!』

『い、いや、それは南雲の指示というか、どうせ会うんだし面倒だから通信は――』

『ハジメ様ぁ! 聞こえておりますかぁ! 私です! ローゼです! 貴方様に大事なものを盗まれてしまったローゼ・ファイリス・アーヴェンストです!』

『陛下! 今はそれどころじゃ――ア、イタッ! 掴みかかってこないで! どれだけ必死なんですか! モアナぁ! この人、引っぺがしてーー!』

『ハジメ様! いつお会いできますか!? ローゼは貴方様との再会を心待ちに――』

『はいはい、ローゼちゃん! あっちに行きましょうねぇ?』

『ん~~~っ、うむぅ~~~!! きゅわいべりゅぅ! やっておしまい!』

『グワァーーッ!! 母上と話させろぉーーっ!!』

『ブレスはダメぇ!! 悪い! 南雲! とにかく言われたことは直ぐにやるから! また後で!』


 そこで通信がブツッと切れた。


 なんとなく、しんっとした空気が漂った。だが、先程までの緊迫感はない。むしろ、じとっとした視線を無数に感じる。なんというシリアスブレイカーだろう。


 奈々と妙子が小声で「まぁ、聞きました、妙子さん!」「ええ、ええ、奈々さん。現地妻ですわよ!」なんてニヤニヤ顔でのたまっている。


 淳史達は淳史達で「まぁ、聞きました、昇さん! 現地妻ですって!」「嫌ねぇ! 不潔だわ! 最近の若者はどうなってるのかしらねぇ!」と聞こえよがしに話している。


 優花が普通に「ま、まだいるの?」と少し涙目になっていて、龍太郎と鈴が苦笑気味になだめたりも。


「……ハジメ」

「な、なんだ?」

「……女の子の大事なものを盗んじゃったの? どういうこと?」

「いや、知ってるだろ。ティオと一緒に何があったのか話したじゃねぇか。なぁ、ティオ!」

「うむ。ご主人様はアーヴェンストを盗んだだけじゃ」

「つまり、ハジメはローゼ・ファイリス・アーヴェンストさんを盗んだってことね?」

「大事な心を、だね?」


 香織と雫がずずいっと迫ってくる。だって、しょうがない。天竜界での話は二人も聞いているのだが、ハジメとティオの話しぶり的に王女(当時は)がここまで強い想いを抱いている風ではなかったから。そりゃあ「どういうこと?」ってなる。


 ハジメが「てめぇ、ティオ。今のわざと語弊のある言い方しただろぉ?」と睨み付けるが、ティオは「元気そうで何よりじゃなぁ」とニコニコだ。


「ママ、げんちづまってなぁに?」

「うふふっ、つまりね? パパがまた異世界の――」

「ごほぉおおんっ。あの女王とは何もないし、これからもない。以上! それより今は確認だ。報告を頼む」

「……まぁ、ハジメのことだし可能性は考えてた。詳しいことは直接聞けばいい」


 今は可及的速やかに対処すべきことがあるので、ユエは正妻様らしく香織達に目配せした。心は一つと言わんばかりの強い眼差しと頷きが返された。


「まず私から。地球との時間差は今のところありません。分身体曰く、一時的に私との接続が酷く乱れたようですが、今は安定しているとのことです」

「機工界に入った瞬間に繋がりが途絶えかけたんだな。愛子、ちょっと大変だろうが、分身体との意識共有を維持してくれ」

「もちろんです。分身体の自律性に完全に任せていなければ、もっと早く気が付けたのに……ごめんなさい」

「いや、それはいい。旅行中なのに、常に意識の半分を地球に向けてるとか大変すぎて楽しめないからな」


 申し訳なさそうに肩を落とす愛子の髪を優しく撫でつつ、ハジメは視線を巡らせた。


 ユエ達が頷き報告してくる。


 それによると、トータスと星霊界は変わりなく、しかし、妖精界と砂漠界には変化があったらしい。


「……ハジメ、妖精界の時間もおかしくなってる。ハジメが一週間前に連絡してから、三年は経ってるみたい。あいつら揃って時間を気にする意識がないから、一週間も三年も変わらないみたいだけど」

「パパ! クーちゃんのところは短くなってるの! 旅行に出発する前の日におしゃべりしたんだけど、それからまだ二時間くらいしか経ってないって!」

「念のため、私も確認させていただきましたが間違いないようです」


 どうやら通信中にクーネの傍らにいたリーリンにも、レミアが確認したらしい。


 ユエ達の報告に、ハジメは頭痛を堪えるようにこめかみを指先でぐりぐりした。


「法則がまるで分からねぇ」


 それは女神ですら原因不明だと両手を挙げるはずだ。だが、嘆いていても現実は変わらない。


(やっぱり〝世界樹の枝葉〟を復活させていることが原因か? だが、世界をあるべき元の姿へ戻すということは、時間の差異も正されるはずという見解は女神も同意するところだ。なら他に原因があると考えるべきで、それは――いや、考察は後だな)


 とにもかくにも、対処法は分かっている。幸か不幸か、星霊界のおかげで時間差の解消は実証済みだ。


 ハジメは、ふぅと息を吐いた。苦笑いを浮かべ、再び視線を巡らせる。


「俺は時間差のある世界に世界扉を設置してくる。簡易版になるだろうがな。ユエ達はこのまま旅行を楽しんでくれ」

「……ん、大丈夫。ハジメの作業が終わるまで待ってる」


 ユエの言葉にシア達も頷いた。それに首を振るハジメ。


「いや、俺の旅行はここまでだ。時間差が急に生まれた原因を探らないといけないからな」

「え? パパ、いなくなっちゃうの?」


 ミュウがお目々をまん丸にした。さも信じがたい話を聞いたとい言いたげな表情だ。


「悪い、許してくれ」


 困り顔でミュウの頭を撫でるが、ミュウは口元を真一文字に引き結んでパッと離れてしまった。レミアの腰元に抱きつき顔を埋めてしまう。


 パパがそう判断するのも仕方ない事態だとは理解できるが、それでも納得なんて到底できない。そんな気持ちがヒシヒシと伝わってくる。


「ちょ、ちょっと南雲! 何も一人だけ中止にしなくてもいいでしょっ」

「だがな、園部。せっかくの旅行だぞ? お前等だけでも楽しんで――」

「あのさぁ、南雲っち。それは無理があるって」

「宮崎の言う通りだぜ。少なくとも、寂しそうなミュウちゃんを尻目に楽しむなんて、俺達には無理だ」


 淳史の言葉に、香織達も強く頷いている。とはいえ、あちこちで時間の流れがおかしくなっているのだ。旅行なんてしている場合じゃない。と、ハジメは困り顔になりながらも背を向けた。


 ひとまず、機工界のフェアリーリング――転移用の台座を世界扉仕様に改良するために。


 だが、その前にユエの手がハジメの手を掴んで引き留めた。


「……ハジメ、落ち着いて?」

「え?」


 意外な言葉だった。慌ててなんておらず、むしろ冷静に判断しているつもりだったから。


 だが、両手で包み込むように手を取ってくるユエには、ハジメが逸っているように見えるらしい。


 戸惑い気味に視線を返すと、ユエがゆったりした口調と微笑を浮かべてくる。あたかも、動揺している人を落ち着かせるかのように。


「……急なことではあったけど、時間差への対処法は確立したでしょ? それに、妖精界と地獄界の存在には時間の流れなんてあってないようなもの」


 両方とも寿命という概念がないと言っていい存在ばかりだ。確かに、時間の流れが異なろうが、あまり関係ない。


「……それに、竜樹は海流の神霊(メーレス)が化身を担えているんでしょ?」

「ああ。天之河が問題は出ていないと言っていたからな」

「……それなら、この機工界と地獄界以外の世界には、ひとまず神がいることになる。星霊界のルトリアがライラとそうするように、〝世界樹の枝葉〟を介して神同士で時間差を解消することはできるはず」

「それは……確かにそうかもしれないが……」

「……もちろん、念のために世界扉を設置しに行くのはいい。私もそうすべきだと思う。けれど、今すぐ旅行を中断して、一人で調査に行くというのは大袈裟」

「大袈裟? おいおい、それは楽観的すぎるだろ? 原因は探らないと何が起きるか……」

「……ん~ん。調べる必要がないって言ってるんじゃない。そもそも今回の旅行は、ハジメの不安を拭うための調査旅行でもあるんだから」


 でもね? と、ユエの視線がG10に向いた。


「……調査するというのなら、目の前にまず話を聞くべき相手がいる。違う?」

「あ……そりゃあ…………そうだな」


 ハジメは、今ようやく気が付いたようにG10に目を向けた。


 ハジメの感覚で一週間、G10にとって五年間。G10が無為に待ち続けたわけもなく、きっと様々な要因を調べたはずだ。特定まで出てなくても、何か有益な情報を持っているかもしれない。


 その可能性を見落として、一人、どこへ何を調べに行くというのか。


 ここに来て、ようやくハジメはユエの言わんとするところを察した。同時に自覚もした。ユエの言う通り、自分は冷静なようでいて焦っていたのだと。


 まるで、まるでそう。何かよくないことが始まったかのような上手く形容できない焦燥に突き動かされていたかのように。あるいは、旅行前から感じていた漠然とした不安感に火でもつけられたかのように。


「……あのね、パパ。クーちゃんがね、直ぐに女神様に伝えるって」

「ちなみにじゃが、箱庭のエンティに言伝を頼んでおいた。王樹のライラには各世界の女神と情報共有するように、とな」

「……もちろん、私も漢女神(ブラウニーベル)に伝えてある。妖精界に何か起きていないか、その調査も」

「ハジメさん! なぁに一人で背負い込もうとしているんですか? まったくちっとも〝らしく〟ないですよ!」

「ミュウちゃん悲しませてどこかへ行くなんて、普段のハジメくんなら考えられないしね?」

「光輝なら、もうレポートもまとめてるでしょ。地獄界に出発する前に送ってきてくれるわよ。それを読み込むのも立派な調査よね?」

「ハジメ君、きっとたくさんの悪魔さんが仕事を求めてますよ?」

「羨ましい部下の数です。活かさなくてどうするのです?」


 リリアーナのどこか優しさの滲む呆れ顔に、優花や淳史達もオーバーリアクション気味にやれやれと呆れた様子を見せる。


「つーか、南雲。お前、魔神じゃん? 神が休暇返上であくせく働いてどうすんだよ」

「ほんとね。似合わないわよ? 魔神様らしくふんぞり返ってなさいよ」

「……自称した覚えはねぇよ」


 龍太郎と優花の言葉に苦笑いを浮かべて、ハジメは溜息を吐いた。頭をガリガリと乱暴に掻き毟る。


「好き勝手言ってくれやがって」


 文句を垂れるが、ハジメの顔は綻んでいた。肩の力が抜けたような自然体だ。


 言われてみればまったくその通りである。その世界のことは、まずその世界の存在に調べさせる。その伝手を持っているのだから。


 その上で気になるところ、足りないと感じた部分を突き詰める。それが一番効率的で、今までやって来た方法だ。


 もちろん、ハジメしか持っていない調査手法や仮説はあるが、それは今すぐ世界を渡って東奔西走しなければできないことではない。確かに、旅行しながらもできることだ。


 危うく、ただがむしゃらなだけの非効率極まりない行動を取るところだった。


 まだ漠然とした不安はあるが、だからこそ合理的に判断すべき。と頭を振るハジメ。


「……分かった、分かったよ。確かにこっちは待望の休暇中なんだ。各世界のことは各世界の連中に任せるとしよう」

「パパ!」


 ミュウがパァッと表情を輝かせて、ハジメの胸元に飛び込んだ。顔をぐりぐりと押しつける。


「ミュウ、悪かった。ずっと楽しみにしていた旅行を放り出すようなこと言って」

「~~~っ、許す!!」


 ガブッとハジメの首筋を噛むことで罰としてくれたらしい。ユエ達の表情も揃って綻び、龍太郎や鈴の口から「南雲の珍しい姿が見れたなぁ」「ほんとだね? ちょっと得した気分かも?」なんてからかいも飛ぶ。


 ハジメは聞こえないふりをしながらG10を見やった。


「取り敢えず、世界扉の設置はしに行く。ついでに各世界で調べられることは調べておくが、その間、G10」

「はい、キャプテン」

「俺の家族と仲間に聖地を案内してやってくれるか?」

「喜んで」

「この五年のことは帰ってから報告してくれ。たぶん、三~四時間もあれば戻って来られるはずだ」

「了解しました」

「ああ、それから……」

「?」


 ミュウを降ろし、早速、フェアリーリングの台座を世界扉仕様に改造し始めたハジメが、肩越しに振り返ってニヤリと笑った。


「アーヴェンストだけは俺が帰るまで見せないでくれ。五年もあったんだ。それなりに改修は進んでいるんだろう? 俺とお前で設計したロマンの船だ。一番ノリは俺だ」

「ふふっ、ええ、承りました、キャプテン。期待に添えるレベルだということはお伝えしておきます」


 G10の声が弾む。子供っぽいハジメの言葉に、調子が戻ってきたとユエ達もますます明るい表情になって……


 しかし、それもここまでだった。予想外の心理的パンチが、この場の全員を襲う。


「ところでG10。ジャスパー達は元気か?」

「肯定します。彼等には指一本触れさせておりません」

「そうか、それならよかっ――んん? 指一本触れさせ? どういう意味だ?」


 この世界に来た大きな理由の一つ。ジャスパー一家の安否を尋ねたハジメに、実に奇妙な言い回しが返される。


 思わず改造の手を止めて振り返ったハジメに、G10は言った。


「一年前のことです。実は――宇宙人が攻めてきたのです」

「なんて?」


 思わず聞き返しちゃうハジメさん。聞き間違えかと耳の穴をほじる。詰まってはいないようだ。ユエ達も、あまりに唐突かつギャグみたいな言葉にぽけっとしてしまっている。


 なので、もう一度。よりはっきりと。


「宇宙人が攻めてきたのです」

「うちゅうじんがせめてきた」


 聞き間違いではなかったらしい。突飛がなさすぎる。ハジメが思わずオウム返ししてしまうのも無理はない。


 だが、G10はどこまでも真面目に、そして簡潔に報告してくる。まるでハジメの精神に追撃でもかけるみたいに。


「我々は宇宙人だ、と名乗ったので間違いありません」

「ワレワレハウチュウジンダ……」

「紆余曲折を経て宇宙空間で戦いました。宇宙戦争です」

「うちゅうせんそう……」

「ご安心を。勝ちました」

「かっちゃったのか」


 ハジメとG10が見つめ合う。G10さん、なんだか褒めてほしそう。


 ハジメはすぅーーーっと細く息を吸いながら天を仰いだ。かと思えば、一拍おいてスッと顔を伏せて、両手で覆ってしまう。


 そうして、一言。


「情報量多いねんっ!!!」


 機工界に来てからというもの、とんでも情報のオンパレードに思わず関西弁でツッコミを入れてしまったのだった。


 どうやらユエの言う通り、聞くべき話がたくさんあるようだ。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


夏に外に出る用事が多いと気力をごっそり削られます…スリップダメージ入ってるみたい。だるだる状態で書いたので後で手直しするかもしれません。皆さんも夏の外にはお気をつけください。


※訂正報告

「街中デート? その2」において、前話に登場した浅田先生が転職したような記載をしていたので訂正しました。感想欄にてご指摘くださった方、ありがとうございました!

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白米さんが書くこのひりつき感がたまらないわ。本当っっに書いてくれてありがとう。そして宇宙人。どんな兵器で戦ったのだろうか。g10グッジョブ
本当に情報量多いな。そういうの大好き!よって問題なし
ほんとに 情報量おおすぎ よかったハジメさん1人で戻らなくて 過去に戻ったり未来に進んだり どうなってるん
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