デレ期?
ハジメによって全ての枷を外された亜人達が、飛空艇フェルニルに度肝を抜かれながらも物珍しげにあちこちを探検しているころ、ハジメ達はブリッジにてパル達ハウリアの話を聞いていた。
「なるほどな……やっぱ魔人族は帝国と樹海にも手を出していたか」
「肯定です。帝国の詳細は分かりませんが、樹海の方は強力な魔物の群れにやられました。あらかじめ作っておいたトラップ地帯に誘導できなければ、俺達もヤバかったです」
パル達曰く、樹海にも魔人族が魔物を引き連れてやって来たらしい。【ハルツィナ樹海】は大迷宮の一つとして名が通っているからフリード達が神代魔法の獲得を狙っている以上当たり前と言えば当たり前だ。
当然、樹海に侵入した魔人族達を、フェアベルゲンの戦士達が許すはずもなく、最大戦力をもって駆逐しに向かった。
しかし、亜人族と樹海の魔物以外は感覚を狂わされ、視界を閉ざされる濃霧の中でなら楽に勝てると思われた当初の予想は、あっさり裏切られることになる。魔人族はともかく、引き連れた魔物達は、樹海の中でも十全の戦闘力を発揮したのだ。ほとんどの魔物が昆虫型の見たこともない魔物だったらしく、その固有魔法も多彩かつ厄介でフェアベルゲンの戦士達は次々と返り討ちにあってその命を散らしていった。
その魔人族は、瀕死状態の亜人族に、かつてのハジメと同じく「大迷宮の入口はどこだ?」と聞いて回ったらしい。しかし、彼等が敵に情報を教えるわけもなく、また、そもそも知らないこともあり、魔人族は、ならば長老衆に聞けばいいとフェアベルゲンに向かって進撃を始めたのだそうだ。
余りに強力な魔物の軍勢に、同胞を守るためにもフェアベルゲンの長老会議は、大樹の情報を教えることにした。かつてハジメにそうすることで紛争を避けたように。自分達にとって大樹も本当の大迷宮も大して価値のあるものではないのだから、と。
しかし、同じ大迷宮を求める者でも、ハジメとその魔人族では決定的に違う点があった。それは亜人族に対する価値観だ。その魔人族も例に漏れず、いや、むしろ一般的な差別意識を通り越して、亜人族に対して憎悪すら抱いている程だったのだ。
曰く、この世界は魔人族によって繁栄していくべきであり、神から見放された半端者の獣風情が国を築いているという時点で耐え難い屈辱だということらしい。その表情は自らの神を信望する狂信者のそれだったという。
そして、その魔人族は、その思いのままフェアベルゲンに牙を剥いた。大迷宮に行く前に亜人共を狩り尽くしてやる、と。
フェアベルゲンの戦士達は必死に戦った。しかし、樹海の影響を受けない上に強力な固有魔法を使う未知の魔物の群れが相手では、彼等に勝目は薄かった。
このままで、いずれ全てが蹂躙されてしまうと、そう考えたとある熊人族の戦士が、隙を見て密かにフェアベルゲンを抜け出した。逃げるためではない。助けを乞うためだ。
彼の名はレギン・バントン。かつて、長老の一人ジン・バントンを再起不能にされた恨みからハジメ達を襲撃し、逆にハウリア族によって返り討ちにあった男だ。
そう、レギンは、自分達フェアベルゲンが追放したハウリア族に恥も外聞もなく頭を下げに行ったのである。満身創痍の体で必死に樹海を駆け抜け、辿り着いたハウリア族の新たな集落で、レギンは何度も額を地面にこすりつけた。そして、ただひたすら懇願した。
――助けて欲しい、力を貸して欲しい
その願いにハウリア族の族長カム・ハウリアは応えた。
それはフェアベルゲンのためではない。もちろん、フェアベルゲンにも同族である兎人族はいるので、助けたいという思いが皆無というわけではないが、何より、カム達が看過できなかったのは、攻めてきた魔人族の目的が大迷宮であるということだ。
万一、魔人族が大樹をどうにかしてしまったら……
自分達のボスであるハジメはいずれ戻って来るのだ。その時、その魔人族が何かしたせいで大迷宮に入れなくなっていたら目も当てられない。
ハジメの部下たらんとする自分達がいながら、みすみすボスの望みが潰えるのを見逃したとあっては、もう胸を張って再会を喜ぶことなど出来はしないし、ハジメをボスと呼ぶ資格もない! と、いうわけである。
ハジメは、そんなこと全く気にしないのだが……ハウリアの矜持というやつだ。
その結果、ハウリア族はレギンの要請に応えるというよりも、「われぇ、なにボスのもんに手ぇ出しとんねん、ア゛ァ゛!? いてまうぞ、ゴラァ!?」という心境で参戦を決意したのである。
レギンは後に語る。
「あの時のハウリアはホントに怖かった。以前のように狂乱するわけでもないのに、ゆらゆら揺れながら口元が、こうスッと裂けて……笑うのだ。うぅ、あの日からよく眠れない。……夢に口の裂けたウサギが出て来て、首を……はぁはぁ……ダメだ。動悸息切れが止まらない。……薬はどこだ……」
参戦したハウリア達は、まずフェアベルゲンの外側から各個撃破で魔物達を仕留めていったらしい。魔物達の動きと固有魔法を実地で確かめて戦略に組み込むためだ。ハウリア族が強くなったといっても、それは自らの種族の特性を上手く扱えるようになったというのと、精神が戦闘を忌避しなくなったというだけで、劇的にスペックが上がったわけではない。なので、未知の敵と正面から戦うような愚は決して犯さなかったのだ。
相手を決死の覚悟が必要な難敵と定めて、闇討ち、不意打ち、騙し討ち、卑怯、卑劣に嘘、ハッタリと使えるものは何でも使って確実に情報を集めた。
そして、配置が終わったチェスのように、一斉に攻勢に出たのである。濃霧の効果がなくとも、兎人族本来の巧みな気配操作によって確実に魔物を仕留めていった。
そのうち配下の魔物がいつの間にか相当減っていることに気がついた魔人族が、魔物を集め始めた。各個撃破が出来なくなったハウリア達は自分達を囮にして、今度は新たな集落の周囲に設置しまくったトラップ地帯に誘導を開始した。
誘導は簡単だったそうだ。何せ、散々してやられたことで、魔人族は頭に血が上りまくっていたのだ。そこで、ちょっと姿を見せて鼻で嗤ってやれば……十分である。
そして、ハウリアに若干の被害を出しつつも、遂に、魔人族の首を落として、魔物の殲滅に成功したのだという。
しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。ハウリアにより窮地を救われたフェアベルゲンだったが、その被害は甚大。とても樹海の警備に人を回せるような余裕はなく、復興と死者の弔い、負傷者の看病で手一杯だった。
そして、その隙を突くように、今度は帝国兵が樹海へと侵入してきたのである。
目的は人攫いだったらしい。
ハウリアも戦後処理で集落に引っ込んでおり、気が付くのが遅れた結果、多数の亜人族が抵抗をする余裕もなく攫われてしまった。カム達がそれに気がつき、帝国兵の一人を攫って尋問した結果、どうやら帝国でも魔物の襲撃があったらしく、復興のための労働力確保と消費した亜人族の補充の必要性から樹海に踏み込んだのだそうだ。
カム達は、ハウリア族以外の兎人族の集落に急いで駆けつけたが、その時には既に遅く、女子供のほとんどを攫われてしまった。非力な兎人族を攫う理由が労働力のためでないことは明らかだ。襲撃を受けて高ぶっている帝国人を慰めるという目的以外には考えられない。
流石に、同族の悲惨な末路を見過ごせなかったハウリア族は、仲間の過半数を樹海の警備のためにおいて、カム率いる残り少数で帝都へ向かう輸送馬車を追ったのである。
しかし、そろそろ帝都に着いたはずというあたりで、カム達からの連絡が途絶えてしまった。伝令役との待ち合わせ場所に、時間になっても姿を見せなかったのだ。
何かあったのではと考えて、じっとしていられなくなった樹海に残った者達は、何人か選抜して帝国へ斥候に出した。
結果、どうやらカム達は帝都に侵入したまま、出て来ないようだとわかったのだ。
その後、帝都に侵入してカム達の現状を知るべく、パル達が警備体制などの情報収集をしていたところ、大量の亜人族を乗せた輸送馬車が他の町に向けて出発したという情報を掴み、パル達の班が情報収集も兼ねて奪還を試みたというわけである。
「しかし、ボス。〝も〟ということは、もしや魔人族は他の場所でも?」
「ああ、あちこちで暗躍してやがるぞ? まぁ、運悪く俺がいたせいで尽く潰えているけどな」
今思えば、魔人族にとってハジメは疫病神以外の何者でもないだろう。明確に種族全体に対して敵対意識を持っているわけでもないのに、彼等が事を起こした場所にタイミングよく居合わせて、邪魔だからという軽すぎる理由で蹴散らされているのだから。
「まぁ、大体の事情はわかった。取り敢えず、お前等は引き続き帝都でカム達の情報を集めるんだな?」
「肯定です。あと、ボスには申し訳ないんですが……」
「わかってる。どうせ道中だ。捕まってた奴等は、樹海までは送り届けてやるよ」
「有難うございます!」
パル達が一斉に頭を下げる。シアは何か言いたそうにモゴモゴしていたが、結局、何も言わなかった。
ハジメはそれに気がついていたし、シアが何を言いたいのかも察していたが、取り敢えず、シアが自分で言い出すのを待つことにして、やはり何も言わなかった。
最後に、パル達から樹海に残っている仲間への伝言を預かって、ハジメは、帝都から少し離れた場所でリリアーナ達とパル達を降ろした。そして、一行は【ハルツィナ樹海】に向かって高速飛行に入るのだった。
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ハジメ達が再び足を踏み入れた【ハルツィナ樹海】は、以前となんら変わらず一寸先を閉ざすような濃霧をもって歓迎を示した。
やはり、亜人族がいなければ、人外レベルのハジメでも感覚を狂わされるようだ。ハジメ達がそれぞれ見失って離れ離れにならないよう、以前と同じく亜人達が周囲を囲むようにして先導してくれる。
妙にアルテナがハジメの近くを歩きたがるようだったが、サラッと無視して進むこと一時間。傍らを憂い顔で歩くシアのウサミミがピコピコと反応する。ハッと顔を上げたシアは、霧の向こうを見通すように見つめ始めた。
「ハジメさん、武装した集団が正面から来ますよ」
シアの言葉に周囲の亜人族が驚いたようにシアの方を向いた。その中には攫われていた兎人族も含まれており、どうやら自分達ではまるで察知できない気配をしっかり捉えているシアに驚いているようだ。
そのシアの言葉の正しさを証明するように、霧をかき分けていつか見たような武装した虎耳の集団が現れた。全員、険しい視線で武器に手をかけているが、彼等も亜人族が多数いる気配を掴んでいたようで、いきなり襲いかかるということはなさそうだ。
彼等のうち、リーダーらしき虎人族の視線がハジメ達に止まった。直後、驚愕に目を見開いた。
「お前達は、あの時の……」
その虎の亜人の様子にハジメも彼を思い出した。彼の名はギルといい、かつて樹海に踏み込んだハジメ達と相対した警備隊の隊長をしている男だ。どうやら、襲撃を生き延びて、再び警備をしていたらしい。
「一体、今度は何の……って、アルテナ様!? ご無事だったのですか!?」
「あ、はい。彼等とハウリア族の方々に助けて頂きました」
ギルは、ハジメに目的を尋ねようとして、その傍らにいたアルテナに気がつき素っ頓狂な声を上げた。そして、アルテナの助けてもらったという言葉に、安堵と呆れを含んだ深い溜息をついた。
「それはよかったです。アルフレリック様も大変お辛そうでした。早く、元気なお姿を見せて差しあげて下さい。……少年。お前は、ここに来るときは亜人を助けてからというポリシーでもあるのか? 傲岸不遜なお前には全く似合わんが……まぁ、礼は言わせてもらう」
「そんなポリシーあるわけ無いだろ。偶然だ、偶然」
何やら知り合いらしい雰囲気に、雫達が疑問顔になる。シアが、こっそり何があったのかを簡潔に説明すると、シアがハジメに惚れている理由も分かるというもので、皆、納得顔を見せた。
「それより、フェアベルゲンにハウリア族の連中はいるか? あるいは、今の集落がある場所を知ってる奴は?」
「む? ハウリア族の者なら数名、フェアベルゲンにいるぞ。聞いているかもしれないが、襲撃があってから、数名常駐するようになったんだ」
「そりゃよかった。じゃあ、さっさとフェアベルゲンに向かうぞ」
そう言ってハジメはさっさと先を促す。相変わらず態度がでかいなと再び呆れ顔をしながら、ギルは部下達に武器を収めさせて先導を務め始めた。
以前のような敵意を感じないのは、ハジメに鍛えられたハウリア族に救われたからなのか、あるいは長老衆から何か言われているのか……わからないが揉めなくて済むのは好都合だとハジメ達は大人しく案内を受けるのだった。
辿り着いたフェアベルゲンは、大きく様変わりしていた。まず、威容を示していた巨大な門が崩壊しており、残骸が未だ処理されずに放置されたままだった。
そして、ハジメをして魅了した幻想的で自然の美しさに満ちた木と水の都は、あちこち破壊された跡が残っており、木の幹で出来た空中回廊や水路もボロボロに途切れてしまって用をなしていなかった。
「ひどい……」
誰かがそう呟いた。
ハジメ達も全く同感だった。フェアベルゲンそのものも、どこか暗く冷たい風が吹いているようで、どんよりした雰囲気を漂わせている。
と、その時、通りがかったフェアベルゲンの人々がアルテナ達を見つけ信じられないといった表情で硬直し、次いで、喜びを爆発させるように駆け寄ってきた。
傍に人間族がいることに気がついて、一瞬、表情を強ばらせるもののアルテナ達が口々助けられた事を伝えると、警戒心を残しつつも抱き合って喜びをあらわにした。連れ去られていた亜人達の中には、ハジメ達に礼をいうと家に向かって一目散に駆けていく者もいる。
次第にハジメ達を囲む輪は大きくなり、気が付けば周囲はフェアベルゲンの人々で完全に埋め尽くされていた。しばらくその状態が続いたあと、不意に人垣が割れ始める。その先には、フェアベルゲン長老衆の一人アルフレリック・ハイピストがいた。
「お祖父様!」
「おぉ、おお、アルテナ! よくぞ、無事で……」
アルテナは、目の端に涙を溜めながら一目散に駆け出し祖父であるアルフレリックの胸に勢いよく飛び込んだ。もう二度と会えることはないと思っていた家族の再会に、周囲の人々も涙ぐんで抱きしめ合う二人を眺めている。
しばらく抱き合っていた二人だが、そのうちアルフレリックは、孫娘を離し優しげに頭を撫でると、ハジメに視線を向けた。その表情には苦笑いが浮かんでいる。
「……とんだ再会になったな、南雲ハジメ。まさか、孫娘を救われるとは思いもしなかった。縁というのはわからないものだ。……ありがとう、心から感謝する」
「俺は送り届けただけだ。感謝するならハウリア族にしてくれ。俺は、ここにハウリア族がいると聞いて来ただけだしな……」
「そのハウリア族をあそこまで変えたのもお前さんだろうに。巡り巡って、お前さんのなした事が孫娘のみならず我等をも救った。それが事実だ。この莫大な恩、どう返すべきか迷うところでな、せめて礼くらいは受け取ってくれ」
ハジメはアルフレリックの言葉に、若干、困ったように頬を掻きつつも仕方なさそうに肩を竦めた。
そんなハジメを、ユエやシア、ティオ、香織が微笑ましげに見つめている。そして、人間を救うために迷宮に潜って訓練を積んできた自分よりも、世界を巡り意図せず人々を救ってきたハジメに、光輝は一層、複雑そうな表情を見せていた。
その後、ハジメ達は、ハウリア族はタイミング悪くフェアベルゲンの外に出てしまっているが直ぐに戻るはずだと聞き、アルフレリックの家で待たせてもらうことにした。
アルフレリックの言う通り、差し出されたお茶(頬を染めたアルテナが手ずから入れたお茶)を一杯飲み終わる頃、ハウリア族の男女が複数人、慌てたようにバタバタと駆け込んできた。
「ボスゥ!! お久しぶりですっ!!」
「お待ちしておりましたっ! ボスゥ!!」
「お、お会いできて光栄ですっ! Sir!!」
「うぉい! 新入りぃ! ボスのご帰還だぁ! 他の野郎共に伝えてこい! 三十秒でな!」
「りょ、了解でありますっ!!」
余りの剣幕に、パル達でハウリアの反応を予想していたはずの光輝達がブフゥー! とお茶を噴き出した。ボタボタと垂れるお茶を拭いながら全員がそちらを見ると、複数の兎人族がビシッ! と踵を揃えて直立不動し、見事な敬礼を決めている姿があった。
ハジメにも見覚えのない者が何人かおり、先程の言動も踏まえると、どうやらハウリアは他の兎人族の一族を取り込んで自ら訓練を施し勢力を拡大しているようだ。
「あ~、うん、久しぶりだな。取り敢えず、他の連中がドン引いているから敬礼は止めような」
「「「「「「「Sir,Yes,Sir!!!」」」」」」」
樹海全体に響けと言わんばかりに張り上げたボスへの久しぶりの掛け声に、とても満足そうなハウリア族と、初めて経験した本物の掛け声に「俺達もついに……」と感動しているハウリアでない兎人族達。
きっと、ハジメが樹海を出て行った後も、樹海にはハートマ○軍曹式の怒声が響いていたのだろう。
「ここに来るまでにパル達と会って大体の事情は聞いている。中々、活躍したそうだな? 連中を退けるなんて大したもんだ」
「「「「「「きょ、恐縮でありまずっ!!」」」」」」」
最後が涙声になっているのはご愛嬌。ハジメは、感動に震えるハウリア達にパル達から預かった情報を伝える。すなわち、カム達が帝都へ侵入したらしいという情報を掴んだ事と、自分達も侵入するつもりであること。そして、応援の要請だ。
「なるほど。……〝必滅のバルドフェルド〟達からの伝言は確かに受け取りました。わざわざ有難うございます、ボス」
「………………なぁ、お前も……二つ名があったりするのか?」
「は? 俺ですか? ……ふっ、もちろんです。落ちる雷の如く、予測不能かつ迅雷の斬撃を繰り出す! 〝雷刃のイオルニクス〟! です!」
「……そうか」
やはりハウリア族はもう手遅れらしい。完全に感染してしまっているようだ。必滅のバルドフェルドから発生したパンデミックを封じ込められなかった事が悔やまれる。
ハジメは、何とか気を取り直して〝雷刃のイオルニクス〟に尋ねた。
「ハウリア族以外の奴等も訓練させていたみたいだが、今、どれくらいいるんだ?」
「……確か……ハウリア族と懇意にしていた一族と、バントン族を倒した噂が広まったことで訓練志願しに来た奇特な若者達が加わりましたので……実戦可能なのは総勢百二十二名になります」
随分と増加したものだとハジメのみならずシアやユエも驚きをあらわにする。ハジメは、質問の意図がわからず疑問顔を浮かべる〝雷刃のイオルニクス〟を尻目に一つ頷く。
「それくらいなら全員一度に運べるな。……イオ、ルニクス。帝都に行く奴等をさっさと集めろ。俺が全員まとめて送り届けてやる」
「は? はっ! 了解であります! 直ちに!」
一瞬、何を言われているのか分からなかったようで間抜け顔で聞き返す〝雷刃のイオルニクス〟だったが、直ぐにハジメが帝都に同行してくれるという意味だと察し、敬礼をすると、仲間を引き連れて他のハウリア族を呼びに急いで出て行った。
〝雷刃の……イオは、ハジメは大迷宮のために戻って来たのであって、自分達を手伝ってくれるとは思っていなかったのだろう。意外すぎる言葉に動揺してしまったようだ。
そして、それは何もイオだけでなく、むしろ一番驚いているのはハジメの傍らにいるシアだった。その大きな瞳をまん丸に見開き、ウサミミをピンッ! と立ててハジメを凝視している。
「ハ、ハジメさん……大迷宮に行くんじゃ……」
「カム達のこと気になってんだろ?」
「っ……それは……その……でも……」
ハジメに図星を突かれて口籠るシア。
ハジメの目的が大迷宮であり、カム達の事情は関係ない以上、シアとしてはわざわざ面倒事が待っていそうな帝都に入ってまでカム達の行方を探して欲しい等とは言えなかった。まして、カム達は連れ去られたというわけではなく、自分達から向かったのだ。何かあっても自己責任である。
シア自身もハジメに付いて行くと決めたのだ。ならば、父親達は父親達の道を、シアはシアの道を進むべきだと、そう思って何も言わなかった。
しかし、それでも家族の行方が分からないと知れば、心配する気持ちは自然と湧き上がるもので、そう簡単に割り切れるものではない。それが憂いとなって顔に出たために、ハジメにもユエ達にもシアの心情は筒抜けだった。
ハジメは、余計な手間を取らせていると恐縮して口籠るシアの傍に寄り、そっとその頬を両手で挟み込んだ。
「ふぇ?」
突然のハジメの行動に、シアがポカンと口を開けて間抜け顔を晒す。そんなシアに、ハジメは可笑しそうに笑みを浮かべながら、真っ直ぐ目を合わせて言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「シア、お前に憂い顔は似合わねぇよ。カム達が心配なら心配だって言えばいいだろう?」
「で、でも……」
「でもじゃない。何を今更、遠慮なんてしてるんだ? いつもみたいに、思ったことを思った通りに言えばいいんだよ。初めて会った時の図々しさはどこにいったんだ? 第一、お前が笑ってないと、俺の……俺達の調子が狂うだろうが」
「ハジメさん……」
ぶっきらぼうではあるが、それは紛れもなくシアを気遣う言葉。シアを想っての言葉だ。それを理解して、シアは自分の頬に添えられたハジメの手に自分のそれを重ねる。瞳は、嬉しさと愛しさで潤み始めていた。
「あまり実感がないかもしれないが……これでも、その、なんだ。結構、お前の事は大切に想ってるんだ。だから、お前の憂いが晴れるなら……俺は、俺の全力を使うことを躊躇わない」
「ハジメさん、私……」
「ほら、言いたいこと言ってみろ。ちゃんと聞いてやるから」
頬に伝わる優しくも熱い感触と、真っ直ぐ見つめてくるハジメの眼差しに、シアは言葉を詰まらせつつも、湧き上がる気持ちのままに思いを言葉にした。
「……私、父様達が心配ですぅ。……一目でいいから、無事な姿を見たいですぅ……」
「全く、最初からそう言えばいいんだ。今更、遠慮なんてするから何事かと思ったぞ?」
「わ、私、そこまで無遠慮じゃないですよぉ! もうっ、ハジメさんったら、ほんとにもうっですよぉ!」
拗ねたように頬を膨らませているが、その瞳はキラキラと星が瞬き、頬はバラ色に染まっていて、恋する乙女を通り越して完全に愛しい男を見る女の顔だった。贈られた言葉に、幸せで堪らないという気持ちが全身から溢れ出ている。
シア自身、そこまでハジメに遠慮しているという自覚はなかったのだが、ハジメを想う女が増えてきたため、無意識のうちにいい所を見せようと気張ってしまっていたようだ。
それが、ハジメの〝大切に想っている〟という言葉で一気に吹き飛んでしまった。
そんなシアを見て、女性陣がそれぞれ反応を示す。
「……ん。シア、可愛い」
と、ユエは微笑ましげにシアを見守る。完全にお姉さん思考だ。
「ふむ、たまには罵り以外もいいかもしれんのぉ~」
と、ティオは変態とは思えないまともな感想を抱く。重病を治すチャンスかもしれない。
「うぅ~、羨ましいよぉ~」
「まぁ、惚れた男にあんな風に言われれば嬉しいでしょうね……」
「な、南雲君……ストレートだよ。そっち方面でも変わってしまったんだね。鈴はびっくりだよ」
「シアさん……妬ましい、私もハジメ様に……」
上から順に香織、雫、鈴、そして何故かアルテナである。
そこで、ようやく周囲に大勢いることを認識したシアが、真っ赤になって両手で顔を隠してしまった。しかし、羞恥以上に嬉しさが抑えきれないのか、ウサミミがわっさわっさ、ウサシッポがふ~りふ~りと動きまくり気持ちをこれでもかと代弁している。
その時、ちょうどいいタイミングでイオがやって来た。どうやらハウリア族の準備が整ったようだ。滅茶苦茶迅速な対応である。
ハジメ達は、アルフレリックとアルテナ達の見送りを受けながら樹海を抜け、帝都に向けて再びフェルニルを飛ばした。
いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。
次回は、来週土曜日の18時更新予定です。




