表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
463/555

ミュウの春休み 阿鼻叫喚の上映会




 多くのざわめきが、遥か空の上に響いていた。


 それを、どう表現すべきか。あえて端的に表現するなら、黒竜に掴まれて誘拐される帆船……だろうか。


 雄大な可動式の翼を広げた、ティオの黒竜モードを模した機工ドラゴンが、その太い四肢を以てマストのないガレオン船の四隅を掴み、空を運んでいる。


 ただし、大きさは現実のそれより上だ。船部分だけでも全長は百メートルくらいだろうか。


 美しい曲線を描く竜骨を持った見た目は木造の船は、高さ的におそらく三層構造。甲板は幅が二十メートルくらいの広々とした作り。船首や船尾にかけて二段構造の甲板になっているので、両端は実質五階層くらいの高さがある。


 中世の戦艦よろしく、両サイドと両端に幾つかの大砲が覗いている。特に船首の砲は、竜の頭部を模した装飾の顎門で中々の迫力があった。


「う~ん……」


 なんとも複雑な声を漏らすのは、その黒竜の()()()()()いる光輝である。


 十メートル四方はある広い内部には何もない。代わりに、周囲がよく見えた。


 実はこの頭の部分、全面が一種のマジックミラーになっており外がよく見えるのだ。つまるところ、展望台なのである。長い首の操作もある程度可能なので、胴体部分より上に出すことも、逆に下部の船に近づけることもできる。


 今も少し下げているので、下の甲板の様子がよく見えた。


「俺の要望は完全無視したくせに、仕事自体には手を抜かない……良い出来だよ、ほんと。腹立つくらいにな!」


 部屋の中央で腕を組んで仁王立ちしながら、ぶつぶつと独り言を漏らす光輝。


 視線は足元、を透過して甲板に向いている。


 甲板にはたくさんの人達がいた。これから観光で巡る各地の領主とその家族、あるいは側近達だ。


 生まれて初めて乗る空飛ぶ船に興奮を抑えきれない様子で、手すりから身を乗り出すようにして地上を見下ろしたり、流れゆく雲を上から見下ろすという光景に手を叩いてはしゃいでいる。


 そこにはモアナや護衛として同行したスペンサーと数人の近衛隊員の姿もあり、同じく空の旅を楽しんでいるようだ。


 なお、ドーナルやリンデン、アニールはお留守番だ。戦士団の筆頭達まで国を空けるわけにはいかないし、アニールも観光予定地ではない領地の領主一行は王都に残っているので、その対応を侍女長としてする必要があったからだ。同行しても、各領地がもてなすのでやることがあまりないというのもある。


 そして、リーリンもお留守番だ。絶対に同行すると言い張った彼女だが、自ら最前線を望んで近衛から抜けたのに、今更、私情で復隊とは都合が良すぎる。と女王陛下に指摘されてしまえば、ぐぅの音も出なかった。


 そんなだから、チャンスは今夜しかない! と獣の目つきをしていたリーリンに、夕べ、光輝が何をされたのかは……


 見送りにきたリーリンの流し目一つで顔を真っ赤にしていた光輝の様子で推して知るべし。ちなみに、モアナとリーリンは今朝、一緒に光輝の部屋から出てきていたりする。(byアニールさん情報)


 閑話休題。


 何はともあれ、甲板の楽しげな様子を見ていると、


「絶対、スターウォー○っぽいデザインの飛行艇がいいと思ったんだけどなぁ」


 これも悪くないと思ってしまう。いや、むしろこれで良かったと思ってしまう。


 そう、この奇抜なスタイルの飛行艇こそ、ハジメが光輝に与えた〝世界樹の枝葉復活計画〟における移動手段の一つだった。


 当初、デザインを起こすに当たって光輝は伝えたのだ。


 光輝もまた男の子であるからして、自分専用の飛行艇を貰えるとあってはウキウキせずにはいられない。


 そして、アニメや漫画には詳しくなくとも、世界的に有名な映画はだいたいのところが既知だ。特にスター○ォーズは小さい時から大好きである。


 なので、光輝はニコニコ顔で伝えたのだ。ミレニアム・ファルコ○をおくれ、と。


 できれば、万が一に備えてXウィ○グも搭載して? と。


 更には、あれやこれやとスター○ォーズ要素を詰め込みたがり、ハジメの設計図に勝手に書き加えていく始末で……


 光輝は知らなかった。クリエイターの設計図に勝手に手を加えるとどうなるか。


 ハジメは笑顔だった。笑顔で「任せろ!」とサムズアップした。


 光輝は、あのファルコ○に乗れる! と、それはもう喜び、喜ぶあまり見えていなかった。ハジメの前髪の向こう側に浮かんでいた青筋に。


 そして、ハジメが光輝の要望に文句の一つもなく笑顔で応えるということが、どれほどの異常事態かということに。


 結果、完成したぞと連絡を受けて、ウキウキでドック代わりの〝箱庭〟に見にいってみれば……


 中世の木造船が鎮座していたわけだ。しかも、なんかドラゴンとか上についちゃってるやつ。


 光輝の目が点になったのは言うまでもない。俺のミレニアム・ファル○ン、どこ……と。


 ハジメ曰く。


『ただの帆船タイプにしてやろうと思ったんだけど、なんか興が乗ってきてな。せっかくなんでグラブ○の騎空艇スタイルにしてやった。素晴らしいだろ? 死ぬほど感謝しろ』


 とのこと。それはもう胸を張って、要望完全無視の罪悪感なんてこれっぽっちもない、素晴らしいドヤ顔だった。


 光輝が掴みかかったのは言うまでもない。俺のミレニアム・ファル○ン、どこぉおおおおっ!! と。だって、グラ○ル知らないし。


 ちなみに、例の騎空艇と違い、ドラゴンの四肢で船を掴んでいるような構造にしたのは、その四肢の部分が階段や昇降機になっているからである。


 つまり、ドラゴンの内部に入れるのだ。光輝は魔力の直接操作ができないので、バングル型の遠隔操作用アーティファクトを使って操作するか、内部の操舵室に入って直接に動かす必要がある。


 心臓部分が、その操舵室だ。なんのこだわりなのか、そこも見た目は木造で、新品なのにやたらと年季が入った風に見える木製操舵輪と革張りのソファーがあったりする。


 他にも収納スペースや通信機、作業台やマップ作製の機器などなど、各世界の調査に必要なものが詰め込まれているが、その全てが中世風にアレンジされているのだ。


 下のガレオン船部分に至るまで中身は全て金属製だというのに、わざわざ木の板を張り付けて、更にはわざと汚したりもして、〝中世に使い込まれている船〟感を醸し出しているあたり、本当に無駄に洗練された無駄技術と無駄こだわりである。


 もちろん、そんな内装でも現代の便利家電の類いはしっかり常備しているし、風呂やトイレも不自由ない。なんなら船内の整備・掃除用ゴーレム付きだ。


 そんなわけで大変ムスッとしつつも、出来自体は文句なしだし、貰い物にケチをつけるのはダメだろうと自分に言い聞かせて受領した光輝なのだが……


「こうやって外を眺めやすいのは、調査船としては確かに良いんだよな。それに、飛行種が見慣れた構造の船を運ぶっていうのは、スペースシップよりもまだクーネ達も理解しやすいというか、とっつきやすいだろうし……」


 ミレニアム・○ァルコンを出していたら、まさに〝未知との遭遇〟状態だっただろう。外の景色を楽しむより、船内のSFチックな構造に目を白黒させていたに違いない。


 あるいは、こんな金属の塊の円盤がどうやって空を飛んでいるんだ!? と、墜落の危険性に戦々恐々としていたかもしれない。


 そうなれば多くの者がきっと、今ほど空を飛ぶ感動には浸れていなかったに違いない。


 つまり、こと砂漠界で使う分には大正解の見た目だったわけで。


「くそぉ、なんか悔しい……」


 ハジメがそこまで読んでいたのかは分からないが、いずれにしろ敗北感が拭えない。某海賊女帝の如く、こちらを指さしてブリッジする勢いで仰け反るハジメの姿を幻視してしまう。


 と、そこでドタドタきゃっきゃっと姦しい音が近づいてきた。


 首部分の内側にあるエスカレーター式の階段を、動いているのにわざわざ駆けてくる三つの気配。この展望台に扉はないのでよく響いてくる。


「でぇーーんっとやってきましたよ! 超ご機嫌のクーネでぇす!!」

「ミュウでぇす!!」

「陽晴で、でぇす……」


 クーネとミュウが満面の笑み&万歳で登場。一人だけ恥ずかしそうに、でも凄く楽しそうに頬を紅潮させた陽晴も二人にならう。


「三人共、楽しんでるみたいだね」


 くすりと微笑ましそうに目元を緩める光輝。


「当然です。むしろ、楽しめない理由がどこにある!? とクーネは逆に問い詰めちゃいますよ!」


 一度はグリム・グリフォンで空を飛んだ経験のあるクーネだが、やはり空飛ぶ船ともなると違うのだろう。空の旅を全力で楽しんでいるのが分かる。


 実際、今の今までミュウと陽晴に連れられて船内を探検しまくっていたのだ。


「特にこの透明な足場! 船底も同じ構造でした! まるで宙に浮いたまま空を滑っているようで、くぅ~~~~っ、堪りません! 安全の確保された怖い体験というのが、これほど楽しいとは思いませんでした! クーネ的、新境地!!」


 クーネの言う通り船底もまたマジックミラーになっている。もちろん、強化ガラスでさえ比較にならない耐久性を誇る神代魔法製の合金を使っているので戦闘したとて簡単には壊れない。


 調査するに当たって、船底から真下全体を見られる便利機能だ。魔力さえあれば床自体をタッチパネルのように操作してズームや撮影までできる。


「確かにスリルがあってドキドキしましたね」

「フッ、クーちゃんもヒナちゃんも、ジェットコースーター的娯楽に目覚めてしまったようだな、なの」


 意外や意外。実は陽晴ちゃん、絶叫系のアトラクションは未経験らしい。


 遊園地自体は貸し切りにして行ったことがあるのだが、単純に絶叫系は身長が足りなかったのだ。


 そして、身長的に乗れるようになった後は、テーマパークなのにスタッフ以外いないというホラー状態が軽くトラウマって(なんだかんだで親バカな大晴パパの仕業)、バカンスは基本的に海外のリゾート地となり、結局……というわけだ。


 ちなみに、ミュウも身長は足りていないが経験済みである。ユエお姉ちゃんの変成魔法は優秀なのだ。十数センチを伸び縮みさせるくらいわけないのである。


「ま、まぁ、楽しんでくれてるようで何よりだよ。あ、そうそう。あと二十分くらいでアークエットに着くよ」

「もうですか! アロースを無理に駆っても丸一日はかかる道程が、たったの二時間! 革命的ですね! クーネ、物欲がかつてないほど湧き上がってます!」


 物欲(ものほし)しそうに透過壁を通して船体を眺めるクーネ。女王としては、確かに喉から手が出るほど欲しくなるものに違いない。


「ふふ、この程度で驚いてもらっちゃあ困るぜ、なの!」

「ミーちゃん! それはどういうことですか!」

「パパの作った船の速度が、この程度のはずないの! 光輝お兄さんは、これでも速度を抑えている! 皆が楽しめるように!」


 でしょ! とキリリとした視線を光輝に向けるミュウ。


 光輝は苦笑しつつも頷いた。


「うん、ミュウちゃんの言う通り、かなり抑えているかな? ……本気で魔力を注いだら戦闘機並みって言ってたし」


 つまり、超音速で空飛ぶ船である。駆動が重力制御式であり、かつ風の抵抗も結界で対応してしまうのでさもありなん。なんなら、その結界機能で潜水までできてしまう。


 トータス旅行で海底遺跡に訪れた際に見た、オスカー作の魔装潜水艇を参考にしたのだ。


「すごいですね! この――」

「すごいでしょ。この――」

「ブラックドラゴン号は!」

「エンデバーは」


 にっこり笑顔で向き合うクーネと光輝。一拍おいて「ん?」と小首を傾げ合う。


「えっと……この船の名前はブラックドラゴン号ですよね?」

「え? いや、エンデバーだけど……」


 クーネが困惑している。そろりとミュウを見やる。


 光輝も、釣られてそろりとミュウを見た。


 ミュウは愕然としていた。


「エ、エンデバー?」

「え、そうだけど……クック船長って聞いたことないかな? その人の探検船から頂いたんだ」

「……でも……ドラゴン、いるの……」

「そう、だね。あれ? でも、聞いてないかな? 南雲からは俺が名付けていいって言われてて、それで……」

「で、でも……パパも素敵な名前だって……」

「え? えぇ?」


 そこで、陽晴がなんとも言えない困ったような表情で挙手した。


「あの、天之河様」

「何かな、陽晴ちゃん」

「船首下部に、英語の筆記体で堂々と〝ブラックドラゴン号〟と彫り込まれていましたが……」

「うそでしょ?」


 首を操作。限界まで伸ばして、甲板の人達がなんだなんだと騒ぐ中、光輝は船首の少し下の船体を覗き込んだ。


 確かに、英語の筆記体でブラックドラゴン号と書いてあった。


 受領した時には、確かに同じく英語の筆記体でエンデバーと彫られていたのに。


「あっ、そう言えば出発の直前に追加物資がどうのって宝物庫を預けて……」

「天之河様。これは推測ですが……」

「いや、皆まで言わなくていい! 察したよっ」


 あの親バカ魔王がやりやがったのである。光輝に名付けを許可しておいて、出発直前に書き換えたのだ。


 おそらくだが、ミュウが旅行で乗ることになる飛行艇の写真か何かを見せて、それを見たミュウが「ブラックドラゴン号」と無邪気に口にしたのを聞いたに違いない。じゃあ、ブラックドラゴン号で、と。


 そんな事情をミュウも察したようで。


「光輝お兄さんが、エンデバーの方がいいなら……えっと、今からでもなんとか書き換えるの!」


 名残惜しそうにブラックドラゴンの船体に視線を巡らせ、ちょっとしょんぼりしながらも自分の方が後出しだからと身を引くミュウ。


 何も悪いことはしていないのに、物凄い罪悪感。光輝の表情が引き攣る。


 そこへ追い打ち。


「うわぁ、光輝様、ドン引きです。こんな小さな子を悲しませてまで、自分のよく分からないネーミングを優先したいだなんて……クーネ的、幻滅事案です!」

「優先したいとか言ってないだろぉ!? いいよ、ミュウちゃん! この船の名前はブラックドラゴン号だよ! 強そうで良いよね! 分かりやすいし!」

「光輝お兄さん、無理しなくていいの。そのまんまやんけ。所詮は子供が考えた名前。だっせぇ……って顔に書いてあるの」

「書いてて堪るか! そんなこと思ってないから! いやぁ、ほんと! 良い名前だなっ、ブラックドラゴン号! 力強さを感じる! もうこれしか考えられない! ありがとう、ミュウちゃん!」

「……」


 ミュウの怪しむような視線が光輝に突き刺さる。いや、クーネと陽晴からも「本当にそう思ってるのかな?」的な視線が。


 光輝は表情筋に全力の命令を出した。笑え! 幼女達の笑顔を曇らせるな、勇者! 満面の笑みで本心を隠せ! と。安直なネーミングだなんて思ってないったら思ってない!


 そんな勇者の戦いは、どうやら勝利に至ったようだ。


「みゅ……光輝お兄さんが良いなら」

「良い良い。むしろ、それがいい」

「……ふっ、そこまで言うなら仕方ないの。この船の名前はブラックドラゴン号なの!」

「「おぉ~~」」


 クーネと陽晴からパチパチと拍手が届く。ミュウも嬉しそうに胸を張っている。


 幼女達の笑顔は守られた。勇者は勝利したのだ。


「まぁ、意味は分かりませんが、勇者様も悪くないセンスだったと思いますよ。次はきっと採用されます。クーネが保証してあげますよ」

「それはどうも」


 ぽんぽんっと優しく肩を叩くクーネの慰めるような眼差しに、やっぱり敗北感を覚えるのはなぜなのか。


 どっと疲れた様子で嘆息する光輝。そんな光輝に、心配そうに声をかける者が一人。


『光輝様、大丈夫ですか? お疲れのようですが……船の運航、代わりましょうか?』

「いや、大丈夫だよ、アウラ」

「アウラお姉さん?」

「「アウラロッド様?」」


 そう言えば、船内を探検している時に一度も見かけなかったなと思い至り、キョロキョロと周囲を見回すミュウ達。姿は見えない。


「あぁ、アウラは今、天剣モードなんだ」


 腰裏のベルトに挟んでいたらしい。ナイフくらいのリーチになっている木製聖剣が取り出される。


「え、アウラお姉さん、どうして剣になってるの?」

『貴女達が私を放って遊びに行った後、この国の貴人達に囲まれ続けて心が限界だったからです。VIP席でたった一人にされた私は、逃げることもできず対応せねばなりませんでした。光輝様に恥を掻かせるわけにはいきませんから』


 私を置いて遊び行った部分を殊更に強調してくる元女神様。確かに、式典のおりクーネはミュウと陽晴だけを連れて町中に去ってしまった。


 どうやら、知らない人ばかりの場所で一人にされたことを根に持っているらしい。


 ミュウ達は顔を見合わせ、なんとも言えない表情になった。あるいは、ダメな大人を見る表情、だろうか。


『うぅ、光輝様も領主達に囲まれ、モアナもマンマも――じゃなくてアニールも忙しそうで、誰も私を助けてくれない。笑顔の見知らぬ人達ににこやかに話しかけられる恐怖が、なぜ分からないのでしょう? 言葉に詰まったら? おかしな返答をして空気が凍ったら? つまらない奴だと思われたら? うぉえっ、ハァハァ、想像しただけで辛い……私は貝になりたい……』


 元女神のコミュ障ぶりに、光輝が天を仰いでいる。


 ミュウ達もなんと言っていいか分からない様子。


「えっと、元気出して、アウラお姉さん! 誰もそんなこと気にしないの!」

『つまり、私など元から羽虫ほどの価値もないから気にするなと。自意識過剰だよ、プギャーと、そういうわけですか? ぐすっ』

「あぁっ、言葉って難しいの! 余計に落ち込ませちゃった!」


 ミュウが頭を抱える。コミュ力カンストと噂されるミュウを困らせるとは、この女神、やりおる。コミュ障力カンストなのかもしれない。あるいは陰キャ力カンストか。


「つまり人と関わらずに済むよう剣状態になって天之河様の傍から離れないようにしている、ということでしょうか?」

「我が国の領主達が救世主の身内に乱暴な態度を取るはずもありませんし、よっぽど知らない人達に囲まれたこと自体がしんどかったようですね……」

「うん、そうみたいだ。しばらくは天剣モードを解く気はないみたいだね」


 ひぎゃあああああああっと悲鳴を上げながら天剣モードになり、更にはネックレスになっている聖剣ウーア・アルトに無駄に対抗意識があるせいか、頑張って少しでも小さくなろうとしてピギャァアアアウォオオエエエエッと、もはや他者の正気度さえ削りかねない悲鳴を上げながらモデルチェンジしたらしい。


 ミュウが光輝から天剣ナイフモードを受け取り、抱き締めるようにして全肯定な言葉を紡いでいく。


 ぺかっ、ペカァ~と明滅しながら、なんとなく癒やされているっぽい天剣ちゃん。


 端から見ると、幼女が慈しむようにナイフを抱き締めながら、そのナイフに語りかけているという光景で。


「な、何があったの?」


 いつの間にか、展望台に更なるお客様の姿が。


 モアナとアークエットの領主たるロスコー、そして息子のロンドだ。


「って、それアウラ? ダメよ、ミュウちゃん。そんなもの抱き締めちゃ! ペッしなさい、ペッ!」

『酷い……私を汚物のように……うっ、うぅ……』

「あぁ、ダメなの、モアナお姉さん! 今のアウラお姉さんはナイーブなの! いっぱい慰めて、良い子良い子してあげなきゃダメなの!」

「うっ、ミュウちゃんにそう言われると……しょうがないわね。ほら、アウラ、元の姿に戻りなさい。しょっちゅう落ち込む貴女のために常備してあげてるのよ」


 と、モアナがどこからか取り出したのは魔王印の元気が出る飲み物だった。ペカ? ペカァッ! と光る天剣。しかし、ミュウが地面に置こうとすると、それはそれで嫌だったのか、発光をやめて大人しくなる。


 面倒くさい……


 モアナお姉さんの顔には、そう書いてあった。


 引き離そうと手を伸ばすが、天剣から植物の蔓が伸びてミュウに絡みつく。離れたくないらしい。幼女にまで母性を感じているのか。


 端から見ると触手に襲われている少女の図なので、クーネと陽晴も慰めにかかる。


 そんな騒動を唖然と眺めているアークエット親子に、光輝は苦笑しながら歩み寄った。


「改めて、お久しぶりです、ロスコーさん。それにロンド君も」

「お、おぉ、光輝殿。ええ、お久しぶりです」

「またお会いできて光栄ですっ、勇者様!」


 ちょっと戸惑いながらも、にこやかに手を差し出すロスコー。光輝も嬉しそうに握り返す。ロンド君は少し緊張気味だが、やはり嬉しそうだ。


「式典ではあまり話せませんでしたからな。そろそろ我が領地も近づいてきたようなので、観光時の予定の確認も兼ねて、改めてご挨拶に窺った次第です」

「あはは、すみません。他の領主様達を無碍にするわけにもいかなくて……」

「どうかお気になさらず。此度の旅行では全ての領地を回るわけではないとお聞きしています。王都にいる間は観光予定地から外れている領主達を優先してやらねば、後々に恨み節をぶつけられてしまいますからな!」


 快活に笑うロスコー。相変わらず気持ちの良い性格をした御仁だ。濃紺色のオールバックとトレードマークのモノクルも似合っている。


「なんにせよ、またお会いできて心から嬉しく思います。妻も光輝殿の来訪を今か今かと待っていることでしょう。いつ来訪されてもいいよう、もてなしの準備はしているはずですので、楽しんでいただければ幸いですな」

「ありがとうございます。俺も楽しみです。穀倉地帯は健在ですか?」

「ええ。本来は収穫時期が少しずれるのですが、黄金の穂波を見て頂きたくて、恩恵術を総動員し整えておりますよ」

「そ、それはまた……農耕のサイクル的に大丈夫なんですか?」

「ははっ、ご心配なく。術士達ははりきっておりますよ。一月程度不眠不休で土地を整えるくらい問題ないと」

「問題しかなくないですか!?」


 無茶をしてもアークエットの良きところをお見せしたいという気持ちが、それだけ強いということなのだろう。


 何せ今回は、救世主や前女王だけでなく、


「……あの方が、魔王様のご息女様ですな。いやはや、可憐なお嬢様だ」


 もう一人のアークエットの救世主――魔王様のご息女が来るのだから。


 ロスコーのミュウを見る目は……なんというか、信じ難い現実を目の当たりにして、でも頑張って目の前の事実を呑み込もうとしている、みたいな感じだ。


「言外に、あの悪魔の娘とは思えない――って言ってません?」

「言ってません」


 食い気味の返答だった。笑顔全開だったロスコーさんが、ちょっと強張ってる。手先がぷるぷるしているのは気のせいだろうか。急に汗まで掻き始めたように見えるが……


 南雲が救援を担当した領地はアークエットだ。ロスコーはいったい、何を見てしまったのか。いや、まぁ、なんとなく想像はつくけど、と苦笑する光輝。


 ロスコーは気を取り直すように咳払いをした。


「できれば今夜は我が屋敷にご宿泊いただき、夕食を振る舞いたいと思っておりましたが……聞いた所によれば、一日のうちに数カ所の領地を見て回るとか?」

「ええ、ミュウちゃん達の日程的にちょっと駆け足になります」


 一応予定では、一日目が王都で、二日から四日目まで領地巡り、五日目にもう一度王都で過ごし、六日目と七日目がフォルティーナを見つける旅となっている。


 五日目に王都に戻るのは、恵樹に辿り着いた後は、ミュウと陽晴はそのまま王都に戻らず直帰する可能性が高いからだ。


 歓迎会の翌日に送別会はちょいと悲しいとのことで、ブルイットやアニール達は五日目の帰還を楽しみに待つという形にしたのだ。


「まぁ、戦時中でしたので、シンクレアが観光地や娯楽が豊富かと問われれば『残念ながら』と答えるほかありません。長く引き留めても仕方ございませんが……」

「それにしてもお急ぎではありませんか? もう少し長くいてくださっても……」


 ロンドが心底残念そうに肩を落とす。チラッチラッと視線が横に飛んでいるのは、いよいよ化け物じみてきた大量の触手――もとい、天剣の蔓がミュウに次々としがみつくのを阻止すべく、ぺちぺち叩き落としているクーネを気にしてのことに違いない。


 なお、モアナが「いい加減にしなさい! なんか怪物が子供を取り込もうとしてるような絵面よ! このさびしんぼめっ」と蔓をぶちぶちと千切っては投げ千切っては投げしているが、当のミュウは「大丈夫なの~、アウラお姉さんは良い子なの~」と赤ちゃんを癒やすが如き雰囲気で、特に困ってはいない様子。


 陽晴は苦笑しつつ一歩引いて見守っているが……絵面のえぐさは同感なのだろう。こっそり後ろ手に呪符を持っている。


 光輝も前に見せてもらったことがあるが、あれは不動明王の助力を得て炎を顕現させるための火界咒(かかいしゅ)のお札ではないだろうか?


 ……光輝は見なかったことにした。


「ごめんね、ロンド君。ミュウちゃん達には帰国してから大事な予定が入ってるんだ」

「大事な予定、ですか?」

「うん。ちょうどね、ミュウちゃんは学校の入学式が、陽晴ちゃんも一つ上の学年に進学する始まりの日なんだよ」

「なるほど。それは大事ですね」


 ちなみに、シンクレアの後方領地にも学び舎はある。だいたい八歳くらいから十二歳くらいまでの四年間だ。一般教養レベルの授業である。そこから先は仕事に就いて、現場で必要なことを学ぶ。


「うん、入学式に間に合わなかったら……魔王が俺を殺しに来るかもしれない」

「それは本当に大事な予定ですね!」

「なんたることだっ。これはとても引き留められないっ!!」


 アークエット親子が恐れおののいている。特にロスコー。魔王の話題が出る度に動悸息切れが激しくなる。もしかしなくても、この人マジでトラウマを抱えていないだろうか?


「みゅ? 光輝お兄さん、ミュウの話をしてるの?」

「小学校の入学式が控えているから旅行の延長は厳しいっていう話をね。……俺が殺されてしまうから」

「あ、ああ……その、うちのパパがごめんなさいなの」


 ミュウは思う。うちのパパならマジでやりかねない、と。日程厳守で帰宅させるよう光輝にドンナーを突きつけながらお願いしていたのを、ミュウも見ている。


 何より、だ。


 思い出すのは幼稚園の卒園式。


 ハジメ達の卒業式から十日ほど後に行われた卒園式には、ハジメとレミアのほか(スミレ)(しゅう)が参加した。


 当然、ユエ達も揃って参加したがったが、あまり大所帯で行くと他のご家族に迷惑なのは自明のこと。


 加えて、お迎えに顔を合わせることはあるとはいえ、ちょっと普通の家族構成と違うので、レミアが築いたママ友関係にも支障が出ないとも限らない。


 なので、その四人だけ参加ということになったのだ。ただし、参加しないとは言ってないが。


 ミュウは見た。魂魄魔法クラスの認識干渉を行い、園長先生の直ぐ後ろに立って、ミュウにだけ認識できる状態で写真を取りまくっていたユエお姉ちゃんの姿を。


 近くの電柱にしがみつきながら、まるでポールダンスでもしているみたいなアクロバットな動きをしつつ、望遠カメラでずっとこちらを盗撮していたシアお姉ちゃんの姿を。


 分解魔法で勝手に地下を掘って、こっそり地面から顔を覗かせていた香織お姉ちゃんを。


 そんな香織お姉ちゃんの意識を斬り捨てて、土遁の術でも使っているみたいに地面をモコモコさせながら撤退する雫お姉ちゃんの姿を。


 そして、「そんな竜化の仕方もできたんだ……」とハジメ達さえ驚く、園庭の端でポケッ○モンスターのカイリュ○みたいな愛嬌のある竜化モード(大きさもパンダの乗り物くらいで認識阻害付き)で遊具に扮したティオお姉ちゃんを。


「大変だったの。パパは感動でガン泣きしながら写真撮ってるし、妖怪のお友達は水場から勝手に出てきてお祝い始めるし……もちろん、妖怪の友達は皆には見えないけれど……」


 ミュウの目が遠い。触手に絡みつかれまくっているので、生気を吸われている幼女のような有様だ。


 実は園内が百鬼夜行状態だったなんて誰が思おうか。本来、対処するだろうパパやお姉ちゃん達は、ミュウの卒園に感極まるか撮影に夢中だし。


 何より大変だったのは、


「箱庭でのお祝いは凄まじいものがありましたね……あれほどの神魔化生の類いが集まる光景を、わたくしは見たことがありません」


 そう、自分達はウェステリアで仲間内のみのお祝いにしたくせに、ハジメパパとユエお姉ちゃんったらミュウの卒園祝いには〝箱庭〟を利用して、妖精界や地獄から人外共を呼びまくってミュウを祝わせたのである。よかれと思って。


 想像できるだろうか。


 まるで悪魔崇拝者の集団が魔神を召喚しようとしているような、おどろおどろしい賛美歌を地獄の悪魔達が歌うのだ。もちろん、讃えているのはミュウである。


 神魔の類いは天変地異を以て祝い、他の化生は贈り物の行列を作った。


 もちろん、ほとんどが呪物である。爪とか角みたいな体の一部など。陽晴が白目を剝きかけた特級クラスの呪物まで山のように。


「あれ、絶対にパパ達に何かされたの。みんな目が死んでたもの」

「神魔化生の類いに強要できるということも、凄まじいことなのですけれど」


 どうか献上しますので、あの暴君夫妻にお執り成しのほどをお願いします、姫君。みたいな雰囲気ありありの妖魔達に、そして揃ってサムズアップしてくる暴君夫妻に、ミュウは両手で顔を覆ったものだ。


 やりすぎなの……と。


「入学式……こえぇの」

「だ、大丈夫ですよ、ミュウちゃん。ミュウちゃんがきちんと諫めたのですから……たぶん」


 気持ちは嬉しいけどあまり無理を言わないであげてと説得したミュウを、少なくとも神魔化生の皆さんは、救世主でも見るような目で見ていたのは言うまでもない。


「あ、あの、ミュウちゃん? 普通に話してますけど、その状態、平気なんですか?」

「アウラ、あなた本当にミュウちゃんに変なことしてないでしょうね?」


 とうとう無数のうねうねする蔓に完全に覆われてしまったミュウ。例えるなら、今のミュウはポケット○ンスターのモンジ○ラ。あるいは、もの○け姫の祟り神……


『なんと言いましょうか、抱きつくと落ち着くのです。まるで最高級の抱き枕のようで……』

「まさか、元女神様にもミュウちゃんの特異性が作用している?」


 陽晴ちゃんが陰陽師の顔でジッと見つめている。契約による縛りでも、調伏による従属でもなく、友誼を以て百鬼夜行を成すという特異すぎる友人を。


 そうこうしているうちに、光輝のバングルが明滅し出した。ピーピーッとアラーム音も響かせる。


 飛行艇エンデバーもといブラックドラゴン号には、方角と距離、速度を設定しての自動運行機能がある。目標距離に到達したので、それを知らせてくれているようだ。


 つまり、


「どうやらアークエットに到着したみたいですね」


 最初の観光地、勇者と魔王の伝説が刻まれた場所が眼下に姿を見せた。











 それから。


 アークエットに到着した光輝達は、低空でゆっくりと近づき、領都から少し離れた街道付近で滞空した。領都の民がパニックになるのを避けるためだ。


 だが、黒竜の威容も、空飛ぶ船という未知の存在も、アークエットの民にとっては逆に勇者再来の合図でしかなかったらしい。


 ロスコーが側近を伝令に出し、迎えの準備をしてから下船という流れを提案したが、実際にそれをするまでもなく、アークエット夫人たるシーラは見事に迅速な対応をして見せた。


 アークエットの幹部と幾人かの自警団を率いて、自らブラックドラ――BD号の傍まで迎えに来たのだ。


 BD号には当然、夫と息子が同行していること、それどころか他の領地の領主と関係者まで一緒だということに驚きはしていたが大きな動揺もなく、美しいカーテシーを決めて、躊躇いなく全員を迎える言葉を贈ってくれた。


 あるいは、こんなこともあるだろうと最初から数十人分のお客様を迎える準備をしておいたらしい。


「できる奥さんですね」

「光栄です」


 光輝の耳打ちするようなこっそり称賛に、ロスコーは澄まし顔で返礼した。が、鼻の穴がピクピクしていて、誇らしげなのを隠せていなかった。


 領都へ向かいながら、前方でシーラ夫人が自分のアロースに乗せたミュウと陽晴の相手をしている。にこやかでありながら実に恭しい態度だ。


 すぐ横を併走する形で、クーネは自警団長のアロースに便乗している。同乗するロンド少年が一生懸命話しかけていた。一応、女王陛下のお相手を次期領主が勤めている構図だ。


 それに、おや? と気が付くミュウと陽晴。ロンドと視線が合う。


 ちなみに、ロンドとミュウ達はまだきちんと挨拶できていない。クーネがミュウと陽晴に夢中で、そんな隙はなかったために。


 視線に気が付いたロンドが、慌てて居住まいを正す。


「ご、ご挨拶が遅れて申し訳ございません! 自分はロスコー・アークエットが嫡男ロンド・アークエットと申します! ご滞在中はなんなりとお申し付けください! どうぞ、よろしくお願い致します!」


 父親と同じ濃紺の髪をオールバックにした、母譲りの鋭い目元が凜々しい、いかにも利発そうなイケメン少年(最近十一歳になった)である。


 至極真面目な表情で、少し緊張しながらも最大限に礼を尽くせば、同年代の女の子なら大抵がきゃっきゃっしちゃうのだが……


「よろしくなの! ロンドくん!」

「どうぞよしなに、ロンド様」


 ミュウの天真爛漫全開な眩しい笑顔と、陽晴のはんなりとした微笑には、逆にきゃっきゃっしちゃいそうになる。頬が赤い。


「おやぁ? ロンド、二人に見惚れているのですか? ふふふっ、ダメですよぉ? いくらミーちゃんとヒーちゃんが可愛いからって手を出しては」

「な、なな、何を仰います、クーネ様! 自分は、その、むやみに女性にうつつを抜かしたりなど……」


 慌てて否定するロンド君。必死だ。かなり必死だ。身振り手振りでクーネに誤解だと伝えようとしている。


「えぇ? 本当ですかぁ? 鼻の下が伸びていたように見えましたけどね? クーネにはそう見えました。ええ」などと返すクーネの瞳は揶揄いの色がある。


 王都に最も近い領地で、歳も近い二人だ。それなりに交友はあるのだろうと予測するが、それ以上に。


「ヒナちゃん」

「ええ、ミュウちゃん」


 顔を見合わせ一拍。全てを察する幼女二人。にんまりしちゃう。だって、女の子だもの。恋バナは大好きである。特に身近な友人に向けられる恋心となれば。


「お二人は随分と仲良しなのですね?」

「どぅえきてぇるぅ~~?」


 ニマニマ笑顔で茶化すミュウと陽晴。ロンド少年の顔は一瞬で熱湯でも被ったみたいな赤に。動揺しながら腕を無意味にパタパタする。


「な、何を仰います! 自分とクーネ様は――」

「ただの友人ですね! 友人以外の何者でもないと、クーネは断言します!」


 ロンド少年、固まる。まるで、達人の刃にばっさり斬られた直後の人のようだ。


 ぷるぷるしながら「はい……光栄なことに、友人と思っていただいて……おり……」とめちゃくちゃか細い声で同意する。笑顔が崩れないところは、流石は次期領主というべきか。


 ミュウと陽晴は再び顔を見合わせた。同じことを思う。ああ、このばっさり具合。クーちゃん、分かってるな、と。同時にこうも思う。やっちまったかも……と。


「で、でもでも、少しは――」

「ミュウちゃん、こういう話はデリケートですから、ここは話題を逸らす方が――」


 必死にフォローしようとするミュウと、むしろ撤退こそが吉! と提案する陽晴。だが、時既に遅しだった。


 なんとなく、アークエット夫妻も、自警団員さん達も、そして後続の各地の領主達やスペンサー率いる近衛達も会話を潜めて聞き耳を立てる中、クーネは少し頬を染めた。


「そもそもクーネには、お慕いしている殿方がいますからね……」


 チラッと流し目を送る相手は決まっている。全員の視線が釣られるようにして光輝に向いた。


 光輝は「あ、蝶々」と明後日の方向を向いていた。蝶々などいない。


「ク、クーネたん、やっぱり本気なのね……」


 と、お姉ちゃんが複雑そうな表情をしているのはさておき、なんかお偉いさんばかりが集まっている場で振られたみたいになっているロンド少年はというと。


「大切なのは…………諦めない心!! ですよねっ、勇者様!!」

「え、あ、うん……そうだね」


 勇者に学んだ心で、勇者に立ち向かう少年の姿が、そこにはあった。なんとなく「おぉ……」と各地の領主達から感心の声が上がる。


 ロスコーやシーラ、アークエットの自警団の皆さんからは、申し訳なさそうというか、複雑そうというか、なんとも言えない視線が光輝へ。


 光輝は曖昧に笑った。こういう時どんな顔をすればいいのか分からなかったので。


 ミュウといいクーネといい、どうして同年代の男子達の恋敵はこうも強大というか、分厚い壁なのか。


 ちなみに、実は陽晴の通う小学校でも、陽晴に想いを寄せる男子はいる。その男子に想いを寄せる別のお嬢様にライバル視なんかもされていて、毎度陽晴に絡んできたりするのだが……それはまた別の話。


 ともかく、魔王に、勇者に、深淵卿にと、恋の成就にはとてつもない障害を超えねばならない男の子達にとって必要なのは、果たして〝諦めない心〟なのか、それとも〝潔い諦め〟なのか。


 少年達の未来がどうなるかは、まさに神のみぞ知るである。


 さて、そんなわけで到着早々に次期領主がハートに深手を負いつつも、アークエットの観光は始まった。


 ミュウ達は領民にそれはそれは熱烈な歓迎を受けた。


 初日のパレードの再現かと思うほどだ。もちろん規模はプチ版だが、その熱量は変わらない。


 光輝への感謝の声はやまず、武勇伝が口々に叫ばれ、なんなら本になってますよと言われて、美化されまくりの物語に光輝が白目を剥いたり。


 当時、実際に光輝がどんな戦いをしたのか全容は見ていないモアナやクーネであるから、嫌がる光輝をアウラがモンジャ○状態にして拘束し、その間にモアナがアーティファクトで過去再生し、急遽上映会が行われたり。


 満身創痍になって、意識も保っていられず、それでも守護の本能だけで剣を振るい続けた光輝の姿に領民のみならず、モアナ達もスペンサー達も、他の領地の領主達も感動で大号泣し、光輝がうねる触手の中で赤面したり。


 または、


「そんな……馬鹿な、なの! 光輝お兄さんが、すっごく勇者してるなんて!!」

「ぐふっ。今の凄く刺さったよ、ミュウちゃん」


 と光輝が唐突に刺されたり。


「なるほど。パパの態度が変わったわけが分かったの。光輝お兄さん」

「な、なんだい?」

「男になったな、なの」

「小学生の女の子には言われたくないセリフだなぁ」


 肩にぽんっと手を置いて生温かい眼差しを向けてくるミュウに、光輝の目が死んだり。


 黄金の穂波の中で、ミュウが「ラン、ラ~ララ、ランランラン♪」と〝風の谷のナウ○カ〟ごっこをして、その有名なメロディーにいたく感動したロスコーが領歌に採用してしまったり。


 お昼も回ったので、名物料理のみならず家庭料理なんかもたらふく堪能して。


 ちょっと光輝だけ精神的ダメージを負いつつも、ミュウ達はアークエット観光を存分に楽しんだのだった。


 そうして最後に訪れたのは、アークエットから北へかなり進んだ場所だ。


「ここでパパが戦ったんですか、ロスコーさん!」


 雄大な草原が広がっている。背の低い草がふさふさと風にそよぎ波を立てる様は、黄金の穂波とはまた違った美しさがある。


 ミュウたっての希望で訪れた、かつてハジメが一万の〝暗き者〟と戦った場所である。戦場の傷跡はすっかり見えない。ここも、王都からさほど離れていないので香織達の助力で直したのだろう。〝暗き者〟の遺体は分解でもしたのか。


 なんにせよ、笑顔で振り返ったミュウに、ロスコーもまた笑顔で――


「ヒッヒッフーッ。そうですござい――ハァハァッ、ます。あの日の光景は、今でも夢に見ます。お父上は本当に――うぇっぷっ、魔王というに相応しいグフッ」

「ロスコーさん!?」


 滝のような汗、焦点の定まらない瞳、青ざめた顔色に震える体。


 なお、この場には光輝達とスペンサー達、そして各地の領主一行以外、ロスコーしかいない。ロスコー自身が、ついてこようとしたシーラやロンドはもちろん自警団の者達や領民にも待機を厳命したのだ。


 決してついてくるな! この先は地獄ぞ! と。


 とはいえ、ロスコーの命令下にあるのはアークエットの者達だけ。他の領主一行は同格なので聞く必要がない。


 なので、好奇心に従いロスコーの忠告は無視してついてきている。「魔王殿の雄姿を独り占めとは感心しないぞ、アークエット! 気持ちは分かるがな!」と、ちょっと誤解しつつ。


「あ~、ミュウちゃん。たぶんだけど、ほら、南雲の戦いってえげつないから、さ」

「あ、あ~」


 察したらしい。トラウマってるのが確定のロスコーさんに、ミュウは大変申し訳なさそう。


「あの、ロスコーさん。辛いならミュウはパパのこと見なくても――」

「それはいけません! お父上が私共を救ってくださった……救って……ヒッ」

「ロスコーさん!」

「ミュウちゃん、このお札を額に!」

「ヒナちゃん、ありがとう! てぇいっ」


 ペチンッと、ジャンプしてロスコーの額にお札を貼り付けるミュウ。ロスコーさんの過呼吸が鎮静する。焦点も合ってきた。


「おぉ、これは凄い。とても落ち着いた気分です。どうもありがとう」


 光輝は思った。ロスコーさん、額に札を貼って動くその姿、まるでキョンシーです……と。


 ロスコーさんは若干前が見づらそうにしつつも、咳払いをして気を取り直した。


「ごほんっ。お父上の偉業を見たいというミュウ様の気持ち、救われた身で拒否などあり得ませぬ。過去を垣間見れるとは予想外でしたが、お望みとあらば、どうぞ遠慮なく」

「でも……」

「ミーちゃん、大丈夫ですよ。いざとなれば目を逸らせばいいのですし、何よりクーネも見たいです! 魔王様とユエお姉様達がそれぞれの領地を救ってくださった時のこと、この目で確かめておきたいのです!」


 一応、報告は届いている。誰が、どの領地を、どのように救ってくれたのか。


 とはいえ、あくまで伝聞だ。報告書は事実だけを記載するものなのに、どの領地からの報告書にも書き手の興奮や感情が滲んでいて、少し正確性に欠ける。


 本来ならあり得ないことだが、それだけ奇跡的な救援だったのだろう。


 ならば、やはり個人としても女王としても、過去を直接見られる機会は逃したくない。


「ふむ、勝手ながら我等近衛隊としても、光輝殿の盟友殿の戦い、ぜひ見せていただきたいですな」

「そうね。私も魔王様が尋常な方でないことは知っているけれど、直接、その戦闘を見たことはないから興味があるわね」


 スペンサー達近衛部隊の面々やモアナもわくわくしている様子だ。


「ミュウ様に、私共がお父上を忌避していると思われては末代までの恥です。本当に、本当に感謝しているのですよ」

「ロスコーさん……」


 ロスコーが大きく深呼吸した。気持ちを整えたのだろう。片膝をついて、ミュウに傅くようにして目線の高さを合わせる。


「叶うことなら、直接、感謝の気持ちをお伝えしたかった。あの時は、情けなくも動揺してしまい無礼極まりない態度を取ってしまいましたからな……ずっと後悔していたのです」


 何せ、あまりの威圧感と圧倒的な力を前に、いの一番にしたことが命乞いである。


 救援に来て、助けた相手に命乞いされるとはこれ如何に。なんだか虚しくなったハジメは、実際、やることをやったら言葉を交わすこともなく帰ってしまったのだ。


「ですから、どうかお父上にお伝えくださいますか、ミュウ様。アークエットの民は末代まで貴方様に感謝を捧げると。そして私の非礼を心からお詫び致しますと共に、来訪の暁には最大限のおもてなしをさせていただきます、と」

「みゅ! 絶対に伝えます!」


 ロスコーの心からの感謝と謝罪を聞いて、それが最後の後押しとなったらしい。


 ミュウは納得し、光輝に視線を向けた。


 頷いた光輝は〝宝物庫〟から手帳サイズの銀色ケースを取り出した。蓋を開けると、中に入っていたビー玉くらいの銀色球体が音もなく飛び立っていく。


 弾丸のような速度で一瞬にして広範囲に広がると、光輝の「再生」の詠唱と共に球体で囲った空間内に過去映像が映し出された。


 そう、映し出されてしまった。


 モアナ達の想像していた戦いから明後日の方向にぶっ飛んだような、いっそ非現実的な地獄の光景が。


 空気が赤い。血風が舞っているようだった。大地はめくれ上がり、クレーターが無数にあって、荒れたというより崩壊したと表現すべき有様になっている。今、現実に見えている美しい緑の草原は土砂と遺体に塗れ、穏やか丘陵は消し飛んでいる。


 戦いにすらなっておらず、逃げ惑う〝暗き者〟達の阿鼻叫喚の悲鳴が、耳をつんざくような爆音と火炎を彩るように絶え間なく響いている。


 その狭間を、異形の幻獣が飛び回っていた。死神の名を冠するグリフォンや大鴉、キメラの如き巨大な獣が、おぞましい雄叫びを響かせている!!


『カッカッカッカッカッカッ』

『イァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ』

『センソウ! ダイスキ! トウソウッ、バンザイ!!』

『マオウ、ヘイカニィ!! クビォケンジョウセヨォ!!!』

『ゲッゲッゲッゲッゲッゲッ!!』

『コロセ! コロセッ!!』

『チノアメヲ!! モットォッ、チノアメヲォ!!』


 その中央に、真紅のスパークを撒き散らしながら、肩にロケット&ミサイルランチャー〝アグニ・オルカン〟を担ぎ、片手で超大型ガトリングレールガン〝メツェライ・デザストル〟を薙ぎ払い、無数の十字架〝クロス・ヴェルト〟を衛星のように周回させながらぶっぱしている魔王の姿。


 立っている場所は、〝暗き者〟の遺体が積み重なってできた山の頂……


 表情は見えない。特に叫んでいるわけでもない。だが、その口元の不敵な笑みが! 三日月の形に裂けたような口元がっ!!


 不意に、まるで光輝達の存在に時を超えて気が付いたみたいに、横顔がゆっくりとこっちを向いて……


 光輝は、そっと過去視を消した。


 ふぅっと一息ついて天を見上げる。大人が、タバコを吸いたくなる気持ちって、こういうことかな? なんて思ったり。


「ロスコーさん! ロスコーさん! 気を確かに!!」


 右側を見れば、立ったまま気絶しているロスコー氏を、陽晴ちゃんが必死に介抱している。


 左を見れば、


「クーネたん! 大丈夫よ、お姉ちゃんはここにいるわ! 大丈夫、大丈夫っ」

「うぅ」


 姉の胸元にヒシッとしがみつくクーネの姿が。その姉の顔色も悪い。


 屈強にして歴戦のスペンサー達ですら硬直して、冷や汗をだらっだら流している。まるでヘビに睨まれた蛙の如く。


 もちろん、他の領主さん達も無事ではない。「なんだあれは、なんなのだあれは!?」とか「おおっ、フォルティーナ様! 我等人類を救い給え!」とか「我が領地をお救い下さった女性が……あの存在の奥方!? なんで!?」とか混乱しているのはまだいい方だ。だいたいが頭を抱えて無言のまま震えていらっしゃる。ガチビビリ状態だ。


 やはり、本気の戦闘モードの魔王は、一般人には刺激が強すぎたらしい。ロスコーが夫人や息子、他の者達を待機させたのは英断だった。


 そんな中、ふと前を見れば、


「パパ、かっこいい……」


 うっとりしていらっしゃる幼女が一人。


 チラッと振り返ってくる。「どうして止めたの? はよ続き」と何より雄弁に目が訴えていらっしゃる。が、後方の惨状に気が付くと、少し困ったような、それでいて少し不満そうな表情になって、


「まぁ、パパの魅力はミュウやお姉ちゃん達だけが分かっていればいいの」


 なんて、ちょっとヤンデレっぽいことをボソッと呟いたのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


大丈夫、次で春休み編は終わる。

……もしサブタイが別形式に変わったら「やっぱりかよ白米」と鼻で笑ってやってください。


※卒園式のお姉ちゃんズでティオを忘れていたので追加しました。ご指摘くださった方ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
だって、グラ○ル知らないし > 何て哀しいセリフ! そうだよな、散々CMとかやってるけど、ちょこちょこ異世界召喚されてる光輝は知らなくてもおかしくない!
[一言] 本編より長いアフター。ノリは『ありふれた日常…』 うん、もっと続いて欲しい。
[一言] 全編通しても光輝編アークエット防衛の話が1番好きだわ… 今、みんなの心が平和で本当に良かった(ロスコーから目を背けながら)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ