1話
「まずは銀行にお金を預けに行きましょう。」
カールと御者に礼を言って分かれた後、真っ先にアンジェが口を開いた。
王都<ハイペリオン>は大まかに分けて東西南北中央に分けられる。
北区には主に貴族の邸宅が並び、奥には王宮がある。
西区には教育機関、魔法学院や軍学校関係の施設が並ぶ。
東区には冒険者関係の施設、冒険者ギルド、宿や鍛冶屋、道具屋等。
南区は一般市民の居住区であり、日用雑貨等が手に入る。現在いるのはここだ。
中央には教会や銀行、そして闘技場等。全ての層が利用する施設がある。
北区以外は厳密に区分されている訳ではないが大体その認識で問題ないそうだ。
現在、3人分の全財産はメリッサの懐にある。盗まれては大変なので最初に銀行に寄ってお金を預けてから冒険者ギルドで宿の情報を聞き、宿を取って荷物を預けてからバイスの工房へ向かう事にした。
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「<ハイペリオン>冒険者ギルドへようこそ。」
昼時で人の少ない冒険者ギルドの扉を開けると眼鏡をかけた女性がこちらに頭を下げた。アンジェとデイジィには聞き覚えのある声だ。
「アーチェじゃない、まだ売れ残ってたの?」
「おや、アンジェリカさんにデイジィさんではありませんか、お久しぶりです。」
「久しぶり。」
空気についていけないメリッサはとりあえず座りましょう、と促されてアーチェと呼ばれた女性の前に座った。
「メリィ、この人はアーチェ。私達が王都で活動してた頃の担当よ。結婚したらやめるって言ってたんだけどやめてないって事は売れ残ってるみたいね。
アーチェ、こっちはメリッサ。<ベティラード>で拾ってきた前衛よ、今は3人でパーティ組んでるわ。」
「アーチェと申します、宜しくお願いします。メリッサ様。
アンジェリカさん、それは余計なお世話です。それに二人だってそろそろ嫁き遅れの年齢ではありませんか。」
「メリッサといいます、宜しくお願いします。」
頭を下げるメリッサの横でアンジェとデイジィは顔を見合わせ自慢げに左手で輝く指輪を見せ付けた。
「残念、このメリィと婚約してるの。」
「二人まとめてもらってもらう予定。ごめんね。」
「・・・おめでとうございます。非常に、非常に悔しいですが祝福させて頂きます。
もう恥を捨ててお願いしましょう、その寸胴ボディでどうやって篭絡したか教えてください。」
「寸胴・・・」
「そういう種族なんだからしょうがないでしょ!」
やんややんや、女三人寄れば姦しいとは言うが、相当親しかったのだろう、三人とも旧友との再会に喜んでいる様子だが、置いていかれているメリッサはたまったものではない。
「アンジェ、デイジィ。早く用事を済ませないと日が暮れてしまう。」
「・・・そうね、アーチェ。拠点移籍の手続きお願い、後三人部屋でちゃんとした宿教えてちょうだい。」
「分かりました、ではギルドカードをお預かりします。」
三人からギルドカードを預かると受付テーブルの下から書類を取り出すて羽ペンをインク壷に漬け、さらさらと書き込んでから
「ちょっとお待ちください、詳しい者から聞いてまいりますので。」
と言って一旦奥へ引っ込んだ。
「王都のギルドではね。宿もギルドに伝えておかないといけないのよ。」
曰く、王都で活動する冒険者の大半はBランク以上であり。有事の際には国防の要として集められるからだそうだ。
拒否する事は出来るがBランクから上に行く為には王国への貢献がものを言うので、栄達するには避けて通れないとの事。
例えば戦争状態になったとして、冒険者は訓練を受けていない兵士より遥かに戦力になる。普段モンスターの相手ばかりしているのに対人戦闘をこなせるのか、という疑問があるが。そもそも肉体の基礎スペックが違うので冒険者の質が戦局を左右する場合もあるらしい。
そんな説明をしているとアーチェが戻ってきた。
「お待たせしました。運がいい事にちょうどいい宿があるそうです。最近できたばかりで、大部屋二つしかないそうですが今はあいてるようで。質、料金、セキュリティに関しても問題ないそうです。そこでよろしければ地図を描きます。」
「ありがとう、アーチェさん。」
「メリッサさん、敬語も敬称も結構ですので、気軽に話しかけてください。
移籍手続きが終わりましたのでギルドカード、お返ししますね。」
担当はまた私になるそうです、改めて宜しくお願いします。
と頭を下げるアーチェから地図とギルドカードを受け取ってその宿へと向かう事になった。
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地図に描かれていた宿屋につくと、確かにこじんまりとはしているが新築なのだろう、綺麗な宿だ。
「おう、いらっしゃい。宿屋<吼える狼亭>へようこそ」
扉を開けると威勢のいい男性の声が響いたが、その姿にメリッサは目を丸くした、全身毛に包まれたその姿は人間が狼の皮を被っているようなものだ。
「なんだ兄ちゃん、先祖返りを見るのは初めてか?こんなナリだが一応人間だよ、気にしてくれんな。」
「は、不躾な視線。失礼しました。」
「敬語なんてよしてくれ、むずがゆくなっちまう、お前さんらは客なんだろ?」
「ええ、ギルドで紹介を受けてね。いい宿と聞いて此処に決めたわ。」
「おお、そりゃありがてえ。二部屋しかないが飯はうちのおっかさんが作ってるからうめえぞ。料金は一部屋一日銀貨5枚だ。どれくらいの期間使う?」
さすがに王都、ベティラードより少し高い。
「そうね、キリがいいからとりあえず20日で金貨1枚渡しておきましょう。食事に関してはこの人が沢山食べるから多めに用意してちょうだい」
「ヒュゥ!大客様だ、飯に関してはそうだな・・・兄ちゃん食いそうだもんなぁ・・・まぁおっかさんと相談してなんとかしとくよ。んじゃこれ、プライベートボックスの鍵だ。」
金貨1枚とプライベートボックスの5つの鍵を交換するとこちらから見て右側の部屋へと入った。
まず思ったのは広い事。これから荷物が増えるだろうが問題なさそうだ。デイジィが風呂を覗きにいったが三人でも十分入れるそうだ。プライベートボックスも大型の物がある、鎧はこれに入るだろう。ベッドはシングルが五つであるが、寄せれば三人で寝ることも可能だ。
「いい宿だわ、これで一日銀貨5枚は相当良心的よ。」
とりあえず早く工房へ行かねば日が暮れてしまう。
予想以上の良物件に興奮していた二人を窘めて鍛冶屋通りへと向かった。
鍛冶屋通りで目的の建物を見つけて驚いた、でかい。中からは鉄を叩く音が聞こえてくる。雰囲気に圧されたがとりあえず中に入ることにした。
「バイス工房へようこそ」
人当たりのよさそうな青年が迎えてくれる。
「メリッサという者だが、半年前にバイス殿に依頼した鎧と武器を取りに来た。」
そういうと青年は紙を捲りながら確認していく。
見つけたのか慌てて口を開いた。
「メリッサ様がいらっしゃったらバイス様に直接お通しするように伝えられておりました。」
ご案内します、という青年についていくと裏のグラウンド傍の部屋に案内された。
「すぐ呼んで参りますのでお待ちください。」
残された三人は話し始める。
「バイス工房の事は聞いてたけどここまで大きいとは思わなかったわ。」
「正直今になって気後れしてきたぞ。」
「まぁ予算は伝えてあるんだから大丈夫、と思うよ。」
どんなものができてるだろう、と三人で想像を膨らましているとノックの後、バイスが入ってきた。
「半年ぶりですな、お怪我などはありませんでしたか。」
「ああ、大事ない・・・です。」
「敬語は不要ですとも、さて、この半年でしっかり良いものを作らせていただきました。」
持ってきなさい、というバイスの声で四人がかりで鎧を着せられたマネキンを持ってくる。姿を現した全身鎧に思わずメリッサは興奮した。
「最終調整をさせていただきたいので一旦着て頂きますね、一人では着れないようになっているのでお手伝いします。従者はいますか?・・・いませんか。ではお仲間のお二人に手伝ってもらうとよいでしょう。手順は一応書面にも描きますが、分かり難い部分もあるので見て覚えてください。」
二人がコクリと頷くと分かりやすいようにパーツを体に身に付けていく。
5分程かかったが装備し終わるとアンジェとデイジィはほう、とため息をついた。
全体的に鋼の色で所々に赤や青の飾りがついているその姿は勇ましく、美しい。
「一般的にはもう少し軽く作るのですが、今回は頑強さを重視して稼動部分以外は分厚く作ってあります。
関節部にはこちらで準備できる最も頑丈で伸縮性のある竜の皮膜を使わせて頂きました。
まず胴ですが、メイルと呼ばれる一般的なものです。V字型の鋼板を胸元からずらして重ねていっているので非常に頑強です、左側には盾を持つということなので右肩には肩鎧をつけさせて頂きました。
次に腰部分ですが、背中に武器を背負う事を考慮してマントを外し、膝裏を守る為に腰布をつけさせて頂きました。
武器を装備する為の留め具や薬瓶を差すソケットもちゃんとつけてあります。
腿の部分はシンプルな鎖を編んだブリーチと呼ばれるものですね。
その下にグリーヴです、靴先が尖った物もありますが、今回は丸くさせて頂きました。
ガントレットは弓も使われるということで比較的指を動かしやすいようにしてあります。手首から上は頑強さを重視しました。左のガントレットには盾が装備しやすい様に留め具をつけてあります。
最後に兜ですが、比較的ポピュラーなドラゴンを意識したシンプルなアーメットになります。バイザーの部分は可動なので目も守ってくれます。顎も邪魔にならない範囲で覆わせて頂きました。
一応チェックさせていただきますね。」
とバイスがいい鎧の上からチェック触っていく。
「やはり成長期ですね、上背は変わっておりませんが少し手直しが必要のようです。」
「次は武器になりますが、持ってきなさい。」
弟子が次々と持ってくる。
「まず大盾ですね、上下どちらを下にしても地面に固定できるようにしました。普通は木なども混ぜるのですが今回は全て金属で作りました。メリッサさんにかかればこれくらいでも振り回せるでしょう。
次にハルバードですね、柄は握りやすいように楕円、滑り止めには一部を隆起させだ上で縄をまいて固めてあります。片手で使う事を考慮して少し短めに作らせていただきました。刃の部分は注文の通り両刃。こちらと槍の部分は特に頑丈になっております。
次は片手剣、シミターとのご注文だったので若干大きめに、太くさせて頂きました。
次は合成弓です、小さめですがとにかく頑強さを重視しました。ある程度荒く使っても大丈夫でしょう。
最後に投槍ですが、こちらも頑強さを重視し、多少短めですがしっかり重量もあります。背中に装備できるようになっております。
よければ裏でためしに振って見て下さい。」
促されるままに裏で良くとまずは弓を手渡された、弓を番えずに弦を引くが違和感はないし軋まない、確かに頑丈だ。矢を手渡されたので番えて放つ、矢は真っ直ぐ飛んでいき、的を貫いてどこかへいった。
腰の留め具に弦が傷まないように固定し、次は大盾と剣だ。両方とも確かに重量があるが気になる程度ではない。上下両方のスパイクがちゃんと機能している事を確認して腰に鞘を固定したシミターを抜く、片刃の剣は刺突にも耐えれるだろう、突いて2、3度振り回した後一旦鞘に入れ、ハルバードを受け取る。楕円にしてあるおかげで手の中で回転しない、いい感じだ。大盾を持ったまま突き、薙ぎ払い等一連の動作をこなす。投槍は威力がありすぎるのでここでは試せない。
「感謝する、バイス殿。鎧は動きを阻害しないし、武器は本当によく手に馴染む。」
「お気にいっていただけた様でなによりです。」
「支払いはどうなる?」
「最終調整をしてから宿の方へお持ちしますのでその時に金貨80枚をお願いします。鎧下も数枚用意してあるので明日明後日からでもダンジョンに潜れますよ。」
「分かった、明日銀行から出しておこう。」
いいな?とアンジェとデイジィに視線で聞くと二人とも頷いた。
一旦鎧を外してもらい、店を出た頃には日が暮れかけていたので一旦宿へと戻った。
宿で食事をして一旦部屋に戻る、確かに旨い食事だった。
「あの鎧すごかったわね。」
「格好よかった。」
「皮鎧を馬鹿にするわけではないが、素晴らしい出来だったな。」
「明日は旅に持って来れなかった物揃えたいから、明後日からダンジョンね。」
旅の疲れもあって3人で入浴した後すぐにベッドに入り込むと3人はすぐ眠りの闇の中へ落ちていった。




