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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅤ
453/555

トータス旅行記57 ハロー! ニューワールド!

すみませんっ、ちょっと遅れました!



 ミノタウロスのお姉さん(?)がいた場所から、巨大な正方形の縦穴を下ることしばし。


 縦穴の内部に不規則に作られた、空間遮断系の障壁による見えない通路と階段。


 高さはざっと二百メートルほど。底から強烈な熱風が噴き上げていて、しかも、まるでノンフライヤー調理器の如く渦巻いて効率よく挑戦者を熱してくれるという親切(きちく)仕様。


 とはいえ、魔物の気配はなく、実際に襲撃もない。攻略の証に関わらず、だ。


「ふむ。どうやら、深さ的にこのまま最奥まで行けそうじゃな」

「……ん。やっぱりさっきの怪物が――」

「ユエお姉ちゃん! パトリシアお姉さんなの!」

「……んんっ。パ、パトリシアが――」

「パトリシアお・ね・え・さ・んっ! なの!」

「そこ重要!?」


 〝お姉さん〟まで含めて呼ばないといけないらしい。ミュウは強く頷いた。有無を言わせぬ迫力が、その瞳にはあった。


 妙な説得力に押されて、ユエ様、咳払いを一つ。


「……んっんっ。パトリシア、お、お姉さん!」

「みゅ」

「……が、最終試練の前の最後のガーディアンだったみたい」


 ミュウよ、お前、パトリシアお姉さんのなんなんだ……あの短いやりとりの間に、いったい何を了解し合ったんだ……


 と、誰もがなんとも言えない眼差しをミュウに向ける中、シアが気を取り直すように拳を掌に打ち付けた。


「ちょっと戦ってみたかったですねぇ。パワーファイターぽかったですし」

「今度、時間のある時にでも挑戦すればいいだろ。なんなら香織達も一から挑戦してみるといい。空間魔法は汎用性も破壊力も凄まじいからな」

「確かに、空間魔法は何かと便利だよね……」

「そうね。ユエほど簡単に使えないでしょうけど、ひょいひょい転移しているのを見ると羨ましく感じるわ」

「……えっへん」


 ドヤするユエだが、胸を張るのも当然ではあった。雫の言葉は的を射ているのだ。


 空間魔法は他の神代魔法と比べても汎用性という点は群を抜いている。攻撃、防御、移動……全てが破格だ。が、その分、扱いもまた群を抜いて困難なのだ。


 ユエは何気なく、それこそゲートなしの転移などを片手間でしているが、はっきり言って常人には不可能な神業である。


 仮に会得できてもユエレベルで扱うことは誰にもできないだろう。


 とはいえ、それでもやはり空間魔法は魅力的だ。


 直接的な戦う術に乏しいので自分に攻略は無理……いや、香織や雫をサポートする形でパーティーメンバーの括りならワンチャン? と思案する愛子が「そう言えば……」と視線をティオに向けた。


「ティオさんは空間魔法を会得していないんですよね?」

「うむ、残念なことにな」


 特に残念そうな様子もなく、至極あっさりと頷くティオ。鷲三が確認するように問う。


「確か、フリード・バグアーの邪魔が入って、静因石を届ける方を優先したのだったかな?」

「その通りじゃ、鷲三殿」

「だとすると……攻略自体は終えていたということで良いのよね? なら、今日このまま改めて空間魔法を会得することができたりはしないのかしら?」

「ハジメ君、一度外に出てしまったら、改めて最初から挑戦する必要があるのか?」

「さて、どうでしょう? 経験がないので断言はできません。ナイズ・グリューエンの隠れ家まで完全修復されていれば試してみようという話は既にしてますが」

「うむ。せっかくじゃからなぁ」


 霧乃と虎一の推測はハジメやティオも考えていたことなのだろう。火山の修復が終わったら、元々改めて試してみるつもりではあったと言葉を返す。


「……神代魔法を授与する魔法陣は、挑戦者の記憶を精査することで合否を判断してる。大迷宮自体が一度壊れてしまっていても、ティオの記憶が無事である以上は問題ないはず」


 ユエの補足説明に「なるほど」と頷きが返る中、リリアーナの改めてといった様子で敬意と感謝を込めた声音を響かせた。


「国は違えど、公国は王国にとって最も古き同盟国。神代の力を諦めてでも同盟国の民を救ってくださったこと、王族として感謝の念に堪えません」


 その言葉にティオが返したのは苦笑だった。あるいは、バツが悪そうな表情というべきか。


「よしておくれ。竜人としては当然であり、そして、あの時の妾は、その当然をできておらんかった」

「え? どういうことでしょうか……」


 小首を傾げるリリアーナ。


 香織達も興味深そうに視線を向けた。愁や菫達も気になるようで顔を向けるが、八重樫家以外の親達、それにレミアも、その表情には少々疲れが浮かんでいた。


 いくら暑さ対策を完璧に行っていて、また見えない足場や階段もユエが干渉することで可視化しているので緊張感は減じているといっても、単純に何十階分もの階段を降りるのは骨が折れるのだろう。


「何かあるかと思って素直に下りていたが、ちょっと飽きたな?」


 ミュウを抱っこしているハジメがユエに目配せをする。それだけで意図を了解したユエは、


「……今から重力魔法で下まで行きます。絶対に落とさないので心配しないでください」


 と一言断ってから空間魔法と重力魔法を同時行使した。


 不可視の階層を消して下層まで吹き抜け状態にした挙げ句、重力魔法で全員を浮かせながら緩やかに降下していく。


「お、おおっと……無重力空間はこういう感じなのかな? ゆっくり降下はしているけれど……地に足がつかない感じは、なんだか落ち着かないね」

「そ、そうね。大丈夫だとは分かっているけれど……」

「直ぐに慣れるよ、お母さん、お父さん。ほら、水分補給でもしてリラックスリラックス」


 香織からボトルを受け取りつつ、智一と薫子がこわごわと下を見る。


 最下層の横穴から、マグマの明かりがうっすらと入り込んでいて、辛うじて高度が分かる。百メートルを優に超える高さだ。ちょっと緊張してしまうのは当然だろう。昭子も娘におぶさるようにしてできるだけ下を見ないようにしており、苦笑いされている。


 レミアは、ミュウを片腕抱っこするハジメにエスコートでもされるみたいに片手を握られているせいか、むしろ照れが勝っている様子。


「あら、レミアちゃんったらかわいい」

「ハジメ、むしろお姫様抱っこしてあげたらどうだ?」

「も、もぅ、やめてください、お二人共……」

「ママぁ? てぇ~れてるぅ~?」

「ミュウ、巻き舌はやめてくれ。あと母さん達そっくりのニヤニヤ顔も」


 レミアがちょっぴり頬を染めている姿を、まったく臆した様子がないどころかテンションが上がっている愁と菫、ミュウが揶揄う。


 そのせいか動揺して思わず手を離しそうになったレミアは、反射的に「ひゃっ」と声を上げながらハジメの腕に抱きついた。


 ハジメが苦笑しつつ腰に手を回して安定させてあげると、周囲から「あら~♪」と微笑ましげな声が響いてくる。


 羞恥心で真っ赤になりながら、レミアはとうとうハジメの肩に顔を埋めるようにして表情を隠してしまった。


 それを横目にくすりと笑みを浮かべつつ、


「え~と、それでティオさん。先程の話ですけれど……」


 リリアーナが器用にも空中で女の子座りしているような体勢でスカートを押さえながら、降下速度的に最下層までは少し時間があると見て話の軌道を戻した。


 智一達も、それで意識が高所からのゆっくりスカイダイビングから逸れたようで、興味深げにティオを見やる。


「ああ、それはの……うむ、我ながら情けない話なのじゃが……あの時の妾は静因石のことを半ば失念しておったのじゃ」

「失念、ですか?」

「うむ。ご主人様が重傷を負っていての……どうすれば守れるか、あるいは共に逝く覚悟なんてものに意識を取られておったのぅ」

「ハジメ。あんた、そんなに酷い怪我だったの?」


 菫が目を丸くし、次いで心配そうに息子を見つめる。愁達も同じ様子だ。


 言っては悪いが、フリード・バグアーという敵将は、しぶとくはあるが毎回ハジメ達に退けられている微妙な実力者という印象があったのだ。


 こと戦時においては特に冷静で理知的なティオが動揺するほどの怪我と聞かされれば、それは意外に思うし、驚きもする。


「まぁな。空間魔法を得たのは奴の方が早かった。空間を歪めて隠れていたのか、転移してきたのかは定かじゃないが、最後のガーディアンを潰した瞬間っていう絶妙なタイミングで不意打ちを食らっちまってな」

「……あれは酷かった。ハジメじゃなければ確実に死んでた」

「何せティオさんのブレスに比肩する破壊力でしたからね。おまけに、極光――傷の治癒を阻害する毒素を含むブレスでしたから」


 誰もが息を呑む。肝が冷えたと顔をしかめるユエとシアから、それだけ凄絶な状況だったのだと伝わってフリードに対する印象が変わる。


「よくよく考えれば、フリード・バグアーは自力でこの大迷宮を攻略したのだものな。それは並ではないはずだ」


 鷲三の言葉に、今まで見てきたグリューエン大火山の試練を、特にク○ミドロ亜種さんとパトリシアの姐さんを思い出して、「確かに!」と納得する一同。


「しまったな。どうせならフリードとパトリシアの姐さんの戦いを過去視すれば良かった」

「パパ、姐さんじゃなくて〝お姉さん〟なの」

「姐さんもダメなのか!? 敬意を込めてるぞ!?」


 ダメらしい。ミュウの表情が物語っている。ほんと、あの「ブモモッ」の中にどれだけの意思が込められていたというのか。


「もう座標は分かってるんだし、後でユエの転移で見に戻ったらいいんじゃないかな?」

「私も興味あるわね……まぁ、想像はできるし不思議でもないけれどね。だって、ハジメに重傷を負わせられる魔物を従えていたわけじゃない? たぶん、数の暴力で押し通ったんじゃないかしら?」


 香織の提案と雫の予想には、ハジメやユエ達も同意らしい。当時を推測しながら頷く。


「まぁ、そうだろうな。パトリシアのアネ――ごほんっ。お姉さんも、流石に全方位から灰竜のブレスを集中砲火され続けたら耐え難いだろう」

「……ん。あのレベルのまも――んっんっ。お姉さんが相手なら、フリードの方も相当な損害を被ったと思うけれど」

「待ってください。だとすると、私達とフリードが相対した時って割と戦力を削られた後だったり? あれ以上の数の魔物となると私達も無傷とは……もしかすると私達、パトリシアさん――ごほんっ。お姉さんにかなり救われていた部分があるかもしれませんね?」


 ミュウよ、なぜ〝お姉さん〟以外を使おうとするとスンッとした真顔になる……とは誰もが思っていても、なんか開けちゃいけない深淵の蓋を開けそうなので誰も何も言わない。大人しく訂正する。


「とまぁ聞いての通り、割と切羽詰まった状況での?」


 ティオは話の軌道を修正しつつ、ハジメを見やった。驚くほど敬愛の込められた眼差しだった。


 乙女の思慕と、従者の主人に対する畏敬が絶妙に混じり合ったような瞳の、そこに込められた熱量はハジメをして思わず目を泳がさせ、ユエ達にも目を丸くさせるほど。


「人の本性は、よく瀬戸際にて現れるという。守ること、共に死ぬ覚悟、妾がそんなものに囚われている間に、ご主人様はなお全てを手にせんと足掻いておった」


 ちょうど最下層に到着して地に足をつけるハジメ達。部屋の奥には、不可視ではない普通の緩やかな階段があり、その奥からマグマの光が差し込んでいた。おそらく、かつてマグマ蛇と戦った最終試練の間だろう。


 だが、愁や菫達、それに香織達の視線もまた、そちらではなくティオ一人に注がれていた。


「あの状況でなおアンカジのことを忘れず、妾を信頼し、託し、最後まで守って送り出したのは、他ならぬご主人様なんじゃ」


 公都の民が助かったのは、己が竜人の矜持として神代魔法会得より大勢の人々を優先したからというわけではなく、ハジメが送り出してくれたからこそなのだと。


 だから、感謝も称賛も自分ではなくハジメに、と酷く優しい表情で言うティオに、リリアーナはなんと言葉を返せば良いのか分からなくて困った表情になってしまう。


 単に事実を述べる以上のハジメへの想いを感じて、それが何故なのか分からなくて、リリアーナは言葉に詰まった。


 ハジメが呆れたように反論する。


「ティオ、そいつはいくらなんでも俺を持ち上げすぎだ。お前に頼んだのはもっと利己的な理由――敵のせいで目的達成できないという事実が我慢ならなかっただけだ。アンカジの民を(おもんばか)ってのことじゃない」

「分かっておるよ」


 南雲ハジメは、間違っても高潔な人間ではない。博愛精神など欠片も持ち合わせていないし、率先して他者を救おうと奔走する人間でもない。そんなことはティオとて承知のこと。


「それでも、妾は嬉しかったんじゃよ。普段は傲岸不遜を絵に描いたような言動のくせに、〝頼む〟と口にしてくれたことが。何せ、妾がご主人様への気持ちを明確に自覚したのは、この時なんじゃからな」

「……そう、なのか?」

「うむ。そうなんじゃよ?」


 誰にも言ってなかったことなのだろう。ユエ達も少し驚いた様子だ。


 最終試練の間に通じているらしい階段状の出入り口から差し込むマグマの赤い光に、ティオの顔が染められている。


 そのせいで照れくさそうにはにかむ顔が余計に照れているように見えて、ハジメはなんとなくそわそわした気持ちに襲われた。


 で、視線を逸らせば「あらまぁ♪」という案の定な親達のニヤニヤ顔が。無性にはずい。


「実のところ、この大迷宮は妾にとってある種のターニングポイントであった。最も思い入れのある場所なんじゃよ」


 なんて空気にしてくれやがる……と、どこか恨めしげなハジメを横目に楽しげにステップを踏んで、ティオは最終試練の間へと先陣を切った。


 そして、


「さぁ、早う見てみようではないか! 黒竜の妾とご主人様が初めて共闘した光景を! この最強の守護者たる黒竜ティオ・クラルスを守護してくれたご主人様のかっこい~~ところを!」

「マジで持ち上げすぎだ! 羞恥心で殺す気か!」

「事実じゃも~ん! ほぅれ、急げ急げ!」


 実は、この大迷宮ツアーが一番楽しみだったらしいティオが、童女のようにはしゃいだ様子で緩やかな階段を駆け下りていく。


 その後を「ティオちゃんったら」と笑いながら追いかけていく菫と愁。ハジメやユエ達、それに智一達も互いに顔を見合わせ、くすりと優しい笑みを浮かべ合うと直ぐに後を追った。


 そうして、


「な、なんでじゃ……」


 四つん這いで項垂れるティオを見た。


「あ~、どうやら完全修復までもう一歩ってところだったらしいな?」

「最終試練の間だけ、まだ終わってなかったんですねぇ」

「……ティオ、哀れ」

「あはは……結局、空間魔法を得られなかったことといい、ティオって、この大迷宮に関してだけは妙に間が悪くないかな?」

「思い入れのある場所って本人が口にしている分、流石に同情してしまうわね」


 そう、最終試練の巨大空間は今、否、未だというべきか。なみなみとマグマに満たされたままだったのだ。


 正規ルートの足場は比較的に高い位置にあったのだが、その直ぐ縁までマグマが満たされている。


 当然、隠れ家も乱立していた岩場もまったく見当たらず。全てが巨大マグマ湖の下だ。


「ここまで来てっ、ここまで来てなんでなんじゃぁあああああっ」


 よほど初共闘と一連のやり取りを見てほしかったのだろう。妾、一気に萎えた……と言わんばかりに、ひとしきり地面をぺちぺちして悔しがった後、こてんっと転がってしまった。


「ティ、ティオお姉ちゃん、元気だして!」

「ティオさん! 起きてください! マグマが近いせいか、地面が熱せられて……」

「ああっ、服から煙が出てますよ!」


 ミュウの掛け声にも、愛子とリリアーナの警告にもピクリッとするだけで反応なし。ユエが慌てて地面を魔法で冷やしにかかる。


「ハジメ、なんとかしてあげられないの? ティオちゃんが可哀想だわ」

「いや、母さん。流石に四方三キロ以上ある空間からマグマを取り除くのは……直ぐには難しいぞ」


 ゲートで排出するにも、対象はマグマである。湖の水を捨てるのとはわけが違う。場所は選ばなければならない。


 潜水艇で潜ることは可能だが、マグマの中は当然ながら視認性ゼロ。過去視は無意味だ。


「一番手っ取り早い方法としては、空間全体に再生魔法をかけてやることだが……」

「さ、流石に魔力が持たないよぉ~」

「だよなぁ」


 ただでさえ計画前倒しの異世界渡航で予定より魔力のストック量が少ないのだ。流石に、このためだけにストック魔力を消費しきるなんてあり得ない。


「後は、羅針盤で要石を探り当てて、転移で移動し、要石自体に直接再生魔法をかけてやるくらいか? 今すぐできる方法としては」

「でも、ハジメさん。要石が修復完了しているからこそ大迷宮の修復も進んでいるんじゃないですか? 今更、再生魔法をかけても……」

「いや、要石自体をアワークリスタルの効果範囲に入れて時間を速めてやるんだよ」


 それで修復速度が上がるのでは? ということらしいが……


「ねぇ、ハジメ。それって大丈夫なの? なんだかPCで例えるなら基板に直接手を加えるようなものって感じるのだけど」


 雫の心配そうな声に、ハジメは苦笑しつつ頷いた。


「できればやりたくねぇなぁ。万が一失敗した場合、何が起こるか分からねぇし」


 最悪、大迷宮自体が永遠に機能を失うなんて事態もあり得る。少なくとも、慎重に解析を進めて方法と手順を確立せぬままにやるというのはリスクが高すぎた。


「もう良いよぉ」


 ミュウにほっぺをぺちぺちされていたティオが、ようやく起き上がった。


「このペースなら、あと数ヶ月もあれば正常に戻るであろう? 旅行の機会はいくらでもあるしの。今、リスクを冒す必要はないのじゃ」


 とは言いつつも、しょんぼりしちゃうティオ。


 愁や菫、智一達も「また今度、見に来よう」と慰める中、ユエの視線がハジメへ向いた。自分の唇に人差し指を添えながら、ぺろりと舌舐めずり。


 それで何を言いたいのか悟ったハジメは、ちょっぴり頬を引き攣らせつつも、しょうがないかと微笑を浮かべて頷いた。ユエもまた、了解を得られて微笑を返す。


「……ティオ。任せるがよろし」

「む? 何をする気じゃ?」

「……流石に戦闘全体を見るのは無理だけど、要所だけならなんとかしてあげる」

「なんとか? できるのかえ?」

「……ふっ、私を誰だと思ってるの?」


 正妻様をなめるなと言いたげに不敵な笑みを見せるユエ。


 ティオが目を丸くし、何をする気かと親達や香織達が注目する中、ユエはふわりと浮き上がった。


 そのまま巨大マグマ湖の上を飛んで行き、時折、羅針盤を起動しているハジメと念話で会話しつつ位置を調整。


 そして、


「――〝極天解放〟」


 空間を軋ませるほどの黄金の魔力が迸った。


 昇華魔法〝禁域解放〟の上位互換、自己強化の極致を同時発動した結果だ。


 マグマの赫灼たる輝きを塗り替えるような黄金の奔流と、離れていても分かる神威というに相応しいプレッシャーに、親達が目を剥いている。


 だが、彼等が驚くのはまだまだ早かった。


「――〝黒天窮〟」


 静かに、されど妙に木霊した可憐な詠唱。


 黄金のスパークがユエの眼下に出現し、一切合切を呑み込み消滅させる黒の禍星が創世されていく。


 地に落ちていく巨大なブラックホールは、巨大マグマ湖にとてつもない大渦を生み出した。想像するのも難しい莫大な量のマグマが次々と飲み干されていく。


 もちろん、いくら重力魔法の奥義といえども巨大マグマ湖を干上がらせるのは至難であるし、相応に時間もかかってしまう。


 だが、今この瞬間、少しの間だけ質量を減じることならば可能だ。


「――〝壊劫〟」


 広範囲重力場が〝黒天窮〟を中心に円環となって広がり、巨大マグマ湖の一部を押しのけていく。


 その内部では、もちろんブラックホールが取り残されたマグマを片っ端から飲み込んでいく。


 その様は、まるで変則的なモーセの海割りの如く。


 マグマの断崖絶壁が円形に広がっていく様は天変地異に等しい光景で、親達にとってはあまりに非現実的すぎた。ミュウやレミア、愛子にリリアーナとて開いた口が塞がらないといった様子だ。


「……んんっ、重力場連続再生化………完了。空間固定……完了。防壁三重化、完了。魂魄強化状態、継続化……問題なし!」


 深さ二百メートル、外周二千メートルはあるだろう巨大な穴がマグマ湖に出現した。


 押し寄せる周囲のマグマの圧力は想像もできない。それを常に押しとどめ、万が一に備えて超巨大空間遮断障壁も三重で用意。しかも、その状態を維持するための魂魄魔法も併用するという離れ業。


「……ハジメ、足場をお願い。香織は過去再生。午後は流石にきついから、海底遺跡の見学はティオがやって?」

「ち、力業で来たね……こればっかりは流石ユエとしか言い様がないよ」

「お、おぅ……承知した。……まったく、妾のために無茶しおる。……ありがとうの、ユエよ。流石は妾達の正妻様じゃな」

「……どやっ」


 全員が乗れる大型のスカイボードを用意しつつ、ハジメは戻ってきたユエを受け止めた。


 そして、ちょっと遠い目になりつつ、


「お手柔らかに頼む」

「……保証はできない!」


 カプちゅ~を受け入れた。すんごい勢いで吸われている! リップ音も艶めかしい!


 唖然呆然としていた親達が、ハジメの首筋に抱きつき、足までがっちりホールドしながらチューッチューッしているユエと仏顔のハジメを見て、ようやく我を取り戻した。


「ああ、なるほどです。午後の見学と地球に戻る分の魔力を温存するために無茶できずとも、ユエさんにとってはハジメさん自体が魔力ストックみたいなものですからね!」

「奥義クラス連発でも、ハジメ君が貧血になる覚悟ならどうにでもなるというわけですか」

「あの、それにしても勢い強すぎません? だんだんハジメさんの顔色が青白くなっていっているような……」


 シアと愛子の言葉で何が起きているのか理解しつつ、リリアーナの引き攣り顔でハジメの状態を察する。


 この天変地異みたいな状態を維持する時間が長くなればなるほど、ハジメは干からびていくのだろう。


 それはまぁ、ユエに目配せされた時、ちょっと表情が引き攣っていたわけである。


「カプちゅーをからかっている暇はなさそうね?」


 菫の言葉に頷き、智一達も急いで大型スカイボードに乗っていく。


「パパ、大丈夫?」

「大丈夫だ、問題な――アッ!? ユエ、吸うのはいいがペロペロはやめてくれ!」

「……ん~? ここがいいの? ここがいいのぉ?」

「ママぁ、ユエお姉ちゃんがとろんとした顔に――」

「シッ、見ちゃいけません! ミュウにはまだ早いわ!」


 さっきまで神々しいとさえ感じていたユエ様の、恍惚顔。そんなでも絶技の同時発動は維持し続けているのだから、いろんな意味でとんでもない。


「さっきまで畏怖の念すら抱いてしまっていたのだが……」

「まさに神の所業という感じだったものね。力も雰囲気も。けれど、この姿を見ると、普通に恋する女の子なのよね。ギャップがすごいわ」


 虎一と霧乃の苦笑まじりの感想は、全員が同意するところだった。


 大型スカイボードが高度を落としていく。かつて、ハジメがティオを送り出した岩場へと近づいてく。


 そうすれば当然、マグマの断崖絶壁はより迫力を増して視界に入るわけで。


「ユエちゃんなら、自然災害――台風なんかでもどうにかしてしまいそうね」


 ユエのカプチュー姿と、ハジメが必死に増血効果もあるチートメイトDr(ドリンク)を飲んでいる光景に苦笑しつつ、昭子がふと思いついたように言う。


 農家にとって台風は憎らしく恐ろしいものだ。台風を心配する必要がなくなるのならどれだけ素晴らしいかと、冗談半分だがつい夢想してしまうのだろう。


 だが、夢想などではなかったらしい。ユエがちゅぱっとハジメの首筋から顔を離して昭子を見やった。


「……奥義クラスの維持が大変なだけなので、瞬間的な力の行使ならもっと威力も効果も出せます」

「えっと……つまり?」

「……台風が来ても大丈夫。逆に、台風を発生させることもできます!」

「え、いや、そんな任せてくださいみたいな目で言われても……絶対にやらないでね?」


 むしろ天候操作だってできちゃうらしいユエ様。


 昭子さんの真剣な忠告にサムズアップを返し、またハジメの首筋に美味しそうに口づけする姿からは、神に等しい存在にはとても見えない。


「感想はまた後にして、今は過去視を優先しよう」

「う、うん。ハジメくんが干からびる前にね」


 真顔で促すハジメに少し引きつつ、香織は早速〝過去再生〟を発動した。


 マグマ蛇やフリードとの戦闘全体を映すことはできなかったが、断片だけでも十分に当時の壮絶な戦いは伝わった。


 フリードとウラノスによる初撃のブレス。それにより力なく落下するハジメの姿には悲鳴があがり、その怪我の度合いには思わず目を背けてしまうほど。


 灰竜の群れによる豪雨の如きブレスの掃射。それにユエ達が動きを封じられている間に、満身創痍のハジメはなお闘志を滾らせフリードと相対する。


 そうして、


『そうはさせんよ!』


 勇壮な黒竜が姿を見せた。


「ボロボロのご主人様を見てな、妾はようやくご主人様を正しく見られたのじゃよ」


 ハジメを援護すべくウラノスとのブレスの撃ち合いをする過去の自分を見ながら、独白のようにティオが口を開く。


「それまで妾はご主人様を妾達とは全く異なる超常の存在、否、より正直に言うなら正しく〝化け物〟じゃと感じておった。無意識のうちにの」


 無理もないことだろう。何せ、同族の中でももはや負けなしであったティオが、洗脳されていたとはいえ正面から圧倒されたのだ。


〝殺しても死なないような化け物〟〝痛みなど感じもせず戦い続ける怪物〟という印象を抱いてしまうのも当然と言えば当然か。


 そんな〝化け物の強さへの盲目的な信頼〟が、不意打ちの一撃で死にかけたハジメの姿で横っ面を叩かれたかのように晴れた。


「ただ必死に生き足掻く同じ人……守らねばならぬと思うた。竜人の誇りに懸けて」

「だから、掟を無視して、よりにもよって敵の前で正体を晒してくれたわけか」

「うむ。きっと、爺様達も同じようにしたじゃろう」


 竜人がもっと合理的な種族なら、ハジメ達がフリードと戦っている間に一人離脱するのが最良の選択だった。


 まだまだ先の見えぬ状態で、あくまで調査のために来た竜人が正体を晒すなど絶対にあってはならないことだったのだから。


 一族の存亡に、途轍もない危険を呼び込む行為だったのだから。


「ありがとう、ティオちゃん。ハジメのために危険を冒してくれて」

「本当に後戻りできない選択だったんだな。息子を助けてくれて感謝するよ、ティオちゃん」


 菫と愁がティオの両手をそれぞれ握りながら感謝を口にすれば、ティオは「なんのなんの」と照れたように頬を染めた。


 そして、照れ隠しのように「そう言えば」と、とある想い出を口にする。


「エリセンに滞在中の夜、ユエを背に乗せて二人っきりで遊覧飛行したことがあるんじゃが……」

「……ん? あ、ティオ、それは――」


 ユエが思わず止めに入る。


 ハジメが〝竜の背に乗って飛ぶ〟というロマンある夢を叶えてはしゃいでいたことから、同じく竜人に憧憬の念を持っていたユエが〝気分転換〟という建前のもとに頼んだことがあるのだ。


 だが、実のところ本当の目的はそれだけではなかったのだ。


「その時、まるでかつて竜王国が世界から敬意を向けられていた時のような、古き礼式に則ってユエは誓ってくれたのじゃ。妾の覚悟と献身に報いることを」


――最後の吸血鬼たるユエが、ここに誓う。竜人の敵は私の敵であると。大切な仲間と、その家族を襲う如何なる脅威からも、全力を以て守り抜くことを


 夜の空に木霊した吸血姫の誓い。掟を破り、同族を危険に晒しても自分達を助けてくれたことへの、当時のユエができる最大の返礼だった。


「……もぅ、どうして言うの? 変態に誓うなんて恥ずかしいから二人っきりになったのに」

「流石に全てを乗り越えた今なら良かろう? 妾、涙が出そうなくらい嬉しかったんじゃからな?」


 微笑を浮かべるティオから、視線を逸らすユエ。


 そんなことが……とハジメ達が優しげな表情を向けてくることが照れくさいのか、ユエの頬がほんのりと染まっていく。


「あはは、ユエさんってば私の時もそうでしたよねぇ。日記帳に書いてたじゃないですか。私のこと、もう誰にも傷つけさせないって」

「……むぅ。勝手に日記を見たこと、まだ根に持ってるから」


 ライセン大迷宮を攻略した後くらいのユエの日記の記載だ。偶然、日記の存在を知ってしまって、好奇心に負けて見てしまったのだ。ティオと一緒に。もちろん、きっちり雷龍でお仕置きされてしまったが。


 ともあれ、その日記に書かれていたのだ。


 家族を失い、たくさん傷ついて、それでも頑張って自分達についてきて、大迷宮の攻略まで成し遂げたシアを、遂に心から仲間と認めた時に。


 大事な妹分にして友であると。だから、シアを守ると自分自身に誓うように。


「ユエってさぁ、そういうところだよ? この人たらし。ハジメ君のこと言えないからね?」

「……は? いきなりなんなの? 香織には別に――」

「私が殺されて、神山で蘇生を受けてる時、本気で怒ったじゃない」

「……あ、あれは、その……」

「今でも忘れられないよ。あんなふうに声を荒げるユエ、初めてだったもん」


 何をあっさり死んでいるのかと愚痴っていたユエに、香織は〝たとえ死んでも最後まで諦めようとしなかったんだから、そんなに言わなくても〟的なことを言い返した時のことだ。


 運が良かったと思えッと、ハジメにさえ見せたことのない激高を、ユエは見せたのだ。そして、


――どうして他人の治療を優先した!? ティオが攻略を認められていなかったら……取り返しがつかなかった……


 と、最後には尻すぼみになって、悄然と項垂れた。それは、ユエが本気で心配していたことの何よりの証左だった。


 そして、謝った香織に、ユエは八つ当たりだったと、フリードへの復讐を優先して一人にしてしまったと逆に謝ったのだ。


「身内はとことん大切にして、どこまでも甘い。本当、ハジメ君と似た者同士だよね?」

「……うるせぇ~、バカオリ」

「ふふ、ねぇ、香織。それってユエのことが大好きですっていう告白かしら?」

「変なこと言わないでよ! 雫ちゃんのバカ!」

「香織お姉ちゃん、てぇ~れてるぅ~?」

「照れません! あとミュウちゃん、巻き舌は似合わないよ!」


 智一と薫子が騒ぐ娘を横目に、時折すっごく無謀をしでかす娘を叱ってくれたことへの感謝をユエに伝えて、ユエがまたモジモジしながら「どういたしまして……」と返していると、遂に過去映像の中で大迷宮の崩壊が始まった。


 天井にショートカット用の穴が開き、フリードが撤退していく。


 限界突破が切れて歩くこともままならない様子のハジメが、黒竜ティオの頬に手を添えているのが見える。


「ここじゃここ!」


 何一つ諦めない目が、ティオを射貫いていた。懇願するでも、縋り付くでもなく、対等の仲間として信頼するが故の、ティオが忘れられない〝頼む〟の言葉が静かに響いた。


「同じ人。故に、畏敬はもっと身近な親愛へと変わった。その親愛を向ける相手が、妾が失念した事柄さえ取りこぼさず、全てを手にするために頼ってくれた……」


 リリアーナとの会話の中で、ティオの声音に事実以上の熱が込められていた理由が、これだった。


「妾より強い者を伴侶に……なんぞと言って五百年。ようやく出会った身も心も妾より強い〝人〟に頼られて、どうして心が疼かずにいられようか? のぅ?」

「お~い、ティオ。そろそろやめてくれ。俺を羞恥心で殺す気か?」

「しかもこの後、クロスビットを飛ばして妾を守ってくれたんじゃぞ! 守られるなんぞ、いったいどれほどぶりか! 妾、思わず〝愛してるのじゃーーっ〟と叫んでしもうたわ!」

「聞いてる? 見ろよ、ミュウまで生温かい目になってんじゃねぇか」

「しかもしかもじゃ! なんと外で待ち構えていたフリードとウラノスを、クロスビットの自爆で吹っ飛ばしたんじゃぞ? 信じられるかの! きっちり落とし前を付けるどころか、同時に妾の退路も切り開いてくれたのじゃ! この状況で、じゃぞ! ぬふふっ」


 どうじゃ! ご主人様はかっこよかろう! と無邪気とすら言える雰囲気でぴょんぴょん飛び跳ねながら力説するティオは、見た目とのギャップも相まって凄まじく可愛らしかった。


 誰もがからかうこともなく、まるで宝物を自慢する幼女を見守るような眼差しになっている。


「あ~、そうだ。隠れ家な、隠れ家。魔法陣が機能してるか、ちょっと確認してくるわ」


 ハジメが唐突に駆け出した。〝空力〟で宙を駆けて、出入り口が開きっぱなしで入り込んでいたマグマを垂れ流している隠れ家の中へあっという間に入っていく。


 その後ろ姿を見て、ユエ達も、そして菫や愁達も顔を見合わせ、


「「「「「「「逃げたな(わね)(ね)」」」」」」」


 笑いながら、そう口を揃えたのだった。















 結局のところ、神代魔法授与の魔法陣は未だ機能を取り戻していなかった。


 大迷宮自体の復活に手を加えるリスクと同じく、会得の必要性に乏しい今、無理に機能復元を図ることもないだろうとティオの会得試しも次回に持ち越しだ。


 そんなこんなで大火山の見学を終えたハジメ達は、現在、アンカジ公国の公都にあるオアシスの畔へとやってきていた。


 昼食の時間には遅くなったもののランズィ公の厚意には挨拶ぐらい返したいところであったし、何より砂漠の都には一見の価値があったからだ。


 認識阻害をかけつつ、門のところで守衛にだけ正体を明かし、騒ぎは好まないのでランズィ公へ秘密裏に来訪を知らせてほしいと伝えた後。


 なんでもタイミング悪く手の放せない状況らしく、直ぐ迎えられないことへの謝罪と共に、そう待たせずに赴くのでしばらくオアシスの畔で散策でもどうかという返事を貰ったのだ。


 ひとしきりオアシスの輝きと以前はなかった畔近辺の出店を楽しんだ後、ハジメ達は桟橋付近で思い思いに休息を楽しんでいた。


「随分と賑やかになったね? 観光客も多いし」

「そうなの? 香織」

「うん、そうなんだよ、雫ちゃん。前はね、状況が状況ではあったけれど、こんなに人で溢れていなかったし露店も出ていなかったよ。オアシスなんて厳戒態勢で守られているのが普通だったんだ」

「確かに、砂漠での生命線ですもんね。今は憩いの場みたいになってますけど」


 愛子が湖面の反射に眩しそうに目を細めて周囲を見渡す。確かに、見るからに冒険者らしき者達や外部の商人らしき者達、果ては獣人まであちこちに見受けられた。


「魔人族の脅威、ひいては戦争の心配がなく、ゲートによる行き来が可能になったおかげじゃろう」

「ええ。それに獣人の方々の中には砂漠の環境が最も過ごしやすいという方もいるようで、移住してくる方も増えているそうです」


 香織が喧噪の発生元である町中を振り返り、ティオの推測にリリアーナが頷きつつ最近の情勢を教えてくれる。


「美しい町だね。同じ異世界でも文化が随分と違うようだし、後で、ぜひ町中も見てみたいものだ」

「露店、いろいろ珍しそうなのが置いてあったな。砂漠の国なのに砂をまったく気にしなくていいなんて、すごいことだ」

「都市全体を覆う結界か……オアシスへの悪意まで感知するというのだろう? 確かにすごいものだ」


 智一や愁、鷲三がオアシスの爽やかな微風に気持ち良さげに目を細めている。菫や薫子達も、見た目からして灼熱の場所にいたせいか随分とリラックスしている様子。


 そんな中、シアが水に手を入れてひんやりした感触を楽しみながら、大火山で最後に見たものについて、改めて感想を漏らした。


「それにしても、フリードとパトリシアさ――お姉さんの戦い、中々見応えがありましたねぇ」

「ああ、それな。まさか、灰竜の群れは攻略した後に外に待機させていたものを呼び込んだだけだったとはなぁ。まぁ、よくよく考えれば飛行系の魔物で大迷宮攻略は不利だもんな。そりゃあ当然ではあったんだが」

「……ん。結局、三百近い魔物の軍団はほぼ全滅。ウラノスがいなければフリードは死んでたと思う」


 そう、フリードはキメラや四つ目狼など獣系の攻略用魔物軍団を別に引き連れていたのだ。


 結果的には、パトリシアお姉さんを倒したところで軍団の九割を削られ、残り一割とウラノスで、ハジメ達の時に比べ半数になったマグマ蛇相手に半ば持久戦の死闘を繰り広げて攻略していたのである。


 先にシアが予想した通り、パトリシアお姉さんがいなければ、灰竜以外の魔物の軍団も、ハジメ達は相手にしなければならないところだった。


 なんて火山の見学の感想を口にし合っていると……


 唐突にざわめきが耳に入ってきた。活気ある町の喧噪ではない。むしろ、何かトラブルを目撃した野次馬の如きざわめき。


 なんだ? と町中へ視線を向けるハジメ達の視界に、慌てた様子の守衛の姿が飛び込んできた。


 認識阻害はしているが、あらかじめ休む場所を伝えてあるので迷いなく向かってくる。


 そして、


「すみませんっ、魔王陛下御一行様! 今すぐ私の案内についてきて――」


 何やら切羽詰まった声音は、次の瞬間、



「「「「「ハローッ!! ニューワールドッッ!!!」」」」」



 空気をビリビリと震わせるような唱和で掻き消されてしまった。


「な、なんだぁ?」


 やたらと快活で意味不明な掛け声(?)に、ハジメ達は困惑しつつも立ち上がった。


 そして、先程の巨大マグマ湖よろしく、割れていく人混みの奥から異様な集団がやってくるのを確認した。


 まるで、かつて異端者認定を受けたハジメを連行しようと立ちはだかった教会の司祭や騎士達の如く。


 ただ、あれがずっとマシに思えるほど、いろいろとおかしかった。


 揃いも揃って良く鍛えられたガチムチの男達。


 その先頭にて大空を受け止めんとしているかのように両手を広げて颯爽と歩いてくる青年は、とても見覚えがあった。が、だからこそ、あまりに見覚えがなかった。


「香織様ぁああああっ!! そして魔王陛下御一行様ぁっ!! ようこそ我が国へ! 歓迎致します!!」


 言葉遊びではない。見た目や雰囲気がとんでもなく変わっていたのだ。


 砂漠の国特有の民族衣装ではなく、純白一色の神父服のような衣装。ただし、全体的にヒラヒラしていて、下半身は深いスリット入り。大腿四頭筋が躍動しているような、ガチムチの太股が惜しげもなくさらされている。


 香織がビシッと固まった。雫達もだ。


 だって、その衣装はとても見覚えがあったから。まるで、考えたくはないし細部は異なるが、どう見ても――


 香織の初期衣装である治癒師の衣装だったから。


 おまけに、だ。


 香織が、挨拶も返せずに呆然と疑問を口にする。誰もが唖然としてしまう最もおかしな点を。


「……なんで天使の翼を背負ってるの?」


 そう、青年達は皆、作り物の天使の翼(たぶん、木製。削ってペイントし、背負えるよう両肩用のベルトを着けたもの)を背負っていたのだ。


 普通に変質者である。街中で見つけたら間違いなく通報される。というか守衛さん、頭を抱えてないで逮捕してくれ……


 そんな異様な格好と雰囲気の青年が、歓喜と恍惚の表情で香織に近づいてくるのだ。変質者に迫られる当人や、そのお父さんまで硬直してはいられない。


「な、なに!? ちょっと、近寄って来ないでください!」

「お、おい、お前! 娘に近づくな! ハジメ君、何をしている! 早くあの変態を止めてくれ!」

「いや、気持ちは分かるんですが、一応、そいつとは面識があって危険人物ではない……ないはず、なんですが……」

「どう見てもヤバイ奴だろ!?」


 確かに、と誰もが頷く。


 事情を知っているっぽいリリアーナだけが頭痛を堪えるように、自分のこめかみをぐりぐりしている中、当の変質者はパタリと足を止めた。


 香織との間に立ちはだかる智一を見やり、カッと目を見開いている。智一さん、思わずビクッとしちゃう。


 次いで青年は、夫の危機(?)に隣へと駆けつけた薫子を見やり、香織と何度か見比べ……


 唐突にツーッと涙を流した。


「なんたることでしょう」

「本当にな」


 お前、なんて有様だよ……というハジメのツッコミはスルーして、青年はこれまた唐突に、膝の皿が割れるんじゃないかという勢いで跪いた。


 行動がいちいち極端で、普通に怖い。智一さんも薫子さんも手を取り合ってビクッとしちゃう。


 そんなドン引き白崎家の前で、変質者は遂に名乗った。


 それはもう高らかに、一点のやましさもなく誇らしげに。


「拝謁の栄に浴する幸運に心から感謝をッッ!!!」

「「いきなりなんなの!?」」

「地上に舞い降りし我等の大天使――香織様のご両親様とお見受け致します!!」

「「声が大きい!?」」

「ご息女を崇め奉り、奉仕することを至上の喜びとする集団にして、天使様の代行者として遍く人々への慈愛の供与を命題とする組織ッッ、天使教団にて教祖を務めてさせて頂いてオリマスゥッ、ビィズ・フォウワード・ゼンゲンとモウしますゥッ!! どウかお見知リオきをッッ!!」

「「遠慮させてくださいっ!!」」


 血走った目から滂沱の涙を流し、興奮しすぎのせいか発音がところどころおかしくなっている、見た目はもう立派な狂信者な青年。


 そう、砂漠の国の王子様。ビィズさんだった。


 かつて、砂漠で助けられ、祖国まで救われてからというもの、生粋の香織ファンとなっていた彼は、どうやら行き着くところまで行き着いていたらしい。


 王都や樹海で、愛子を信奉する女神教団と互角の勢力を持つ派閥になっていると聞いてはいたが、まさかここまでぶっ飛んでいるとは……と、ハジメ達も開いた口が塞がらない様子。


「取り敢えず、お前等、なんでそんな格好を?」

「敬愛する大天使を信仰する者として、相応しい格好は何かと考えた結果です。つい最近、他の派閥との差別化をもっと明確にしようと決議された次第です。はい」

「……その翼の模型も?」

「ハッ。少しでも天使様のお姿に近づき、以て我等の存在感を示すのです! 布教をより浸透させるために!」

「確かに存在感はあるな。怖すぎて無視できねぇわ。信仰心より恐怖が浸透するわ」


 背後から「香織ぃーーーっ」という智一の悲鳴が聞こえた。どうやら、あまりのショックで静かに気絶したらしい。愛子の「鎮魂ッ鎮魂ッ」も聞こえてくる。


 頭痛を堪えながら、ハジメは最後に質問した。


「で、最初の掛け声はいったいなんだ?」

「教団の教えに啓蒙された者にとっては、まさに新たな世界を知るのと同義。香織様と出会った私がそうであったように。ならば! 教団の合い言葉にして共通の挨拶として、これ以上相応しいものはないでしょう!」


 ビィズは、一片の疑いもない爽やかな笑みを浮かべて立ち上がった。


 そして、両手を広げると世界に届けと、背後の教団員達と声を揃えて高々と響かせたのだった。


「「「「「ハロー! ニューワールド!!」」」」」

「できれば、一人で新世界に行っててほしかったよ」


 王都の愛子といい、帝都の仮面ピンクな雫といい、フューレンのハジメといい……


 しばらく地球に帰っていただけで、まるで異世界に来てしまったようだ。いや、異世界なのだけど。本当に、どうしてこうなった。


「……ねぇ、ハジメ。トータスの次代って大丈夫なのかしら?」

「……」


 菫の引き攣った声音での疑問に、ハジメは答えられなかった。


 帝都の狂犬皇女といい、フェアベルゲンのドM怪人姫といい、王国の社畜王女といい……


「ちょっと、今、私を含めませんでしたか!?」


 王女が何か言ってる気がするが、それはそれとして。


 ハジメ達は半ば同情の目を、刻一刻と集まってくる野次馬の向こう側に向けたのだった。


 そう、鬼も裸足で逃げ出しそうな恐ろしい形相で駆けてくるランズィ公を。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


ティオの空間魔法会得は見送りしました。他のアフターでのティオの行動に矛盾が出るかもしれないので(汗

次回でトータス旅行記は終わるかと思います。よろしくお願いいたします!


※ネタ紹介

・ユエとティオの遊覧飛行

 ⇒コミック10巻の巻末SSより。

・ユエの日記帳事件

 ⇒原作5巻の番外編より。

・香織に激高したユエ

 ⇒原作小説12巻の番外編より。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔王教とかは無いんか?神殺しの張本人よな?
[良い点] とにかくティオのかわいらしさと感動的なハジメとのやりとりに涙が文字通り滂沱と流れながら、微笑ましいティオのハジメへの恋心を堪能させて戴けた点。早めのクリスマス・プレゼントでした。感謝いたし…
[一言] トータス旅行記が終わりなんて……実感が無さすぎる……(´;ω;`)
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