ハウリアVS皇帝 前編
前後編です。
首ポン描写が多数あります。ご注意下さい。
「なんだ!? なにが起こった!?」
「いやぁ! なに、なんなのぉ!?」
一瞬で五感の一つを奪われた帝国貴族達が混乱と動揺に声を震わせながら怒声を上げる。
「狼狽えるな! 魔法で光をつくっがぁ!?」
「どうしたっギャァ!?」
「何が起こっていっあぐっ!?」
比較的冷静だった者が、指示を出しながら魔法で光球を作り出し灯りを確保しようとする。が、直後には悲鳴と共に倒れ込む音が響いた。同時に、混乱する貴族達が次々と悲鳴を上げていく。
その異様な光景に再び場は混乱に陥った。特に、令嬢方は完全にパニックに陥っており、闇雲に走り出したようで、そこかしこから転倒音や衝突音が聞こえ始める。
「落ち着けぇ! 貴様等それでも帝国の軍人かぁ!」
暗闇の中、ガハルドの覇気に満ちた声が響き渡る。闇夜を払拭しそうなほど大音量の喝は暗闇と悲鳴の連鎖で恐慌に陥りかけた帝国貴族達の精神を強制的に立て直させた。
しかし……
ヒュ! ヒュ! ヒュ!
「っ!? ちっ! こそこそと鬱陶しい!」
そのガハルド目掛けて闇の中から無数の矢が飛来する。
通常では考えられないほど短いくせに驚く程の速度と威力を秘めた矢が四方八方からガハルドを襲ったのだ。その上、絶妙にタイミングをずらし、実に嫌らしい位置を狙って正確無比に間断なく撃ち込まれるので、さしものガハルドも防戦一方に追い込まれてしまった。とても態勢を立て直す為の指示を出す余裕はない。
それでも真っ暗闇の中、風切り音だけで矢の位置を掴み儀礼剣だけで捌いているのは流石というべきだろう。怒声を上げるガハルドを中心にギン! ギン! ギン! ギン! と金属同士が衝突する音が鳴り響く。
次々と上がる悲鳴と物や人が倒れる音が響く中、ガハルドの喝と、そのガハルドが襲撃を受けていることから冷静さを取り戻した者達が灯りとして火球を作り出すことに成功した。
険しい表情で周囲を見渡しつつ衛兵を大声で呼ぶ彼等。
その視界の端に何か黒い影のようなものがヒュッ! と風を切りながら横切る。
「ッ!? 何者っげぶっ!?」
咄嗟に、その影に向かって火球を飛ばそうとした帝国貴族の男。
しかし、直後に背後の闇から飛び出した黒装束(+ウサミミ)が暗闇と同化したような黒塗りの小太刀を一閃すると、まるで冗談のように、一瞬で首を刈り取られてしまった。
ポ~ンと首が飛びクルクルと回って生々しい音と共に地面に落ちる。その頭は、どこかキョトンとしており、自分の首が刈り取られたという事に気がついていないかのようだった。
気が付けば、周囲を照らしていた幾つかの火球は全て消えて、再び闇一色となっている。
光に誘われる蛾のように火球を作り出した者のところへ向かっていた帝国貴族や令嬢達は、火球が消滅する寸前に垣間見えたウサミミを生やした黒装束が、一瞬で人の首を飛ばす光景を目の当たりにした。そして再び、闇に紛れて消えた襲撃者に無様にも腰を抜かしていく。
「ひっ、ば、化け物ぉ~!」
「し、死にたくないぃ~、誰かぁ!」
腰を抜かした者の多くは令嬢や文官達だったが、少なからず軍の将校もいる。前線から退いて贅沢の極みを尽くしてきた彼等には死神の鎌に等しい暗闇と襲撃者の存在に精神が耐えられなかったのだ。
そんな彼等は、一人の例外もなく、何も出来ないまま、そしてしないまま、音もなく肉薄した黒装束達に手足の腱を切られて、痛みにのたうちながら倒れ伏すことになった。
そんな情けない者達もいるが、ここが実力至上主義を掲げる軍事国家である以上、いつまでも混乱に甘んじているわけがない。ガハルドのように儀礼剣は持っていないが護身用の懐剣を頼りに何度か襲撃を凌いだ猛者達が、仲間の気配を頼りに集まり陣形を組みだした。
背中合わせになり、中央に術者を据えて詠唱を任せる。見事な連携だ。
ガハルドの比較的近くにいた者達も直ぐに陣形を組んでガハルドの背後を守りだした。注意すべき範囲が一気に半分になったガハルドに、もう矢による攻撃は通じない。余裕が出来たガハルドは何十という数の矢を片手間に叩き落としながら詠唱を始めた。
とんでもない発動速度で瞬く間に作り出された十近い火球。それは、一瞬で会場に広がり、始源の煌きを以て闇を払い始めた。
反撃開始だ! そう息巻いたガハルド等だったが、直後、目の前に金属塊がコロコロと転がってくる。
「なんだ? これは……」
訝しみながらも正体を確かめようと接近するガハルドの側近を務める男。それは、彼だけでなく離れた場所で灯りを確保した者達も同じだった。
猛烈に嫌な予感がしたガハルドは、咄嗟に制止の声をかける。
「よせ! 近づくなっ!」
「っ!?」
ガハルドの言葉に反射的に従って後ろに飛び退ろうとした側近だったが、その金属塊のもたらす効果からすれば無意味な行動だ。それは、次の瞬間に証明された。
カッ!
キィイイイイイン!!
突然、金属塊が爆ぜたかと思うと、強烈な光が迸り、莫大な音の波が周囲を無差別に蹂躙したのである。
「ぐぁあ!?」
「ぐぅうう!」
「何がァ!?」
光が爆ぜた瞬間、咄嗟に目を瞑って腕で顔を庇ったガハルド達だったが、余りの不意打ちに完全には防ぎきれず、一時的に視力を失う程にきっちりと目を灼かれ、酷い耳鳴りによって聴覚も失う事になった。
そして、その絶好のチャンスを襲撃者たるハウリアが見逃すはずもない。
絶妙なタイミングで急迫した黒装束のハウリア達が極限の気配殺しで標的の懐に踏み込む。そして、漆黒の小太刀を一閃、二閃。
五感の二つをいきなり奪われ、抵抗する余裕など微塵もない将校達の手足の腱は、あっさりと切り裂かれてしまった。
激烈な痛みに悲鳴を上げて倒れ伏す側近達。
直後、口にナイフを突き込まれて舌を裂かれる。詠唱封じの目的だ。離れた場所でも同じように数人が手足の腱を切られて倒れ伏し口から血を流していた。大きな魔術を行使しようとしていた者は容赦なく首を飛ばされている。
そんな中、ギンギンギン! と金属同士の激突音が響いた。何と驚いたことに、ガハルドだけは、目も耳も潰された状態で、極限まで気配を殺したハウリア族二人の斬撃を凌いでいたのである。
これには襲撃しているハウリア族の二人も黒装束から覗く瞳を大きく見開いて驚きをあらわにした。
その一瞬の動揺を感じ取ったのか、隙を突いて気合一発、ガハルドは大きく踏み込み震脚によって衝撃を発生させる。
「っ!」
「くっ!」
体勢を崩された二人のハウリアが思わず呻き声を上げた。そして、ガハルドは、目も耳も使えないとは思えないほど正確な踏み込みで二人に横殴りの斬撃を浴びせる。
「散らせぇ! 〝風壁〟!」
辛うじて小太刀で受けつつも強烈な破壊力を秘めた斬撃によって弾き飛ばされた二人のハウリア族と入れ違いに、凄まじい数の矢がガハルドを集中砲火するが、たった二言で発動した風の障壁によって、その全てはあっさりと軌道を逸らされてしまった。
「撃ち抜けぇ! 〝炎弾〟!」
そして再び二言で魔法を発動。〝火球〟より威力のある〝炎弾〟を一度に十も作り出し、〝風壁〟によって感じ取った矢の射線に向かって一気に掃射する。
発動速度も威力も尋常ではないガハルドに戦慄する気配が無数に湧き上がる。気配を殺していたハウリア達が動揺して気配を僅かに漏らしたのだ。
ガハルドの閉じたままの瞼が僅かに開き、見えていないにもかかわらずギラリと野獣じみた危険な光を宿す。そして、グリン! と首を回しその視線が闇の奥のハウリアを正確に捉えた。先程、僅かに漏れた気配を感じ取ったのだ。
「おぉおおお! 爆ぜろぉ、〝炎弾〟!」
放った炎弾には背を向けながら、闇の奥のハウリアに向かって一直線に突進するガハルドは再度詠唱した。
直後、パーティー会場の天井付近に向かって飛んでいた背後の炎弾が一瞬の収縮のあと轟音と共に大爆発を起こした。
天井からクロスボウで援護をしていたハウリア達は、炎弾を回避するためにその場から急いで撤退していたのだが、炎弾が爆発したせいで広範囲に衝撃と熱波が撒き散らされたために完全にはかわすことが出来なかった。少なくとも、足場にしていた場所は崩落してしまい、次の狙撃ポイントに移るまで僅かな時間、援護が途絶えてしまった。
「舞い踊る風よ! 我が意思を疾く運べ、〝風音〟!」
その隙にガハルドは次の魔法を行使する。風系統の補助魔法〝風音〟。周囲の空気に干渉して音を増幅したり、小さな音を遠くに運んだり出来る魔法だ。大音量に狂わされた聴覚を、この魔法で補助して僅かにでも取り戻そうというのだろう。
確かに、応用すれば気配感知の技能の魔法バージョンと言えるかもしれない。と言っても、結局は聴覚を通じて感知するので精度は下がるし、感じ取るのに集中力も必要で近接戦闘時に使うには不向きな魔法ではある。基本は斥候や諜報員が使う連絡・諜報用の魔法なのだ。
「らぁああ!!」
「ッ――!!」
「くぅう!」
裂帛の気合と共に、斬撃が鞭のようにしなりながら変幻自在に振るわれる。
それを苦悶の声を上げながらも、気配に緩急をつけてガハルドの感覚を誤魔化しつつ、連携で何とか凌いでいくハウリア達。しかし、〝風音〟のせいで気配操作は余り役に立っていないようだ。ハウリア族が動いた時の微妙な風切り音をしっかりと感じ取っているらしい。
視覚を奪われながら、おそらく発動しても〝気配感知〟には程遠い効果しかないだろう連絡・諜報用の魔法に身を委ねて躊躇うことなく踏み込めるガハルドの胆力と凄絶な殺気の奔流。
これが皇帝。これが軍事国家の頭。力こそ全てと豪語する戦闘者たちの王なのだ!
それを、身を持って実感したハウリア達は……
しかし、萎縮するどころか誰もがその口元に凄惨な笑みを浮かべた。覆面の隙間から覗く瞳はギラギラと獰猛に輝き、一人一人から濃密な殺気が噴き出す。気配操作が意味をなさないのなら、連携で仕留めてやんよぉ! と言わんばかりに、ハウリア達はまるで一つの生き物のように動き出した。
「ククク、心地いい殺気を放つじゃねぇか! なぁ、ハウリアぁ!」
四方八方からヒット&アウェイを基本とした絶技と言っても過言ではないレベルの連携攻撃が殺到する。その斬撃を独特の剣術で弾きながら、ガハルドは楽しげに叫んだ。どうやら、とっくにハウリア族とばれていたようだ。
ハウリア達は、ガハルドの雄叫びを聞いても無言だ。ただ、ひたすら殺意を滾らせていく。
「あぁ? ビビって声も出せねぇのか!?」
言葉からして、やはり、魔法のおかげで聴力だけは少し回復しているらしい。そのガハルドの叫びに、一際強烈な殺気を振りまくハウリア――カムが小太刀の二刀を振るいながら、その溢れ出る殺意とは裏腹に無機質な声をポツリと返した。
「戦場に言葉は無粋。切り抜けてみろ」
「っ! はっ、上等ぉ!」
暗闇に火花が舞い散り、更に激しさを増す剣戟は嵐の如く。
しかし、双方の体に刃は届かない。数十秒か、数分か……会場で意識はあるものの口も手足も切り裂かれて苦悶に表情を歪める者達は、なぜ外から誰も駆けつけないのかと苛立ちながらも自分達の王の勝利を祈る。
同時に、剣戟の火花により時折浮かび上がる影で襲撃者が兎人族であると察し、有り得ない事態に、その未知に、恐怖に慄く体を必死に押さえ込んでいた。
と、その時、彼等の期待を裏切るように事態が動いた。
「っ! なんだっ? 体が……」
ガハルドが突如ふらつき始め、急速にその動きを鈍らせたのである。「待ってましたぁ!」と言わんばかりに、四方八方からハウリア達が飛びかかる。
何とかそれを弾き返すガハルドだったが、最初からガハルドの異変は想定済みだったようで、絶妙なタイミングで放たれた矢がガハルドのふくらはぎを深々と貫いた。
「ぐぁ!」
ガクンと膝を折るガハルドにカムが小太刀を振るう。辛うじて剣で受け止めるもののもう片方の小太刀で腕の腱を切られ、ガハルドは遂に剣を取り落とした。
ガハルドは、瞬時に魔法を発動しようとするも、刹那のタイミングで交差するようにすれ違った二人のハウリア族が、戦闘中に確かめていた位置に小太刀を振るい、隠し持っていた魔法陣やアーティファクトを破壊または弾き飛ばす。同時に、残りの腕と足の腱も切断した。
「ッ――」
迸る激痛に、しかし、悲鳴は上げないガハルドだったが、その体は意志に反してゆっくりと傾き、ドシャと音を響かせてうつ伏せに倒れてしまった。
静まり返るパーティー会場。誰も言葉を発しない。それは、物理的に口を閉じさせられているからというのもあるが、きっと、たとえ口が利けたとしても、言葉を発する者はいなかっただろう。
ヘルシャー帝国皇帝の敗北。
暗闇に視界を閉ざされていようが、理解できてしまう。その事実は、人から言葉を、あるいは思考自体を奪うには十分過ぎる衝撃だった。
ハウリア族の一人が、倒れ伏すガハルドにスっと近寄る。そして、視力と一応聴力を回復させる薬をガハルドに施した。これからの交渉に必要だからだ。
「ふん、魔物用の麻痺毒を散布してここまで保つとはな」
「くそがっ、最初からそれが狙いだったか……」
衣服に仕込まれた魔法陣やアーティファクトも全て取り除かれ死に体となったガハルド。視力と聴力が回復してきたところでカムから体の不調の原因を聞かされて悪態をつく。
そんなガハルドに、突如、頭上から光が降り注いだ。ハウリア達の装備の一つでフラッシュライトのようなものだ。それがまるでスポットライトのようにガハルドを照らしているのである。
『どどどどど、どういうことですか!? ここここ、これは!? にゃにゃにゃ、にゃぐもさん! いいい、一体ぃ!!』
『いいから、ちょっと落ち着け姫さん。今、クライマックスなんだから』
手足の腱を切り裂かれ、魔法陣の破壊の為にあちこち衣服を切り裂かれて地に伏せるガハルドが光に照らされて現れたのを見て、ハジメに羽交い締めにされて口元を塞がれているリリアーナが動揺もあらわにハジメを問い詰める。
襲撃の際、皇太子バイアスの傍らにいたリリアーナだったが、ハジメが瞬時に回収して元の位置に戻って来ていたのだ。ハウリア族の作戦遂行中、ハジメ達は皆、邪魔にならないように会場の端っこに集まっていた。
幾人もの帝国貴族達が死んだことを感じ取っているようで光輝が盛大に顔をしかめている。鈴や雫、龍太郎も難しい表情で黙り込んでいた。これが、亜人の境遇を改善する最大のチャンスであり、文字通りハウリア達の運命を左右する一戦であることを理解しているためじっとしているが、やはり目の前で繰り広げられる惨劇をあっさり割り切ることは出来ないのだろう。
もっとも、たとえ割り切れなくとも静観する以外に道はない。もし感情に任せて、「これ以上はやり過ぎだ!」等と言いながらカム達の邪魔をしようものなら、その瞬間、背後からレールガンに襲われることになるだろう。
動揺のまま大声を出しそうなリリアーナを羽交い締めにしながらも、きっちり光輝を視界と意識に収めているハジメ。いざとなれば何をする気か察している雫は、ある意味、ハウリア族の繰り広げた殺戮劇よりも光輝の動向とハジメの視線に冷や汗を流していた。
「さて、ガハルド・D・ヘルシャーよ。今生かされている理由は分かるな?」
「ふん、要求があるんだろ? 言ってみろ、聞いてやる」
「……減点だ。ガハルド。立場を弁えろ」
姿は見えず、パーティー会場全体に木霊するように響き渡る男の声。正体はカムだ。
這い蹲るガハルドに声をかけたカムだったが、ガハルドの横柄な態度に、僅かな間の後、まるで機械のような声音で忠告を発した。
そして、その忠告は言葉だけではなかった。
突如、ガハルドから少し離れた場所にスポットライトが当たる。そこには、ガハルドと同じく手足の腱を切られ、詠唱封じのために口元も裂かれた男の姿があった。その男にスポットライトの外から腕だけが伸びてきて髪を掴んで膝立ちにさせたかと思うと、次の瞬間には、男の首が嘘のようにあっさりと斬り飛ばされた。
「てめぇ!」
「減点」
思わず怒声を上げるガハルド。他の場所からも生き残り達が見ていたのだろう。悲鳴や息を呑む音が聞こえる。しかし、そんなガハルドの態度に返ってきたのは機械じみた淡々とした声。
そして、再び別の場所にスポットライトが辺り、同じように男の首が刈り取られた。
「ベスタぁ! このっ、調子にのっ――」
「減点」
側近だったのか、たったいま首を刈り取られた男の名前を叫び、悪態を吐くガハルドだったが、それに対する返しは、やはり淡々とした声音と刈り取られる男の首だった。
「……」
ギリギリと歯ぎしりしながらも押し黙り、それだけで人を殺せそうな眼光で前方の闇を睨むガハルド。そんなガハルドに、やはりカムは淡々と話しかける。
「そうだ、自分が地を舐めている意味を理解しろ。判断は素早く、言葉は慎重に選べ。今、この会場で生き残っている者達の命は、お前の言動一つにかかっている」
その言葉と同時に、いつの間にかスポットライトの外から伸びてきた手が素早くガハルドの首にネックレスをかけた。細めの鎖と先端に紅い宝石がついたものだ。
「それは〝誓約の首輪〟。ガハルド、貴様が口にした誓約を、命を持って遵守させるアーティファクトだ。一度発動すれば貴様だけでなく、貴様に連なる魂を持つ者は生涯身に着けていなければ死ぬ。誓いを違えても、当然、死ぬ」
言外に、帝室の人間は確保しており、同じアーティファクトが掛けられていると伝えるカム。ガハルドもそれを察したようで苦虫を万匹くらい噛み潰したような表情になる。
カムがガハルドの首にかけた〝誓約の首輪〟と呼ばれるネックレス型のアーティファクトは、魂魄魔法を生成魔法によって付与した宝石と鉱石で作られたもので、カムの言葉通り、口にした誓約を魂魄レベルで遵守させる効果を持つ。
具体的には、発動状態で口にした誓約が直接魂魄に刻まれ、誓約を反故にしたり〝誓約の首輪〟を外したりすれば魂魄自体が消滅することになる。また、連なる魂を持つ者、すなわちガハルドの一族に対しても効果があり、同じく〝誓約の首輪〟を着けなければ死ぬ事になる。要するに、皇帝一族全員に、末代まで誓約を守らせるというアーティファクトなのだ。(姻族に対しては別途アーティファクトが必要)
「誓約……だと?」
「誓約の内容は四つだ。一つ、現奴隷の解放、二つ、樹海への不可侵・不干渉の確約、三つ、亜人族の奴隷化・迫害の禁止、四つ、その法定化と法の遵守。わかったか? わかったのなら、〝ヘルシャーを代表してここに誓う〟と言え。それで発動する」
「呑まなければ?」
「今日を以て帝室は終わり、帝国が体制を整えるまで将校の首が飛び続け、その後においても泥沼の暗殺劇が延々と繰り返される。我等ハウリア族が全滅するまで、帝国の夜に安全の二文字はなくなる。帝国の将校達は、帰宅したとき妻子の首に出迎えられることになるだろう」
「帝国を舐めるなよ。俺達が死んでも、そう簡単に瓦解などするものか。確実に万軍を率いて樹海へ侵攻し、今度こそフェアベルゲンを滅ぼすだろう。わかっているはずだ。奴隷を使えば樹海の霧を抜けることは難しくない。戦闘は難しいが、それも数で押すか、樹海そのものを端から潰して行けば問題ない。今まで、フェアベルゲンを落とさなかったのは……」
「畑を潰しては収穫が出来なくなるから……か?」
「わかってるじゃねぇか。今なら、まだ間に合う。たとえ、奴の力を借りたのだとしても、この短時間で帝城を落とした手際、そしてさっきの戦闘……やはり貴様等を失うのは惜しい。奴隷が不満なら俺直属の一部隊として優遇してやるぞ?」
「論外。貴様等が今まで亜人にしてきた所業を思えば信じるに値しない。それこそ〝誓約〟してもらわねばな」
「だったら、戦争だな。俺は絶対、誓約など口にしない」
どうだ? と言わんばかりに口元を歪めるガハルドに、カムは、どこまでも機械的に接する。
「そうか。……減点だ、ガハルド」
再度、その言葉が発せられ、降り注いだスポットライトに照らし出されたのは……
「離せェ! 俺を誰だと思ってやがる! この薄汚い獣風情がァ! 皆殺しだァ! お前ら全員殺してやる! 一人一人、家族の目の前で拷問して殺し尽くしてやるぞ! 女は全員、ぶっ壊れるまでぇぐぇ――」
皇太子バイアスだった。
皇太子の喚き声に混じって息を呑む音がそこかしこから聞こえる。
直後、何の躊躇いもなく銀線が翻り、ヘルシャー帝国皇太子の首はあっさり宙を飛んだ。
いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。
誓約内容については、練り直すかもしれません。
次回も、土曜日の18時更新予定です。




