ミュウの春休み なんじゃワレェ!やんのかおぉん!?(意訳)by黒竜
「皆、操舵室へ!」
指示を飛ばすと同時に、光輝はBD号を一気に上昇させた。更に結界も展開。波飛沫を弾く程度のものではない。完全に戦闘用の空間遮断結界だ。
BD号の急激な挙動と光輝の怒声じみた指示で、呆然としていたモアナとクーネがハッと我を取り戻す。
「クーちゃん、こっちなの!」
ミュウに手を引かれてクーネがたたらを踏みつつも駆ける。その後に陽晴が続く。目指すは甲板中央だ。
「あり、えないわ……なんなのあれは。瘴気だって黒王の比じゃ……」
正体不明の《暗き者》が海上を驀進しながらフォルムを変える。無数の触手がうねって球体から縦長へ。ともすれば巨大なクジラのようにも見える形態へ。
水の抵抗が減ったせいか更に速度が上がる。海で活動しているだけでも前例がないというのに、まさか形態変化まで行うなんて、とモアナは目を見開いた。
その身から噴き出す瘴気も、まるで火山の噴煙だ。空を覆わんばかりの放出量のせいで、まるで瘴気の壁自体が迫ってきているかのよう。
あまりにも、そして何もかもがモアナ達の常識から外れている。
「考察は後になさい」
我に返っても未だに動揺を隠せないモアナの手を引き、ミュウの後を追ったのはアウラロッドだ。光輝が操船や結界の維持に集中できるように、だろう。
普段は社畜根性が染みついた残念存在だが、流石は五千年も孤軍奮闘し続けた元女神だ。肝の据わり方が違う。
ミュウ達が甲板の中央に到着する。と同時に光輝から警告が飛んだ。
「攻撃が来る! 少し揺れるぞ!!」
ミュウ達が腰を落とした直後、垂直上昇していたBD号が大きく右へ傾いた。
空間遮断結界を破れるとは思わない。それでも、あまりにも未知が多い。万が一の事態と、今は子供達を乗せていることも考慮して、受けずに回避を選択する光輝。
「みゅ!? 今、なんかすっごく太くて大きいのが飛んできたの!」
「槍、でしょうか?」
平時に聞いたらハジメパパが思わず「すわっ、不審者か!? コロスッ」と警戒しそうな発言をするミュウ。陽晴は冷静に、船体を掠めるようにして下から上空へ通り過ぎる幾本もの黒い巨大物体を表現する。
どうやら瘴気を押し固めて作った巨大な黒い槍状のものが、対空射撃の如く乱れ撃たれているらしい。軌道上に瘴気の残滓を撒き散らしながら、空気を唸らせる迫力は凄まじいものがある。
普通なら悲鳴をあげて、場合によっては身を竦めるところだろう。十歳にも満たない子供ならなおさら。
しかし、ミュウと陽晴に取り乱す様子はない。共に修羅場なら経験済みだ。そんじょそこらの子供とは面構えが違う。
それでモアナとクーネも表情が変わった。シルトレーテ王国の民の安否、《暗き者》であるのかさえ怪しい未知の怪物との遭遇戦を前に、この世界の住人だからこそ激しく揺れていた内心をぶっ叩くようにして強引に鎮める。
と、同時に下から噴き出すように飛来していた黒槍がぷつりと止んだ。
「流石に、高度千メートルには届かないみたいだね!」
なんて言いながら、光輝が一息で甲板の中央に跳んでくる。バングルを操作。甲板に魔法陣が浮かび上がる。
それはBD号の中枢にして、もっとも堅牢な操舵室直通の転移陣だ。光輝と、光輝が許可した場合にだけ他人も使える。
次の瞬間、ミュウ達の視界が切り替わった。
「カメラを起動する。モアナ、クーネ、意見を聞かせてくれ」
いかにも中世の帆船にありそうな船長室。だが、完全に見た目だけ。
光輝は部屋の船尾側にある一段高い舵輪が設置された場所に向かう――ではなく、部屋の中央にある大きなテーブルの前に駆け寄った。
テーブルの端、その直ぐ裏側にあるボタンを押し込む。テーブル手前の一部がひっくり返りキーボードとディスプレイが出てきた。テーブル一体型のPCらしい。
流石に、光輝の調査報告を毎回通話や録画データだけで受けるのは効率が悪いので、文章データを作製・転送できるようにしてあるのだ。
キーボードは使わず、タッチパネルにもなっているディスプレイの一部に触れる光輝。途端に室内の壁、天井、床が透過でもしたみたいに外の光景を映し出した。
光輝が言った通りカメラ映像だ。ただし、展望室や船底のような透過機能ではない。空中投影型のディスプレイに外部カメラの映像を映しているのだ。
操舵室はアザンチウムや神代魔法各種が付与された合金製で防御特化の設計だからである。仮に空間破砕の魔法〝震天〟を使われても、魔力が切れない限りは耐えられる。
※ただし、ユエの本気に耐えられるとは言ってない。耐久実験でお互いに意地になった結果、ユエ様の震天は一段進化していたりする。ハジメは部屋の隅で三角座りした。ユエ様はドヤ顔した。
「……意見と言われても、クーネには見た通りのことしか分かりません」
「ええ、同意見よ。あんなの見たことも聞いたこともないわ」
眼下には、旋回するBD号に追随するように海面すれすれの水中を高速で泳ぐ怪物の姿がある。獲物が力尽きて落ちてくるのを待っているようにも見えた。
また、噴き出す瘴気はBD号の現在の高度までは届かないようで、おそらく六百メートルくらいが限界のようだが、それでも刻一刻と低空域の濃度は高まり、徐々に怪物の姿が見えづらくなっている。
「何もかもが前例のないことだわ。少なくともシンクレア王家に、あれに関する情報は類似のものを含めて存在しない」
「海の状態はどうなのでしょうか? 地上なら砂漠化という恩恵力を奪われた分かりやすい証がありますが……」
遠目には分からなかった。莫大な瘴気が海の恩恵力を奪ってのものなのか。もしそうなら、ほぼ無尽蔵と言っていいのかもしれない。
「少なくとも島国の大半を呑み込めるほどの瘴気を、いくら巨体とはいえ自身の保有量だけで賄えるとは思えないね」
その言葉で、モアナもクーネも否応なしに意識せざるを得ない。自然と、目の届く限り瘴気に呑み込まれた島国に視線が向く。
「あれではもう……シルトレーテは……」
「手紙が返らないはずだわ……」
絶望的だろう。言葉にせずとも分かる。クーネもモアナも沈痛を極めたような表情だ。
と、そこで操舵室の扉にはめ込まれた赤い宝石が光を灯した。扉の向こう側に人が来た合図だ。
それを予測して扉の近くに待機していたアウラロッドが解錠して開ける。入ってきたのはスペンサーを含む五人の近衛戦士だ。
「光輝殿、状況は?」
「やつの正体に心当たりはないか、モアナ達に聞いていたところです」
ついでに、この高度に対応できる攻撃手段を持っていないようだ、とも。少なくとも現状では。
そのことにホッと胸を撫で下ろすスペンサー。他の四人の近衛達も蒼白だった顔色に少し血色が戻る。
「スペンサーさん達も奴のことは……」
「皆目見当もつきませんな」
歴戦の戦士たるスペンサーをして、眼下のカメラ越しに見える怪物の姿に身震いしている。噴き出す瘴気で姿が見えづらいのも、その瘴気の範囲が徐々に広がっていることも不気味さと異様さに拍車をかけているのだろう。
「光輝お兄さん、分からないなら聞いてみるのはどうですか? なの」
「! それは……そうだね」
《暗き者》は魔物ではない。意思疎通が可能な他種族だ。あまりに異様な姿に圧倒されていたが、言われてみればその通りである。
自分も少し動揺していたのかな? と苦笑しつつ、光輝はテーブル備え付けの見た目だけは古めかしい伝声管――管が伸縮性のある金属製のホースのようになっていて、手元のスイッチで伝声先を指定できる――を手に取った。
無線機のように口元に寄せ、眼下を見下ろしながら口を開く。
『何者だ。名を名乗れ』
光輝にしては威圧的な問いかけだった。《暗き者》の性質や価値観を理解しているが故に、甘さは見せないということか。
しかし、返答はなかった。闘争こそ生きがいの彼等にとって、名乗りは勝利に次ぐ誉れのはずなのに。
『どうした? 国落としを成し遂げた戦士が、自分の名も名乗れないのか?』
訝しみつつも、あえて挑発じみた物言いをしてみる。
だが、やはり返答はない。既に眼下の瘴気は直径一キロには届こうかという範囲で、低空域の暗雲の如き有様となっている。だから、その姿もほとんど見えなくなってきているのだが、カメラのズーム機能と勇者の目を以てしても反応すらしていないように見えた。
「……海の暗き者は寡黙なのでしょうか?」
「水中だから話せない、いえ、聞こえていないとか?」
クーネとモアナが光輝を見やる。
「いや、念話の機能も働いてるから届いてないことはないはずだ。反応もないってことは、最初から会話する気がない、ということかな」
舐められているのかもと、左手首のバングルに右手で触れる。
取るに足りない相手だから会話に応じる価値もないと言うのなら、こちらの力を見せてやろうと言うのだ。
バングルの遠隔操作機能に応じてテーブル上のディスプレイが忙しなく武装関連の表示を付けては消してを繰り返していく。
「えっと、ここをこうして、それから……こうだっけ? いや、こうか? くそっ、直感的に出来るのは便利だけど、やっぱり慣れるまで難しいな、これ」
魂魄魔法を利用してイメージでBD号を動かす装置だ。明確な詠唱やスイッチが不要という点では即応的であり、特に戦闘面では重宝するだろうが、その分、扱いは難しい。
慣れるためにも、目の前のキーボードは使わずバングルでの操作を試みる光輝だが、なんともモタモタしている感は否めず。
「んっもぉ。光輝お兄さん、練習なら後でやってほしいの!」
「え? ミュウちゃん?」
ぷくっと頬を膨らませたミュウが、おもむろにテーブルの反対側に回った。そして、テーブルの脚の一本をゲシッと蹴りつける。
途端にテーブルの板が一枚ずれて、そこからニュッと出たきた。
「なんで!? なんでP○5のコントローラー!?」
俺、それ知らない! 説明受けてない! と目を見開く光輝。
「光輝お兄さん。120mmの威嚇でいいですか? なの」
「あ、はい」
タッタッタンと小気味よい指捌きでボタンを押す。船体サイドに古めかし大砲が一門、ガションッと飛び出し、アームを中心にしてくるりっと下方に向いた。
同時に、空中投影ディスプレイに照準が出現。スティックで下方に合わせ、泳ぐ対象の偏差を計算し――
「狙い撃つぜ! なの!」
ポチッとな。見た目は中世の大砲、実際はロマンの戦車砲。愛しき120mm砲弾が耳を孕ませるような轟音と共に放たれた。
暗雲を貫き、海面を旋回していた《暗き者》の鼻先を少し吹っ飛ばして海面に着弾。盛大な水柱が立ち上がる。
ナイスエイム。《暗き者》の動きが止まっている。ミュウは肩越しに振り返ってサムズアップした。
「なんで俺より扱いに慣れてるの? とか。いつの間にコントローラーなんて付けたの? とか、何よりなんで俺が知らないの? とか言いたいことはたくさんあるけど黙ってるよ」
「光輝様、全部言ってます」
報告書に文句を並べ立ててやると密かに決意しつつ、再び伝声管のスイッチを入れて、
『こちらの力は分かったはずだ。さぁ、名を名乗れ。なお戦う気があるのなら』
と力を示した上での更なる挑発。
これは流石に無視しないだろうと思われたが、どうやらこの《暗き者》、対応という面でも常識外らしい。
――ジャァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ
数百数千という不協和音が重なったような奇怪な絶叫。感じるのはただ怒りと敵意のみ。
そして、返答は攻撃だった。
「なんなんだ……」
瘴気の雲海から槍衾の如き密度で黒い巨大槍が放たれた。スコールを上下逆転させたような密度だ。
瘴気の暗雲は距離稼ぎだったのだろう。高度千メートルに届かぬなら、届く位置まで瘴気の暗雲を広げ、そこを射出ポイントすればいいという力業だ。
「光輝様!」
「光輝殿!」
クーネとスペンサーの焦燥の声が響く。
何せ、眼下の暗雲は直径一キロ。どれだけBD号が速く、しかも操舵室内部なら慣性も重力加速度の圧力も制御されているので緩急自在の動きができるとしても、攻撃が届く前に範囲から抜け出すことはできない。
とはいえ、だ。
「大丈夫。結界があるし、そもそも喰らわないから」
離れた場所に瘴気を出現させ、そこから直接攻撃する手段は既知だ。光輝は黒王との戦いを忘れてなどいない。最初から警戒はしていた。
兵装操作にもたついていたのは、同時並行でこれの準備をしていたからというのもあるのだ。その機能を即座に起動する。
「――〝短距離転移〟起動」
詠唱に伴い船首のドラゴンヘッドが淡く輝く。BD号を急速発進させると同時に、進路上に巨大な光の膜――〝ゲート〟が出現した。
足元から無数の黒槍が迫ってくる。それが直撃する――という寸前で、BD号は完全にゲートの向こう側へ姿を消した。
出てきたのは暗雲の範囲外。それも海中。
海上の瘴気のせいで太陽の光が遮られ暗い空間ができあがっているが、それでも海上から見るよりは姿を捉えやすい。前方斜め上の海面辺りに巨大な影が見える。完全に背後を取った形だ。
触手の動きが心なしか活発に見えた。大きく全方位に伸ばされ、その巨体もくるくると忙しなく回転している。どうやらこちらを見失って必死に索敵しているようだ。
「逃がす気はなさそうだな」
「光輝……」
「光輝様……」
モアナとクーネが、どこか睨むように光輝を見つめる。もちろん、光輝に怒りを抱いているのではない。それは、一種の懇願の眼差しだった。
「うん。シルトレーテ王国にはまだ生存者がいるかもしれない。……こいつは、野放しにできない」
そう言って、二人の気持ちを汲みつつも、自分の意志で決意する。
この常識外の怪物が、島国を壊滅に追い込んだのは間違いない。もし、あの絶望の中で生き残っている者がいるなら一刻も早い救助が必要だ。
怪物の正体を悠長に確かめている暇も、そのために捕えて尋問する余裕もない。根気よく会話を試みるなどもってのほか。
だから、二人の〝シルトレートの無念を晴らしてほしい〟という気持ちを汲みつつも、光輝は光輝として自ら決断する。
「武装のない乗り物は危険だなんて、あの時はまた頭のおかしいことを言ってると思ったものだけど……」
ほら見ろ、必要だったろ? とドヤ顔する魔王が脳裏に浮かんで、ちょっぴり悔しさを感じつつも光輝は再びバングルを操作した。
「ミュウちゃん、操作権を返してもらうよ」
「大丈夫?」
「ああ。この先は俺の役目だからね」
殺しだ。たとえ相手が会話に応じない敵であっても、自分のいる現場で子供に代わりに命を奪ってもらうなんて、認められるわけがない。
相手がまだこちらに気が付いていないことをいいことに、深く集中し目当ての兵器を一つ一つ丁寧に起動していく。
黒竜の脇腹部分が順次スライドして開いていく。片側だけで八ヵ所――合計十六ヵ所。
「クーちゃん! ヒナちゃん! 衝撃と残酷な現実に備えるの!」
「「え?」」
ちなみに、操舵室は衝撃が伝播しない設計だ。が、当然ながら汚ねぇ花火を目の当たりにする精神的衝撃からは守ってくれない。
ミュウの警告と同時に、驚くほど静かに十六発の魚雷が飛び出した。ご丁寧に、全ての弾頭に歯を剥いて笑うサメのペイントが施されている。
「許してくれとは言わない。選ばせてもらうよ」
光輝が神妙な顔で海面の怪物を見上げる。
スクリューもジェット噴射もなく自ら水流を生み出して進む魚雷は、音が頼りの海中にあってはまさにサイレントキラー。
怪物が下方から静かに、されど凄まじい勢いで上がってくる十六の機影に気が付いた時には何もかもが遅かった。
「「「「「うぉおっ!?」」」」」
「「きゃぁっ」」
前者はスペンサー達近衛隊、後者はクーネと陽晴。
衝撃を感じたわけでもないのに、カメラ映像越しの凄絶な結果を見て思わず体が反応したらしい。
それも仕方のないことだろう。
目の錯覚と見紛う海の圧縮。怪物を中心に空間がぐにゃりと歪む。かと思えば、その直後に爆発的に膨張。海が一瞬で吹き飛んだ。
空間の圧縮と解放時の衝撃で対象を逃がさず粉砕する弾頭だ。
怪物がいかに常軌を逸した巨体とはいえ、十発が周囲を囲むように展開し、残り六発が真下からの直撃だ。余さず効果範囲だっただろう。
「ねぇ、光輝。魔王様は、光輝に異世界侵略をさせたいわけじゃないのよね?」
覚悟はあっても殺しにはちっとも慣れない光輝の、案の定、ぐっと寄せられた眉間の皺を見てかモアナが冗談半分、本気半分で尋ねる。
「……う、うん、たぶん。本人曰く、〝安全な乗り物の最低基準は満たしてる〟らしい。あいつにとっては、〝ようやく安全〟のレベルなんだ」
「安全の定義とは」
光輝はなんとも言えない表情で頷いた。もちろん、スペンサー達の表情は盛大に引き攣っている。
「とはいえ、流石に過剰威力だったな。何かしらの防御をされる可能性も考えて、同時に発射可能な限界数で撃ったんだけど」
見た限り、怪物は残滓も残っていないようだ。海の藻屑にもなれなかったらしい。
「あの、光輝様。普通は空間干渉などできません。南雲家の皆さんが異常なのです」
だから、魔王一家クラスを基準にしてオーバーキルするのは……と諫めるアウラロッド。
とはいえ、だ。
光輝が最近戦った相手といえば、妖精界の神格クラスと、機工界のマザーや機工兵などだ。
前者は他世界の伝承から生まれた存在故に普通に空間干渉くらいしてくる神格クラスがうじゃうじゃいるし、後者も普通に神代魔法クラスのことを科学的に再現可能な世界だった。
ついでに言えば、地獄界のネームドクラスも使えたりする。
「いや、割とできる存在、多くない?」
「……そう言えばそうですね」
人の想像力と信仰が生み出した妖精界の神格クラス。人の飽くなき探究心が創り上げる科学の力。更には、地獄界の悪魔が神話時代には元々人間だったことを考えると……
「人間こわっ」
アウラロッドさん、思わず呟いちゃう。自分を抱き締めて身震い。
それはそれとして、だ。
「瘴気も吹っ飛んだの! やっぱり光が差し込む海が一番綺麗なの!」
「え? 正気も? あ、瘴気ですね? でも、ミュウちゃん。海面の荒れ方が凄まじいと言いますか……これ、津波が発生するのではと、わたくしは思うのですが……」
陽晴ちゃんはいつだって鋭い。光輝は慌ててBD号を浮上させた。
衝撃で吹き飛んだ海面が大きく陥没し、そこに流入する海水の影響も相まって海面が波打っている。
確かに津波に発展しそうだ。重力制御式のBD号を海面に近づけて、その重力場で強引に波を静めにかかる。
「? 光輝殿……怪物は確かに倒したのですよね?」
「え? そのはずですけど……スペンサーさん、何か気になることでも――」
尋ねている間に光輝も、そしてモアナ達も気が付いた。
「どういうことです? シルトレートの瘴気が……晴れない?」
島国は依然、瘴気に包まれていた。
元凶たる《暗き者》を倒せば、その者が放出した瘴気も消える――というわけではない。
だが、少なくとも衝撃波や風の影響に抗することはできない。制御されているわけではないから霧散していくはずだ。
なのに、シルトレートを包む瘴気は依然としてドーム状に島を覆ったまま。空間歪曲弾頭の衝撃波は少なからず確実に届いたはずなのに、相変わらず海岸線も見えやしない。
それはつまり。
「あれは……っ」
「光輝様! 拡大を!」
勇者のハイスペック視力で捉えた光景をクーネ達にも共有できるよう、カメラをズームさせる光輝。
見えたのは、瘴気の中から海面を這うようにして出現してくる無数の触手。否、あれは――
「蛇、でしょうか? まるでサルーパのような……」
目を険しく細める陽晴の言う通り、それは何百何千という蛇の群れだった。瘴気を纏い、大きさが段違いという点を除けば、確かにパラブレッロで紹介された人間にとっての海の友――大きな海蛇に酷似していた。
「もしかして、さっきの怪物さん、あの子達が集まってできてた、の?」
「っ、ミュウちゃん、大当たりみたいだ」
沿岸部に出て行くにつれて、徐々に徐々に絡み合っていくサルーパモドキ。纏う瘴気で分かりづらかったが、過程を見れば一目瞭然だ。
「光輝様、どうしますか?」
クーネの問いに光輝は答えず、代わりに再び伝声管を手に取った。
『降伏しろ! 繰り返す、降伏しろ! こちらの戦力が圧倒していることは理解したはずだ! あくまで交戦を望むなら、こちらは殲滅戦に移行する!』
何もこの後に及んで情けをかけようなんて甘いことは思っていない。
ただ、群体モドキである以上、島中にあとどれほどいるか分からない中では、殲滅戦よりも降伏&瘴気の自主解除をさせる方が早いと思い、ダメ元で呼び掛けてみたのだ。
加えて、もう一つ。
「光輝、暗き者に降伏勧告は……」
「分かってるよ、モアナ」
勇者スペックの視力とズーム機能、そしてばらけてくれたおかげで見えた敵の目に、光輝は酷く違和感を覚えたのだ。見た限り、どの個体の目も何か今までの《暗き者》とは異なる感じがして、それを確かめたくて。
『戦士としての名誉を知る者なら、名を名乗れ!』
再度、問う。君臨者としての名誉を重んずる《暗き者》なら、「お前は恥知らずだ。戦士ではない」と敵に言われて黙っているはずがない。
だが、返ってきたのは、
――ジャァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ
やはり不快感を煮詰めたような絶叫だけ。ただの一体として、言葉を返す個体はいなかった。
怒りは感じる。敵意は凄まじい。カメラ越しでも伝わるほど。
けれど、その怒りは名誉を踏みにじられたことに対するものではなく、きっと自分達の一部を消し飛ばされたことに対してで。
それも、仲間意識ではなく自身への攻撃に対する純粋な怒りに思えてならず。
何より、あれほどの群体をまとめて消し飛ばされておきながら、なお戦術性の欠片も感じられない有様で突進してくる様は、まるで……
「光輝殿……あれは、あれは本当に《暗き者》なのでしょうか?」
スペンサーが掠れた声で疑問を口にする。この場の全員が内心を代弁するように。
「……ああ、違和感はこれだ」
「光輝様? どういうことですか?」
伝声管を置いた光輝に、クーネも、他の者達も半ば辿り着いた答えを確認するように問う。
「目を見て思ったんだ。――意志が分からないって」
〝意思〟はあるのだろう。感情もある。けれど、どんな《暗き者》にも感じた明確な〝意志〟を、あの海蛇モドキには感じなかったのだ。
己こそが支配者になる、黒王に従えど格別の地位に就いてみせる、手柄を! 名誉を! 己が武功、天に轟かせん! と命を燃やすような意気や決意を、何も感じなかったのだ。
光輝は少し困惑しながらも、モアナ達に視線を巡らせて一拍。結論を口にした。
「あれは……暗き者じゃない。同じ能力を持っただけの動物だ」
そんなことがあり得るのか。
生き物には猛毒であるはずの瘴気と共に生きる点は、どちらも同じ。同じく異常。ならば果たして、おかしいのはどちらか。生物としてあり得ないのに意思疎通できる《暗き者》の方か? それとも《暗き者》と同じ生態でありながら意志を持たぬどころか会話もできない怪物の方か?
前例のないことが立て続けに起きて、クーネ達は頭がパンクしそうな様子だ。
「なんにせよ、やることは同じだ」
光るバングル。太陽光レーザーを放てる黒竜の顎門が開く。背中のミサイル発射口が総計二十カ所開き、船体の両サイドの大砲も全門目標に砲口を向ける。バルカンやロケット弾など各種重火器もスタンバイ状態に。更には船首と船尾、そして船底には神代魔法の魔法陣が浮かび上がった。
「ミュウちゃん――」
「大丈夫なの。いざとなればゲートで直ぐに王宮へ避難するの。クーちゃんとヒナちゃんの傍からは離れない」
ミュウの手には鍵が握られている。うっすら真紅の光を帯びていることから、いつでも発動できる状態なのだろう。
「ク、クーネは離れるわけにはいきません! シンクレアの女王として、この事態に、何より救援が必要かもしれないシルトレートに背を向けるわけにはいかないのです!」
クーネまで避難するつもりはないと言う。
光輝は困り顔になった。
完全に不測の事態が起きたわけで、何より幼い子供達にシルトレートの状態を見せるのは避けたいと思って、できればシンクレアの王宮に避難してもらえればと考えたのだが……
「生存者の捜索もしたいと思ってるんだ。たぶん、悲惨な状態で――」
「光輝お兄さん」
好奇心でも、仲間外れに憤る雰囲気でもない。ミュウの目には決意と覚悟があった。それは、隣の陽晴も一緒だ。真っ直ぐな眼差しで光輝を見ている。
「邪魔はしないの。いざとなれば担いででもクーちゃんを連れて逃げるの。でも、クーちゃんが望む限りは、望む場所に一緒にいてあげたい」
「ミュウちゃん……」
最初から、残るという決断はクーネの心情を考えてのものだったらしい。光輝的に、そう言われては説得の言葉にも詰まってしまう。逆にその隙を逃さず、ミュウは追撃の説得に放った。
「それに、なの。光輝お兄さん、そもそもの話」
「うん?」
「この操舵室より安全な場所なんてないの。未知の敵なんでしょ? ミュウ達の転移を察知して、王宮まで転移してこない保障はないの。黒王さんにはできたことだから可能性はあると思う。その時、傍にいれませんでしたってなったら……パパ、激おこ――」
「的確な判断をありがとう、ミュウちゃん! 全く以て一から十まで君の言う通りだ! ここにいた方がいいね!」
六歳の女の子に論破される勇者。
緊迫した空気が少し弛緩する。モアナ達の生暖かい眼差しに気が付かないフリをして、光輝は前を向いた。
海蛇モドキが途切れることなく島から這い出て、凄まじい勢いで第二の怪物が出来上がっていく。
「南雲、一応感謝しておく。こいつがなければ突破にはどれだけ時間がかかったか……」
呟くように独り言ちつつ、全兵器の照準を怪物に合わせ、BD号を上昇させる。
そして、
「どうか一人でも多くの生存者がいますように」
そう祈って、光輝は魔王謹製兵器の全力を解放したのだった。
旅行予定の最終日――七日目の朝陽が低い位置からじりじりと天頂を目指している。つまり、あの海蛇モドキの怪物と相対して丸一日が過ぎようという頃合い。
BD号は現在、シルトレーテ王国のある島の北側の海岸、その崖上に停泊していた。海面まで二百メートル近くあるので、北側の海が一望できる。
実に穏やかだ。空も憎たらしいほどに快晴である。
とても、ほんの一日前まで瘴気を撒き散らす数万匹の巨大蛇が潜んでいた海とは思えない。
だがしかし、そんな海蛇モドキの怪物を退治したBD号の船内はというと、晴れやかとはほど遠い雰囲気だった。〝沈痛〟という言葉がぴったりだ。特にミュウと陽晴以外の内心は曇天を通り越して暗雲と表現すべきだろう。
「分かっていたこと……だけど、ね」
操舵室のソファーに深く腰を落として、湯気を立てるマグカップに口をつけるモアナ。中身はホットミルクティーだ。日本滞在中に最も気に入った飲み物である。
鬱々とした心に、淡い甘みと仄かな苦みが染み渡る。
その隣で、姉に入れてもらった同じ飲み物を、しかし、口をつけることもなくジッと見つめ続けているのはクーネだ。項垂れているとも言えるだろう。
外部カメラの映像に視線を向けて一応警戒態勢を取っているスペンサー達も、その顔色は悪い。
理由は言わずもがなだ。
数えるのも馬鹿らしい数の海蛇モドキを片付けて、ようやく島の瘴気が晴れた後、光輝達は夜を徹して島を巡った。
生き残りを探すためだ。海蛇モドキと、そして生存者の。
だが、結果は案の定というべきか。
島全体を瘴気の濃霧が覆っていた時点で分かっていたことだが、生存者は――ゼロだった。
本来、《暗き者》は恩恵力を糧とする。そして、人間は栄養豊富な家畜だ。だから、皆殺しはあり得ない……なんて常識を信じてみたが、やはり海蛇モドキは本能的な生き物だったらしい。
かつてのシルトレート王国は、中心部の王都から海岸線の漁村に至るまで蹂躙され、自然は砂と化し、人間どころか動物一匹、生きているものはいなかった。
あるいは、いざという時の地下避難所的な場所や、数少ない山間部の隠れ家的な場所で息を殺して救援を待つ者もいるのではと不眠不休で捜索したのだが……
BD号の機能――熱源、気配、当該世界のエネルギー(砂漠界なら恩恵力)、魂魄、音響等の各種センサーをフル動員しても感知できるものは、僅かな海蛇モドキの残党のみ。
空中を移動しながら広範囲かつ、地中深くまで及ぶ神代魔法クラスの探査だ。調査船という肩書き故に、その充実には特に力が入っている。
それこそ神格クラス、大悪魔クラスでもなければすり抜けることは不可能だろう。
実際、どこに身を潜ませていようと海蛇モドキは尽くを見つけ出し、確実に始末できた。最初に外縁部を回り、渦を巻くようにして内陸を調べていき、その過程で遠隔感知できる中継センサーも置いていったので、少なくとも群体との戦闘中に即座に逃げ出した個体でもいない限り殲滅は成功したと思われる。
つまり、だ。それでも人や動物一匹、感知できなかったということは――
シルトレート王国は滅亡した。それが厳然たる事実だった。
その冷たい現実は、クーネ達を打ちのめすのに十分すぎる力を持っていた。
「クーちゃん」
向かいの席に座るミュウが気遣うように呼びかける。隣の陽晴も憂いを帯びた眼差しをクーネに向けている。
クーネは弱々しく顔を上げた。困ったような、無理やり浮べたと分かる微笑を見せる。
「ごめんなさい、ミーちゃん。ヒーちゃん。せっかくの旅行なのに、こんなことに巻き込んでしまって……クーネが寄り道など口にしなければ……」
たまらず駆け寄って、クーネの頭を抱き締めるミュウ。
「気にすることなんて何もないの。次に謝ったらツインテを固結びにして二度と解けないようにしてやるから覚悟するの」
「っ、それは……困りますよぉ」
陽晴がゆっくりと歩み寄る。モアナとは反対側のクーネの隣に腰を落とし、マグカップを持つクーネの手に重ねるようにして自分の手を添える。
「むしろ、こういう時にクーちゃんの傍にいられたことを幸運に思います。ですから、どうか無理に笑わないでくださいませ」
「ヒーちゃん……」
ミュウの規則正しく刻まれる心音と、陽晴の手から不思議なほど伝わってくる温もりに、落ち込みきっていたクーネの心が少しばかり浮上した。
二人の友に甘えるように体から力を抜くクーネ。
その様子を見て、モアナやスペンサー達の強ばった表情からも僅かに力が抜けた。
「光輝、そろそろ戻ってくる頃合いかしら……」
恋しくなったのか、モアナが外部カメラに視線を向ける。
そう、実はこの場に光輝はいなかった。アウラロッドもだ。二人は念のためにと、BD号に収容している数体のグリム・グリフォンの内の一体に乗って半壊した王城に向かったのである。
二人だけで行った理由は二つ。
シンクレア組は精神的に、ミュウと陽晴は子供故に、徹夜明けということもあって休息が必要だと感じたから。そして、ミュウと陽晴には触れられるような距離で大勢の遺体を見せたくなかったからだ。
目視での捜索(透過船底とズーム機能など)で悲惨な地上を既に見てはいるし、二人が乗り越えてきた経験を思えば大きなお世話かもしれないが、そこは譲れなかったのだ。
スペンサーがモアナの独り言じみた呟きに応じる。
「シルトレートの王族もまた天恵術の使い手です。あるいは探査をすり抜けた可能性は捨て切れません……シンクレアの湖のように、特殊な環境が緊急避難の場所として存在する可能性も十分にございますれば、探し当てるには少し時間がかかるやもしれません」
「そうね……アウラロッドがきっちり役目を果たせるかにもよるし、ね」
また残念な状態になってなければいいけれど、と冗談まじりに苦笑を浮べれば、スペンサー達の顔にも仄かに笑みが戻る。
腐っても元女神だ。たとえ世界は異なれど、生命の存在を感知する能力は非常に優れている。地に触れれば当該世界のエネルギーの流れをどこまでも辿れるし、時間さえあれば干渉さえ可能だ。
何より、アウラロッドには他の世界の女神にはない唯一無二の能力がある。
想念。
全ての世界に存在する目に見えないエネルギー――人の想い。
妖精界を世界たらしめるそれは、妖精界の女神にしか感知できないものだ。
もしシルトレートに生存者がいたなら、彼等はきっと祈るだろう。絶望の中、奇蹟をもたらす者、伝承の存在――フォルティーナに。
どれだけ巧妙に隠れていていても、たとえ神代魔法ですら感知できずとも、アウラロッドはその〝想い〟を感知できるのだ。たとえ女神の座を降りたとしても、その能力は既に魂に根付いているが故に。
もちろん、世界が異なる以上、その感知能力の範囲には限界がある。対象が意識を喪失している場合もあるだろう。その場合は、距離が遠ければ遠いほど精度は下がってしまう。
だから、光輝に同行しているのだ。
「む? どうやら思ったより早い帰りのようですな」
外部カメラに映った黒い点を見て、スペンサーの口元が少し緩む。
徐々に大きくなっていく黒い点は、次第にグリフォンに乗った光輝の姿を取っていった。後ろにはアウラロッドも乗っている。特に怪我をした様子もない。
船内にホッとした空気が流れ、幾ばくもしないうちに光輝達は甲板に降り立った。グリフォンが船の格納庫に転送され、光輝とアウラロッドは直接、操舵室に転移してくる。
「おかえりなさい、光輝。アウラも」
「ただいま、モアナ」
「ただいま戻りました」
光輝とアウラロッドの表情は――芳しくない。期待した結果にはならなかったことが言葉より雄弁に伝わる。
「光輝様。本来の目的を置いての尽力ありがとうございました。もう十分です」
「クーネ……うん、もうここでできることはないと思う」
神妙な表情で壁際の椅子にドカッと腰を落とす光輝。モアナが手際よく飲み物を用意し、アウラロッドの分も合わせて手渡す。
「私からもありがとうと言わせて、光輝、アウラ」
揃って一口、温かなミルクティーに口をつけて、その優しい甘みに頬を緩める。
一拍おいて、光輝はアウラロッドと目を合わせた。アウラロッドが頷く。
「どうしたの、光輝? 何か気になることでもあった?」
「そう、だね。少し気になったことはある。王宮が半壊していたのは空から見ただろう? 西側が大きく崩れていて、東側だけ建物が残っている感じで。その東側の中が……なんというか壊れてなかったというか……」
「それはまぁ、半壊ってそういう意味でしょ?」
困惑するモアナ。光輝を補足するようにアウラロッドが口を開く。
「捜索時、空から見かけた遺体はほとんどが白骨化していましたね。つまり、襲撃からは相応に時間が経っていると予測されます」
「……ええ、そうね。遺体の数自体少なかったけれど、あの数の蛇の化け物だもの。きっと大勢が丸呑みにされたのでしょうね」
「かもしれません。ですが、少なくない民衆が王宮に逃げ延びたはずです。避難所と思しき場所を見つけたのですが、それを示す生活の痕跡がありましたので」
「当然ですね。国全体の危機とあらば最も安全なのは王宮。どの国でも一緒だと、クーネは納得しますよ」
それで結局何が気になったのかと首を傾げるクーネに、アウラロッドも光輝と同じような困り顔になった。再び、光輝が口を開く。
「荒れた形跡がなかったんだよ。避難所の扉が破られたような形跡も、通路や壁も争ったような痕はなくて……多少、汚れてはいたけれどね」
「それは……奇妙ですな。普通、堅牢な外壁が崩れたのなら、そこから内部に侵入するものでしょう」
スペンサーが首を傾げる。モアナ達も言いたいことが分かったようだ。一瞬、期待に目を輝かせるが、光輝達が手ぶらで帰ってきた事実を思い出して困惑を深めた。
「ちなみに、避難所の中に白骨化した遺体は見当たりませんでした」
「海蛇モドキが襲撃したわけでもなく、籠城の末、衰弱死したわけでもない? どういうことなの?」
アウラロッドの補足に、モアナ達はますます困惑顔になった。
光輝はなんとも言えない曖昧な表情だ。その表情から察してモアナやスペンサー達が光輝と同じ考えに至ると同時に、ミュウと陽晴が口にした。
「もしかして、最後の戦いに出て行った……とか?」
「……あるいは、一縷の望みに賭けて島からの脱出を試みた、でしょうか?」
「そうかもしれない」
「もし、もしそうなら! 子供まで戦いに出るとは思えませんから、最後の戦いは陽動で、非戦闘員は脱出をっ――いえ、言っても仕方ありません、ね」
クーネが表情を輝かせて立ち上がる。直ちに近隣に島がないか探して生存者が漂着していないか捜索すべきだと提案しようとする。が、その輝きは直ぐに消えた。光輝やアウラロッドとそっくりの曖昧な表情になる。
「可能性はゼロではない。けれど、限りなくゼロに近いでしょうね。あの海蛇モドキが島を包囲していたんだから」
誰もが気が付いていたことを、敢えて口にしたのは姉心だろうか。モアナはクーネの頭を優しく撫でながら現実的な推測を口にした。
そもそも、確実な救援を望むなら近隣の島ではなくシンクレアを目指すはずで、しかし、沿岸部の領地から彼等が漂着したという報告はない。
光輝やアウラロッドが曖昧な表情になってしまうのも頷ける。これは希望とも言えないレベルの話なのだ。
「近隣の島の捜索、してみるかい?」
光輝が尋ねる。視線はクーネに向いていた。クーネは少しだけ逡巡し、首を振った。
「周辺の島の正確な位置をクーネ達は知りません。捜索範囲も広すぎます」
「クーちゃん、ミュウ達のことなら気にしなくていいの」
「ええ、観光なら十分に楽しませていただきました。どうか遠慮なく、クーちゃんの望みを口になさってください」
友人二人の配慮に、クーネは嬉しそうに微笑みつつもやはり首を振る。
「分からないことが多すぎます。第二第三の怪物がいないとも限りません。なら、今優先すべきことは情報を集めることだと、クーネは思うのです」
そう言って、今度はクーネから光輝を見やった。光輝は意を汲んで頷いた。
「うん、俺もそう思う。あれがなんであるのか、他にもいるのか。シンクレアに危機は迫っているのか。それを確認できる相手に心当たりがある以上、まずはそちらを優先するのが効率的だと思う」
「それに女神なら、己が管理する世界の魂を探れるでしょう。女神自身が弱っているなら分かりませんが……生存者がもしいるなら、その位置を特定できる可能性は大いにあります」
「なるほどね。確かに、フォルティーナ様なら全ての答えを教えてくださるかもしれないわね」
光輝が視線を巡らせて異論はないか確認する。返ってくるのは頷きだけだった。
「よし、決まりだ。当初の予定通りフォルティーナ様への謁見を優先しよう」
バングルを操作しBD号を浮上させる。同時に懐から樹導盤を取り出し、光輝は舵輪の前に立った。
舵輪の直ぐ隣には、指揮者の譜面台のような形の腰くらいの高さの台座がある。中央に窪みのある魔法陣が描かれている。
樹導盤をその窪みにはめるや否や、真紅の光が魔法陣を輝かせた。
「一気に転移するよ。準備はいい?」
最初に海を渡っていたのは、ほとんど観光の延長だ。実のところ、恵樹のところへは樹導盤と船の転移機能を併用することで一気に転移が可能なのだ。
光輝の問いに、ミュウと陽晴は直ぐに「はい!」と返した。
クーネやモアナ、そしてスペンサー達は少し口を噤んだ。焼き付けるようにカメラ映像越しの荒廃したシルトレーテ王国を眺める。
クーネが前に出た。空中投影ディスプレイを細い指先でなぞる。触れた部分に感触は当然なく、指は画面の向こうへ素通りした。
深い呼吸を一回。
クーネは一歩下がり、胸元に片手を添え、瞑目した。
「海の向こうの同胞達よ」
意図を察し、モアナ達もクーネの後ろで同じように礼の姿勢を取った。
「祈願します。フォルティーナ様の導きのもと、その御霊の全てが自然に還らんことを。どうか安らぎあれ」
女王の祈りに、ミュウと陽晴、そして誰よりもその純粋な想いを感じ取ったアウラロッドも、同じように瞑目した。
「光輝様」
少しして目を開いたクーネは女王の顔で頷いた。
「参りましょう。この世界の全てを知る女神様のもとへ」
光輝もまた頷き返し、直後、BD号は発進した。眼前に輝くゲートに飛び込むようにして。
そして。
『!!!?』
「「「「「「!?!?!?!?」」」」」」
目の前に凶悪な顔面が。
正確には、視界が切り替わった瞬間、前部カメラにドアップで映ったのだ。
鋭い牙の並んだ顎門に、見るからに固そうな鱗、瘴気を纏う巨体に広がる翼。そして、なんかめっちゃ見開いた目。
それは紛れもなくBD号とタメを張るほどの巨体の黒竜!
近すぎる。回避不能。
結界があるから大丈夫なはずだと自分に言い聞かせながら、それでも必死に舵を切る光輝。内心で「まがれぇえええええええっっ!!」と叫び、他の者達は驚愕から思わず悲鳴を上げ――
「「「「「うわぁあああああああああっ!?」」」」」
「「「きゃぁあああああああっ!?」」」
「ひぃええええええええっ!?」
――ギャアアアアアアアアアッ!?
なんか黒竜も悲鳴(?)を上げていた。
奇跡だ。BD号が右へ舵を切ると同時に、黒竜はどこか必死に見えなくもない形相で左側へ傾いたのだ。
お互いに逆サイドへ横転して腹を見せ合うような形ですれ違う。黒竜の脚とBD号の船底側の結界がガガガッと音を立てて擦れる音がする。
本当にギリギリの、そして奇跡的に組み合った神回避だった。気分はあれだ。空戦する戦闘機同士が相対状態から交差するやつ。
半ばドリフトのような状態で空中を滑るように転回したBD号。そのまま滞空する。
黒竜の方も一回転して、翼を一打ち。滞空してBD号と向き合う。
気のせいだろうか。
「なんだかあの黒竜さん、すっごく驚いている?」
たぶん、ミュウが大正解。
瘴気を纏う姿、そのフォルム。見た目は邪竜そのものなのに、すっごい目が泳いでいる。手足がそわっそわしている。
陽晴ちゃんが未だにドキドキしている胸を片手で押さえながら言う。
「む、向こうからしますと、見渡す限り何もない空を飛んでいたはずなのに、突然、目の前に自分とよく似た姿の黒竜が現れた、という状況なのかもしれません」
なるほど。それはビックリする。何事ぉ!?ってなる。たとえ、これまた海蛇モドキと同じ前例のない怪物だったとしても。
『あ、あ~、驚かせてすまない? 言葉は通じるだろうか?』
光輝が一応、呼びかけてみる。《暗き者》なのか、それとも怪物か。
その答えは、
――グラァアアアアアアアアッ!!!
純粋な怒りと敵意だった。その竜眼にはもはやBD号に対する困惑も驚愕もなく。案の定、言葉を返す様子もない。
周囲を見渡す。天を突くような大樹は見当たらない。
あるのは眼下の砂漠と、空と、そして瘴気を撒き散らす黒竜のみ。
どうやら転移した先には恵樹の代わりに、別種の怪物が待っていたらしい。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
※ネタ紹介
・狙い撃つぜ
ガンダムOOのロックオン兄貴より。
・PSコントローラーで操縦
映画『MIB2』の変形して空飛ぶベンツより。きっと日産なら近い将来実現してくれると信じてる。やっちゃえ日産。




