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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリー
183/550

ありふれたアフター 街中デート? その2



 街中になるメインストリートから少し外れた通りの、道路に面したファストフード店にて。その二階にある窓側の席には、三人の男子高校生らしき少年三人が、いかにも暇を持て余していますと言いたげに、だれた様子で椅子にもたれている姿があった。


 三人の前のテーブルに置かれているトレーの上には、既にくしゃくしゃに丸められたバーガーの包装紙と、空っぽのポテトのケースが無造作に転がっている。


「あ゛~」


 氷が解けだし、すっかり薄くなったジュースに眉をしかめながら、男子生徒の一人が奇怪な呻き声らしきものを垂れ流した。それに、うざったそうな眼差しと、気持ちは分かるといいたげな眼差しが残りの男子生徒達から向けられる。


「暇なのは分かるからよ、そんな声出すなよ。恥ずいだろうが」

「ンなこと言ったってなぁ。せっかくの休みに、男三人、こんなとこで駄弁ってるとか……はぁ~。暇なうえに、虚しい……」

「言うなよ。余計に虚しいわ」


 中学からの付き合いである彼ら三人は、現在、高校一年生。高校に上がれば、中学にはなかったドキワクの青春的な……なにかがあるのではと淡い期待を抱いていたのだが、実際には特になにもなく、中学時代と変わらない普通の日々を送っている。


 実は、三人が入学したのは、一年前、世間を騒がせたオカルト的な事件のあった学校で、現在の三年生にはその当事者であった先輩達がおり、その辺りも高校生活に起きるかもしれない〝何か〟への期待(親からは志望校として猛反対されたが説得した)を膨らませる要因だったのだが……特に何もない。


 もちろん、オカルト事件の前後では決定的に異なる点もあって、それは間違いなく彼等に、現在の高校に入学したことを心の底から歓喜させた。それは……


「あぁ、ユエ先輩とデートしてぇ」

「シア先輩と結婚したい」

「白崎先輩……いいよなぁ」


 三人は天を仰ぎながら、こんなむさい腐れ縁の男友達より、休日の街中を憧れの先輩と歩きたいと妄想を口からだだ漏れにし、そして互いの言葉を聞いてチラリと視線を交わし合う。そして、同時に言葉を贈り合った。


「「「口にするなよ。虚しいだろ」」」


 三人はやはり同時に、それはもう盛大に幸福を逃がしていそうな溜息を吐いた。憧れの先輩を脳裏に浮かべながら、同時に、その憧れの眼差しがたった一人の、それも同一人物にしか向いていないことは、もはや学校どころかご近所における公然の事実だからだ。


 それも、その三人だけに止まらないところが何とも、もぅ……


「くそ、世間には、俺達みたいな恋愛難民がいるってのに、あのクソ野郎めっ」

「お、おい。止せって。〝例のあの人〟の陰口叩いて、あれなことになった奴らを忘れたのか?」

「……次の日から、オネェに変貌した空手部の主将のことか?」

「女性恐怖症になったサッカー部のエースとか、ある日突然に軍人口調になって体を鍛え始めた数学教師とかもな」

「で、でも、噂だろ? 都市伝説みたいなもんだろう? ほら、あの人等、〝帰還者〟だしさ。面白半分でそういう話が作られまくったって……事実、なんかされたって問題になったわけでもないんだし、本人達も噂のことは否定してるみたいだしさ」

「そりゃ、そうだけど……」


 都市伝説みたいな話――というのであれば、〝リアルハーレム〟も十分〝都市伝説みたいな話〟だろう……とは、結局、誰もが思っていたが口には出さなかった。


 真実はどこにあるか分からない。火のないところに煙は立たないというが、噂が本当だったら本当だったで恐ろしすぎる。それがまた、生徒達に何とも言えないもやもや感を与えていた。特に、帰還者――オカルト的な集団神隠しから帰還した者達を世間ではそう呼んでいたのでそのまま定着した――の、帰還直後の学校生活を知らない新一年生達には。


 当然、世間知らずで、調子に乗ることの多い一年生の中には、そんな帰還組の美人な先輩達や、外国人留学生にアタックを試みる者もいたのだが……だいたいは、眼前で〝あの人〟との関係を見せつけられて灰になったり、嫉妬から陰湿な行為を取ろうとしてやけに優しい眼差しの帰還組男子の先輩達に止められたりして、数か月もすれば〝あれはそういうものなんだ〟という納得を胸に、ちょっぴり大人になるのだった。


 それでも、やっぱり芸能人でもちょっと勝てないでしょ、と言いたくなる美人な先輩への憧れがなくなるわけではなく、また、そんな先輩達を文字通り独占している冗談のような〝例のあの人〟への嫉妬がまったくなくなるということもなく、こうしてふとしたときに愚痴やら悪態が出てしまうのだ。


「はぁ……ん? お、おい、あれ」

「ん?」

「あ?」


 だれていた男子生徒の一人が、なんとなしに窓の外へ視線を向け、そしてその集団に気が付き声を上げた。釣られて他の二人も視線を転じれば、そこにはなんというタイミングか。噂の集団が向こう側の通りを歩いていた。


 〝例のあの人〟こと――南雲ハジメと、その嫁~ズである。


「おいおい、なんであの人達がここにいるんだよ」

「そりゃあ、お前、どう見てもデートだろう」

「相変わらず、すげぇ面子だな……てか、〝あの人〟が肩車してんの、噂の子供か? 子持ちって本当だったのか? やべぇじゃん……」


 ビタッ! と窓ガラスに張り付き、楽しそうなとびっきりの美少女・美女に囲まれながら臆する様子もなく歩くハジメを食い入るように見つめる三人衆。店内から見れば、ヤモリのように窓へ張り付く三人の姿は、わりと異様な光景だ。店員さんの0円スマイルが崩れそうになっている。


「ユエ先輩に、シア先輩……それに白崎先輩に八重樫先輩までいるな。あとは文化祭とか放課後に見たことがある黒髪美女とブロンド美女……」

「なんてぇ完璧な布陣だよ。くそったれっ」

「あぁ、それにあの子……すげぇ可愛いな。美幼女まで……羨ましい」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」


 最後の発言で、思わず三人が間抜けな声を漏らしながら顔を見合わせる。というか、二人が一人に「え、こいつマジで? そっち系?」みたいな目でドン引きしながら見ている。それに慌てた一人が、誤解だと釈明しようとするが、


「あ、先輩等行っちまうぞ」

「よし、どうせ暇なんだし、あとつけてみようぜ。リアルハーレム男が、どんなデートしてんのか、後学のためにな」

「なぁ、俺、違うからな? そういうんじゃないからな?」

「でも、大丈夫か? 噂じゃあ、なんかあの人等、めっちゃ勘が鋭いって。ばれたらやばくね?」

「街中だし、人も多いから大丈夫だろう。それに、あの美少女・美女集団だぞ? 絡まれる危険性は高い。そのとき、〝あの人〟がどんな対応を取るのか……オネエ化した先輩とか、エセ軍人化した先生とかの噂が真実かどうか、少しは分かるかもよ? 気になるだろ?」

「な、なぁ、聞けよ。本当に、俺、小さい子に興味があるとかじゃねぇから。単純にだなぁ……」

「確かに……ってか、やべ。マジで行っちまう。取り敢えず、行くか」

「よしっ。まぁ、休みの日に、ユエ先輩達の私服姿を拝めるだけでも最高だしな」

「だなっ」

「待てよぉ! 無視すんなよ! マジで違うから! いや、本当に!」


 騒がしい三人の男子生徒は、目が笑っていないスマイル全開の店員さんには最後まで気が付かず、ドタバタと店を出ていった。そして、階下の玄関口から「むしろ、俺は女教師とか、未亡人とか大人の女の方が興奮するからぁっ」という頭の痛くなるような雄叫びが聞こえて……店員さん達は、盛大に溜息を吐くのだった。



「なぁ、本当に違うからな?」

「もう、分かったって」

「お前は、女教師と未亡人好き。そういうことでいいんだろう? それより、あんま騒ぐなよ。ばれるだろう」

「俺が、ロリコンという名の変態扱いされるかどうかの瀬戸際なのに……」


 ファストフード店でとんでもない性嗜好のカミングアウトをした時点で変態確定なのだが、そこには誰もツッコミは入れない。それよりも、今は視線の先で、楽しそうにウインドウショッピングに興じているハジメ御一行の観察の方が大事なのだ。


 彼等が観察する中、ハジメ達はレディースファッションでそこそこ有名な三階建ての大きな店に入った。ガラス越しに、店員や他の客が一瞬、ギョッとするのが分かる。ついで、店員は接客のプロらしくすぐに平常の態度となり、他の女性客は芸能人に遭遇でもしたかのように視線を向け、連れの男性陣はぼぅと見惚れている。


 そんな中、当のハジメ達は特に気にした様子もなく店内を見て回り、時折、女性陣がハジメに意見を求めて服を合わせたりしていた。対するハジメは、ミュウを肩車から片腕抱っこに切り替えて、一言二言、感想を返しているようだ。ユエ達がその言葉に一喜一憂しているのがよく分かる。


「……もしかして、全員に、それぞれ別の感想を返してるのか?」

「〝似合ってるよ〟だけだと、一巡するだけで少なくとも六回だぞ。リピート再生みたいになるな」

「ユエ先輩達の表情を見る限り、毎回、きっちり別の感想を言ってるんだろうな。……これが、ハーレム男の実力の一端か……」


 他の客や店員に胡乱な目を向けられつつ、商品の影に隠れて観察を続けていた三人衆が戦慄の表情を見せた。あれだけ代わる代わる感想を求められたら……間違いなく、自分達なら壊れたスピーカーだ。


 が、その後、たっぷり店内を回った後の、リアルハーレム男の所業に、三人の平凡な高校生男子(一年生)達は、更なる戦慄を味わわされることになった。


「ま、待てっ。まさか、その量の服を買う気か!?」

「嘘だろっ。この店、結構高いだろ! 全員一着ずつでも、六着……あいつの財力は化け物か!?」


 慄く彼等の視線の先で、レジに置かれた六着の衣服。ユエやシア、ティオにレミアは嬉しそうに、香織と雫はちょっと申し訳なさそうな、それでも嬉しさを隠し切れない様子で店員と話すハジメの背を見つめている。


 ハジメは、店員にカードを渡し会計を済ませると、郵送の手続きをして踵を返した。口々にお礼を伝える女性陣に肩を竦めるだけで先を促す。そして、自分だけサイズの合う服がないために買ってもらえず、ハジメの頬をペチペチして不満を訴えるミュウに、分かっていると言いたげな優しい眼差しを向けて頷くと店を後にした。


 後に残された店員さん達や、恋人連れ、友達連れのお客達がいろんな思いを含んだ溜息を吐く。


「そういや、俺、聞いたことあるな。〝あの人〟の親、ゲーム会社の社長とか、売れっ子の漫画家だって。んで、本人も、そこでバイトみたいなことしてて、結構稼いでるって」

「あぁ。それは俺も聞いた。加えて、なんか本人もジュエリー関係の会社を立ち上げたっていう冗談みたいな噂もあったな。あの黒髪美人とブロンド美人が取締役だか秘書だかって」


 ハジメ達の後を追いながら三人衆が真実味の増した冗談のような噂話に乾いた笑みを浮かべ合う。


 実は、その噂、大当たりだったりする。この世界に帰ってきたハジメは、戸籍などの行政関係の偽造やマスコミ対策など大きな問題を一通り片づけ落ち着いた頃、いまだ学生の身分とはいえ、いつまでも親にユエ達を養ってもらうというのが、やはり男として納得できなかったこともあって、甲斐性のステータスを上げるため、金稼ぎの方法を考えたのだ。


 その一つが、ジュエリーショップの立ち上げである。何故、ジュエリーショップかというと、もちろん、ハジメが錬成師という、加工技術に関しては反則級の手段を持っているからだ。場合によっては、原石などなくても構成成分さえあれば宝石を一から作製することも可能なのである。


 デザインは、意外にもセンスを発揮したレミアをメインに考案してもらい、ハジメはその通りに錬成する。しかも、このアクセサリー類は、つけているだけで体調がよくなったり、肌の調子がよくなったり、記憶力があがったりと、不思議な(・・・・)効果があったりする。


 現在は、小さなオフィスに、ネット販売をメインとしているが、それでも、この一年で地球の経済・経営を学んだティオが運営を行っているので、学校と並行していても十分な、というか口コミでデザインセンスやその不思議な効果が広がり、かなりの儲けが出ているのだ。


 なお、このジュエリーショップは、学校には通っていないレミアとティオが、それぞれ地球の多様なデザインや経済システムに興味を示していたことから一石二鳥ならぬ三鳥ということでハジメが創設したもので、ハジメはハジメで、方々に商売の手を伸ばしている。


 「魔法の商品は、魔法のように売れるなぁ」と、なんともあくどい顔で笑うハジメに、愁と菫は揃って視線を逸らし、ユエ達はうっとりしていたのは言うまでもない。


「あ、おい、遂に期待通りの展開だぞ! さすが、ユエ先輩達だ。食いつきが半端じゃねぇ」

「って、あれ、大丈夫か? 見た感じ、大学生くらいだし、めっちゃデカいぞ」

「い、一応、警察に連絡できるようにしとくか」


 近くの看板に隠れながら様子を窺う三人衆の視線の先で、子供服の店に入ろうとしていたハジメ達に、大学生くらいのがたいのいい男連中が五人ほど、口元に笑みを浮かべながら近寄っていった。染めた髪や、着崩した服装、表情、雰囲気から、余り関わり合いになりたくない類の人種である。


 周囲の人達も、なんとなくこれから起きるトラブルを察してか、落ち着かない雰囲気を発している。


 彼等の接近に、ハジメが振り返り目を眇める。そして、五人の男達が、ハジメ達の前まで辿り着き、どこからかゴクリという生唾を呑み込む音が聞こえた直後、


「ハジメさん、それに彼女の皆さん、ちわーすっ!」

「「「「ちわーすっ!」」」」


 五人の強面達が一斉に頭を下げた。周囲から「えぇーーー!!」という声やら表情が溢れる。予想外の展開に、三人衆も「なんでぇ!?」と看板から身を乗り出す中、ハジメは、


「……あぁ? 誰だ、お前」


 胡乱な眼差しを強面達に返した。それに焦ったような、ちょっとショックを受けたような金髪ピアスの男がわたわたしながら口を開く。


「お、俺っすよ、俺。覚えてないんすか?」

「ふん? 面と向かってのオレオレ詐欺とは……お前、中々、斬新な奴だな」

「ち、違いますよ! 半年前、仲間二十人でハジメさんに喧嘩売って、ボッコボコにされたヒデですよ! そのあと、今の会社紹介してくれて、情報屋関係の仕事で何度か一緒してるじゃないですかぁ」

「……あぁ、うん。ヒデな。ヒデ。うん。覚えてるよ」

「ほ、ほんとかなぁ」


 明らかに覚えていない様子のハジメだったが、あんまり食い下がると後が怖いので(半年前に〝本当の恐怖〟というのを味わった)引き下がるヒデ。その強面の顔は、まるで捨てられたワンコのように情けないものになっている。


「んで、そのボコボコの情報屋のヒデが、なんの用だ?」

「なんか変な通り名になりそうなんで、それは勘弁してください。ええっと、特に用があるわけじゃなかったんですが、たまたま見かけたので一言ご挨拶を、と」

「そうか。律儀な奴だな。あぁ、なんとなく思い出してきたぞ。確か、ユエ達に振られて、腹いせにミュウを人質に取ろうとして、俺に泣きながらまっぱ土下座した奴等か」

「……それはもう言わんでください。本当に、消したい過去なんですから……」


 ヒデ達は揃って虚ろな瞳となり、小刻みに震えだした。うち一人は、今にも泣きそうになっている。


 その後、ヒデ達と二、三話したハジメは、子供服なら穴場的な人気のある知り合いの店が近くにあるという情報をもらい、そこへ向かって歩き出した。ハジメ達の姿が見えなくなるまで、頭を下げ続けるよく調教された兵士のような彼等に、周囲が何とも言えない視線を向けていたのは言うまでもない。


「なんか、予想と違ったな……」

「既に予想通りのことが起きて、それを〝あの人〟が解決したあとって感じだったな」

「……やばそうな年上の連中を忠犬みたいにする〝解決〟か……あいつら、微妙に震えてたな……」

「「……」」


 三人衆の体が、なんとなくブルリと震えた。そして互いに、尾行とか、もう止めようかと提案しかけたそのとき、子供服のショップから出てきたハジメ達に、再び一見して分かる不良っぽい連中が、先程と同じようにハジメに頭を下げている光景を目にする。


 なんとなく観察中止を言い出しそびれた三人衆が見守る中、今度は喫茶店の場所でも聞いたらしいハジメ達が歩き出せば、やっぱり見送り態勢で頭を下げる不良達。


 喫茶店に行くまでの間にも、明らかに裏路地を好んで生きていそうな若い連中が、ハジメを見かければ慌てたように立ち上がり挨拶しながら頭を下げる光景が幾度となく飛び込んでくる。


 メインストリートに戻ってもそれは同じで、ふとすれ違うそれっぽい連中は、だいたいハジメに畏れと敬意を含んだ眼差しで頭を下げていた。


 極めつけは、喫茶店のオープンテラスで談笑していたハジメ達のもとに、黒塗りの外国車が止まったことだろう。そこから今までの不良なんぞ吹けば飛びそうな雰囲気を纏ったスーツの男連中が降りてきて、やっぱりハジメに頭を下げながら挨拶をしたのだ。当然、喫茶店の空気は凍り付いている。


 そして、最後に車から降りてきた袴姿の六十歳代の男……どう見てもヤクザの親分さんにしか見えないその男が、ハジメに凶悪な顔を更に凶悪に歪めながら話しかける。


「相変わらず、いい身分だな。ガキの分際で、真っ昼間からこんな場所で女ぁ、侍らせやがって。親の顔が見てみたいもんだ」

「親の顔なら知ってんだろう? あんたらの阿呆な商売を潰した俺への腹いせに、俺の周囲を徹底的に調べて報復しようとしてたんだから。つか、なんの用だよ。見ての通り、こっちはデート中だ。嫌味言うために、わざわざ車止めたってんなら、また踏み潰すぞ」

「カカッ、そう怖いこと言うな。実際にやられてる側としては、洒落になってねぇよ」


 ヤクザ相手になんて口をきくんだ! と周囲の客や店員、そして三人衆が内心で悲鳴を上げるが、続く親分さんの言葉に、今度は違う意味で凍り付いた。「今、おやびんさんは、なんて言ったのかしらん?」と。


「ここが日本で、俺が善良な日本人で良かったな。そうでなけりゃ、今頃、お前ら全員、塵になって世界の空を舞ってるところだ」

「……お前のセリフは、ヤクザよりヤクザらしいって自覚あるか? はぁ、まぁいい。声をかけたのはな……」


 どうやら、声をかけたのは一時期、いろいろあってハジメに壊滅させられた組(全員、半殺しの病院送り程度)の再興と共に、再起不能になった若頭のすげ替えが正式に決まったので、その新しい若頭に、ハジメへ挨拶させに来たということらしい。


 ハジメのいる町を中心に、周囲一帯で生きたければ、ハジメの存在を決して忘れるなというのが新たな共通認識になっているようで、当時の地獄絵図を知る新若頭は、無表情を保ちながらも隠せない冷や汗を垂らしつつ、ハジメに就任の挨拶を行った。


 就任の席に、ハジメを呼んだところで来るわけがなく、こちらから住居や学校に押しかけようもんならどんなお仕置きを受けるか分からない。しかし、顔通しをしておかなければ、後々のことを考えると何とも落ち着かない。どうしたもんかと頭を抱えていたところ、偶然、移動中にハジメ一行を見かけたので、「チャンスだっ! 嫌なことは一気に片づけちゃおう! まさか、公の場で襲われたりはしないはずだ!」と、挨拶に来たわけである。


 ……どっちがヤクザか、本当にわからない。


「そうか。まぁ、あんたらが俺の周囲の人間を巻き込むような何かをしない限り、好きにすりゃいいさ。ただし、前回は、まだ情状酌量の余地があったから半殺しで済ませたが、次はない。今度、たとえ間接的でも何かしたら……とっても素敵な第二の人生をプレゼントしてやるよ。強制的に、な」


 そう言って、口元を三日月に裂くハジメ。


「……お前はやっぱり、ヤクザよりヤクザらしい」


 周囲の人々が「その通りですね! おやびんさん!」と内心で激しく同調していた。そして、親分さんは親分さんで、ハジメがかの〝帰還者〟であることを承知の上で、いったいどんな経験をすれば、お前のようなガキが出来上がるんだと聞いてみたい衝動に襲われたが、長年の経験がけたたましく警報を鳴らしているので、グッとその言葉を呑み込んだ。


 やがて、ヤクザ連中は、揃ってハジメに頭を下げ、ついでユエ達にも「姐さん方、ご休憩中に失礼しましたっ」と唱和して引き下がる異様な光景を残して走り去っていった。


「さて、そろそろいい時間だし、行くか」


 ハジメの言葉で、ユエ達が席を立つ。ハジメが店員に会計を頼めば、先程までのやり取りを見ていた同い年くらいの女の子の店員は「ひゃい! おきゃいけいでしゅね! ありがとうございましゅ!」と狙っているのかと思うほどテンパった様子でレジに向かった。


 しかし、それが狙いでないのは、震える指先が、まるで某秘孔を突く拳法の使い手のように「ア~タタタタタタタっ」とレジボタンを連打していることから明白だった。可哀想なくらい、本気でテンパっている。


 女の子の店員が、泣きそうな顔で同僚や店長に助けを求めるが、彼等はグッと拳を握って「ファイト!」と伝えるだけで手を貸す気配はない。お客や三人衆も、やはり「頑張れ!」と心の中で応援するだけで手助けする様子はない。


「……はぁ」

「ッ!?」


 その様子に、俺のせいかとハジメが溜息を吐く。それにビクッと体を震わせ、ますます秘孔突きを極めていく(レジ限定)女の子の店員。


 すると、秘孔レジボタンを突きまくる女の子の店員の手に、小さな手が重ねられた。思わず「ひっ」と悲鳴を上げる店員さんだったが、その手が、ハジメの抱っこする幼子のものだと分かるとキョトンとする。


 そんな店員さんに、ミュウはほわりとほほ笑むと


「てんいんさん、だいじょうぶなの~」

「あ、はい、し、失礼しましゅた」


 さすが、ミュウ。一撃だった。落ち着きを取り戻した女の子の店員さんは、神拳の鍛錬を無事に終えて、正しくレジを打つ。


 ある意味、自分の尻拭いをさせてしまったハジメは、そんなミュウに感謝と感心と称賛を込めてナデナデした。ミュウはえへへ~と笑いながら、ハジメに抱き着いた。


 会計を済ませ、レシートとお釣りを用意した女の子の店員が、そんなミュウとハジメを見ながら、意外にも優しい表情と眼差しのハジメに視線を引き寄せられている。そして、ハジメが、レシートなどを受け取りながら「怖がらせて悪かったな」と少し困ったような表情で囁けば、ぶんぶんと首を振って否定した。


 何故か、女性陣のジト目を背に感じながら店を出たハジメに、「ま、またのお越しを、お、お待ちしてますぅーー!」という元気な店員さんの声と、それを制止する店長の声が木霊した。


「なぁ、もう帰ろうぜ……いろんな意味で、俺はもういっぱいいっぱいだよ」

「ああ、俺もだ。もう、帰りてぇ」

「噂は真実だ。俺はそれを確信した。〝あの人〟は、なるべくしてハーレム王になったんだ……」


 ハジメ達が店から出てしばらくして、どこかぐったりした様子で店から出てきた三人衆。ハジメ達の観察は、いろんな意味で消耗を強いられた。同時に、これ以上の追跡は、本当にやばいと無言で確信し合った。


 そして、ハジメ達が歩いていった方向とは逆方向に踵を返した……その瞬間、


「わぷっ」


 男子生徒の一人の顔面に、風にあおられたらしい紙片がペタッと貼り付いた。「なんだよ」と悪態を吐きながら、その紙片を手に取りなにげなく視線を落とせば……


――少年が一人、凍てついたかのように固まった。


「おい、どうした?」

「なに固まってんだ……」


 他の二人が、訝しみながら、飛んできた紙片に視線を固定したまま動かない少年の両サイドから覗き込めば、そこには、


――悪くない引き際だ。今後も、好奇心はほどほどに、な。先輩より


 当然、他の二人も固まる。いつから気が付いていた? いつの間に書いた? っていうか、どうやって届けた? あれ、そもそも、今、風なんか吹いてたっけ……


 様々な疑問が一瞬で脳内を巡り、三人はギギギッと油を差し忘れた機械のようなぎこちない動きで互いに顔を見合わせた。そして、一拍、


「「「いやぁあああああああああああああああっ!!!!」」」


 女の子のような悲鳴を上げて、三人衆は脱兎の如く帰宅への道を走り出すのだった。


 翌週より、〝例のあの人〟の都市伝説に、追加の逸話が加わったのは言うまでもない。




いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


次は、別の二人にスポットを当てつつ、帰還直後の騒動について触れたいと思います。


次回も、土曜日の18時の更新予定です。

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― 新着の感想 ―
ちょっとそのハジメ商店、異世界製の媚薬スライムとか扱ってません?
効果のあるアミュレットとかタリスマンを売ってるのか………。欲しいな。
[一言] ↓言うな、、、だって本編じゃシリアスがメイン、、、メイン?だったんだから
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