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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
501/550

星霊界編 悪夢、再び




 当然ながら、というべきか。


 一部の観衆がしっかり〝エリック陛下お仕置き事件〟を目撃していたせいで、シアハーレムの噂に〝名前を呼ばれるだけで暴力を振るってしまうほどの男嫌い疑惑〟が加わった翌日のこと。


 まだ午前の早い時間帯、バルテッド王国を出発したハジメ達は空の旅に興じていた。


 空を飛ぶには実に良い日だ。快晴である。


『国王殿よ。そろそろ慣れてきたかの?』


 黒竜モードのティオが、鎌首を回して斜め後ろを見やった。


「あ、ああっ、問題ない! 気遣い痛み入る!」

「それにしても凄いですね。我々の飛竜が軒並みダリアの飛竜レベルに強化されている……いや、この余裕……それ以上でしょうか?」

「ははっ、この子達もクラルス様の言うことは率先して聞くしね。貴女の姿を見た途端、一斉に頭を垂れた時は何事かと思ったけど……うん、まさに〝竜の王〟だ!」

「そうだろう、そうだろう」

『ふふ、なぜご主人様がドヤ顔になるんじゃ』


 実は、本日のティオは普段の二倍くらいの大きさに転変している。


 その背にハジメ、ユエ、香織、雫、レミア、愛子、リリアーナ、そして優花の八人を乗せるためだ。それも相まって迫力も普段よりマシマシである。


 そんな黒竜を先頭に追随しているのが、バルテッド王国の飛竜達だ。


 エリック、ルイス、フィルの他にもグレッグと近衛騎士達、幾人かの重鎮と補佐官が騎乗している。


 その飛竜達は現在、本来の能力では出し得ない速度と持久力を発揮していた。


 ティオの加護だ。全ての飛竜に一時的な超強化と持続的な回復を与えると同時に、周囲一帯の気流掌握によって飛翔を補助しているのである。


 出発当初は、あまりの速度にエリック達は揃って青ざめ、まるでバイクのレーサーの如く超前傾姿勢になっていた。……オブラートに包まず言うなら、恥も外聞もなくしがみついていた。


 今は普通に騎乗しているので慣れたというのは本当なのだろう。


 一方で、


「龍太郎くーーーん! 奈々ちゃん達もーーっ。あんまりはしゃぐと危ないよ~~!」

「「「イエェーーーーッ!!」」」

「見て見て、香織っちぃ! この子、超かわいい!」

「よく調教されてるねぇ。獣王国からの貸与だよね? 体験させてもらえないかなぁ? ふふふ。鞭の扱いなら負けないと思うんだけどぉ」


 貸し与えられた飛竜に騎乗する龍太郎達は、異世界の空をドラゴンに乗って飛ぶという観光(?)を大いに楽しんでいた。


 男子達は早くも操るコツを掴んだようで、飛竜達もまたいつもより自在に飛べることに気をよくしているのか、アクロバティックな飛行を繰り返している。


 奈々と妙子も男子ほど無茶はしていないが、傍目にはハラハラするようなライディングだ。


 鈴は……きっと、少し恥ずかしそうに彼氏と一緒に乗りたいと言ったことを後悔しているに違いない。さっきから無言だし。龍太郎の懐にすっぽりと収まっているので表情は見えないけれど。


 ちなみに、龍太郎達がティオの背に乗らなかったのは、飛竜に個別で乗ってみたいというのもあるが、なんとなく気が引けたからだ。


 ティオからすれば、ハジメが仲間と認めた相手なら気にしないのだが、こればかりは元クラスメイトの中で共通している暗黙の了解みたいなものの一つなのだ。


 なのに、なぜ優花だけは乗っているのか?


 もちろん、ユエと香織が〝一緒に乗りたそうにこちらを見ている優花〟がじれったくて引き摺り乗せたからである。


「おおーーい、南雲! 見てろよっ、俺の華麗な手綱捌きを!」

「ッ、淳史! やるんだなっ、今! ここで!!」

「ああっ、やる! 刮目せよ! これが本当の~~~~木の葉落としぃぃいいいいぃいぁぁぁあああああああああ~~~~~~!?」

「淳史ぃーーーーっ!!」


 淳史は木の葉のように落ちていった。無茶な手綱捌きに、流石の飛竜さんもキレたらしい。振り落とされたのだ。ついでに、ペッと唾も吐かれている。


 エリック達がギョッと目を見開き、ハジメが「ナイストライ!」と爆笑した。


「いやいや、爆笑してる場合じゃないよ。蘇生するの私なんだからね!」


 香織が「やっぱりこうなった」と言わんばかりの表情で翼を広げた。助けに行くつもりなのだろう。淳史なら魔法を使って自力で着地できそうだが、万が一はある。友の弾けたトマト姿なんてグロ光景、楽しい旅行中にわざわざ見たくない。


 と、思ったのだが、


「あら、香織が行く必要はないみたいよ?」


 と雫が制止した。下を覗き込んでいるリリアーナと愛子が心配そうな顔をしているが、それは淳史に対するものではないようで。


「うわぁ、また凄い走り方を……ダリアさん、大丈夫でしょうか?」

「ミュウちゃんは……ああ、大丈夫ですね。普通に楽しそう」


 腹の底に響くような重低音を響かせて、大型バイクが魔法式スカイロードを爆走しながら急降下していた。


 ライダーはもちろんシアだ。後ろにダリアが乗っていて、傍目にも必死にしがみついているのが分かる。声も出せない様子だ。


 逆に前に抱えられるようにして乗っているミュウからは「きゃ~~~~っ♪」というジェットコースターでも楽しんでいるかのような悲鳴が聞こえてくる。


 淳史から魔力光が溢れた。本人も必死に着地準備に入ったようだが、それが発動する前にシュタイフは追いついた。


 横からかっさらうようにして、シアが淳史の襟首を掴んでいる。足が空中をぷらぷら。明らかに首が絞まっている。「ぐぇええええ~~っ」という悲鳴が聞こえてくるようだ。


 その様を見て奈々達も爆笑している。異界人の剛胆さ(?)に、「いや、まったく笑えんが?」と引き攣り顔のエリック達。


「ほんと、ミュウちゃんって肝が据わってますね」


 リリアーナが感心している。自分でも、あの降下は悲鳴を上げるだろうに、と。レミアが頬に手を添えて、困り笑顔で言う。


「本当に怖いものを知っている子なので、大抵のものは怖くないのでしょうね」

「反応に困るんですけど……」


 家族から引き離される怖さ、同族を売り物にして笑える人間がいるという怖さ、大事な物を奪われる怖さエトセトラ……


 子供が知っていい恐さじゃない。積んでる経験が笑えない……と、リリアーナはなんとも言えない表情になる。


「そぉ~~~い!」

「そぉ~~いなの!」

「うぅ、シア様ぁ。激しすぎます……もっと優しく……」


 雑に飛竜の方へ放り投げられる淳史。飛竜さんは仕方ねぇなと言ってそうな唸り声を上げつつも、しっかりと背中で受け止めた。「ぐぇっ」とまたも汚い声が漏れ聞こえる。


 やり過ぎると振り落とされることもあると理解して、龍太郎や奈々達も少し大人しくなった。


 ちなみに、弱っているダリアの声はやたらと色気があるというか、セリフもちょっと怪しかったので、近くを飛んでいた近衛騎士さん達が揃ってバッと視線を向けてくる。


 ギュ~~ッとシアに抱き付いているダリアさん。横から見ると、シアに負けず劣らずご立派なものをお持ちのようで、横にはみ出すようにして潰れている。


 近衛騎士さん達はみんな紳士なので、慌てて視線を逸らした。ちょっと羨ましいと思いつつも。


「ハジメさ~ん! ティオさ~ん! エリックさん達も慣れてきたでしょうし、そろそろ速度を上げませんか?」

「正気か?」


 とはエリック陛下から。嘘だと言ってよ……とルイス達の顔も物語っている。


「レテッド魔王国までは結構な距離がありましたし……ああ、でも別に転移で行けばいいですかね。それなら時間まで、もう少し遊覧飛行を楽しめますし?」


 龍太郎達のあれが遊覧飛行? というツッコミをしたいのは山々だが、ハジメ達が話を進める前にとエリックは急いで口を挟んだ。


 シアだけでなく、ハジメ達にも今一度しっかりと()()()()()()()を意識してもらおうと。


「シア殿。魔王国ではなく〝民主国〟だ。どうか間違えないでほしい」

「あっ、そうでした! すみません!」


 ハッとした様子で謝罪するシアに、エリックは穏やかに首を振った。


「そう言えば、そんなこと言ってたな。王政をやめて議会による合議制に変えたんだったか? 思い切ったことをする」

「国家体制の変更は容易ではありません。実際、前魔王陛下がそのまま首長を務めていらっしゃるんですよね?」


 思い出すように虚空を眺めるハジメと、興味深そうなリリアーナにエリックは頷いた。


 昨日のシアVSウダルを見た後、様々な歓待を受けながら王都に入ったハジメ達は、王都を見て回ったり、王宮で過ごしていた間のシアの様子を過去視したり、夜には晩餐会の招待を受けたりして存分に楽しんだのだが……


 実は、その観光の間に新時代に入って変わった点などもいろいろと説明を受けていたのだ。


 例えば、三国の役割分担について。


 バルテッド王国は主に農業を、シンテッド獣王国は飛竜等有能な動物の調教と貸与を、そしてレテッド民主国は霊術に代わるクリーン技術の研究と発展を主に担い、密に協力し合っているという話などだ。


 霊素なき世界では、それに代わる技術の研究と発展は必須事項である。


 バルテッド王国が〝国立技術研究所〟を新設し、ルイスが自己紹介の時に〝長官〟と名乗ったのもそれが故だが、王国にとってはあくまで付加要素。この点は獣王国も同じだ。


 だが、レテッド魔王国は違う。霊力に優れた人種が集まって出来た国だ。その最強が魔王であり、全てが霊法技術を中心に成立していた。


 故に、新時代においては根本から国の在り方を変えねばならなかったのだ。


「アロガン殿しかいなかったのだ。〝最強〟の称号は失えど、元よりカリスマ性の塊のような方だからな。霊素消失により誰もが途方に暮れる魔王国において、彼以上のリーダーはいなかった」

「本人は国政から離れてクリーン技術の研究に没頭したかったようですけどね」


 ルイスが苦笑気味に補足する。


 元国家最強の術士で、今は宰相兼研究者という立場はアロガンと似ている。彼もまた研究者としての顔を持っているからだ。


 だからだろうか。少し苦みのある微笑には多分に共感が宿っているようだった。


「〝みんしゅこく〟にしたのは、もう魔王様が存在しないからなの?」


 昨日の説明はミュウも耳にしていたが、観光を楽しみながら難しい話を完全に理解するのは、まだちょっと難しい。


 それでも一生懸命理解しようとするミュウの姿に、エリックもルイスも好ましいものを見る眼差しを向けて――ルイスだけ頷いた。


……シアに抱えられているため立派な双丘に小さな頭がすっぽり挟まっているのだが、紳士なルイスは絶対に反応などしない。


 エリックは即座に視線を真っ直ぐ前に固定して口元を真一文字に引き結んだので、代わりに説明する必要があるし。


 酔ったらしいダリアがシアの背に顔を預けながらも、風になびく髪の隙間から鋭い眼光を向けてきているし……


「ミュウ様、その通りです。もう少し詳しく申し上げますと、魔王に選ばれる基準は血統ではなく実力でした。しかし、もうその基準は使えません。なので、国民自身が選んだ有能な者達による話し合いで決めていく。そんな国にしようと、話し合いの末に決意なされたのです」

「なるほどなの! もう一度教えてくれて、ありがとうございました! なの!」

「ふふ、どういたしまして。ミュウ様は聡明でいらっしゃいますね」


 礼儀正しく頭を下げ、満面の笑みでお礼の言葉を響かせるミュウ。


 ルイスさんの表情が蕩けていらっしゃる。変な意味ではなく、こう、父性に目覚めたというべきか。昨日の観光の時から兆候はあったのだけど。


 不意にハジメと視線が合う。「俺の娘、最高だろ?」という親馬鹿な意思がヒシヒシと伝わってくる。ルイスは深く頷いた。小声で「なんだか私も、家庭を築きたくなってきました」と呟いて、エリックが思わず「えっ、マジ!?」と素の反応を返していた。


 ルイスさん。実はちょっと女性が苦手だったのだ。地位も名誉もあり性格も抜群。トップクラスの容貌も完備。


 それはモテないわけがなく、今まで何度既成事実を作られかけ、あるいは自分と関わりのないところで勝手に刃傷沙汰が起き、その度に解決に走ったか……


 自ら望んだ女性は、シアが初めてだったのである。それも諦めた今、なんなら生涯を国政と研究に捧げるつもり的な発言までしていたから、それはエリックも驚くというもの。


 年上の男性に、いや、女性であっても父性や母性を強制喚起させる点も、ある意味、魔性と言えるかもしれない。ミュウちゃん、恐ろしい子ッ。


 閑話休題(それはそれとして)


 アロガンの話題が出たせいか、一応は真面目な顔で話を聞いていた奈々と妙子が、不意にぷるぷるし出した。


「待って、ヤバい。昨日の過去視、思い出したら……ふ、ふひっ。アロガンさんに実際に会った時、噴き出さない自信ないんだけど!」

「愛ちゃん! 私も耐えられないかもだから、いざって時はお願いね~」

「いや、そこは耐えてください! 一国の首長さんの顔を見て笑うとか失礼極まりないですからね!」


 なんの話かと言えば、当然のように観光ツアーに含まれていた〝王宮で過ごすシアの観察〟の一幕だ。霊法術で作った分身アロガンが、シアに迫って木っ端微塵にされたアレである。


「いやぁ、さいっこうだったな!」

「自分が拒絶されるはずないって信じ込んでるイケメンが問答無用にぶっ飛ばされる姿、ご馳走様です! シアさん! 良いものみさせていただきました! あざっす!」

「い、いえ別に……断ってるのに触られそうになったから反撃しただけですし……」


 どうやら奈々達のお気に入りシーンらしい。どうにか心を殺してアクロバット飛行に耐えていた鈴も回復したようで、くすりと笑みを浮べてシアを見やる。


「まさか、壁ドンされる前に自分で壁を破壊して脱出するなんて……シアシア、やることなすこと豪快だね」

「結果的にアロガンさんは助かったけどよぉ。あれ、常人ならマジで消し飛ぶ威力の拳だもんな。容赦のなさ、流石はシアさん。痺れるぜ」

「しょ、しょうがないじゃないですか! 触れようとするどころか、キスまでしようとしてる雰囲気だったんですよ? ちゃんと警告はしましたし! それでも強行するなら、それはころ――ぶっ飛ばすしかないじゃないですか」


 今、殺すしかないって言いかけたよね? とエリック達が青ざめていく。


「あ、やっぱり殺す気だったのね?」


 雫があえて確認しちゃう。怖いから聞かなかったのに! と思うエリック達だが、続くユエや香織の発言はもっと怖かった。


「……ん、当然では?」

「当然かどうかはともかく、当時のアロガンさん、自分に絶対の自信があって迫れば落ちない女性はいないって思い込んでる感じだったから、言葉が通じない以上は仕方ないかなぁ?」

「まぁ、実際にシアになんかしてたら、俺が強制的人格変更の刑とかしていただろうしな。むしろ、シアに消し飛ばされたのは救いだろ」


 それ、暗に拷問していたって言ってるよね? というか、揃いも揃って命に対する認識、軽すぎない? と周囲の近衛騎士や重鎮さん達も青ざめていく。


「ご、誤解ですよぉ! 実際、本人は無事で――」

「でも、シアさん。アロガンさんが分身だって気づいてませんでしたよね?」

「シアっち、明らかに〝やっちまった!〟みたいな顔してたじゃん」


 愛子と奈々のツッコミに、シアはスッと視線を逸らした。


 故意ではない。でも、未必の故意ではあったかもしれない。


 頭に来たので思わずやった。後悔も反省もしない! シアらしい真っ直ぐさだね! とハジメ達は拍手した。


「そ、それはそれとして、お部屋で当主様を待つシア様は驚異的なかわいらしさでございましたね!」


 近衛騎士や重鎮さん達の微妙な空気を察してから、ダリアが話題を逸らした。だが、言葉に嘘はないのだろう。グロッキー状態などなんのその。ガバッと体を起こし、両手握り拳でお目々はキラキラ。


「え? なんです、ダリアさん。普通に過ごしていたと思いますけど……」

「いや、確かに驚異的に可愛かったな」

「……ん。むしろ殺人的と言ってもいい。私は思わず昇天しかけた」

「みゅ! 可愛かったの! ベッドで足パタパタしたり、ほっぺを膨らませて、枕を抱き締めながら『ぐすっ。みんな、私の帰り遅くても気にならないんですかぁ?』って涙目になったり――」

「わぁ~~~~っ、ストップストップぅ! ですぅ!!」


 ダリアの目論見は成功だ。ハジメ達やエリック達の見る目が生暖かい。ほんわかしている。近衛騎士や重鎮さん達には分からない話だが、会話の断片からだけでも想像はできたのだろう。微笑ましそうな表情だ。


 実際、徹夜でハジメの迎えを待っていた当時のシアは大変愛らしかった。


 最初は窓辺の椅子に座って、お月様を眺めながら「は~やくこい♪ は~やくこい♪ ハ~ジメさん♪」と鼻歌を歌い。


 でも、途中でダリアがお茶を持ってくるや否や、スッと澄まし顔になって。


 少し話をしてダリアが出て行った後、テーブルに腕枕で突っ伏しながら、「ハジメさんや~い。貴方のシアはここですよぉ~」とか呟いちゃったり。


 真夜中も随分と過ぎた頃合いには、流石に迎えが遅すぎると不安になったのか、ちょっとそわそわと窓の前を行ったり来たりしつつ、「み、みんな私のこと忘れてたり……いやいや、そんな……」と呟いちゃったり。


 再びダリアが尋ねてきて、ちょうどスライムウダルが意識を取り戻した時は、やっぱり澄まし顔になって二人との会話に堂々と応じ。


 けれど、その後にはミュウの言う通りの言動を取っちゃたり。


「あはは、異世界にたった一人だもんね。不安になるのは当然だよ」

「しかも、直ぐに迎えに来られる手段があるって分かってるものね。なのに迎えがないんだもの。私だって不安になるわ」

「香織さんも雫さんも、頑張ってお留守番できた子供を見るような目、やめてもらっていいですか?」


 ウサミミは口ほどに物を言う。ぺたんっと垂れ下がったそれは、きっと羞恥心の証。


「ですが、ダリアさんとの会話の時も、ウダルさんが起きてからも、会話の内容を考えて話していた点は流石でしたね。感心しましたよ」

「レミアさん! そうです! そういうところ褒めてほしかったんです!」


 流石はレミアさん! 欲しい時に欲しい言葉くれるぅ! 全肯定レミアさん万歳!! とニッコニコになるシア。


「あの時は、まだシア様に警戒されていたのですね。堂々とされていたので、わたくし、ちっとも気が付きませんでした」

「あはは、まぁ、ウダルさんが予想外に強かったので」


 平和ボケしかけていた頭に冷水をぶっかけられた気分だったのだろう。


 スライムウダルを同室に置いていたのも監視のため。(場合によっては人質にする気満々だったことは口にしない。一応、英雄扱いなので)ダリアとの会話にも細心の注意を払っていた。


 話しても問題ない範囲だけ、間違っても戦闘関連の情報は与えないように。


 なので、自身の過去話だとか、ハジメ達の話をする時も極めて抽象的だったのだ。固有名詞さえ出さなかった。ただ、どんな人で、どんなところが好きか、そんな話に終始していた。


「……ん、どうも皆さん。〝世界で最も美しい人〟、ユエです」


 ユエが立ち上がり、物凄いドヤ顔で胸を張った。片手を腰に、もう片方の手でふぁさっと髪も掻き上げちゃう。仕上げに、薄く目を開いて香織を見るのも忘れない。ニヤッ。


 香織の額がピキッとなった。


「良かったね、ユエ。シアにそう思ってもらえてて。あ、ごめん。〝最近、ずっと家でゴロゴロしてる人〟って呼んだ方が良かったかな! かな!」

「……ぐふっ!? あ、あの時とはもう、ち、違うしっ」

「ええ? 今もあんまり変わんなくないかなぁ?」

「……ふんっ。香織なんて〝気が付いたらいつもニコニコ背後に這い寄ってる人〟なくせに!」

「違うでしょ! 〝いつも笑顔が素敵な寄り添ってくれる人〟でしょ! 勝手に変えないで!」

「ふふ、でも香織? 時々、その笑顔に恐怖を感じる時もあるって言ってたわよ? 笑顔の迫力が凄い人、ね?」

「……そうだね。そう言ってたね? 昨日ははぐらかされたけど、ねぇ、シア? どういうことかな? かな? どうして私の笑顔に迫力なんて言葉が付くのかな?」


 頭部がぬるりと回り、香織の満面の笑みがシアに向けられる。シアはサッと顔を逸らした。


 そういうところだよ……と、ハジメ達は思った。


「わ、わたくし楽しみでございます!」


 敬愛するシア様がダラダラと冷や汗を流しているので、助け船を出すつもりか。大きな声に釣られてダリアへ注目が集まる。


「わたくしはまだ、雫様の〝中身は家族で一番おとめちっく〟なところも拝見しておりませんし!」

「知らなくていいわよ!」

「リリアーナ様の〝無慈悲な仕事人の顔〟も見てみたく思いますし!」

「シアさん、シアさん。昨日、さんざん仕事のなんたるかを説いたので、もう〝無慈悲〟なんて表現しませんよね?」

「〝真面目すぎて時々凄く面倒くさい〟愛子様のことも、もっと知りとうございますし!」

「……当時はまだ教師と生徒の関係だったから葛藤があったんです。特別、私の性格が面倒なわけじゃないです……学生時代、煙たがられたこともありますけど……面倒な女なんかじゃあ……」

「レミア様とミュウ様の〝魔性〟も、まだ感じておりません!」

「ママぁ、ミュウって〝魔性〟だったの? というか〝魔性〟って?」

「あらあら、うふふ。シアさんったら困った方。ミュウはまだ気にしなくていいのよ?」


 あれぇ? おかしいなぁ? ダリアさん、フォローしてくれようとしたんじゃないんですか? と真っ直ぐ前だけを見ながら更に冷や汗を流すシア。


 たくさんの視線を感じる……


「……普通に悪口では?」


 ユエがこてんっと首を傾げながら言った。


「いやいやっ、ちゃんと良いところも話してたじゃないですか! ダリアさんの裏切り者! 印象操作目的の抜粋みたいなことして!」

「お許しください、シア様。断じて、何度手加減をお願いしても無茶な走りをする貴女様にささやかな仕返しをしようと思ったわけではないのですっ」

「語るに落ちてるっ」


 シア様大好きメイド、いつもの両手で握り拳ポーズをしながら、まさかの反抗。


 ハンドルを握ったら人格が変わるともっぱら評判のシアの運転だ。実は、龍太郎達のアクロバット飛行より更に速く激しく上空を走り回っていたので、温厚なダリアさんだって恨めしく思っても仕方あるまい。


「ねぇねぇ、シアっち! 私は? 私のこと説明するならなんて言うの?」

「え、奈々さんですか?」


 流石に仲間の話まではしていなかった。奈々は不意に思い立ったようで、好奇心に満ちた様子で自分の印象を尋ねる。龍太郎達も同じく興味津々な様子。


 シアは少し考える素振りを見せて……


「え、えっと……〝人を○○っちと呼ぶ人〟、とか?」

「うっすぅっ!? 私への印象、薄すぎない!?」

「じゃ、じゃあ、一番ギャルっぽい人!」

「見た目だけじゃぁん! うわぁああんっ、シアっちは私に興味ないんだぁ!」

「そ、そんなことは! いきなり聞かれたんで言葉が見つからなかっただけですぅ!」


 嘆く奈々と弁解するシアを見て、龍太郎達はスッと口を噤んだ。何も自分から傷を負いに行く必要はない。世の中、聞くべきでないことも、きっとあるんだ……


「まぁ、俺等のことを語るシアの様子は、確かに悪くなかったな」

『そうじゃな。妾、めちゃくちゃ残念美人と連呼されたが、うむ。良き光景じゃった』


 誇るように語り、思い出し笑いしながら冗談じみた人物像を口にし、ほんのり愛しさが滲み出た声音を響かせて。


 重要な情報は漏らさず、けれど、家族を語っている時のシアは、それはそれは楽しそうで、嬉しそうで。


「ダリア……本当にずるいぞ」

「ふふっ」


 エリックが思わず羨むくらい、深夜のささやかなお茶会は素敵な空気に満ちていた。神敵になり得る者達の情報を、あのウダルがあえて聞きだそうとしなかったくらいに。


「まぁ、注意していたせいで結局、この時ハジメさんの妻だって話もしていなくて、その後も呪われてるみたいに話す機会を逃し続けたんですけどね」


 苦笑するシア。実際、何度か口にしようとして、その度に何かしらの邪魔が入って言い損ねる……ということが過去視にも映っていた。


「やはりこの世界は乙女作品系の世界っ。世界の意思が可能性を残そうと――」

「リリィさぁ~~ん、戻ってきてくださぁ~い。妄想してる時の表情、あんまり見せられないですよ~」


 愛子がリリアーナの頬をぺちぺちしているのはともかく、奈々達が同情の眼差しをエリック達に送る。もう少し早く引導を渡してあげられれば、五年も引きずるなんてことなかったのでは……と。


「どのみち手遅れだったと存じます。あの最初の天人との戦いの時には既に心を奪われておりましたから。実際に当主様が現われるまで、エリック達は諦められなかったでしょうし」

「ダリア、はっきり言うのはやめてくれるか?」


 頬をピクピクさせているのが、暗黙の肯定だ。ルイス達も苦笑いを浮べてる。


 なんとなく近衛騎士達からも生暖かい眼差しが向けられている気がしないでもない。


 重鎮さん達からは、風に乗って「これを機に、陛下にも真剣にお世継ぎ問題を解決していただきたいものだ」「既に婚約者候補は厳選されている。帰国したら早速、ご決断いただこう」なんて声も聞こえてくる。


 いや、聞かせているのか。だって、眼光が鋭いもの。もう逃げられないぞ? つか逃がさねぇよ? と言ってるのが丸わかり。


 どうやら、ハジメ達が次の世界へ去ると同時に、エリック陛下の独身生活はピリオドを打たれるらしい。


 情けない表情でルイス達を見やるエリック。幼馴染み達は綺麗にシンクロした動きで視線を逸らした。


「案外、というか地位とか考えてもダリアさんがお似合いな――」

「シア様、ご冗談を」

「はっきり言うのやめてくれるか?」


 ダリアさんの真顔が、ぬぅっと肩越しに現われる。シアはギョッとした。そんなに嫌なのか、と。ほら、エリック陛下の顔面が更に情けない感じに……


「別にエリックが嫌いなわけではありません。勇者召喚の可能性が浮上するまで、確かに婚約者候補の一人でしたし」


 勇者に捧げる最高位の女性、悪く言えばハニートラップ要員。故に、妃候補からは外されたが、確かにダリアの地位なら真っ先に妃候補に挙がってもおかしくない。


 むしろ、幼馴染みの関係とは、王家と公爵家の将来を見据えてのことだったのだろう。


「エリック達も、昔はわたくしを意識していたようですし」

「「「「そこ詳しく!」」」」

「昔のことを話すのはやめてもらえるかっ」


 どうやら、ダリアを巡る青春はあったらしいエリック達。奈々と妙子、鈴に、案の上のリリアーナが興味津々で身を乗り出す。


 エリックどころかグレッグやフィルも少し慌てる中、流石に哀れに思ったのか、ルイスが鼻眼鏡をクイッとしながら代わりに答える。


「ダリアは昔から公人としての己を最優先にする子でしたから、陛下達の思春期特有の浮ついた心も次第に落ち着きました。大事な幼馴染みであることに変わりはありませんけどね」

「わたくしには、いつだってやるべきことがございますから。この先の未来でどう生きるかも既に決めております故」


 奈々達が、エリック達の青春話をあっさりめに片付けられて不満そうにしつつも、ダリアのきっぱりした物言いと凜とした雰囲気に「おぉ~、やっぱりかっこいい……」と感心する。


 だが、香織達は気が付いていた。宣言するダリアの視線が一瞬、ハジメに向いたのを。


 ぐりんっと視線を転じる香織達。ハジメをジッと見る……


「そ、そう言えば! おい、園部、お前どうした? さっきからぜんっぜんしゃべらねぇじゃねぇか」

「――ッ」


 気づいていないふりをしつつ、会話に一切参加していなかった優花へ、ちょうどいいと水を向けるハジメ。


「べ、別に……」


 優花はぷいっとそっぽを向いた。実に不機嫌そう。いや、ほんのり頬が赤いか?


 香織が溜息を吐きながら肩を竦める。やれやれ、と。


「ハジメくん、それはないよ。せっかく優花ちゃんが頑張って、こんなにえっち――おめかししてきたのに、完全スルーなんだもの」

「ちょっ、ちょっと香織! 私は別に――いえ、待って。今、エッチって言った?」


 答えは、隣を飛行する飛竜から。淳史と昇が、いかにも心外だと言いたげな優花を鼻で笑う。


「園部、お前狙いすぎだろ。どこからどう見てもエロいって、その恰好」

「パッツパツやんけ」

「ッ、だ、だって、奈々と妙子が似合うって! せっかく用意してくれたから!」


 〝十二着だ〟――妙子の言葉は真実だった。


 夕べの晩餐会では童○を殺しかねないカジュアルドレスを口八丁で着させられ、今日はタイトスカートにガーターベルトと網タイツ、上は生地薄めのブラウスという出で立ちだ。そして、ここ重要。と言わんばかりに、その全てパッツンパッツンである。


 こう、エロゲーとかに出てくるエッチな女教師みたいな恰好なのだ!


「どうよ! エロゲーとかに出てきそうなエッチな女教師風衣装は!」


 そのまんまのコンセプトだった。優花が「え、奈々……?」と裏切りにあったような顔をしている。


 大方、最新のトレンドだとかなんとか、上手く言いくるめられたのだろう。誰かさんの〝好み〟を伝家の宝刀の如く使いつつ。


 あくまで〝風〟なのでスーツっぽさは確かに軽減されてるし。


「最高でしょぉ? どうなんだよぉ、男子共ぉ~~」


 妙子がニヤニヤ半分、良い仕事をした! と己を絶賛していそうな雰囲気半分で問う。


 龍太郎はもちろん、ノーコメント。懐の小さな彼女がジッと見上げてきてるし。


 近衛騎士さん達は明後日の方向を見ている。如何にも周囲を警戒していますと言いたげに。でも、皆知っている。何人かの騎士さんが、ずっとチラ見していたのを。


「あの、優花お姉ちゃん。昨日の夜、奈々お姉ちゃんと妙子お姉ちゃんに、すけすけの夜の戦闘着?っていうのを着せられてたけど……しかも、ネコミミ付けたりしてたけど……」

「ミュウちゃん!? まさか、試着してたのを見てッ!?」

「……いったい、どこへ向かってるの?」

「はぐぅっ!?」


 子供の純粋な質問、時にゲイ・ボルグ。


 旅行時の特別なテンション感がなかったとは言えない。普段なら突っぱねることも、親友達の口の上手さも加われば「ありかも?」と受け入れてしまう。


 改めて自分を見下ろす優花。ブラウスは不自然なほど肌に密着して体のラインがあらわだ。なんならおヘソのくぼみまで見える。胸元のボタンなんて今にも弾け飛びそう。スカートはタイトすぎてお尻の形が丸分かり。丈も短すぎて、油断すれば奥が見えそう。


 なるほど。どれだけスーツっぽさを減らしても、これが普段着というのは――ない。


「ッッ、南雲ぉ! 箱庭に――」

「絶対にヤダ」

「ッッ!? なんでよぉーーっ」

「言わせんなよ、恥ずかしい」

「ど、どういうことよぉ!」


 ハジメの背中をポカポカする優花。決して振り返らないハジメは、しかし、実に楽しそう。昨日に続いて、なんとなく距離感が近づいている気がしないでもない。


『な、なんでじゃ。ご主人様よ、妾、仕事をするようになって度々スーツ姿を見せておるじゃろ? 今の優花と同じような姿を披露したこともあったじゃろ!? 妾の時と反応が違うではないか!』


 なんかティオさんがショックを受けていた。それはそうだろう。その時は、「頼むから、そんな痴女みたいな恰好で外に出るなよ? はよ着替えろ」とばっさり切り捨てられたのだ。


『妾と優花の何が違うというんじゃ! エロさなら一緒――』

「恥じらいの有無」

『かはっ!? ……それは……盲点…………じゃ……』

「っ、な、何よ。恥ずかしがってる私がいいっての? 南雲のばか! いじわるよっ」


 これも旅行テンションの一種か。


 ユエ達が手の掛かる子を見るような生暖かい目で見ている。優花なりにいろいろ頑張っているのが分かるからか、こちらも受け入れ具合が深くなっている気がしないでもない。


 今も、前屈みになってハジメの背を叩いているせいで、お尻を突き出しているような姿勢になっている優花と近衛騎士さん達の間に、雫とレミアがさりげなく座る位置を変えた。


 お尻の割れ目がよりくっきりはっきり。それどころか下着の形が浮き出てしまっているので、流石に守護らねばと思ったのだろう。


「っ、もういいっ! …………雫、レミアさん、ありがと」

「なんのことかしら?」

「うふふっ、なんのことでしょう?」


 それに気が付いてか、ハジメの直ぐ後ろで正座して大人しくなる優花ちゃん。着替えは、もういいらしい。


 ニッコニコの妙子から白いロングカーディガンのようなものが投げ渡されたから。というのもあるだろうが、一番はきっと着替えさせないハジメに思うところがあったからだろう。


「なぁ、鈴。あの恰好にあのカーディガンって、むしろ白衣みたいで余計に……」

「龍くん? 好きなの? 保健室の先生に興味あるの?」


 龍太郎と鈴の会話は小さすぎて、風にさらわれてしまった。


 なので、奈々&妙子の〝我等の衣装は全て隙を生じぬ二段構え!〟と言わんばかりの巧妙な罠に、優花は気が付かなかった。


 ハジメが良い笑顔で奈々と妙子にサムズアップする。二人もまた、仕事人の顔でサムズアップを返した。


「あ~、取り込み中のところ悪いがちょっといいか? そろそろ時間だ」

「お、もうそんな時間か」


 近衛騎士さん達の中の幾人かが優花の追加装備姿に心をざわめかせているのを察したのもあってか、太陽の角度を確認していたエリックが声をかけてきた。


 実は、民主国と獣王国には既に、とある方法で旅程などを伝えてある。返事も貰っていて、民主国からは、より良い歓待のための来訪時の時間や方角の要望も受け取っているのだ。


 今回の遊覧飛行も、そのための時間調整の面があった。


「それじゃあ転移で行くか――」


 と言いかけたハジメだが、当のエリックから待ったがかかる。


「待ってくれ、その前にシンテッド獣王国の王――グルウェル殿との邂逅を視ていくことを提案させてもらいたい。家族語りの続きというわけでもないが、ティオ殿の話が出ていたのでな」

「当主様、皆様方。是非、そう致しましょう! 合理的判断を説く獣王に、毅然と啖呵を切ったシア様の姿は一見の価値ありでございますっ」

『ほぅ! 妾のこととな? それは興味があるのぅ!』


 ダリアも両手握り拳で推してくる。ティオの声が弾んだ。


 シアが「ああ、そう言えば?」と呟いている。特に意識はしていなかったらしい。


「……星霊界のシアはイケメン度が五割増しだから要チェック。見逃すなんてとんでもない」

「ほんと、星霊界に来てからのユエは、推しの配信を見逃さないリスナーの鑑みたいだね?」

「……よせやい、香織。照れる」


 ちょっぴり頬を染めるユエに、シアもまた照れ顔に。ウサミミもゆ~らゆら。


「これは視ないわけにはいかないな?」


 ハジメの確認に、反対する者はいなかった。










『だが断る! ですぅ!』


 鈴が展開した大規模障壁を空中の足場に、飛竜達の翼休めをしながら視る過去映像。


 エリック陛下を青臭い子供と相手にせず、オロスの襲撃を受ける魔王国を見捨て、自分の手を取ることが最も合理的で双方の利益になると説く過去の獣王グルウェル。


 そうして差された手を前に、彼の考えを否定しなかったシアは、しかし、そう声高に叫んでいた。


「「「おぉ~~」」」


 と思わず感心の声を上げたのは龍太郎、淳史、昇の三人。


 くすりっと笑みを浮べながら「でしょうね」と呟いた雫を皮切りに、大人しくやり取りを視ていたユエや香織達も納得の顔を見せた。


「……当然の結果。シアにとっての〝竜人〟は、こんなじゃないから」

「そうだねぇ。最初はね、勇壮な赤いドラゴンだったし、人の姿もどことなくアドゥルさんに似てたから……」

「余計にギャップを感じてしまいましたね。ことごとく、アドゥル殿が言いそうにないことばかり言うのですもの」


 トータスも、今は新時代を築き上げている最中だ。そういう意味では星霊界と似た状勢である。


 当然ながら、リリアーナはハジメ達よりも多くティオの祖父アドゥルと接している。だから、余計にそう感じるのだろう。


 ハジメ達も同じように思ったようで、深く頷いている。


「アドゥル殿を真の賢者とするなら、この獣王とやらは〝小賢しい〟感じだな」

「ハ、ハジメ君! 皆さんの前ですよ!」

「いや、愛子殿。気にしないでくれ。当時の私も、彼をそのように思っていた」


 エリックが苦笑いを浮かべる。ハジメの言葉は的確だったのだろう。少なくともバルテッドの者達にとっては。


『好きになれないんですよね、そういうの』


 合理性なんてクソ食らえと言わんばかりの感情論が木霊した。


 感情論のはずなのに、ティオを語るシアの言葉には力があった。グルウェルの説く合理性も正論もまとめて吹き飛ばすような、圧倒的な力強さが。


 私の家族は誠実なのだと。馬鹿な選択であっても、仁義のために身命を賭せるのだと。


 自他共に認める守護者である彼女は、いつだって偉大で、高潔で、気高くて、誰かの盾にならんと見せる後ろ姿は、最高に綺麗なのだと。


『私にとって、〝竜人〟とはそういう人です』


――彼女と同じ竜人なのに……なんて有様だ


 真っ直ぐ、射貫くような眼差しでグルウェルを見据える過去のシアからは、そんな内心の想いが聞こえてくるようだった。


 きっと、当時のグルウェルにも聞こえたのだろう。知らぬ相手を引き合いに出され、下に見られたのだ。


 普通なら失礼だと怒るだろう。なのに、不快そうな様子も、反論すらもない。


 できない。


 圧倒されていたのだ。ただの、家族を誇ったに過ぎないシアの言葉に。


 最後に自分の天職を思い出したみたいに〝占術師〟らしい忠告を残し、そんな語ってしまった自分に恥ずかしそうにしながら、シア達は動かぬ、否、きっと動けなかったグルウェルを置いて去っていった。


 過去映像が消える。


「良かったね、なの。ティオお姉ちゃん♪」

「あらあら、照れていらっしゃるんですか、ティオさん? 少し震えているようですけど?」


 頭を垂れてぷるぷるしているティオに、ミュウとレミアがからかい混じりの優しい眼差しを送る。


『わ、妾……妾っ』

「おうおう、どうした?」

「ど、どうしたんですか、ティオさん。私が言ったことなんて、皆思ってることで特別何か良いこと言ったわけでは――」

『そんなわけないのじゃーーーーーーーっ!!』


 グルォオオオンッという歓喜の咆哮が空気を震わせる。飛竜さん達が号令でも受けたみたいにビクッとなった。


『単なる家族自慢ではないのじゃ! シアは、異界の竜人に〝竜人族〟を誇ってくれたのじゃぞ!』


 個人を誇っているようで、その実、シアの言葉は〝竜人〟という種族そのものを誇る言葉だった。


 神話決戦の後、竜人族の名誉は確かに回復している。しかし、それでもやはり〝邪悪な存在〟として歴史に語られてきた時間の方が遙かに長く、それはつまり忸怩たる思いを感じてきた時間の方がずっと長いということだ。


 だからこそ、異界の同族に〝竜人のなんたるか〟を他種族が説き、そして誇ってもらえたというのは本当に嬉しかったらしい。


 なんなら、〝ティオ・クラルス〟という個人を称賛されるよりもずっと。


『まして、まして! 誇れる竜人を説く例が妾なんじゃぞ!』

「え、それは当たり前ですよ? 私に、いえ、私達にとってはアドゥルさん達よりもティオさんが一番〝誇り高き竜人〟なんですから」


 シアのキョトンとした、まるで常識を説くような言い様が止めだった。


 しかも、普段は変態だの残念だの言いながらも、こんな時ばかりはハジメ達も満場一致で「それはそう」と笑顔で頷くものだから。


『こんなの、こんなの嬉し飛びせずにはいられんじゃろうがぁーーーっ!!』

「嬉し飛びってなん――うぉおおっ!?」

「「「「「きゃぁあああああ!?」」」」」

「ちょっと、ティオさぁん!? どこに行くんです――ってはっや!?」


 感動と歓喜で翼が疼いたらしいティオさんがドヒュンッと空の彼方へ消えていく。


「シアお姉ちゃん! 前の黒竜を追ってくださいっ、なの!」

「エッ!? ミュウ様、待っていれば戻ってくると、ダリアは確信して――」

「! フッ、合点承知ですぅ!! アクセル全開だぜぇええええ!!」

「ま、待ってくだしぁああああああああああああああ~~~~~っ!!?」


 風のように去っていくシュタイフたん。エンジン音がアクセルぶん回しに歓喜の声を上げる。ついでに、あまりの加速にダリアさんの首が後ろにぐりんっと。シアの腰に回した腕に必死感が漲っている。命綱と言わんばかりに。


「お、おっ? ちょっ、待てよ!」

「りゅ、龍くん!? なんで飛び立つの!? 待ってればいいでしょ!? どうせ追いつけないんだし!」

「違う! 俺は何も――」


 グルォオオオオオンッ!! という咆哮が幾つも上がった。飛竜達の眼光がギンッと鋭くなる。遠くから響いてくる〝竜王〟の咆哮に応えるみたいに。


「い、いかん! 飛竜達が感化されたか!?」

「くっ、愛子殿! どうか落ち着かせる術をこの子達に――あっ」


 愛子殿はいない。というか、魂魄魔法が使える面子はみんなお空の彼方だ。


 なので、結果は必然だった。


 飛竜達がグググッと身をたわめるようにして力を溜めた。


 エリックとルイス達が顔を見合わせる。サァーーッと青ざめていく。


「そ、総員! つかまぁれええええぇあああああああ~~~~~っ!!?」

「「「「「うわぁああああああっ!!?」」」」」


 竜王に続け! 遅れを取るな!


 そう言わんばかりの気迫を以て一斉に、持てる力の限りを尽くして最速で、飛竜達が飛び出す!


 五年前の悪夢再び。あの時はシュタイフに牽引される馬車の中だったが、今は暴走する超強化版飛竜の上だ。しかも、ティオが離れているので気流補助がない! 暴力的な風が襲いかかる! 恐怖はひとしお!


 龍太郎達でさえ慌ててしがみつくほどの速度ならば当然。


 快晴の空に、バルテッド勢の悲鳴がいつまでも木霊し続けた。


 空からうっすらと降ってくる悲鳴に「なんだぁ!?」と見上げる村々や隊商の方々が続出したのは言うまでもない。


 後日、何かの凶兆かもしれないと訴える者が続出して大量に届いた報告書と、その言い訳にエリック達が頭を抱えることになるのだが……それはまた別のお話。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


あと1話だけ続くんじゃよ…


※ネタ紹介

・やるんだなっ、今ここで!

 『進撃の巨人』より。ベルトルトがライナーに言った台詞。

・いつもニコニコ背後に這い寄る人

 『這い寄れ!ニャル子さん』より。なお香織は這い寄っていない。ただ、気が付いたら後ろにいるだけ。

・隙を生じぬ二段構え

 『るろうに剣心』より。飛天御剣流抜刀術の特徴。なお書籍『小篇集』の口絵にユエ先生のイラストがあります。パツパツではないけど、ふと思い出して今話で優花にも採用。気になる方は是非。他に何を着てもらおうか…

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― 新着の感想 ―
よかったねティオ
意外にどんどん優花さんの距離が縮まっている? シアさんの真の竜人とはやっぱりティオさんよなあ
[良い点] 優花ファンとしては、優花が大きくフィーチャーされてる星霊界編は、ありがたく楽しませて戴いています点……ですが…… [気になる点] ちょっと今回の優花の「コスチューム」は、女子的にやられすぎ…
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