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トレントモドキ

今回は6000字弱と少し短いです。

 〝神威〟――――それは、読んで字の如く勇者の切り札にふさわしい威力を持った最上級の攻撃魔法だ。まだ、この世界に来たばかりの頃の光輝ならいざ知らず、レベルも上がり、それなりの戦闘経験を積んできた今なら大抵の敵を屠れる必殺技だった。


 しかし、それを受けたトレントモドキは無傷で粉塵の奥から現れた。


「そんな……」


 その事実にショックを受けて立ち竦む光輝に、傍らの雫が何かに気がついたように声を張り上げる。


「光輝、あれを見て! 直撃していなかったのよ!」

「えっ?」


 光輝が雫の視線を辿ると、そこには木っ端微塵になった大量の樹々が散乱していた。どうやら光輝の放った〝神威〟はトレントモドキに直撃することなく、その手前で大量の樹々にぶつかり防がれたようである。


 直前まで何もなかったはずなのに、一体どこからそんな大量の樹々が現れたのか……そんな光輝達の抱いた疑問は、直後、トレントモドキ自身によって回答された。


 トレントモドキが淡くその巨木を輝かせると同時に、根元付近から外へ広がるように大量の樹々が物凄い勢いで生えてきたのである。


「……固有魔法」


 そう呟いたのは鈴だ。その見解は正しく、トレントモドキの固有魔法〝樹海現界〟は、大量の樹々を生み出しそれを自由に操れるという能力なのである。


「ま、まずいよ! 聖域にて神敵を通さず! 〝聖絶〟!」


 一瞬呆けた鈴だったが、直ぐに状況の不味さに気が付いて詠唱省略した〝聖絶〟を発動した。光り輝く障壁が鈴達を中心に展開されるのと、全方位から攻撃が殺到したのは同時だった。


 先端を槍のように尖らせた枝や木の根が〝聖絶〟に次々と激しい衝撃を与える。


 トレントモドキだけでなく、生み出された周囲の樹々からも繰り出される同様の攻撃は視界の全てを樹々で埋め尽くし、まるで物量で圧殺しようとしているかのようだ。


 到底、詠唱省略版の〝聖絶〟では堪えきれない。実際、既に至る所がヒビ割れており、もう数秒も持ちそうになかった。そして、鈴の障壁が砕かれたとき、果たして彼女が再び〝聖絶〟を発動するまで光輝達は持ち堪えられるのか……出来ると判断するのは楽観が過ぎるというものだろう。


「もう……ダメ……」


 鈴が、とんでもない勢いで消費されていく魔力に歯噛みしながら障壁が破られると伝える。


 光輝はそんな鈴を見て「こうなったら〝限界突破〟を使って切り抜けるしかない!」と覚悟を決めた。大迷宮に入って、こんな序盤で切り札を二枚も切らされるとはとんだ誤算ではあるが、自分の認識が甘かったのだと割り切るしかない。


 しかし、そんな光輝の内心を察したように後方より援護が飛んできた。


「〝刻永〟」


 香織が発動した再生魔法〝刻永〟は、有機物・無機物を問わず対象を一定時間の間、一秒ごとに一秒前の状態に再生し続けるという魔法だ。


 銀色の光が鈴の展開する今にも壊れそうな〝聖絶〟を包み込み、一拍の後、まるで何事もなかったかのように最高位防御魔法の威容を取り戻させた。トレントモドキ達の怒涛の攻撃により亀裂が入っても直後には元に戻っている。一秒ごとに〝聖絶〟そのものが再生しているのだ。


「ふわっ、カオリン! ありがとぉ!」


 鈴が障壁を維持しつつ、背後を振り返って香織に大声で礼を言う。光輝達もひとまず窮地を脱したと強ばっていた体を僅かに弛緩させ鈴と同じく背後を振り返った。


 そこには、光輝達と同じくトレントモドキが生み出した大量の樹々に囲まれ一斉攻撃を受けているにもかかわらず、何の気負いもなさそうな雰囲気で佇むハジメ達の姿があった。


 そのハジメ達の周囲にはクロスビットが四機配置されていて、それらを起点に三角錐の結界が張られていた。空間魔法を生成魔法によって付与されたクロスビットが作り出す空間遮断型の障壁〝四点結界〟である。


 再生魔法を掛けられているわけでもないのにトレントモドキ達の攻撃にも揺らぐ気配すらない。あらゆる攻撃を全く寄せ付けず全て弾き返す有様は、まるで難攻不落の城壁のようだ。


「ありゃあ限界っぽいな。もうちょいいけるかと思ったが……」


 ハジメが、自分達の方を振り返って複雑そうな表情をしている光輝を見返しながら呟いた。


「う~ん、あの勇者さんが〝限界突破〟を使えば、いけるんじゃありませんか?」

「どうかな。まぁ、限界突破の更に上のやつでも発動すればあるいはいけそうだが……でも、そのあと弱体化するだろう? 回復しても、そのあとは疲労がかなり溜まった状態になるだろうし、〝限界突破〟の疲労は通常の回復魔法だと中々癒えないからな」

『……再生魔法なら治せるかもだけど』

「消費が大きいから余り使いたくないよね。まだ序盤なんだし」

『ふむ。では、勇者の坊やが使ってしまう前に片付けてしまうのがいいかのぅ』


 果たして、このまま進めたとして大迷宮は光輝達を攻略者と認めてくれるのだろうかとハジメは頭を悩ます。光輝達が神代魔法を手に入れられなければ、「ノイントが大量発生した時は勇者達に丸投げしちゃおう作戦」が取れなくなってしまう。


 なので、ここらで一発戦果を上げて大迷宮に「俺達頑張ったよ! アピール」をしてもらいたいのだが……


 この先、何があるかわからない以上、無闇に神代魔法を連発して魔力を大量消費するのは望ましくない。魔晶石による魔力のストックがあるとはいえ、今はユエとティオが戦力外となっておりいつ元に戻れるのかわからない以上、余裕をかまして足元をすくわれるわけにはいかないのだ。


『ご主人様よ、何を悩んでいるのか大体わかるがの、戦闘での成果は余り意識せんでも良いのではないかと思うのじゃ』

「うん? どういう事だ? 大迷宮のコンセプトのことか?」


 頭を捻るハジメにゴブリン(ティオ)が助言する。度し難い変態ではあるが知識も思慮も深い彼女の言葉はとても価値が有る。どうしようもない変態ではあるが。


『うむ。おそらくじゃが、ハルツィナは〝絆〟を試しておるんじゃろう』

「絆……そう言えば、入口の石版にもその言葉はあったな」

『そうじゃ。あれは単に亜人族による大樹までの案内だけでなく、攻略において絆を試すという意味でもあったのではなかろうか。仲間の偽物を見抜くこと、変わり果てた仲間を受け入れること、まさに〝紡がれた絆〟が試されているように思うがの』

「なるほどな。……その試練を乗り越えた先にゴールがあるなら、確かに〝道標〟と言えるかもな。だとすれば、確かに戦闘では俺が片付けても問題ないかもしれない。この先に待っている〝絆を試す何か〟を天之河達が乗り切ればいいんだし」

『そういう事じゃ。まぁ、あくまで推測じゃがの』


 そうは言いつつも中々に信憑性のある推測だ。


 そうと分かっていれば、ハジメ自身が片付けるという選択の前に、アーティファクトで光輝達を強化して戦闘力を大幅に高めるという手も取れたのだが、とハジメは嘆息する。大迷宮が攻略において記憶を読み取る以上、下手に強化しすぎれば攻略を認められない可能性があると考えて控えたのだ。


 次いで、ハジメはゴブリン(ティオ)をチラリと見てもう一度嘆息した。今のように、ティオは時折、鋭い考察を行ったり含蓄のある助言をしたりと自分達より遥かに長く生きた者を感じさせることがある。高潔で敬意を払うべき種族であると思わせるのだ。


 本来の彼女は思慮深く思いやりがあり、そして強いと、まさにユエが憧れた竜人族の素質を完璧に備えている。その外見の美しさと相まって男なら誰でも意識せずにはいられない魅力的な女性なのだ。


 だというのに、既に手遅れ確定のド変態……


「やはり、俺のせいなのだろうか?」とハジメは内心で頭を抱えた。そして、物凄く残念なものを見るような眼差しをゴブリン(ティオ)に向ける。


『む? なにやらご主人様から哀れみに満ちた眼差しを感じるのじゃ。……はぁはぁ、これはこれで……既に妾はご主人様なら何でも良いのかもしれん!』

「はぁ~」


 ゴブリン姿で身をくねらせるティオは激しく気持ち悪かった。


 ハジメは、四点結界と鈴の〝聖絶〟が破れないことに業を煮やし、更に樹々を生成しながら間断なき攻撃を加えてくるトレントモドキを一瞥する。周囲は既に視界の全てが埋め尽くされるほど、うねる樹々で溢れかえっていた。


『谷口。今から全部焼き払う。死にたくなかったら絶対に結界を解くなよ』

「え?」


 前方で周囲三百六十度からの一斉攻撃を凌いでいる鈴に、ハジメが念のため念話石で障壁を解かないように忠告する。


 突然の念話に、思わず素の声で呆けた返事をする鈴。光輝達が訝しげな表情を鈴に向けるが、その表情は直ぐに唖然としたものに変わることになった。


 ハジメは〝宝物庫〟から円月輪を結界の外に取り出すと感応石をもって遠隔操作をする。〝風爪〟の能力が付与された円月輪は、〝気配遮断〟の能力で姿をくらませつつ周囲を埋め尽くす樹々を易々と切り裂いて上空へと飛び出していった。


 その数は優に二十は超えているだろう。戦闘機動を取らせるのは無理だが単純に旋回させるくらいならどうということもない。


 そして、上空を飛び交う円月輪は、次の瞬間、黒い液体を散雨のように眼下のトレントモドキ達に降り注ぎ始めた。ザァアアーと雨音を響かせながら撒き散らされる黒い液体はフラム鉱石を融解させた摂氏三千度で燃えるタールである。


 ハジメは円月輪のゲート機能を使って〝宝物庫〟に保管してある大量のタールを上空へ転送しているのだ。


 ハジメが何をしようとしているのか察した傍らのシア達が、「うわ~」と若干引いたような眼差しをハジメに向けた。ユエですら微妙な表情をしている。


 確かに、増えすぎたトレントモドキが生成した樹々を手っ取り早く一掃するには有効な手ではあるが……


 そんな彼女達の視線などどこ吹く風と、ハジメは小さな火種をポイッと手元にある円月輪の中穴に放り込んだ。


 その瞬間、


ゴォオオオオオオ!!


 視界の全てが一瞬にして紅蓮に染まった。


 タールが纏わりついても気にせず攻撃を繰り出していたトレントモドキ達は、しかし、摂氏三千度の獄炎になすすべなく瞬時に焼き滅ぼされていく。声帯などないはずなのに、彼等の断末魔の絶叫が聞こえてくるようだ。


 熱波による上昇気流で炎が竜巻のように巻き上がり、地面すら焼き焦げて所々溶岩のように赤熱化している。まるで、現世に地獄が顕現したと錯覚しそうな光景だ。今、結界の外に出れば間違いなく唯の炭化した物体に……いや、消し炭すら残らないかもしれない。


 タールは、熱量は凄まじいもののその分燃焼時間はそれほど長くはない。ハジメが作り出した地獄の業火も十五分ほどで自然と鎮火した。もっとも、トレントモドキ達が下手に暴れたせいで樹海の普通の樹々に延焼し、あわや超大規模の森林火災が発生しそうになったが、そこは香織が水系魔法で何とか鎮火してくれた。


「別に、もうユエ達とは合流してるんだから全部焼き払っても問題なかったのに……」

「……ハジメくん。取り敢えず全部壊してからっていう考えはどうかと思うよ?」

「ハジメさんのいるところに破壊あり……父様達が見ていたら喜々として新しい二つ名を考えそうですよね」

『……自重しないハジメ……素敵』

『同意するぞ、ユエよ。容赦のないご主人様……濡れるのじゃ』


 四点結界を解いて、どこか疲れた目をして脱力している光輝達のもとへ歩きながら、どこか困った人を見るような眼差しを向ける香織。しかし、香織以外のメンバーは、むしろ〝流石ハジメ〟〝ハジメはこうでなければ〟と、どこか満足気な表情をして、うんうんと頷いている。


「南雲君……さっきのは……いえ、何でもないわ。既にロケットランチャー乱射したり、クラスター爆弾ばら撒いたりしてたもの。これくらい彼にとって普通のことなのよ。だから、しっかりするのよ、私……」

「大丈夫だよ、シズシズ。未だに鈴も現実逃避したくなる時があるけど、でも、その内慣れるよ。だから大丈夫」


 傍らの光輝達が、それは本当に大丈夫なのだろうかと物凄く微妙な顔をする。同時に、光輝はハジメに視線を移してギュッと唇を噛み締めた。


 自分が切り札を使っても倒しきれなかった相手を、ハジメはまるで片手間のように片付けてしまった。ここには、その差を覆すためにやって来たのだと自分に言い聞かせても、助けられっぱなしで果たして神代魔法は手に入るのか……そんな不安が心の内から湧き上がってくる。


 ネガティブな考えを振り払うようにハジメから視線を逸らして頭を振った光輝は、背後でメキメキッという音が響いたことにハッとして慌てて振り返った。


「再生している?」


 光輝の言葉通り、そこには炭化した地面から地響きを立てながら生えてきて急速に成長する巨木の姿があった。あっという間に成長したそれは先のトレントモドキそっくりである。まさに〝再生した〟といった感じだ。


 身構える光輝達だったが再生したトレントモドキは特に襲いかかるでもなく、しばらく佇むと大樹の時と同じように洞を作り始めた。幹が裂けるように左右に割れて中に空間が出来上がる。


「中ボスっぽいなとは思っていたが、次のステージに行く扉でもあったんだな」


 ハジメは納得したように頷き躊躇うことなく洞に向けて歩みを進めた。その後をユエ達も付いて行く。身構えていた光輝達も構えを解いて慌てて追随した。


 洞の中は特に何の特徴もない空間だった。しかし、全員が中に入った直後、やはりと言うべきか洞の入口が勝手に閉じていきほぼ同時に足元が輝きだした。


「また転移だな……」


 大樹の入口とほぼ同じ魔法陣の発動に、ハジメは呟きながら傍にいたユエ(ゴブリンVer)とゴブリン(ティオ)をグッと抱き寄せた。抱き締めた所で転移陣が引き離そうとするなら抗えない可能性の方が大きかったが何もしないよりはいい。


 二人は現在戦えないのだから、ちょっとしたことが致命傷になりかねないのだ。些細なことでも出来ることはしておきたい。ここまで来て、今更二人を失うなど有り得ないことだ。


『……ハジメ』

『ご、ご主人様……うぅ、優しくされると反応に困るのじゃ』


 そんなハジメの心配する気持ちが伝わったのか、見た目はゴブリンの二人だが見る者が見れば明らかに喜んでいると分かる雰囲気を漂わせる。ティオの方は珍しく、素で照れてもいるようだ。


 シアと香織の二人が、「あ、私も~」とハジメに抱きつこうとして飛びかかったが……


 その試みは一歩遅かった。ハジメの視界は二人が手を伸ばして向かってくる光景を最後に莫大な光によって塗りつぶされた。



いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


次回も、土曜日の18時に更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハジメは呟きながら傍にいたユエ(ゴブリンVer)とゴブリン(ティオ)をグッと抱き寄せた。 何気にティオの扱いがヒドイのはハジメだけじゃなくて作者様もだった(笑)
[一言] 摂氏3000度ということは華氏5400 °F ぐらいかな? 間違ってるかもだけど...おっそろしいw どうせなら摂氏6000度にすれば太陽の温度と一緒だったのにー 6000時で短いと思って…
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