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白神竜と白金の使徒


 直径十数キロメートルはありそうな巨大な浮遊島。


 草原と森林、その合間に枝分かれする小川、その上流は緑豊かな山へと繋がっている。周りの浮遊島に比べて最大規模の浮遊島は、その自然もまた一際美しかった。


 その浮遊島の草原地帯には白亜のオベリスクが鎮座していた。五十メートルはありそうな巨大な塔は、雄大な自然の中にあっては異質だ。その人工的な白と相まって、妙に浮き出て見えるほど。


 だが、それよりも更に異質なのは、そのオベリスクの更に上で、輝く魔法陣の上にあぐらをかいて座る銀色の男だ。風になびく銀の髪と翼。肌は透けるように白く、瞳の色まで銀に輝いて見える。


 服装は、純白の神父服といったところ。泰然自若とした有様と相まって、どこか神々しさを感じさせる。何も知らない者が見れば、天界からの使者が降臨したのかと思うだろう。


 その男、フリード・バグアーの第一声に、相対したハジメは鼻で嗤いながら軽口を叩いた。


「新手のファッションか? だとしたらセンスがないとしか言いようがないな。その年になっても()が用意したもんをそのまま受け入れるから、そんな恥ずかしいことになるんだよ。元の赤髪と浅黒い肌の方が、男前だったぞ?」


 その物言いに、傍らのシアとティオが「ぶふっ」と吹き出した。親の用意した衣服は大抵恥ずかしい、という経験が二人にもあるのかもしれない。カムやアドゥルが、娘にどんな衣服をプレゼントしたのか、そして、そのときのシアとティオのきっと浮かべたであろう微妙そうな表情……割と気になるところだ。


 もっとも、明らかに馬鹿にされたフリードは、僅かに眉をピクリと反応させただけで、泰然とした態度を崩さなかった。そして、ハジメの軽口に付き合うつもりはないと言うように、冷めた声音で話し出した。


「……よもや、本当に生きていたとはな。アルヴヘイト様が戻らず、主からお前がやって来るだろうと告げられたときは、なんの冗談かと思ったが……どこまでもしぶとい男だ。潔く果てればいいものを」

「へぇ、エヒトのクソ野郎は予測してたか。まぁ、そうだろうな。俺のユエに対する想いくらい分かっているだろうし。で? お前は? 俺達を倒してこいとでも言われたわけか? 自殺してこいなんて、酷い命令をしたもんだ。そりゃあ、ストレスで真っ白になるわけだよ」


 再び、ハジメの傍らから「ぶほっ」と吹き出す音が聞こえた。


 自分に向けられる「フリードくん、マジ苦労人」といった同情混じりの眼差しを無視してフリードは続ける。


「どこまでもふざけた奴だ。とても、最愛の女を取られた男には見えんな」

「ユエは最高にいい女だからな。モテるのは仕方ない。俺が、手を出した奴を片っ端から片付ければいいだけだ。お前のご自慢のご主人様も、たっぷり苦痛と後悔を刻みつけてから殺してやるよ」

「その傲慢、直ぐに打ち砕かれることになるだろう。主は既に、あの肉体を完全に掌握なさっている。万に一つも、お前の女が戻って来ることはない」


 絶望を叩きつけるように、それが事実なのだと示すように、フリードは感情を高ぶらせることもないまま、淡々と告げた。


 しかし、対するハジメの顔に動揺の色は皆無。むしろ、不敵な笑みを浮かべて返す。


「俺をイレギュラーと呼んだのはそっちだぞ? お前等が用意したつまらないシナリオなんざ、滅茶苦茶にぶち壊してやんよ」

「……」


 しばらく無言で視線を交わすハジメとフリード。にわかに殺意の風が吹き始める。ぬるり、ぬるりと肌を撫で纏わり付くようなそれ。まさに一触即発。


 ハジメの指がドンナーに触れる、その瞬間、機先を制するように、フリードが口を開いた。


「先程の質問」

「あ?」

「〝倒してこいと言われたか〟という質問――半分は正解だ」

「半分?」


 手はドンナーに触れたまま、いつでも抜き撃ち出来る状態で、ハジメは訝しむように目を眇めた。


 フリードは、胡座をかいて座っていた状態から、おもむろに立ち上がると銀翼をはためかせて宙に浮き、口を開く。


「主――エヒトルジュエ様からは、貴様がここまで来たときは、そのまま通せとの命を賜っている。この手で、貴様をくびり殺せないことは口惜しいことこの上ないが、命とあっては是非もない」

「ほぅ。で? その間、お前はシアとティオを相手にするってか?」

「その通りだ。貴様が主から神罰を受けている間に、貴様を慕う女は根こそぎ嬲り殺しにしてやろう」


 フリードがそう言った直後、オベリスクが燦然と輝きだした。


 ハジメは、問答は終わりだとドンナーを抜き撃ちする。放たれた弾丸は、紅い閃光となってフリードの眉間に迫った。


 しかし、


ギィン!


 と、硬質な音を響かせて、その一撃は塞き止められてしまった。見れば、フリードの眼前で弾丸が見えない壁にでもぶつかったように潰れて空中に留まっている。


「私の空間魔法が以前と同じだと思ったら大間違いだ」


 どうやら、フリードはあらかじめ自分の周りに空間遮断型の障壁を張っていたらしい。ハジメの魔眼石では察知できなかったことからも、フリードの言葉通り、そのレベルは上がっているようだ。


 初撃が防がれ、僅かに時間が稼がれたその瞬間、強い輝きを放っていたオベリスクが爆発したように輝いた。


 白い光が視界の全てを染め上げる。だが、光量など関係ないハジメの魔眼石は、それが何を意図した現象なのかを正確に捉えていた。


 やがて、光が収まり開けた視界には、視界の全てを覆う程の魔物の大群がひしめき合っているという光景が飛び込んできた。確実に四桁はいる。ざっと二千体といったところだろうか。


 どれもこれも、最低でも(・・・・)奈落の最下層レベルの力を感じる。今まで見たことのある魔物もいるが、そのどれもが、見た目からして進化していた。


 赤黒い四つの眼を持つ黒狼は、地獄の番犬の如く頭を二つ増やしていた。触手を持つ黒豹は、キメラと合わせたのか竜種の爪と蛇の尾を持ちつつ周囲の空間を揺らめかせているし、馬頭の魔物アハトドは、腕を更に二本増やし、更に〝金剛〟らしき赤黒い魔力を纏っていた。


 特に、空を覆う灰竜の群れは、一体一体が、【グリューエン大火山】で相対したときの白竜と同等レベルの力を保有しているようだ。


 そして、その親玉であり、フリードの相棒でもある白竜は、全ての魔物を軽く凌駕する尋常でないプレッシャーを放っていた。体格は、既に二十メートル近い巨体となり、純白の鱗は鋼鉄の輝きを放っている。背中の翼は二対四枚となっており、息を吐く度に純白のスパークが口元から迸っている。


 胸元の傷が猛々しさと貫禄を醸し出し、燦然と輝く壮麗な体躯が神々しさを放っていた。神話に出てくる白竜――白色の神竜、白神竜と言うべきか。いずれにしろ、先に遭遇した神獣リヴァイアサンをも軽く凌駕する力がありそうだ。


 ハジメ達が、幾百、幾千という尋常でない魔物に取り囲まれ、激烈な殺気を全方位から浴びせかけられている中、フリードが悠然と白神竜の直ぐ傍らに銀翼をはためかせながら並び立った。


「さぁ、南雲ハジメ。この絶望の中に、貴様を慕う女共をおいて先へ進むがいい」


 最愛の女に会いたければ、シアとティオを、この群れの中においていかなければならないという嫌らしい趣向を凝らすフリードに、ハジメは嘲笑を向けた。


「馬鹿か? 何故、俺がお前等の言うことを聞かなきゃならないんだ? 全員でお前を瞬殺してから、悠々と進めばいいじゃねぇか」


 わざわざ敵を前に戦力を分散する必要はなく、全員でやった方が早いと語るハジメに、フリードは冷めた眼差しを送る。


 そして、宣言した。


「いいや、お前は先へ進むのだ。一人で、絶望に向かって、な」

「はっ、勝手に言ってろ――ッ!?」


 刹那、ハジメに向かって黄金の光が降り注いだ。雲の合間から突如現れた〝天使の梯子〟は、かつてユエを捉えたあの光の奔流とよく似ている。


「ハジメさん!」

「ご主人様っ」


 シアとティオも、あのときのことを思い出したのか少し焦ったような声音でハジメに手を伸ばした。案の定、弾かれる二人の手。


 ハジメは、二度も同じ手を喰らうかと、パイルバンカーを取り出そうとする。しかし、それより早く、フリードが口を開いた。


「その光は転移の光。貴様の〝最愛〟のもとへ通じている」


 それで一瞬、ハジメの手が止まった。確かに、今、降り注いでいる光には自分を害する類の影響は一切なく、どこかの空間と繋げようとしているようだった。


 だが、直ぐに気を取り直して光の奔流を破ろうとする。シア達と共にフリードと魔物共を駆逐して、一緒にユエの元に行けばいいのだ。流石に、二人だけを、この空間においていくのは気が進まない。


 だが、そんなハジメを止めたのは、他ならぬシアとティオだった。


「ハジメさん、行って下さい」

「うむ。せっかくの招待じゃ。こちらは妾達だけで十分」


 ハジメが僅かに目を丸くする。それに頓着せず、二人は言葉を重ねた。


「ここは私達に任せて先に行け! って、一度は言ってみたかったんです」

「な~に、直ぐに追いつくさ、じゃ。ふふふ」


 パチンッとウインクまで決めて死亡フラグを立てるウサギと駄竜に、ハジメは呆れ顔になった。そして、軽口を叩きながらも、本気で先に行けと言っていることを察する。


 それは、たとえ相手が用意した舞台であってもユエの元に辿り付けるチャンスを逃すなという叱咤であり、エヒトとの戦いにおいて、他の連中に邪魔はさせないという決意であり、ハジメなら必ずユエを助け出すという信頼であり、自分達ならこの程度の事態、どうにもできるという自信のあらわれだった。


 ハジメの姿が薄れていく。別の場所へ転移しようとしているのだ。ハジメは、僅かに逡巡したものの、意を決するとシアとティオに全幅の信頼を込めた眼差しを向けて力強く頷いた。


 実のところ、【神域】の内部が、ここまで多様な空間を内包しているのは予想外だった。羅針盤があるので、ユエの居場所に迷うことはない。だが、仮にエヒトが空間の配置をブロックゲームのように組み替えたり、無制限に移動できたりするとすれば、イタチごっこになる恐れもあったのだ。


 そういう意味で、劣化クリスタルキーが【神域】に踏み込んだ時点で壊れたのは正直痛かった。最悪、アーティファクトに使用しているなけなしの神結晶を流用して劣化版クリスタルキーを作成する必要があったので、向こうから招待してくれるというのなら渡りに船であった。


 そのことはシア達も理解しており、だからこそ、悪手とも言える戦力の分散を提案したのだろう。


「わかった。シア、ティオ……」

「はいです」

「うむ」


 転移する寸前、ハジメは獰猛な笑みを浮かべて、体の代わりに二人へ言葉を残した。


「遠慮はいらない。俺の女らしく……皆殺せ」

「アイサ~ですぅ!」

「ふふ、任せよ!」


 シアとティオも、まるで猛獣のような笑みを返した。


 その瞬間、光が霧散すると共にハジメの姿が消え去った。


 後に残った二人――シアは、戦鎚ヴィレドリュッケンで肩をトントンしながら周囲の魔物共を睥睨し、ティオは、首をゴキゴキと鳴らしながら、どこか妖艶な笑みを浮かべる。


「さて、なんだか私達を嬲り殺すとか言ってましたが……」

「むしろ、今までも、これからも、嬲られるのはお主じゃろう。学習能力のない男じゃ」


 幾百、幾千という異常なレベルの魔物に囲まれながら、余裕の表情を崩さないどころか、馬鹿を見るような眼差しを向けてくるシアとティオに、フリードはスっと目を細めた。


「私が、今までの私と同じだとは思わないことだ。我が主から授けられたこの力――既に、あの化け物はともかく、貴様等程度であれば凌駕していると確信している。覚悟することだ。舐めさせられた苦渋、そっくりそのまま、いや、何倍にもして返してやろう。断末魔で、あの男の名を叫びながら果てるがいい」

「御託はいいです。圧殺、撲殺、殴殺、爆殺、格殺、似たようなものですが、お好きな方法で鏖殺してあげますよ」

「大言壮語とはこのことじゃな。格の違いというものを思い知るがいい」


 互いに啖呵は切った。


 一拍。


 それぞれの全身から殺意が吹き出す。


 そして、


「殺せっ!」

「ぶっ殺しますっ!」

「滅殺じゃっ!」


 戦いの火蓋が切られた。


 天より極光の豪雨が降り注ぎ、三頭狼から絶大な火炎が吐き出され、六本腕の馬頭から凄絶な衝撃波が迸り、正面からは銀の閃光とおびただしい数の羽が殺到する。


 全方位からの致死攻撃。シアとティオの視界が死で埋め尽くされる。


 だが、


「ティオさん、右に二歩、少し落ちて前に三歩です」

「うむ、助かる」


 シアの呟きで、条件反射のように動くティオ。一瞬前までいた場所に極光が降り注ぎ、更に高度を下げたところで衝撃が通り過ぎ、前に踏み込むことで逆に銀羽をかわす。


 同時に、シアもまた、同じように空中でダンスでも踊るかのようにステップを踏み、まるで攻撃の方がシアを避けているかのように全方位攻撃の隙間を潜り抜ける。


 シアの移動した場所、そして、シアが指示してティオが移動した場所。そこが、攻撃を受ける上でもっとも密度の少ない場所なのだ。


 固有魔法〝未来視〟の派生〝天啓視〟――任意で数秒先の未来を垣間見ることができる能力。シアは、自身のこの能力で攻撃の軌道を予知し、一早く安全地帯を割り出したのだ。


 と言っても、なされた攻撃の密度は、ほとんど壁と言ってもいい程のもの。比較的、攻撃を受けにくい場所といっても、皆無というわけではない。


 故に、


「うりゃああああっ!!」

「この程度っ!」


 シアは、虚空に取り出したアザンチウム製封印石コーティングの剣玉を取り出し、一瞬で頭上へと打ち上げた。ヴィレドリュッケンが金属を叩く凄まじい轟音が響き、同時にロケットが宇宙に飛び立つが如く猛烈な勢いで天へと登っていく剣玉。


 表面にコーティングされた封印石が、その特性を遺憾無く発揮し極光の豪雨を軽減する。後は、剣玉の純粋な破壊力によって明後日の方向へと弾かれていった。


 そして、極光を放っていたが為に無防備であった灰竜が、眼下より冗談のように急迫してきた金属塊にギョッとしたのも束の間、次の瞬間には、メキョ! と生々しい音を響かせて剣玉を腹にめり込ませつつ、更に上空へと吹き飛ばされていった。


 全身の骨を粉砕され彼方へと消えていった灰竜が一瞬前までいた場所に、入れ替わるようにして現れたシアは、そのまま、鎖を使って剣玉を振り回し、取り囲む灰竜を巻き込み殴殺をもたらす旋風を巻き起こしにかかった。


 そんなシアに、僅かに目を細めたフリードが、取り残された形のティオに視線を向ければ、そこには、腕をクロスさせたまま光と火炎と衝撃に呑み込まれたティオの姿があった。


 比較的少ないとはいえ、攻撃の威力を考えれば十分致命傷になり兼ねない量の攻撃を受けている。


 しかし、


「その姿は……」

「ふん、ご主人様のご褒美に比べれば、生温いにも程があるわ」


 そんな言葉と共に、ティオは微動だにせず不敵な笑みを浮かべていた。その姿は、一瞬前までと比べると様変わりしている。


 なにせ、肌の色が違うのだ。美しい陶磁のようだった肌が漆黒に覆われ、その中で黄金の瞳だけが炯々としている。よく見れば、その漆黒の原因が竜鱗であることに気がつくだろう。


 固有魔法〝竜化〟の派生〝部分竜化〟だ。本来黒竜形態でしか出せなかった竜鱗を、より細かく人型の動きを阻害しないよう鎖帷子状の鎧のように纏っているのである。更に、消費する魔力に応じて竜鱗の硬度が増していく〝竜鱗硬化〟によって、全ての攻撃を頑丈さ一つで耐え切ったわけだ。


 もちろん、本当に全ての攻撃を一斉に受けていればダメージも通っただろうが、シアの助けでヒットする攻撃が格段に少なくなったので、それぞれの攻撃一、二発程度なら何の問題もないようだった。


 ちなみに、完全竜化しなかったのは、単に人型の方が小回りが効く上に、的としても小さく当たり難く出来るからだ。完全竜化に比べれば膂力の面でスペックは落ちるものの、防御力の面ではさほど差が無い程に〝部分竜化〟を掌握しているので、この場面では都合が良かったのだ。


 名付けるなら竜化変成混合魔法――〝竜鱗装甲〟といったところか。


「お返しじゃ!」


 攻撃に隙が出来た一瞬、ティオが反撃に転じる。両手を水平に伸ばして構えると、刹那の内に膨大な魔力を集束、次の瞬間には極限まで圧縮されたレーザーの如きブレスを両手の先から放った。


 黒い糸のように真っ直ぐ放たれた左右のブレスは、射線状の魔物を容易く貫く。それは防御力に秀でているように見えた馬頭も例外ではなかった。それ程までに練り込まれ威力を高められた一撃だったのだ。


 しかも、それで終わりではなかった。ティオは、両手を水平に広げたまま、その場でクルリとターンを決めたのである。


 当然、全てを穿ち、両断する極細のブレスは、ティオに合わせて横薙ぎに戦場を蹂躙した。


 和服調の衣服が、長く美しい黒髪と共にふわりと翻り、戦場にあって舞踊のような優雅さを披露する。両断され地に落ちていく魔物共の撒き散らす血飛沫が、まるで桜吹雪のようにティオを彩った。


「小癪な……ウラノスよ。かつての雪辱、今ここで晴らしてやれ!」


 ティオの姿を見て、眉間に皺を寄せたフリードが傍らの白神竜(ウラノス)に指示を出す。白神竜は、まるで歓喜するように赤黒い瞳を輝かせると、


ゴガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 特大の咆哮を上げた。


 ブレスのように極光が放たれたわけではなく、ただの雄叫びなのだが、それだけで空間そのものが震え、音の衝撃波が発生した。並みのものであれば、それだけで肉体を粉砕されるか、耐え切ったとしても根源的な恐怖が湧き上がって発狂するかもしれない激烈な咆哮。


 正しく、神竜の咆哮だった。


 それにより、味方であるはずの魔物達ですら一瞬、硬直を余儀なくされ、吹き荒れていた攻撃も散らされてしまった。


 もっとも、だからと言ってティオが助かったというわけで断じてなく、


「ぬおっ!?」


 衝撃波によって全身を強く打たれながら、人型故の身の軽さも相まって盛大に吹き飛ばされてしまった。隕石のように地上へ向けて落下する。見れば、その軌跡に黒く煌く小さな欠片が少し飛び散っている。ティオ自慢の竜鱗が僅かとはいえ砕かれたのだ。ただの咆哮一つで。


 ティオは、そのまま勢いを殺せず地面に着弾した。ズドンッという地響きを立てて浮遊島に小さなクレーターを作り出し、巻き上がった粉塵で姿が隠れる。


 そこへ、容赦のない追撃が放たれた。


ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!


 世界が白の煌きに染め上げられる。白神竜のブレス――極光だ。


 その威力は絶大という言葉ですら、欠片も表現しきれないほど。尋常ならざる光の奔流は、空間そのものを軋ませ、余波だけで浮遊島の大地を捲り上げてしまった。


 そして、直撃を受けた場所は……そのずっと下方――浮遊島の底辺を吹き飛ばして遥か彼方まで貫いていった。


 そう、直径が十数キロメートルもある浮遊島の大地を貫通して下方に抜けてしまったのである。島の下方に広がっていた雲海が、台風の目のように穴を開けて放射状に霧散していく。


 恐るべき威力。まるで神罰の光。立ちはだかるものに区別なく、一切合切を破壊する滅びの息吹。


 やがて、世界を染め上げた閃光は虚空へ溶けるように消えていった。


「ティオさんっ!」


 極光に呑み込まれた、否、大地ごと塵も残さず滅せられたとしか考えられないティオに、シアが思わず絶叫じみた声音で、その名を呼ぶ。


 幾体からの灰竜を剣玉で殴殺しながら、ティオが吹き飛ばされ場所に視線を凝らすが、そこにはポッカリと空いた大地の穴が見えるだけでティオの姿は見当たらない。


「ふん、やり過ぎたか。嬲ってやるつもりだったのだがな。一撃で消滅してしまうとは……ままならんものだ」

「そんなことあるわけっ――ッ!?」


 面白くなさそうに眼下を睥睨するフリード。


 シアが、その言葉を否定しながら猛り狂う。


 そして、ヴィレドリュッケンを砲撃モードにしてフリードに向けた……その瞬間、シアの脳裏に無数の大剣で細切れにされる自分の姿が映った。固有魔法〝未来視〟による死の予知だ。


 一瞬で全身を悪寒が駆け巡り、声を詰まらせながら半ば無意識に身を捻った。攻撃の瞬間という絶妙なタイミングでの、空間跳躍攻撃――シアの経験則が完全には回避しきれないと訴えていた。


 刹那、シアの周囲の空間が波紋を打ち、そこから間髪入れず大剣が突き込まれてきた。


「――ッ」


 声にならない悲鳴を上げながら、せめて致命傷を回避すべく宙で側転するシアの手足を、四本の大剣が掠めて血飛沫を飛ばす。


 頭部に迫った別の大剣を、首を振りながら頬を掠める程度でかわし、首筋に迫ってきた左右二本の大剣を、一つはヴィレドリュッケンで、もう一つは剣玉に繋がった鎖で防いだ。


 更にヴィレドリュッケンの引き金を引き、激発を利用して独楽のように回転することで、逃げ道を塞ぐように飛び出してきた大剣三本を、肩口を抉られながらも辛うじてかわしきった。


 そして、手傷を負いながらも、どうにか死の未来から外れることに成功したシアが〝空力〟で宙に足をつけると同時に、波紋を打つ空間から飛び出してきた白金の(・・・)髪と翼をなびかせた使徒が、双大剣による強烈な斬撃を放った。


「くぅうううっ」


 二本の大剣による同時唐竹割り。それをヴィレドリュッケンの柄部分で受け止めたシアだったが、凄まじい圧力と衝撃に鍔迫り合いをしたまま地上へと押し込まれていく。


 大剣と戦鎚が火花を散らす中、猛烈な勢いで地面へと落下するシアに、至近距離から異様な力を振るう白金の使徒が口を開いた。


「第一の使徒エーアスト。神敵に断罪を」


 直後、大剣が白金(・・)に輝いた。途端、爆発的な膨れ上がる力の奔流。エーアストと名乗った使徒は、そのまま一気に双大剣を振り抜いた。


「くぁ!?」


 衝撃によって体を強烈に打たれたシアは、そのまま地面に墜落した。ズドンッという凄まじい衝撃音と生まれるクレーター、舞い上がる粉塵。まるで先程のティオの再現だ。


 案の定、クレーターの底にいるシア目掛けて白金色の閃光が五つ、一斉に放たれた。


「第二の使徒ツヴァイト。神敵に断罪を」

「第三の使徒ドリット。神敵に断罪を」

「第四の使徒フィーアト。神敵に断罪を」

「第五の使徒フィンフト。神敵に断罪を」


 いつの間にか出現していた四人の使徒が名乗りの宣告を行いながら、砲撃を加える。たとえ魔力光が異なっていても、それが使徒の放つ光なら分解能力があるのは自明の理。


 シアを地面に叩きつけた爆発的な力も考えれば、明らかに普通の使徒よりもスペックが上である白金の使徒の砲撃は、その破壊力もまた尋常でないことが容易く想像できる。


 咄嗟に、剣玉を引き寄せて盾代わりにしようとするが、果たして間に合うかどうか……。ティオ同様、シアもまた光の中へ消えていくかと思われた。


 が、その時、


 何処からか放たれた特大の黒の閃光が使徒へ迫り、更に、ヒュンと風切り音を響かせて粉塵の中へ突入したロープらしきものが、シアの胴体に絡みつきながら一気にその場を離脱させた。


 白金の使徒達は、白金翼をはためかせて黒の閃光を回避する。同時に、シアが引っ張り出された直後の大地を白金の砲撃が貫いた。粉塵を吹き払われた地面は、貫通とまではいかないまでも、底が見えない程深くまで穿たれている。やはり、普通の使徒とは威力が段違いだ。


「シア、無事かの?」

「ティオさん!」


 黒いロープ――正確には黒い鞭に巻き付かれたまま引き上げられたシアを抱き止めたのは、あちこち煤けている上に、大小様々な手傷を負っているものの割と平気そうな表情をしたティオだった。


 思わず、安堵の吐息を漏らすシアに、ティオが試験管型容器をワイルドに口の端に咥えたままニッと笑う。


 そして、口元を動かして試験管型容器を傾けると一気に中身を飲み干しながら、これまたワイルドにプッと容器を飛ばして、シアを黒鞭から解放した。


「……逃れていたか。あの男の女らしいしぶとさだ。忌々しい」


 フリードが目元を歪めながら悪態を吐く。


「まぁ、ちょっと死ぬかと思ったがの。〝金剛〟も〝錬成〟も使えん身とは言え、ご主人様謹製の大盾を粉砕されるとは……随分と進化させたものじゃ」


 どうやら、極光が降り注いだあの瞬間、〝宝物庫Ⅱ〟から大盾アイディオンを召喚し、それが粉砕されるまでの僅かな時間で辛うじて脱出したようだ。つまり、余波だけで竜鱗装甲の防御を抜かれ随分と傷を負ったことになる。やはり、白神竜の極光は尋常ではない。


「ふん、余裕ぶっていていいのか? 神竜というべき領域に達したウラノスの極光は、威力が上がっただけではない。治癒を阻害する付加能力も進化している。再生魔法すら阻害する上に、時間経過と共に傷口を悪化させるのだ。余波と言えど、それだけの手傷を負えば、そう掛からずに全身を蝕まれて死ぬことになるぞ?」

「そうなのかえ? 他の魔物といい、白金の使徒といい、これはまた厄介じゃのぅ。……まぁ、普通であれば、じゃが」

「なに?」


 ティオの物言いに訝しむフリードの視線の先で、ティオが魔力の光に包まれる。それは再生魔法が行使された証。それを示すように、ティオの負った負傷が次々と回復していく。


 フリードが瞠目しながら、堪らず疑問の声を上げた。


「馬鹿な……極光の侵食が無効化されている? 有り得んっ」

「馬鹿はお前じゃ。ご主人様が、一体何度、その光を浴びたと思っておるのじゃ。いい加減、対抗策の一つや二つ、作り出すに決まっておろう」

「……まさか、さっきの液体か?」


 フリードの疑問に肩を竦めるティオ。正解ということだ。


 対極光用魔法薬〝治るんですJ〟――極光の魔力を伴った回復作用を阻害するという能力が、極光に含まれる魔力と反発する性質を持つ魔素にあると理解したハジメが作り出した魔法薬だ。人体に悪影響のない金属粉末に、極光の作用を打ち消す魔法を付与して含ませてある。


 阻害効果を上回る回復力があれば、強引に治癒することが可能なのは〝神水〟で証明済み。なので、〝治るんですJ〟によって効果が薄まれば、例え進化していたとしても再生魔法で十分に治せたわけである。


 極光の付加能力が効果を発揮しなかったことに、苛立たしげな表情を見せるフリード。傍らの白神竜まで、どこか不満げなに喉を唸らせている。


 と、その時、


「っ、ティオさんっ」

「うむっ」


 突然、シアから警告の声があげられ、二人は即座にその場を飛び退いた。


 その後を、白金の閃光が駆け抜ける。


「フリード様。奴等は、あのイレギュラーの仲間。どうか油断の無きよう」

「承知している」


 エーアストがフリードに敬語を使いながら忠告をした。いつの間にやら、立場が逆転しているらしい。おそらく、フリードの変化にあるのだろうが、今は、詳細を知る暇は無さそうだ。


 白金の使徒達が、一斉にシアへと集中して飛びかかる。


「我々は、まずあの兎人を断罪致します。宜しいですか?」

「ああ。そちらは任せる。私としても、かつて私を虚仮にしてくれた、あの竜人の方を断罪したいのでな」


 フリードの言葉にエーアストはコクリと頷くと、自身もシアを討伐すべく白金の翼をはためかせて飛び出した。


 シアは、全ての使徒が自分を標的にしていると察すると、第二の使徒ツヴァイトが振り下ろした大剣を使い手ごと強引に弾き飛ばしながら、獰猛に雄叫びを上げた。


「上等ですっ! やれるもんならやってみやがれですぅ!」


 直後、シアから淡青色の魔力が噴き上がった。魔力操作の派生〝身体強化〟、更に同派生〝変換効率上昇Ⅲ〟により、爆発的に身体能力を引き上げる。


 そして、手に持った鎖を手首のスナップだけで高速回転させることで、フレイルのように超重量の剣玉を振り回す。


 巨大な金属塊が尋常でない速度で回転し円を描く一条の閃光のようになる。


 そこへ、第三の使徒ドリットが正面から切り込んできた。シアは、ヴィレドリュッケンの引き金を引き、牽制代わりの炸裂スラッグ弾を放つ。


 ドリットは、それを当然のようにかわし直進してきた。だが、その軌道を読んでいたシアは、遠心力で今にも弾け飛んでいきそうな剣玉を絶妙なタイミングで放った。解き放たれた猛獣の如き赤い剣玉は、ドリットに回避行動を取らせない……と思われたが、直撃したように見えた瞬間、ドリットの姿が霧散する。


 そして、次の瞬間には、シアの真隣に出現した。しかも、いつの間にか、第四の使徒フィーアトが後方から、第五の使徒フュンフトが下方から迫っており、シアの逃げ道を防ぐように双大剣を振るっていた。


「っ、このっ」


 シアは、ヴィレドリュッケンを膂力に任せて横薙ぎに振り、二人の使徒の大剣を弾きつつ、最後の大剣を宙返りすることでかわす。


 が、今度はその動きを使徒に読まれていたらしく、先程弾き飛ばしたツヴァイトが既にかわせないタイミングで大剣を振りかぶっていた。


 妙に遅く感じる時の流れの中で、無機質な使徒の瞳とシアの瞳が至近距離で交差する。感情など見えはしないのだが、どことなく「未来が見えても、かわせないでしょう?」と勝ち誇っているような気がしたのは、きっと気のせいではない。


 シアは、動揺も焦燥もなく、真っ直ぐに澄んだ眼差しを返した。徐々に白金の光芒を引きながら迫ってくる刃を視界に捉えながら、瞬き一つしない。


 この程度の窮地、どうということもない。新たな力を手に入れたのが自分達だけだと思うな! 言外にそう宣言する。そして、その新たな力を使おうとして……黒い鞭がスルリと伸び、眼前の使徒の手首に絡まるのが見えた。


(あらま、使うまでもないですか。流石、ティオさん。絶妙なフォローです!)


 内心でそう呟いたシアは、予定を変更。口の端に笑みを浮かべながら、ヴィレドリュッケンを下方より跳ね上げた。


 遅くなった世界が元の速度へと回帰する。


 直後、クイッとツヴァイトの腕が引っ張られ大剣の軌道がシアの体をスルリとすり抜けていった。同時に、逆サイドの下方から、戦鎚が弐之大剣を弾き飛ばしながら豪速をもってかち上げられた。


ゴギャ!


 そんな生々しい音を響かせて、ツヴァイトの顎にヒットしたヴィレドリュッケンは、そのまま彼女を上空へとロケット噴射でもさせたように吹き飛ばす。


「消えなさい」


 ヴィレドリュッケンを跳ね上げたばかりのシアに、無機質な声音――エーアストの宣告と同時に白金の閃光がシアを襲った。


 シアは刹那の技後硬直に回避できない。


 だが、その表情にはやはり焦燥の色は皆無だった。


 直後、先程吹き飛ばしたはずのツヴァイトが戻って来る。それは、シアの打撃が効かず再度攻撃に出たからではない。ティオの操る黒い鞭に繋がれたままであったが故に、強引に引き戻されたのだ。白金の砲撃の射線上に。


「――っ!」


 エーアストと引き戻されたツヴァイトが思わず瞠目し、次の瞬間には、エーアストの砲撃をツヴァイトが自身の白金の翼で防御した。


 そして、手首に絡まる黒い鞭を振りほどくと急いで射線上から出る。


 この間、僅か一秒。


 だが、それで十分。


「せやぁ!!」


 気合一発。


 シアのヴィレドリュッケンが白金の閃光をフルスイングで捉えた。凄まじい衝撃波が発生すると同時に、打撃面にコーティングされた封印石が分解能力ごと閃光を霧散させる。


 そして、そのシアに間断なき攻撃を仕掛けようとした使徒達をティオがブレスで牽制し、牽制しきれなかった相手は、体を滑り込ませて、その竜鱗をもってシアの盾となった。竜人族、最高硬度を誇る黒竜の鱗は分解されるものの、その類希な耐久力と相まって白金の魔力を浅い傷を作る程度でどうにか止める。


「大した連携じゃが、妾達のそれも舐めてもらっては困るぞ!」


 ティオが口を開いた。その先に、猛烈な勢いで魔力が集束する。大剣を受け止める竜鱗に覆われた腕越しに、それを見たドリットが咄嗟に飛び退いた。その場所を圧縮ブレスが貫く。


 自然、シアとティオが背中合わせになった。


「ティオさん、ありがとうございます。よく突破してきましたね」

「まぁ、ダメージ覚悟で突貫すれば、あの白竜でもない限り妾は止められんよ」


 そう、ティオは、使徒に集中攻撃されるシアを見て、自身も魔物達とフリードに襲撃されながらダメージ覚悟で攻撃の嵐を突っ切って来たのである。


「でも、ティオさん、怪我を……」

「シア。これでいいんじゃよ、これでな」

「……あぁ、なるほどです」


 背中合わせのまま互いに届く程度の声量で語り合うシアとティオ。


 その間に、正面のエーアストを起点に他の使徒達が二人を包囲する。エーアストの隣には、フリードが白神竜を伴ってやって来た。


「すまん。あの竜人、ダメージをさほど気にしていないらしい。少々、奴の戦い方を見誤った」

「いえ、我々もシア・ハウリアを仕留めきれませんでした。この数日で、更に実力を上げたようです。……信じられないことですが」


 二人して、シアとティオにしていた分析を修正したらしい。


「引き続き、我々はシア・ハウリアを引き離し撃滅します」

「ああ。あの無鉄砲な戦いでは竜人も長くは保つまいが、私も全力でかかろう」


 シアとティオ、そしてフリードとエーアスト、それぞれが言葉を交わし合う。再び緊迫の風が吹いた。


 そして……


「神敵を駆逐します」

「断罪を受けよ、愚者共」


 エーアストが双大剣を斬り払い、フリードが突き出した手の先で空間を歪める。


 同時に、


「いきますっ、――〝レベルⅣっ〝!!」

「来よ、我が眷属、――〝竜軍召喚〟!!」


 シアの身体強化が一段レベルを上げ、纏う魔力の光が更に輝きを増し、ティオの宣言と共に、いつの間にか戦場にばら撒かれていた〝魔宝珠〟から百体の武装した黒竜が出現した。


 今、第二ラウンドのゴングが打ち鳴らされた。


いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


次回の更新も、土曜日の18時の予定です。

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