3話
あいだ開いてスイマセンでした
一週間のうち三日潜って四日休む、という事を朝食の席で三人は決めた。
集中力も体力も使うダンジョンに連日潜るのは危険だからだ。
休みの今日は自由行動という事なので宿に残る二人を置いて、する事の無いメリッサは街へと散策に出た。
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「で、私のとこに来た訳ですか」
散策といっても王都に来て日が浅い、数少ない知り合いである冒険者ギルドのアーチェを頼るしかなかった。
冒険者の息抜き、といっても<ベティラード>で連れて行かれた娼館しか知らないので他の冒険者が普段何しているか、彼女にそれを尋ねにきたのだ。
「冒険の準備以外では大体は女と酒ですね、賭け事に興じる人もおりますがお勧めできません」
「ああ、師匠にも似たような事を教えられた。だが女遊びはする気が無いし、酒は苦手なのだ」
「では食事処を探してみてはどうでしょう、王都は広いので色々な所にありますよ」
確かに食べるのは好きだ、今の宿の食事も旨いが朝夜しか出ないのでオフの日の昼は自然と外で食べる事になるだろう。
「感謝する、適当に探してみようと思う」
「良き休日を」
礼に銅貨を数枚テーブルに置いてギルドを出た。
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さすが王都、色んな店がある。
王都の中央、冒険者も一般層も利用する区域を歩きながら思う。
眺めているだけで日が暮れそうなので、比較的人の多い食堂と思われる店に入った。
「いらっしゃいませ、こちらの席へどうぞ」
看板娘と思われる女性に促されるまま席に座るとメニューを手渡された。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
使い古されたメニューを開くと聞いた事のない料理の名前ばかりが並んでいる。辛うじて何々のグラタン、や何々のパスタが分かるくらいだ。
幸い店長のオススメ、というのを見つけたのでそれを頼むことにした。
「この店長のオススメ、というのを大盛りで頼む」
看板娘を呼び、店長のオススメを頼む事数分。次々と料理が運ばれてきた。
肉汁の滴るステーキに大量のサラダ、湯気が漂うパンに海老の入ったグラタン。
どれも旨そうである、早速ナイフとフォークを手に料理へ取り掛かった。
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ああ、旨かった。会計を終え、外へと出たメリッサは思う。またこよう。
だがこれだけでは休日を潰せない、もっと娯楽を探さねば。
しかし、スラム時代は毎日生きるのに必死で出てからは修行三昧、根本的に遊ぶ、という事を知らないのだ。
する事が思いつかないので目に付いた大道芸を眺め、おひねりをひび割れたカップに入れた後、宿屋へと戻った。
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「遊びを教えて欲しい」
夕食後の席でこれまでに無い深刻な顔でメリッサは切り出した。
宿屋の主人も呼ばれたので席に座っている。
「ダンジョンに潜る日は問題無い、休みの日に体を休ませるというのは分かる。だがこれまで暇の無い人生だったんだ、今日一日街を巡ったが何も思いつかなかった」
「冒険者といえば酒なんじゃねえかな」
「弱いのだ、コップ二杯で駄目になる」
「寝るとか」
「体が鈍りそうだ」
「一緒に読書しましょう」
「勉強はもう嫌だ」
そんなわがままな、と思うが彼の思考の中では休む=悪い事なのだ。本当に勉学が嫌いというのもある、何しろ<初級治癒>の魔道書1冊読んだだけでもう二度と魔道書は嫌だというくらいに。
しばらく腕を組んで考えていた主人が口を開く。
「昔知り合った冒険者が鍛冶について習いに行ってたな……」
「……詳しく教えていただいて宜しいか」
「おうよ、っつってもそんな大した事じゃないぜ?自分の使う武具について詳しく知りたいのと自分で手入れしたいからってだけだ」
成る程、一理ある。
バイスに頼めばなんとかしてもらえるだろうか、駄目元で頼みに行ってもいいかもしれない。
「感謝します、ご主人。次の休みに挑戦してみます」
「いやそんな硬くならなくてもいいんだが……まぁがんばれよ、若いうちの時間は貴重だからな」
「時間取らせちゃってごめんなさいね」
「ありがとう、巻き込んでごめんなさい」
「おう、明日はダンジョンに潜るんだろ。しっかり休みな」
三人はありがとう、と言って部屋へと戻った。
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全力を込めた投槍が魔法使いオークの上半身を破壊、血が吹き上がる。
こちらに気づいた剣持ちと弓持ちがこちらに駆けて来るが剣持ちは足を斬りつけられ転がり、弓持ちは接近されて蹴り出され剣持ちと共に魔法の餌食になった。
1日休んだ後はダンジョン、先日と同じくオークのダンジョンである。
前回のトライである程度コツを掴んだ三人はどんどん進んでいく。
このダンジョンは広い代わりに二層までしかない、当分は慣らしを兼ねて一層を探索する予定だ。
「止まってくれ、……多いな。前方に10……いや12匹、まだこちらに気付いていない」
後衛二人の少し前を歩いていたメリッサが敵を捕捉、報告する。
残念ながら魔法の射程外だ、不意を打つなら投槍しかない。メリッサは極力音を立てないように背中から投槍を抜き、投擲体勢を取る。
投槍というのは本来命中率が良くない、元々狙いをつけにくい武器であるし、手を離れた瞬間から重力の影響を受けるからだ。だがメリッサの膂力によって打ち出される投槍はほとんど真っ直ぐ飛んでいく、成人男性程度の的なら10回投げれば8回当たるくらいの命中精度を誇る。
三歩の助走をつけて打ち出された投槍は風を切り、まっすぐ飛んでいく。
しかし、今回は運が悪かった。オークの集団の丁度隙間を通り過ぎ、遠方の地面へと突き刺さった。
「すまない、外した。前に出る」
悔いている暇はない、当たらなかったとはいえ攻撃されたのだ。気性の荒いオーク達はすぐこちらに気付き、走ってくる。
相手は多い、少なければ余力を残す為に力を抜くが今回はそうもいかない。これまでに無い規模の敵だ。
多少の被弾は覚悟、並んで走ってくる剣持ち四匹が接近するタイミングに合わせて体を一回転させた勢いで斧槍を足に向けて叩きつける。
一匹目の両足を断ち切り、二匹目の片足を断ち切った所で勢いは止まったが、そこから更に力を込め二匹目を転倒させ、三匹目四匹目も斧槍をすくい上げるようにして無理やり転倒させる。
「炎よ 水よ <霧となれ>!」
そこでアンジェの魔法が発動する、指向性を持った霧は一時的に後衛オーク達の視界を奪う。突然顔を霧が覆ったのだ、驚いたオーク達は顔をかきむしるようにして剥がそうとするが剥がれない。
デイジィは上級魔法の準備をしている、まだしばらくかかりそうだ。
後衛オーク達への妨害魔法が効いているうちに転倒したオークの膝関節を踵で破壊し、後衛オークの注意をひきつける為に疾走する。
霧が溶けた、詠唱に込める時間が長いほど効果は長く続くが今回は短い詠唱だったため効果が切れるのが速い。しかし前衛が居ない為問題はない、弓持ちと杖持ちの武器を破壊し、引き摺り倒す。足首の骨を砕く事も忘れない。
「メリィ!デイジィの詠唱が終わるからこっちに下がってきて!」
アンジェの声が飛ぶ、確かにデイジィの周りに今まで見たことの無い程の魔力が集まっているのが右目を通して見える。
杖を失っても魔法を行使出来る元杖持ちの魔法を盾でいなしながらバックステップを繰り返しアンジェとデイジィの所まで下がってきた。
「闇よ 闇よ 闇よ 地獄の門の番人 恐るべき毒の竜よ 今ここに御身の一部を借り受けん <召喚> <毒竜の顎門>!」
じわり、オーク達が倒れている中央に墨を一滴垂らしたような染みが浮かぶ、それは瞬く間にオーク達全てを包み込むように広がって止まった。
メリッサの右目が疼く。間違いなく今までで一番大きな魔法行使だ。
水上の獲物を食らう鰐のように、勢いをつけてオーク達を飲み込んだ暗い紫色の大きな顎は地面の染みごと地中へ沈んでいった。残るは魔石とオークの牙だけである。
「疲れた、休憩させて」
慣れない大魔法を行使したデイジィはメリッサへともたれかかるが硬い金属の感触しかしないので頬を膨らませて離れた。
投槍を回収し、一旦壁際に移動してしばらく休憩した三人は出口へと向かう事にした。
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「俺の事はもういい!お前だけでも早く逃げろ!」
逃げろ、逃げろ。
「あなたの事置いていけるわけ無いじゃない!」
駆けろ、駆けろ。
振り向くな、死にたくなければ振り向くな。
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王都<ハイペリオン>最寄のBランク、オークのダンジョン。
地方で十分に経験を積んで、先日王都に拠点を移した私達夫婦は早速このダンジョンに挑戦する事にした。
「オーク、強さはたいした事ないが数は多い。いけそうだな、コニー。」
「そうね、私達にとっては相性が悪いかもしれないけど個別に対処出来れば問題ないわよ」
私は回復役の<ビショップ>で夫のシグンは攻防バランスのとれた<ナイト>。本来なら攻撃役を増やしてもいい構成だが、良い人に巡りあえずここまで二人でやってきた。やってこれてしまった。それが慢心となって私達に襲い掛かったのだ。
調子よく進めたのは出だしだけ。
三匹のオークと交戦中に横から敵の増援が沸き、回復が追いつかなくなった所で撤退を決意、二人で入り口を目指して走ったものの後ろからの矢が夫の鎧に覆われていない膝を貫き、肩を抱きながら逃げているのが現在。
夫の傷を回復させるには矢を抜いて詠唱しなければならないが、そんな暇は無い。
10分程走っただろうか、それとももう1時間は走っただろうか。
必死すぎて時間の感覚が無い、入り口への道はこれであってるだろうか。
体力も限界が近い、もうだめか。自分達はここで死んでしまうのか。
諦めが頭をよぎる。
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地響きとオーク達の雄たけびがする、メリッサ達三人は歩みを止めた。
メリッサは兜を外し、地面へと耳をつける。
「大量の足音だ、こっちに向かってきている。」
こういう事は稀にある、処理しきれず逃げ出したはいいが逃げ出した先でさらにモンスターと遭遇し、大量の敵を引き連れながら逃げているのだ。
「デイジィ、余力はある?」
「大魔法は使えないけどなんとか」
「助ける、ということでいいな?」
「助けましょう、見捨てたら後味が悪いわ」
アンジェの言葉に二人は頷き、少しでも有利な場所で戦おうと狭まった道で待ち受ける。
来た、男女二人の冒険者だ。男の方は負傷している。女の方も顔色が悪い、後ろには20匹程のオークがいる、地の利を活かせばなんとかなりそうだ。
「こっちよ!走りなさい!」
二人は息を切らしながらメリッサが守る絶対防衛ラインを転がるようにして超えた。
メリッサの大きな背中がこの上なく頼もしく見える。
「忝い……コニー、回復を頼む。すぐに彼らに合流して手伝うぞ。」
「そっちの女性は支援系?処置が終わったらうちの前衛を回復してあげて頂戴。絶対に守ってくれるわ」
「わ、分かりました。あなた、矢を抜くわよ。歯をかみ締めて!」
後ろで二人が治療している間にオーク達は殺到する。
「AaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaLaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!」
メリッサの久しぶりの<咆哮>が響き渡る。慣れているアンジェとデイジィは構わず魔法の詠唱をするが初めての二人は思わず肩を竦ませた。
メリッサにターゲットを切り替えたオーク達の攻撃が始まる。幸い狭い通路だ、同時に相手取る敵の数は少ないし、自分が倒れない限り後ろにオークが殺到する心配もない、ひたすら耐えればいいのだ。
剣をいなし、矢をはじき、魔法を耐える。
剣は鎧に覆われていない顔の下部を裂き、魔法は鎧越しに火傷を負わせるが我慢する。
そのうちにアンジェの弱体化魔法が入り、デイジィが数を減らしていく。
「お待たせしました!<中級治癒>!」
処置が終わったのだろう、先程の女性がメリッサの傷を癒す。狭い通路だ、前衛である夫の方は入り込むスペースがないので万が一敵が漏れた場合に備えて魔法使い組みの傍に立つ。
30分程でオークの群れは全滅し、なんとか入り口まで戻る事ができた。
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「おかげで助かった、感謝する!」
「ありがとうございました!」
なんとか生きてダンジョンを出られた夫婦は揃って頭を下げる。
「運が良かったわね。メリィ……私達の前衛だけど、彼が居なかったら一緒に逃げてた所よ」
「頑丈、鉄壁、無敵」
「僕だけの力ではない、魔法使い二人の殲滅力があってこそだし、そちらの女性の回復がなければつらかっただろう。」
話しているうちに迎えの馬車がきた。
「丁度馬車も来た事だし詳しい事は馬車の中で話しましょ、さすがに今日は疲れたわ。」




