13話
今回はサービスシーンがあります。
スラムに足を踏み入れると明らかに空気が変わるのを感じた。
「いいか、カール。街の5分の1を占めるここはもう法が通じない無法地帯だ、迷い込んだ一般人は殺され、身ぐるみを剥がされた上で行方不明として処理される。弱い物は食い物にされ、僅かな金銭の為に命を狙われる場所だ。裏ギルドに入れば事情も違ってくるが、入れば家畜として扱われ。逃げれば追っ手に殺される。」
「ひどいな……その裏ギルドとは?」
「俗にいう暗殺者や盗賊ギルドのように表立って活動できない集団の総称だ、スラムの住人にも出来る仕事を与え、その一部を巻き上げる事で活動資金を稼いでいる。一部の腕利きと大半のならず者で構成される奴らはスラムの住人が表の住人に危害を加える事を恐れる。危害を加えようものなら冒険者ギルドが総力を挙げて潰しに来るのが分かってるからだ。故にスラムの住人を管理し、極力外に出ないようにする。過去に何度か潰されたそうだが中々スラム自体は無くならないそうだ。」
「成る程、それでここには一体どういう人達がいるんだい。」
「四肢を失い働けなくなった者や親を失った子供、表に馴染めなかった荒くれ者や犯罪を犯した者、迫害を受けている種族やそれらの子供達。
……僕も物心付いた時には一人でスラムにいた、だからここの事は良く知っている。たまたま運良く冒険者になれたのが三ヶ月程前。表の生活を知ると分かる、ここは地獄だ。」
説明しながらメリッサは周囲を警戒するが、数ヶ月前とは違う。筋骨隆々の巨漢を襲う勇気はスラムの住人には無かった。カールが口を閉じ考え込み始めたので二人はそのまま外へと出て行った。
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「表を見た時には平和そうな街に見えたが、やはり裏の顔という物はどこにでもあるものだね・・・いい経験をさせてもらった。感謝するよ。」
城でぬくぬくと育ったカールにとって今回の事は衝撃であったが、それを糧とする聡明さを彼は持ち合わせていた。
「いや、構わない。街の住人としては見せたくないものだろうが僕はカールに知っておいて欲しいと思った。
ところで宿のアテはあるのか?無いなら僕が世話になっている所に行こう。もうすぐ日も暮れてしまう。」
二人が空を見上げると太陽が沈みかけている所だった。
「御者が探してくれていると思うがせっかくだしそこでお世話になろう。連絡するからちょっと待ってくれ。」
と言うと懐から拳大の魔石を取り出して話しかけた、通信用の魔石だ。
高価な物なので個人で持っているのは初めて見た、さすが貴族。
「御者は別の宿に泊まるらしいがこっちは大丈夫だ、その宿屋までの案内を頼むよ。」
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裏でマリーが薪を割る音を聞きながら宿屋に入るとテーブルで女将が家計簿をつけている所だった。
「おや、おかえり。後ろの人はどなただい?」
「ただいま戻った。彼はカール、宿を探していたので連れてきた。」
「あいよ、そこの台帳に書いておくれ。」
メリッサが台帳を引っ張り出して、冒険者ランクは気にせず名前と大部屋か個室だけ書けばいい。と言った。
頷いたカールがメリッサに君はどっちだ?と問うたので、大部屋だ。と告げると流麗な字で台帳に名前と大部屋希望を書き込んだ。
家計簿と一旦仕舞って台帳に書かれた名前を確認した女将は驚いた。
「領主様の御一族じゃないかい、メリッサちゃん!不敬だよ!」
「構わないのだ女主人、彼とはもう友人だからな。」
だろう?とカールが笑いながら胸板を叩くので、メリッサは少し顔を赤くしながらそうだな。と頷いた。
「はー、失礼だけど貴族様の趣味ちょっと分からんね、いやメリッサちゃんがいい子なのは分かってるけどさ、まぁいいや。あと一時間もすれば夕食が出来るから部屋に案内してあげてちょうだい。」
宿代の銀貨1枚とプライベートボックスの鍵を交換して女将は厨房に引っ込んでいった。
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大部屋に着くと一番左の下の段は自分が使ってる事、他は全部空いている事を伝えて、枕元においてあるプレイベートボックスの使い方教えた。
「家族以外と一緒に寝るのは初めてだよ。」
カールは少しはしゃぎながら言った。
「紹介したい人がいるんだがまだ帰ってないらしい。
風呂は大部屋にはついて無いから水を浴びるか大衆浴場に行くかだな。
僕は普段水を浴びてるが、大衆浴場に行くなら夕食までに行ったほうがいい、腹が減って飯が一層旨くなる。」
「水を浴びるだけというのはさすがにな・・・大衆浴場とやらに連れて行ってもらえるかい?」
「分かった、歩いてすぐの場所にあるから貴重品はプライベートボックスに入れておいて銅貨10枚だけ持っていけばいい、大銅貨以下はない?・・・まぁ今回は特別に僕が奢ろう。」
すまないね、というカールを連れて宿を出た。
徒歩で5分程のところにその大衆浴場はある、老夫婦が経営しているこじんまりとした場所だ、利用する客は少ないが、道楽でやっているので収支は気にして無いらしい。宿から近いのでメリッサも週に一度、水浴びではなくここを利用している。
扉を開けると少し湿気た空気が頬を撫でた。
受付には年配の女性が座っている。
「あらメリッサちゃん、いらっしゃい。そちらはお友達?」
「ああ、そんなものだ。」
「今はだーれもはいっとらんからね、ゆっくりしていっておくれ。」
と、二人分の銅貨20枚と荒めのタオル2枚を交換して浴室へ向かう。
「服はそっちの篭の中に纏めて入れればいい。」
メリッサはそういうなり服を脱ぎ始める。
家族と侍女以外に肌を晒した事の無いカールは少し躊躇して、同じ様に服を脱いだ。
浴室は10畳程で、部屋の隅には焼いた石が積んであり大きな水釜に水が張ってあるサウナ式だ。
浴槽は?と聞くカールにそんなものはないと応えるメリッサ。
「浴槽付きの風呂は富裕層しか使わない、街の人は主にこういう形式の風呂を利用している。
どれ、こっちに背中を向けてくれ、擦ってやろう。」
水瓶に溜めてあるぬるま湯で荒めのタオルを濡らし、力を入れすぎない様に擦っていく。
スラリとした背中はしかし、うっすらと筋肉が付いている。護身術か何かを習っているのだろう。
「ああ……気持ちがいい……今日は初めての経験がたくさんだ、父が視察に出ろと言った意味が分かったよ。下々の暮らしを知らずして良き為政者にはなりえないんだね。よしメリッサ、私にも背中を擦らせてくれ。」
貴族にそんな事をさせる訳には・・・というメリッサにカールはここにいるのはただの君の友人さ。といい強引に背中を向けさせた。
まるで壁のような背中だ、筋肉がみっしりついていて所々隆起している。
擦りがいのある背中だ、とカールは力を入れて擦り始めた。
「もう少し力を入れてくれ。ああ、その調子だ。
……僕はまだ市民権も無い最底辺の人間だ、一応最低限の礼儀作法は習っているが、まだ無知だしカールの役に立てる事は少ないだろう。だが力と体力には自信がある。もし僕の力が必要になった時は遠慮無く言ってくれ、その時はこんな僕を友人と呼んでくれるカールの為にも全力を尽くそう。」
振り返ったメリッサが握り拳を作ると、意図を察したのかカールも拳を作り、ゴツ、と打ち合わせた。
貸切の浴室に男二人の笑い声が響いた。
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