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暗黒街で鴉と呼ばれた男と精霊術師  作者: イチコロイシコロ
第2章 鴉のビジネスライフ
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ランチタイムに吹く風

昼時になりトレビックの会社を後にしたクロードとロックは、会社へ戻る途中で昼食を摂るべく適当なレストランに入った。


「いや~本当に面白かったっすSL見学」

「そんなに良かったか?」

「ええ、なんていうか科学の力の結晶って言うんですかね?人間の知恵と技術の結晶って言うんですかね?そういうのをこうビシバシと肌で感じましたよ」


工場を出てからというものずっとこの調子で興奮気味に話しかけてくるロック。

見識を広められて良かったと思いつつも若干ウザイと感じる。

ともあれこの時代の技術レベルから考えれば彼の気持ちも分からないではない。


「兄貴はあんな凄いのを見てなんとも思わないんですか?」

「俺か?俺はそうだな・・・」


確かに初めて見た時に驚きはしたがそれは博物館の展示品を見た時の感覚に近い。

技術面を見れば蒸気機関車よりも発展した技術(テクノロジー)の乗り物をいくつも知っているのでそれ程の驚きはなかった。


(まあ、魔法なんていうトンデモ技術に初めて触れた時はかなり驚かされたな)


初めて見た魔法は確か雷系統の術だった。

目の前を眩い光が空気を斬って駆け抜けいったのを覚えている。


(あの場には優希や一葉、他にも何人かいたな)


あれは自分と同じ境遇の者達が一堂に会した数少ない機会だった。

何気なく当時の事を思い浮かべた時、同郷の者達の中に浮かんだ1人の人物の顔に胸を握り潰される様な息苦しさを覚える。


(そういえば"あの人"もあの場に居たんだったな)


意図して思い出さないようにしていた人物の姿が脳裏をチラつく。

嫌な記憶を掘り返してしまった事を後悔し急ぎ思考を元の会話へと戻す。


「とにかくだ。あの程度で驚いていたらこの先やっていけないぞ」

「そうっすよね。兄貴の仕事って科学とか工学とか技術関係が多いからこんなんで驚いてたらキリ無さそうですし」

「そういう事だ」


ロックの言う様にクロードの抱えている仕事の多くは技術に絡むものが多い。

別にクロードが科学だとか工学に興味がある訳でもなければそちら方面の知識に明るい訳でもない。

ただ、知識としてこれから先伸びて来るであろう分野や産業がある程度分かるのでそれらが日の目を見る前に抑えているに過ぎない。

今のところ目を付けた分野の多くはクロードの目論見通りに大成しており、おかげで随分と稼がせてもらっている。


「みんな言ってますよ。兄貴はマフィアとは思えないインテリっぷりだって」

「うるさい。余計なお世話だ」


クロードがインテリな訳ではなく少し未来に起こるであろう事を知識として知っているだけだ。

つまるところただのカンニング。ズルである。

もっとも伸びる分野を知っているからと言ってそうなんでも上手くいくとも限らない。

そこに携わっていてる人間の質もあってこそだというのがクロードの私見である。


「おまえも俺の舎弟なら少しは勉強しろ」

「マフィアが勉強って・・・」


勉強なんて生まれてこの方ロックは勉強をまともににした事がなく読み書きさえ正直疑わしい。そんな自分が勉強だなどと悪い冗談としか思えない。

思わず苦笑するロックだがクロードは構わずに話を続ける。


「これからは俺達みたいな稼業も手広くやる時代だ。覚えておいて損はないと思うぞ」

「兄貴がそこまで言うなら考えてみますけど何かオススメとかあります?」

「そうだな。蒸気機関車の他だと蒸気船に車と電話とかだろうか」


本当は工業以外にも服飾や飲食業等でも考えている事はあるがそっちでロックの興味を引くのは難しいので今回は割愛しておく。


「うへぇ~どれも敷居高そうじゃないっすか」

「敷居だけじゃなくて値段も高いぞ。お前車1台の値段知ってるか?」

「知らないっすけど、馬車10台分ぐらいですかね?」

「全然足りないな。少なくともあれ1台で新築庭付き1戸建てが3件建つ」

「げぇっ!マジっすか!」


驚きのあまり思わず大きな声が出てしまったロックは慌てて口を押えて周囲に頭を下げる。それから声のトーンを幾分落として会話を続けながら2人は店内の奥の方へと移動し適当な席に腰を下ろす。


「さて、タバコタバコっと」


席に着くなりタバコを取り出し、テーブルの上にある灰皿に手を伸ばすロックだったが、その手はクロードに止められる。


「どうしたんすか兄貴?」

「ロック。残念だがこの店でタバコは無しだ」


そう言ってクロードは窓際に近い席を指差す。

クロードの差したテーブルに目を向けると赤ん坊連れのご婦人が談笑していた。

現在のこの世界に分煙なんて考え方は存在しない。

だからと言って赤ん坊がいる空間で平然とタバコを吸うのはマナー違反だ。

もっとも悪党がそんな事に配慮するのもおかしな話ではあるが。


「兄貴って顔の割にそういうとこ律儀っすよね」

「うるさい。いいからそいつを引っ込めろ」

「分かってますって」


ニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべロックはテーブルの上に置いたタバコをポケットの中に引っ込め、灰皿に伸ばしかけた手をメニュー表へ伸ばす。


「さてと何を頼みますかねぇ」

「あまり食べ過ぎるなよ」


手元のメニュー表を眺めながら何を注文するか思案する2人。

丁度そこへ店の奥から出てきたウェイトレスが軽快なステップで近づいてくる。


「は~い。お待たせしました~」

「ん?」

「あれ?」


突如間近で聞こえた馴染みのある陽気な声にクロードとロックはメニュー表から視線を上げてウェイトレスを見上げる。

そこに立っていたのは獣の様な瞳と長く癖のある赤髪、胸元が大きく開き豊満なバストが零れそうな胸元と短いスカートから生足を惜しげもなく披露する健康的な美女がいた。


「あっ、ダーリンじゃん。いらっしゃ~い」

「なっ・・・」

「シャティ姐さんちわっす」


予想外の遭遇に頬を引き攣らせるクロードと会って早々に鼻の下を伸ばすロック。

対照的な2人の反応を見てシャティは可笑しそうに笑う。


「アハハハ、2人とも奇遇だね~」

「そうっすね~」


予想外の邂逅にも関わらず呑気に挨拶を交わす2人に対し、クロードはどこか腑に落ちないと言った表情をしている。


「おまえはこんな所で何をやっているんだ?」

「えっ、見て分からない?バイトだよ~」

「それは分かる。だが俺が聞きたいのはそういう事じゃない」


机の上に水の入ったグラスを置くシャティにクロードは不満そうな表情を向ける。

シャティがバイトをしているのは以前から知っている。

だがそのバイト先はレストランのウェイトレスじゃなかったはずだ。


「確か先週までは洋菓子店だったはずだ」

「ああ~あれはクビになっちゃった」

「ほぉ、何故だ」

「あんまりおいしそうだから商品をちょっとつまみ食いしちゃった」


ペロリと舌を出してウインクするシャティにクロードの体から力が抜けガックリと項垂れる。


「お・ま・えなぁあああああ」

「そんな怒らないでよダーリン」

「そうっすよ兄貴。むしろちょっとつまみ食いしたぐらいでクビにした店の方に問題があるんじゃないですか?」

「ロック。それはお前がシャティを知らないだけだ」


シャティの言うちょっとつまみ食いは普通の人間が考えるちょっととは違う。

獣人種は普通の人間よりも遥かに食べる量が多い。

今回は洋菓子店だから恐らくホールケーキ3個分といった所だろう。

しかも食べたのはきっと1回や2回じゃないはずだ。


「今度店に詫びを入れに行くぞ」

「は~い。じゃ注文をどうぞお客様」


まるで反省の色の見えない明るい笑顔を浮かべ注文を取ろうとするシャティにクロードは盛大な溜息を一つ吐く。


「サンドウィッチセット1つとホットコーヒーだ」

「じゃあ俺はハンバーガーセットとアイスコーヒーと食後にチョコケーキで!」

「かしこまりました~」


注文票を書き終えたシャティは来た時同様に軽快なステップで店の奥へと消える。

それを見送ったクロードの顔からは疲れの色が滲んでいる。


「兄貴大丈夫っすか?」

「大丈夫だ」


端的な言葉だけを返してクロードは杖の上のグラスを手に取ると中に入った水を一息に喉の奥へと流し込む。

今更ながらシャティにバイトする許可を出したのを後悔する。

もっとも今更後悔したところで手遅れなのは分かっている。


現在クロードの家で暮らしているのはクロード、アイラ、グロリア、シャティ、ヒサメ、ルティアの5人。

その内働きに出ているのはクロードとグロリア、シャティの3人のみ。

別に生活費が足りないとかで彼女達を働きに出している訳ではない。

むしろクロード1人の稼ぎで十分に全員を養う事は可能である。

それでも働く者がいるのは単に本人達の自由意思に任せた結果だ。

そもそも一緒に住んでいるだけであってクロードに彼女達を束縛する意思はない。

結果としてアイラやヒサメは家に残って家事を行い、グロリアとシャティは家に居続けるだけだと退屈だからと外に働きに出ている。

もっともシャティは自由すぎる性格が災いし、何度かバイト先で問題を起こしてその度に職を変えている。

家長としては迷惑を掛けた雇用先には一緒に詫びを入れに行くようにしているが、その度に小言を言われたり、クロードを見た相手に逆に謝まられたりと散々な目に遭う事も少なくない。

今後はルティアも働き始める事を考えると今から頭が痛い思いだ。


「今回こそは頼むから長続きしてくれよ」

「なんか兄貴んとこも大変ですね」

「そうだな。正直仕事よりアイツ等の相手をしている方がキツイと思う事もある」


あれだけの美人に囲まれた生活を羨ましいと思っていたロックだったが、兄貴分の本気で疲れた表情にそれも良し悪しと考えを改める。

その後、シャティが運んできた料理を平らげて一息ついたクロードとロックは頃合いを見て店を出る。

退店の間際にクロードが店長の男性に名刺を渡しているのを目撃した。

その背中は美人の同居人と暮らす男の姿ではなく娘を心配する父親の様だった。


「シャティの奴が何か問題を起こした時は連絡してくれ。後、何か面倒に巻き込まれる事があったら遠慮なく言ってくれ」

「わっ、分かりました」


第七区画だけでなく他の組織からも一目置かれる男に詰め寄られ、店長の男性は終始表情が凍り付いていたがそれは見なかった事にする。


「さて、飯も済んだ事だし事務所に戻るぞ」

「うっす」


午後からはいよいよ情報屋と接触し、ガルネーザファミリーの動向調査の話だ。

前に立って歩くクロードの後ろ姿を追いながらロックは自身に気合を入れ直した。

次回は情報屋登場。


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