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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリー
194/550

ありふれたアフター 天使の守護者

 世界で一番頑丈と称される有名外国産自動車(メルセデス・ベンツ)が、颯爽と海岸沿いの道を走っている。シルバーに輝く車体はよく磨かれていて、持ち主が大切にしていることがよく分かった。


 その車内には、開けた窓から流れ込む海の風と、車の主が好むクラシックな音楽が流れていて、乗っている者達の時間をゆったりとしたものにしていた。


「いつ通っても、この海道は気持ちがいいなぁ」


 そう、涼やかな声音でドライブの感想を漏らしたのは、この車の運転手にして持ち主――白崎智一(ともいち)だ。軽く後ろに流した髪や切れ長なのに優しさを感じさせる瞳、四十代も半ばにありながら均整の取れた体、見た目だけなら未だ二十代後半でも通りそうなイケメンだ。


 そして、智一の言葉に「本当に、何度来ても、いいところよね」と頷いた隣の席の女性の名は、白崎薫子(かおるこ)。白髪などないストレートの黒髪に、たれ気味な目元、清楚な雰囲気を纏い、いいところのお嬢様といった雰囲気の女性だ。智一と同じく四十代半ばにして、二十代後半でも通りそうなほど若々しい。


 その苗字が示す通り、二人は夫婦だ。雰囲気だけで良好な夫婦関係を築いているのがよく分かる。


 だが、智一の意識は運転に集中しながらも、自らの妻のもとへは向いていないようだった。さっきから、チラッチラッとバックミラーを見ては、しきりに後部座席を気にしている。漏らしたドライブの感想も、どちらかといえば白々しさがあり、本音というより会話のきっかけといった様子だ。そして、その原因が後部座席の搭乗者にあることは明白だった。


 智一は、自分の言葉に対して妻以外の反応がないことに「ご、ごほんっ」と、これまたわざとらしい咳払いをして、再度、後部座席の人物の気を引こうと言葉を紡いだ。隣の妻からのクスクス笑いを貰いながら。


「お、お爺ちゃん達も、もう結構な年だし、いっそのこと引っ越ししてしまおうか? 海の近くの家って憧れないかなぁ? なぁ、どう思う? 香織?」

「……絶対、いや」


 返ってきた冷たい声音と言葉に、智一が「うぐぅ」と小さな呻き声を上げる。そして、再び、チラチラとバックミラーで後部座席に座る愛娘――香織の様子を見始めた。


 香織は、全身から「わたし、不機嫌です!」という主張を放出しながら、絶対に目を合わせてやるものかとでもいうかのように、ジッと外を眺めている。そんな超不機嫌モードではあっても、窓枠に肘をついたり、腕を組んだりせず、両手を揃えて膝の上に置き、行儀よく座っているところは何とも香織らしい。


 そんな香織に、智一はちょっと必死さを感じさせる表情で更に話しかけた。


「そ、そうかな? 昔は、こっちに遊びに来る度に、まだ帰りたくない! って言っていたじゃないか。ほら、お隣の凛子ちゃんとか、従姉の桜ちゃんとか、いつも一緒に遊んでいただろう? 結構、悪くな――」

「じゃあ、お父さんだけ引っ越したらいいんじゃないかな?」

「!? そんな!? あんまりだよ、香織ぃ!」


 智一がガバリッと後部座席を振り返った。白崎家のベンツが蛇行する! 智一に、妻からの強烈なビンタが入った! 智一の顔が、強制的に前を向いた!


 小さく、しかし強烈な悪寒を感じさせる薫子の「あなた?」という呼びかけが響く。「ごめんなさい」と、智一は素直に謝った。智一はよく知っているのだ。己の妻の本気の怒りは、トラウマ製造機であるということを。夢の中に、白夜叉さんが出現することを!


「もう、あなたったら……香織がそんな提案にのるわけないでしょう? 雫ちゃん達も、学校の友達もいるのに」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 頬にヒリヒリとした痛みを感じながら、目を泳がせる智一。未練たらしく、「それでも、悪くないと思うんだけど……」と呟いている。


 現在、白崎家が向かっているのは、智一の両親と兄夫婦が住む智一の実家だ。兄夫婦にも香織の四つ上の娘がいる。少しさばさばしたところはあるものの、とても面倒見のいい娘で、香織にとっては姉のような存在だ。海が近いこともあり、お隣さんである綾崎家の凛子ちゃんも交えて、よく海で遊んだものだ。


 香織は、一人っ子ということもあってか、本当に桜を慕っていて、小さいときは桜にしがみつきながら「まだ帰らない」と駄々を捏ねたものである。それ故に、あるいは今でも移住を考えてくれるのではないか……あのいけすかないクソガキから引き離せるのではないか……などと、智一は考えているのだが……。


 そんな智一の内心を、手に取るように把握しているらしい薫子は、くすくすと笑いながら、智一がもっとも聞きたくない、香織の不機嫌の理由にして、絶対に引っ越しを了承しない理由である少年のことを口にした。


「それにねぇ? ハジメくんのいる町から、香織が離れるわけないわよね?」

「止めてくれ、薫子! せっかく家族水入らずの帰省なんだよ!? 我が家の可愛い天使にちょっかいをかける、あんのクソガキのことなんて――」

「オトウサン?」


 智一は背筋に悪寒を感じてビクッとなった。見なくても分かる。これは、妻とよく似た気配! 振り返れば奴がいる! 娘がいつの間にか母から受け継いでいた怒りの具現――般若さんが!


 だが、これしきのことで、お父さんは負けない。目に入れても痛くない、愛しい娘のためなのだ!


「か、香織、落ち着いて? ちょっと言葉が悪かったね。でも、やっぱりお父さんは、あのウジム――ごほんっ。カスヤロ――んほんっ。ナマゴ――」

「……わたし、今すぐ帰る。もう、お父さんとは口利かない」

「ノォ! 香織、話を聞いて! お父さんは香織のためを思ってだね……」

「わたしのためを思って、ハジメくんの悪口を言うの? お父さんがそんな人だとは思わなかったよ」

「違うんだよ、香織! お父さんだって、ハ、ハジ、ハジ――奴のことを悪く言いたいわけじゃないんだ。でも、でもだよ? 野郎は香織というものがありながら、他の女の子まで侍らせて何股もかけているうえに、そのことに罪悪感を持つどころか開き直っているんだよ? そんなクソ野郎に、娘を託せる父親がいると思うかい? いいや、いないね! 悪いことは言わない。香織、あの調子に乗っているゴミカスとは縁を切って――」

「お父さんなんて、大っ嫌い!」

「ガハッ!?」


 全国のお父さんが、娘に言われたら一気に心のHPを持っていかれるセリフの一つを叩きつけられた智一は、再び車を蛇行させてしまう。目の端には涙がたまり、口からは「そんなぁ、香織ぃ、マイエンジェルゥ~」と何とも情けない声音が漏れ出ている。


 香織が、異世界トータスから帰還して数か月。既に、智一達はハジメと顔合わせしていた。もともと、召喚される前から、香織には気になる男子がいるということは、知っていた智一と薫子だが、薫子はともかく、智一は当初からその男子――ハジメのことが気に食わなかった。


 明確な理由があったわけではない。大事な大事な愛娘を取られるかもしれない父親の、条件反射ともいえる感情だ。香織の幼馴染である光輝や龍太郎にさえ、時には敵意を剥き出しにするぐらいであるから、いつの間にか娘の心の内に住み始めたハジメが、それはもう不倶戴天の敵に見えて仕方なかったのだろう。


 当然、親馬鹿レベルがカンストしている智一であるから、香織が失踪したときは、それはもう大変だった。薫子も体調を崩し、白崎家は、兄一家や実家、親戚一同の助けを借りて、どうにか踏ん張ってきた。


 そうして、奇跡のように帰ってきた愛娘。いろいろと度肝を抜かれるような真相を聞かされ、それを証明する数々の神秘を見せられ、当然、驚愕の連続だったのだが……そんな非常識が些事だと思うような許し難きことがあった。


 そう、愛娘(マイエンジェル)に恋人ができていた、ということだ。


 しかも、その恋人には香織の外にも何人もの恋人がいて、別れるつもりもなく、全員嫁とか言い出す始末。馬鹿にしてんのかっ、この野郎! と何度怒声を上げたことか……


 そのうえ、当の娘はそんなハーレム状態に納得しちゃっていて、智一が見たこともないような幸せそうな表情をしている。他の女の子達と一緒に、だ! てんめぇ、うちの娘に変な魔法でもかけてんじゃないだろうな! いや、絶対にそうだ、この害虫めっ! と何度怒声を上げたことか……


 更には、いつか言われるかも、いや、言わせてなんてやるものか! と決意していた全国のお父さんが恐れるセリフ――「お義父さん、娘さんを僕にください!」という言葉を、「お義父さん、娘さんは貰いました。今後とも、よろしくお願いします」なんて変化球で投げてきたときは、ごく自然に思ったものだ。「よし、こいつ、殺そう」と。


 全ては愛しい娘を、悪い男から守るため。だというのに、殴りかかった自分を羽交い締めにして止めたのは娘本人。殴りかかられた本人であるハジメは、泰然自若と座ったまま。その余裕の態度(最低なことを言っている自覚はあったので、殴られるのを待っていただけ)がまた気に食わない! 最終的には、「こんのクソガキぃっ、ぶち殺してやるぅううう!!」と暴れる智一を、香織は「お父さん、落ち着いてぇえええ!」とバックドロップで止め、智一が意識を失ったため、その時はそのまま解散になったのだが……


 その後に、実は香織が大人の階段を既に上っていることを知り、智一の殺意は止まるところを知らない状態なのだった。


 今回も、本当は、南雲家のちょっとした集まりに香織も参加しようとしていたところ、悪鬼のもとになど行かせてなるものかと、智一が急遽里帰りの予定を入れて、半ば無理やり連れ出したのである。


 電話でハジメと予定の話をしていた途中で、智一が電話を取り上げ、「香織には予定がある! 休日は私と過ごすんだ! 今後も予定に空きはない! 二度とかけてくるな、このカス野郎!」と言って、勝手に電話を切ってしまったのだ。


 当然、ぷんすかと怒った香織だったが、ぷいっとそっぽを向く智一は聞く耳を持たない。そうこうしているうちに、ハジメからの念話で「今回は、家族と過ごすといい。親父さんの気持ちは、実によく分かる」と苦笑い気味に言われ、渋々、香織は里帰りを承諾したのだ。


 もっとも、勝手に電話に出られた挙句、想い人に暴言を吐かれた香織の機嫌は最底辺にあるわけで、家を出てからというもの、智一は娘の機嫌取りに必死なのであった。


「ほらほら、二人とも。それくらいにして、もうすぐ着くわよ」


 まさに冷戦状態(一方的)の父と娘の様子に苦笑いしつつ、薫子が執り成す。その言葉の通り、いつの間にか住宅街に入っていた車の前方には、よく知る立派な二世帯住宅が見え始めていた。


 智一は香織の様子を気にしつつ、実家の路肩に車を駐車する。途中、ガリガリと、高級車にあってはならない不吉な擦過音が聞こえたが、そんなことよりも娘の様子が気になって仕方がない智一にとっては些細なことだった。妻が頭の痛そうな表情をしているのはさておき。


 香織は何も言わずにさっさと車から降りてしまう。智一も慌てて車から降りると、トランクから荷物を取り出した。


「香織。荷物はお父さんが持ってやるからな!」


 三、四日滞在する予定なので、香織の荷物はボストンバッグサイズだ。それをかかげながら、にこやかにそういう智一へ、香織はツカツカと歩み寄ると、ぺいっと自分の荷物を引きはがした。


「玄関まで行くだけで、大げさだよ。……ハジメくんならそんなこと言わずに、自然に運んでくれるのに」

「!? そ、そうかい? ハ、ハジ……野郎め(ハジメくんは)せこいところで(なかなか気が利く)ポイント稼ぎやがって(、いい子だねぇ~)

「……はぁ。あなた、本音と建て前が逆になってるわよ」


 全く隠せていない本音をだだ漏れにした智一から、プイッッ!! と顔を逸らした香織は、そのまま智一を無視してツカツカと歩いていってしまった。智一は、実家の玄関先で膝から崩れ落ちた。四つん這い状態で項垂れる姿の何と哀れを誘うことか……


「……やっと来たかと思ったら、叔父さん。そんなところで何やってるんですか? ご近所の目もあるんで、止めてほしいんですけど」


 香織が玄関のチャイムを鳴らそうとしたところで、裏手の庭から回ってきたらしい家人から呆れたような、ドン引きするような声がかけられた。


「桜お姉ちゃん!」

「いらっしゃい、香織。相変わらず、いろいろと大変みたいだけど、元気そうで良かったわ。ゆっくりしていきなさい」


 香織が、その声の主――従姉である白崎桜へ、満面の笑みで抱き着いた。


 女子大生である桜は、茶髪のストレート、モデルのような八頭身の美女だ。顔立ち自体は香織にどことなく似ているのだが、纏う雰囲気が基本的に冷めている。いわゆる、さばさば系女子といった感じだ。手には水がちょろちょろと流れているホースが握られていることから、庭の水やりでもしていたのだろう。


 桜は、自分の胸元に飛び込んできた妹分に、冷めた眼差しをふわりと緩めると、空いている手の方で、優しく香織の頭を撫でた。


 香織が集団失踪したと聞いたときは、本当にどうにかなってしまいそうなほど心配したのだ。当然、香織の帰還を知らされたときは、直ぐに会いに行った。なので、他の遠方の親戚と異なり、既に帰還してからの香織とは何度か顔を合わせている。


 それでも、世間は未だ、帰還者達の話題で騒がしく、それはテレビでも十分に知れることなので、こうして元気な顔を直接見ることができれば、やはり嬉しいものなのだ。


 姪っ子に辛辣な言葉を向けられて、更に項垂れる智一を薫子が引きずりつつ、香織達は祖父母と叔父一家の暮らす家へと入っていった。



~~~~~~~~~~~~



 陽が沈み、夜の帳が降り始めた海沿いの道を、香織と桜が本当の姉妹のように連れ添って歩いていた。


「ライブ、すごい盛り上がりだったね。わたし、ああいうところにはあんまり行かないから、ドキドキしちゃった」

「そう? なら、良かった。地元のバンドばっかりだから、微妙かと思ったんだけどね」


 桜の家で熱烈な歓迎を受けた香織は、しばらくの間、家で近況の報告などをし合いながらまったりとした時間を過ごした。そうして夕方ごろ、ちょうど海沿いの会場で地元のバンド達によるライブがあるというので、暇潰しがてら桜に連れられて参加していたのだ。


 にこにこと笑う妹分に、楽しんでもらえたなら良かったと返しながら、しかし、桜の表情は少々引き攣っている。その原因は、一つ。桜は肩越しにチラリと後ろを振り返った。


「うぅ、香織ぃ。マイエンジェルゥ。そろそろ、お父さんと目を合わせてくれないかい? お父さん、寂しくて死んでしまうよ」


 そう、智一だ。若い女の子二人でライブに行くなんて何があるか分からないと、そう言ってついてきていたのだが、まるでいないものとして扱う香織の態度に、泣きべそを掻いているのだ。しかも、そんな父親を見て、それでもまったく態度を変えずににっこにっこと笑う香織は、はっきり言ってちょっと恐い。


 父と娘の冷戦は、桜の胃に確かなダメージを与えていた。


 ちなみに、香織がそんな態度を取っている理由は、出かけの騒動やライブについてきたことだけではない。実は、桜の家でお話をしているとき、ハジメのことが話題となり、桜に促されて電話をしたのだが……取り敢えず言えることは、智一は、またやってしまったということだ。


「……ねぇ、香織。そろそろ許してあげたら? 叔父さん、割と本気で泣きが入っているんだけど。正直、泣きべそを掻くおじさんが、夜道で背後からついてくるとか、普通に恐いんだけど」

「ふふ、桜お姉ちゃんったら。何を言ってるの? そんな人、どこにもいないよ?」

「香織ぃ! お父さんはここにいるよ! さぁ、こっちを見て、プリーズ!」

「ね? いないでしょう?」

「はぁ……」


 桜の胃は更にダメージを受けた。桜とて、可愛い妹分に男ができたとあれば、思うところがないではない。故に、智一の気持ちも分からないではないのだ。が、逆に、父親に自分の好きな人についてあーだこーだと口出しされるのは……同じ娘の立場として、香織の気持ちも理解できる。まさに、板挟み状態だ。


 もう、なんでもいいから、割と面倒になってきたこの父娘の戦いを終わらせる何かが起きないかなぁと、現実逃避気味に思っていると……


「あれぇ? 君達さぁ、さっきライブにいたよねぇ? めっちゃ偶然! ちょっとお話ししない?」


 やってきた。桜は内心で「なんつータイミングなの」と頭を抱える。そんな桜の視線の先にいたのは、いかにも遊んでいそうなチャラチャラした雰囲気の若者集団だった。パッと見、十人くらいいる。十人もいるのに、なに二人組の女に声かけてんだとか、後ろにいる父親らしき男が目に入らないのかとか、桜は盛大にツッコミを入れた。もちろん、内心で。


「悪いわね。これから予定があるのよ」

「予定? 遊びにいくんでしょ? なら、一緒に行こうぜ。人数多い方が楽しいっしょ」


 丁重に断った桜だったが、ナンパ集団はニヤニヤしながら桜達を取り囲む。どう見ても、ただで帰すつもりはないようだ。桜も香織も、ちょっとその辺ではお目にかかれない美少女・美女であるから、彼等としてもすんなり諦めたくはないのだろう。


 が、当然、愛娘や可愛い姪っ子に粉をかけられて、智一が黙っていられるわけもなく、


「君達。うちの娘は嫌だと言っている。さぁ、道を空けて。せっかくライブを楽しんだんだ。お互い、面倒なことは避けようじゃないか」

「ああ、なんだ、おっさん? つか、娘? ええ? もしかして、ついてきてたのか? うわ、マジキモ」

「おっさんさぁ、過保護はダァメだって。あれっしょ。いわゆるモンスターペアレンツってやつっしょ? 自覚しなよ。マジ、ダサイって」

「むしろ、嫌がられてんのはおっさんの方でしょ。マジ、うけるわぁ。ほらほら、君らもさ、ストーカー親父なんか放っておいて、俺等と遊びに行こうぜ?」


 前に出た智一の言葉に、ナンパ男達がゲラゲラと笑いながら口々に智一を罵倒する。智一は、彼等の言葉にも、特に怒る様子も見せず、それどころか十人以上に囲まれながらも怯んだ様子も見せず、これ以上のナンパを止めるよう毅然と言葉を重ねるが……


 いい加減、立ちふさがる智一が鬱陶しくなったのか、ナンパ男の一人が智一の脇を抜けて香織へと手を伸ばした。


「家の娘に触らないでもらえるかな?」

「っ、うざってぇな」


 男の手をパッと掴んだ智一が、切れ長の目を更にスッと細めて制止の言葉をかける。智一は、特に喧嘩が強いわけではない。職業は一級建築士であり、腕っぷしが問われるような機会もない。それでも、経験を重ねた大人の男の、それも娘に手を出されそうな父親の眼光となれば、相応の迫力はあるものだ。


 故に、思わず気圧された男だったが、しかし、その事実に恥をかかされたと思ったようで、直ぐに顔を赤らめて激高した。自分を掴む智一の手を振り払うと同時に、そのまま智一を殴りつけたのだ。


 智一からくぐもった声が漏れ、唇の端に赤いものが滲む。


 男が激情のまま更に腕を振りかぶり、他の男達が邪魔な智一を更に痛めつけてやろうと一歩を踏み出し、桜が制止の声を上げながら警察に連絡しようとスマホに指を滑らせたその瞬間、


「何をしてるのかな? かな?」


 怖気が奔った。その場の全員に。


 そして気が付く。いつの間にか、智一の傍らに来ていた香織が、振り下ろされた男の拳を片手で止めていることに。


 ぷつぷつと肌を泡立てる理解不能な悪寒と、にこにこと笑みを浮かべながら年上の男の本気の拳を片手で止めているという異常な有様に、誰もが硬直している中、香織は更に、笑顔とは裏腹な平坦な声音の言葉を繰り返した。


「私のお父さんに、何をしているのかなって聞いているんだけど?」

「な、何だよ、お前。あぁ!? てめぇの親父がふざけってっから、教育してやっただけだろうが!」


 香織の放つ威圧感に、拳を止められた男は逆上しながら怒鳴り散らす。そして、反対の手で香織を〝教育〟するために殴りつけようとした。


「お父さんがふざけてる? そうだね。確かに、いつもふざけてる困ったお父さんなんだ。過保護だし、未だに小さい子扱いするし、構ってあげないと直ぐに拗ねるし、ハジメくんの悪口ばっかり言うし」

「っぁ、な、なんだよっ。この馬鹿力っ」


 呆然とする周囲を置き去りに、香織はぽつりぽつりと語る。


 自分より遥かに大柄な男の両手首を掴んだまま。


 男は一見して分かるほど力を込めて引き離そうとしているようだが、まるで金属の枷で壁に止められているかのようにビクともしていない。半ば、恐慌に陥っているそんな男へ、香織の言葉が届く。


「でもね、優しいんだよ? いつも私を想ってくれるし、どんなにお仕事が忙しくても私とのお話の時間を取ろうとしてくれるし、喧嘩なんて強くないのにいつも守ってくれるし、頑張ったら沢山褒めてくれるし、間違ったら沢山叱ってくれるし」


 香織が顔を上げた。しかし、その視線は、目の前の男には向いていない。見ているのは、傍らの智一だ。


「……お父さん、ごめんなさい。殴られる前に止めれば良かったのに。いろいろ思い出しちゃって遅れちゃった。守ろうとしてくれて、ありがとう」

「香織……」


 苦笑いする香織に、智一はただ名前を呼ぶだけ。それしかできなかった。なぜなら、娘の姿が、なんだかとても大人びて見えたから。まるで、自分の手を離れて、とっくに巣立ってしまっているように見えたから。こんな状況なのに、胸に溢れた寂寥が言葉を詰まらせたのだ。


 香織は、そんな智一から周囲の男達へ視線を転じると、氷のような眼差しと共に言葉を放った。


「わたしのお父さんは、世界一素敵なお父さんだよ。あなた達程度の人間が、馬鹿にしないで!」

「てめぇ、いい加減に離せ――ぶげっ!?」


 怒声の直後放たれた、天を衝くような蹴り。それは、両手を掴まれていた男の顎先へと直撃し、そのまま冗談のように放物線を描かせながら吹き飛ばした。


 シンと静まり返る空間。


「このまま、消えてくれるなら見逃してあげる」


 香織の言葉が凛と響く。華奢な女の子が、若く体格のいい男を蹴りの一撃で吹き飛ばした――その事実に、きっと普段なら異常性を感じ取れたであろうナンパ男達は、しかし、人数差と、女子高生に負ける訳がないという常識と、ちっぽけなプライドのために、選択を誤った。


 興奮に息を荒らげながら、口々に聞くに堪えない罵詈雑言を吐き出し、襲いかかろうと体勢を整える。


「うん、そうなるよね。あなた達みたいな人って、びっくりするくらいパターンが同じだものね」


 そう言って、香織は両手を軽く振った。途端、シャキン! と小気味良い音を響かせて、金属の棒が両手に現れる。伸縮式の特殊警棒だ。


 半袖の服なのに、どこに隠し持っていたのかというツッコミが入りそうだが、知っている人は知っている。出てきたのが特殊警棒で良かったね、と。香織が首から下げている紅い宝珠のついた指輪の中には、大質量の岩石ですら簡単に真っ二つにする凶悪な大剣だって入っており、それこそが香織の得意武器なのだから。


 結果、特殊警棒(アザンチウム製・纏雷付)の二刀流が夜の海道に閃き、若者達は猛烈な社会勉強をすることになるのだった。消えないトラウマと共に。


「叔父さん。良かったですね。香織、叔父さんのために怒ってますよ。ほら、叔母さんそっくりです。見てください、この鳥肌。叔母さんが怒ったときと一緒です」

「……そ、そうだね。それに、き、気のせいかな? 香織の背後に薫子と同じような〝何か〟が見えるのだけど」


 最後の一人が、お尻にタイキックですら児戯に見える強烈な打撃を食らって「アッーーー!!」と悲鳴を上げながら吹き飛んだのを遠目に、桜と智一は乾いた笑い声を上げるのだった。


 その後、気絶したナンパ達の記憶を自前の魂魄魔法でいじいじした香織は、実にいい笑顔で智一達のもとへ戻ってきた。智一と桜が、揃ってぶるりと震えたのは言うまでもない。





 その後、香織が、智一と話したそうにそわそわしているのを見て、空気を読んだ桜は先に家へと戻っていき、現在は、智一と香織は二人で静かに家路を歩いていた。


「お父さん、もう痛くない?」

「ああ、大丈夫だよ、香織。……魔法というのは本当にすごいな。何度も見せられているから今更ではあるんだけど、未だに感心させられてしまうよ」


 唇の傷も、香織の回復魔法によってすっかり完治し、智一は言葉通り感心した様子で香織へ礼を言った。それに安心したように、香織は表情を和らげる。そして、言葉を探すように視線を彷徨わせ始めた。


 そんな娘の様子を見て、半ば、何の話か察し内心で溜息を吐きながらも、智一は香織を促した。


「香織、話したいことがあるなら思うままに話すといいよ。世界一のお父さんだからね。どんな話でも聞いてあげるさ」


 父の物言いに、くすりと笑みを浮かべた香織は口を開いた。


「あのね。さっき気が付いたんだけど……ハジメくんってお父さんに似てたんだなぁって」

「……待ってくれないか、香織。お父さんにも受け入れられる限界というものがあるんだよ? あの傲岸不遜が服を着て歩いているようなハーレム男と似ている? お父さん、ちょっと旅に出てきてもいいかな? 大丈夫、一年くらい自分を見つめ直せば、立ち直れると思うんだ」

「あはは、違うよ。今のハジメくんじゃなくて、前のハジメくんだよ」

「前の?」


 疑問顔を見せる智一に、香織は頷いた。そして、懐かしそうに目を細めて語り出す。


「そう、前の。喧嘩なんて全然できなくて、でも必要だと思ったら迷わず踏み出せる、そんな弱くて強い人。うん、だから、きっと気になったんだろうな、ハジメくんのこと。だって、お父さんみたいな人と一緒なら、幸せだって、お母さんを見ていれば分かるもの」

「香織……。お父さんは今、すごく複雑な気分だよ。嬉しいんだけど、嬉しくないというか……。しかし、信じ難いな。あの彼と、香織の言う昔の彼は、まったく結びつかないんだが……」

「そうだね。わたしも、再会したときは揺らいじゃったもん。それくらい、変わった。変わらなきゃならないくらい、大変だったんだよ。でも、それでも、深いところは変わらなかった。だから、あんなにハジメくんのことが好きな人がいるんだよ。ただの不誠実な、女好きな人が、あんなに沢山の人に囲まれてるなんておかしいでしょ?」

「……そうかもしれないけどね。でも、それでも、やっぱり父親としては納得し難いんだよ。誰だって、娘を持つ父親なら、自分の娘を一番に、ただ一人として大切にしてくれる人に託したいと思うじゃないか」


 困ったように頭を掻く智一。香織は、智一の腕を取ると、嬉しそうに抱き着いた。


「ありがとう、お父さん。でも、私、自信があるよ。確かに、ただ一人としてではないけれど、一番でもないかもしれないけれど、それでも誰にだって負けないくらい幸せになれるって。一緒に歩いていく人は多くても、それでも胸を張って大切にされているって。だって、ただ、大切な家族のもとへ帰るって想いだけで奈落の底から這いあがって、大切な人を取り戻すためだからって神様まで倒しちゃう人がしてくれた約束なんだよ?」


 そう言って、香織は首から下げた指輪を見せる。宝物庫とは異なる、ただの指輪だが、想い人の誓いが込められた永遠の指輪だ。


 それを見て智一は凄まじく渋い表情になる。


「お父さん。ハジメくんは、大切な人の大切まで、全部丸ごと大切にしてくれる人なんだ。だから、どれだけお父さんに嫌われても諦めないって言ってた。お父さんとお母さんのことも大切にするって」

「……」

「だから、普通じゃないって、常識外れだって分かっているけど、時間をかけてもいいから、お父さんにもハジメくんを大切にしてほしいな。私の大切な人を、お父さんにも大切にしてほしい」


 香織の言葉が潮の香りが流れる夜風に乗って消えていく。智一は渋い表情のまま、言葉を返さない。その瞳を見れば、物凄い葛藤が渦巻いているのが分かる。


 長い沈黙が続いた。足音と潮騒だけが二人の耳に響く。


 どれくらいの時間が経ったのか、やがて智一から深く、盛大な溜息が吐き出された。不安そうな表情で智一を見やる香織に、智一はがっくりと肩を落としながら片手を差し出した。


「香織。奴に……ハジメ君に連絡してくれるかい?」

「お父さん……うん、ちょっと待って」


 スマホを取り出し、ハジメにコールすること数回。電話に出たハジメに、香織は智一が話したい旨を伝える。ハジメは特に気負う様子もなく快諾した。余裕があるように見えるハジメの態度に、智一の顔が再び渋いものになっていく。そんな父親の表情に苦笑いしながら、香織はスマホを手渡した。


「……私だ」

『お久しぶりです』

「ふん! 二か月くらい前に会ったばかりだろう。それで久しぶりとは……どうやら君の中では私など、路傍の石と変わらないということのようだね」

『いえ、とんでもないです。香織の家族なら宝石並みに大切です』

「ふん! 相変わらず、口だけは回るようだね? そうやって家の娘も誑かしたのかい?」

『まさか。どちらかというと、捕まったのは俺の方だと思いますが』

「ふん!! それはあれかい? 『別にぃ、俺は何とも思ってなかったけどぉ、香織がどうしてもって言うからぁ、付き合ってやったみたいなぁ?』ということかい! いったい、君はなにさ――」

「オトウサン?」

「ごめんなさい」


 ハジメの声を聞いてしまうと、条件反射で敵愾心が溢れ出す智一。同時に、娘の「オトウサン?」を聞くと、条件反射で謝罪の言葉も出る。ただのお父さんではない。訓練されたお父さんなのだ。


 傍らからの般若さんの視線をひしひしと感じながら、冷や汗を流しつつ咳払いした智一は、改めて口を開いた。


「ごほんっ。その、だね、今日、電話したのは……まぁ、私にもいろいろと思うところがあってね。娘を持つ父親というのは、相手の男に対してどうしても心穏やかではいられないんだ」

『分かります。俺にも、父親になると決めた娘がいますから。俺があなたの立場で、娘が俺のような男を連れてきたら、間違いなく全身の骨を砕いてコンクリートに詰めた挙句、太平洋のド真ん中に捨てに行くでしょうから』

「え? あ、うん、そ、そうだね。わ、私も、それくらいのことは、うん、すると思うよ?」

『はい。ですから、あなたの腸が煮えくり返っているというのは分かっているつもりです。それこそ、今すぐ周囲一帯を巻き込んでも核の一つくらい落として、全てを真っ赤に染め上げてやりたいと思っているでしょう』

「…………………よ、よく分かったね!」


 今度は違う意味で、智一のこめかみに冷たい汗が流れた。過激なんてレベルを遥かに超える敵意だ。それも、将来現れるかもしれない架空の娘の想い人を想像しただけで、日本がピンチになるほどの。「あれぇ? ちょっと敵意のスケールが違いすぎない?」と、智一は、妙な敗北感に駆られる。


「ごほんっ。私が、君をどう思っているかは、どうやらよく分かってもらえているようだから、それはちょっと脇に置いておこう。そのうえで、君に確認したい」

『はい』

「君は、香織と別れる気もないし、逆に他の女の子達とも別れる気がない。全員と添い遂げるつもりで、その意思を曲げるつもりはない。そうだね?」

『その通りです。それが常識外れであり、倫理に悖ることであり、あなたのように不愉快に思う人がいることも分かっています。そのうえで、もう一度言いましょう。全員、俺の嫁にします。その意志は曲げません。この先、何があっても、俺は一切、譲りません。申し訳ないが、認めてもらえるまで一生をかける所存です』

「っ、堂々と開き直ってくれるね」

『いつか、これが俺なりの誠意と覚悟なのだと、そう受け取ってもらえる日が来るよう、全力を尽くします』


 智一のスマホを握る手に力が篭る。何を無茶苦茶なことを堂々と言っているのだと、怒りが湧き上がる。しかし、隣でジッと自分を見つめている娘の瞳を見て、智一は再び、胸の中の重いものを吐き出すように溜息は吐いた。


「今すぐ、君をぶっ飛ばしてあげたいよ。私にとっての理想は、君の顔を二度と見ることなく、娘がきれいさっぱり君のことを忘れてしまうことだ」

『そうでしょうね。困ったことに、痛いほどよく分かります。俺に同調されても腹立たしいだけだということも。死と不条理に満ちた異世界を冒険するより、難易度の高い問題です』

「異世界の不条理は知らないけどね、これが私にとって人生最大の試練であることは疑う余地がないね。ああ、本当に、どうして娘は、君と出会ってしまったんだろうね」

『意地の悪さで、世界の右に出る者はいないからでしょう』

「違いない。まったく、余計なことをしてくれたもんだよ。……ただね、本当に、ほんと~に残念なことに………………………………娘は、それが幸せだというんだ。私が見たことないくらい、可愛いらしい表情でね」

『……』


 智一は、そこで立ち止まった。実家はもう見えている。だが、このまま家に入る気にはなれなかった。その前に、まず聞かなければならない。今夜の、娘の言葉とお願いを聞いて、そのうえで、自分の中の結論を出すために。


「ふざけた未来を押し通そうとするクソ野郎な君に聞こう。うちの娘に、香織に、ずっとあんな表情をさせ続けると、そう誓えるかい? 胸を張って、私は幸せだと宣言できる、そんな女の子でいさせ続けると、そう誓えるかい?」


 電話の向こうで、不意に雰囲気が変わったのを、智一は感じた。それは、言葉を発する前から、紛れもなくハジメの本気を感じさせるほどのもので……


『誓いなら、とうの昔に。この身命は、そのために。決して違えません』

「……」


 立ち止まったまま、智一は、天を仰いだ。見上げてくる娘の視線を感じながら、無性に「くそったれぇーーーー!!」と叫びたい衝動を抑える。そして、静寂を破って、妙な敗北感を感じながら、ギリギリと万力で捻り出すように、娘の切なる願いを叶えるための言葉を紡いだ。


「……今度、うちに来なさい。食事でもしていくといい」

『……ありがとうございます。是非、お邪魔します』


 智一の腕に衝撃が走った。見れば、香織が満面の笑みで智一に抱き着いている。小さな声で「お父さん、ありがとう。大好き!」という最高の言葉を頂戴した。血反吐を撒き散らす思いで捻り出した言葉も、もやもやした気持ちも、そんな言葉を貰えば多少は晴れるというものだ。


 同時に、それもこれもハジメという存在故だと思うと、やっぱり敗北感を感じずにはいられないわけで、


「か、勘違いするんじゃないぞ! 別に、君のことを認めたわけじゃないんだからな! あくまで、少しは君のこれからを見てやろうという、それだけのことであって、少しでも香織を悲しませてみろ! あれだ、あれだぞ! コンクリートと太平洋と核だからな!」

『はは、それは恐ろしいですね。肝に銘じておきます』


 まるでツンデレのようなセリフに、思わずハジメも香織もくすりと笑い声を零してしまう。


 そうして、いい感じで話しが終わりそうになったそのとき、


『ご主人様ぁ~。愛しの下僕が帰ったのじゃ~。ご褒美に、今夜はたっぷり、お尻を虐めてたもうぅ!』


 電話の向こうから、何やら興奮と艶が入り混じった声音が響いてきた。その声が聞こえた瞬間、電話口でハジメがギョッとしたような雰囲気が伝わってくる。


『ティオ、お前、どうやって戻ってきた!? うちの爺ちゃん達の前ではっちゃけた罰に、簀巻きにして、ミサイルに括り付けてぶっ放したはずなのに……』

『もちろん、ご主人様の()を振りほどくことなく、這って戻ってきたに決まっておろう! ミサイルが爆発せんようにしてくれた優しさ……これに応えて戻れずして、何がご主人様の下僕か!』

『嘘だろう……山向こうまで飛ばしたし、戻ってくるには街中も通らなきゃならなかったはず……』

『うむ! 芋虫のように這う妾を見て、あちこちから歓声(悲鳴)が上がっておった。流石の妾も照れくさくて、しかも官憲まで出てきおったもんじゃから、高速移動をしてやったら、もう大歓声(阿鼻叫喚)じゃったわ』

『爺ちゃんの住む町に新しい都市伝説を作ってんじゃねぇよ……』

『さぁ、頑張って戻ってきた妾に、ご褒美をおくれ。具体的には、黒くて固い、大きなあれで、お尻を虐めておくれ! 最近、あんまりしてくれぬから、寂しいのじゃ!』

『馬鹿野郎! でかい声で何てこと口走ってやがる!』


 もちろん、そのでかい声の変態とのやりとりは、遠く離れた父と娘にも、電話を通してしっかりと伝わっていた。


「……おい、変態野郎」

『! ……誤解です。弁明の機会を――』

「あると思うかい? させると思うかい? ふふ、おかしいね? ああ、君は本当に、おかしな男だ。ふふふふ」


 智一から不気味な笑い声が上がった。隣では、香織が頭を抱えて「ティオの馬鹿ぁ」と呟いている。そして、ハジメをフォローしようと智一に話しかけようとするが、その前に、智一が爆発した。


「前言撤回だっ、このクソ野郎めぇええええっ! お前のような変態野郎に、うちの娘は絶対にやらん! 金輪際、近寄るのも禁止だっ! お前なんか、太平洋で核されてしまえぇええええええええーーーー!!!」

『ちょっ、まっ――』


 ハジメが弁明しようとするが、その前に、智一はスマホを振りかぶると、そのまま地面に叩きつけてしまった。隣から「私のスマホーーー!!」と悲痛な叫び声が聞こえるが、娘を守る父親という名の戦士と化している智一に、そんな声は届かない。


 それどころか、スマホこそ不倶戴天の敵であるといわんばかりに、あるいは二度と電話向こうの憎きあんちくしょうと話さずに済むように、ゲシゲシッと何度も踏みつける。


 当然、香織のスマホは天に召された。


「お、お父さん! なんてことするの!」

「あのウジ虫との縁をっ、全力で断ち切っているんだよ! 香織、金輪際、あの変態野郎とは会わないように! お父さんとの約束だ!」


 確かに、電話向こうの会話を聞いて娘を託そうなどと思う父親がいるのなら、すぐにでも病院に行った方がいいだろう。頭の病院に、だ。


 しかし、ティオとの特異な関係性を、異世界で散々見てきて、既に日常の一つとして受け入れてしまっている香織からすれば、父親の気持ちは十分に分かるものの、スマホを踏み割り、好きな人をウジ虫とまで言われると、ついつい反論したくなるもので……


 あんな会話を聞かされても、そのうえでもう会ってはいけないと言っても、やっぱり言うことを聞く様子のない娘の雰囲気を感じ取った智一は、ぷるぷると震えながら夜の住宅街に全力で宣言した。


「お父さんは! ぜ~~~~~ったいに! 認めませーーーーーーーんっ!!!」

「あ、ちょっと、お父さん! どこに行くのーーーー!!」


 智一は、突然走り出した。……家とは反対方向に。そして、あっという間に夜の住宅街へと消えていく。


 家に帰れば、また愛娘からあのにっくきクソ野郎の話を聞かされることになる。だから、もう家には帰らない。香織が分かってくれるまで、お父さんは家出する! ということだ。


 何となく父親の意図を察した香織は、がくりと肩を落としながら、


「普通、分かってもらえなくて家出するのは、娘の方なんじゃないかなぁ」


 そう呟いて、智一の後を追いかけ出した。


 娘の想い人を絶対に認めたくない父親と、どうしても認めてもらいたい娘の、夜の追い駆けっこが始まるのだった。


 その後、ハジメが智一に受け入れてもらえたか否かは……


 取り敢えず、ハジメは神殺しよりも頑張ったとだけ言っておこう。






いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


皆さん、ニ○動の「アオゾラの騎士」シリーズって知ってます?

最近見つけたんですが、めっちゃ面白かったです。

あれ見てまたエスコンに手が伸びました(来週の更新が危ぶまれる……)

いつか、あんなお馬鹿でカッコいい連中が登場する小説を書いてみたいものです。

うp主様、素敵な休日をありがとう。


たぶん、きっと、めいびぃ、来週の土曜日18時に更新すると思います。


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― 新着の感想 ―
神殺しより大変だよね……そりゃ
香織のはんにゃは遺伝だったのか………。
[一言] 香織の父親、愛娘とか言ってるけど その愛娘の命を救った恋人に対しての悪口が度を超えてる 人間として終わってると思う。
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