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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【異世界】
73/123

本音と建前(3)

「そうですか……。では、私は一応、まだ生きているという事なのですね」


 京都から戻ると、俺は直ぐにザナドゥにいるミユキへ報告に向かった。俺はそこで彼女の父親がリアルの肉体を保護してくれている事、現状では命に別状はないという事を説明した。しかしそれでミユキの表情が晴れやかになるはずもなく。自室の窓辺に立ち、彼女は憂鬱な瞳で星空を見上げていた。


「一応じゃないよ。ミユキはちゃんと生きてる。きっとここから出て、元通りの生活を送れるようになる日が来る。俺がそうする。約束だ」

「またそうやって出来もしない約束を……。別にいいんです、無理に励まさなくても」

「約束は守るよ、俺は。直ぐに魔王を倒して君をログアウトさせる……必ずね」

「その魔王が、姉さんの姿形をしていたとしても……ですか?」


 こちらに背を向けたままのミユキの問いに俺は言葉を詰まらせた。ミサキと同じ顔をした魔王、アスラ。その存在がどのようなものなのか、結局俺達にはなにもわかっていない。

 ただ魔王がミサキと同じ顔をしている事がなんの意味もない偶然だとは思えなかった。あのクロスというGMの言葉からも間違いないだろう。彼女は、ミサキと無関係ではない。だとすればそれと戦う事が何を意味するのか……考えれば悪い想像ばかりが頭の中に次々と浮かび上がり、俺の二の句を奪って行く。


「……とにかく、ミユキは何も心配しなくていいんだ。俺が全部なんとかするから」

「……レイジさん。私だって今の状況は理解しています。NPCの戦力は限界まで削られ世界は滅びかかっているし、私という前例がある以上、勇者連盟は以前のように協力的にはならないでしょう。となれば、レイジさんは……それこそ一人で魔王と戦う事になってしまう」


 振り返ったミユキは真剣な眼差しで俺を見ていた。だがそれは次に彼女が何を言い出すのかがなんとなくわかってしまって、視線を逸らしてしまう。


「スタートは皆さんより遅れていたとしても、この世界に残留し戦った時間は私の方が上です。レイジさんに姉さんの事を押し付けるわけにはいきません。魔王は私が倒します」

「そんなのはダメだ。魔王は本当に強い……君には倒せない」

「私に倒せないのならレイジさんにだって無理です」

「無理じゃない。俺は倒す。どんな手を使ってでも」

「……さっきから言っている事がめちゃくちゃです! そんな子供染みたわがままみたいな事を言われても、私は納得できません!」

「わがままでも子供でも、俺が倒すって決めたんだ! 君はこの部屋から出る必要はない!」


 つい強い口調で言い返してしまう。見ればミユキは何とも言えない表情を浮かべていた。悲しさや苦しさ……俺や皆に対する申し訳なさや、迷い、理不尽に対する嘆き……そんな負の感情がぐしゃぐしゃに混ざったような目だ。そんな目を見ているのが辛くて、肩を叩きながら目を瞑る。


「俺達はともかく、今君は現実の身体と意識が切り離された状態にあるんだ。そんな君が魔王と戦って殺されでもしてみろ。身体にどんな悪影響が出るのかわからないだろ……。とにかく、もう少しだけ時間をくれ。俺が絶対何とかするから……」


 まだ何か言いかけたミユキの言葉を遮るように踵を返し、慌しく部屋を後にした。後悔と自己嫌悪で胸がいっぱいになりながらふらつく足取りで通路を進もうとすると、暗がりからJJが姿を見せるのがわかった。通路に差し込む月明かりの中に飛び出したJJはそこで足を止め、上着のポケットに両手を突っ込んだまま俺を叱責するような眼差しを向けている。


「レイジ……。京都に行ってきたんだってね」

「……ああ。ミユキのリアルを見てきた。結果報告は皆にもメールしただろ?」

「見たわ。ミユキの現状はわかった。それでね、レイジ……あんたに話があるの。まだ他の誰にも言ってない、私のただの推論。だけどレイジ、あんたには知っておいてほしくて」

「その話は今じゃなきゃだめか? 俺は一つでも多く拠点を作って前線を拡大し、オルヴェンブルムから敵を遠ざけなきゃならない。他の連中がモタモタしている間に、動ける俺がやらなきゃいけないんだ」

「あんたの焦りも苦悩も理解出来るわ。だけど今はそれより大事な話があるのよ……!」


 思わず苛立ちから溜息が零れてしまった。JJに歩み寄ると、彼女は意を決したように語りだす。俺はその話がとりあえず早く終る事を祈って足を止めた。


「あんたが居ない間にも連盟との間で会議は続いてる。それでね……連盟のクピドって居たでしょ。参謀ポジションのやつよ。二人で話し合ってみてね……その……考えたの。そもそも、ミユキがリアルとゲーム、肉体と意識を切り離されているって事が、既にもうおかしいっていうか……その、ある可能性を示唆していると思わない?」

「可能性……?」

「連盟はね、議会投票制で動いていたでしょ? だから強制ではないとは言え、ほぼ全員がリアルの連絡先を交換していたの。だけど、ゲームオーバーになったプレイヤーとは一人も連絡がつかない。その事を連盟は重く考えていなかった。なぜならこれはゲームで、ゲームオーバーになった人間はもう二度とゲームに関わることが出来ないから。幾らなんでも全く連絡がつかない事を不審に思う人間はいた。だけどゲームだからという前提があって、そういう不信感を見て見ぬフリし続けてきたのよ。私達と……同じ様にね」


 そこまで話すと腕を組み、JJは窓辺に立つ。晴れた夜空から差し込む眩い月光を浴びながら、憂いを帯びた横顔で語り続ける。


「……ねえ、レイジ。ゲームオーバーになった人間って……本当はどうなっているのかな?」


 その質問に俺は何も答えたくなかった。なんとなく……なんとなくだけれど、もう俺にだってわかっているんだ。だからミユキを部屋から出したくない。だけどその現実を認めてしまったら全てが足元から崩れてしまいそうで……怖くて仕方がなかった。


「ミユキは現実でも脳が活動しているって話だった。だから多分、ここにあるミユキの意識と現実のミユキの肉体にはなんらかの繋がりが存在している。だけどそれは機械的なものじゃない。それが一体なんなのか私にも想像出来ないけど……ただ一つ言える事は、私達はVRシステムを使い、フルダイブ……つまり精神の没入を行う事で、この世界に精神そのものを再現しているんじゃないかしら? それってさ……つまりさ。この世界でゲームオーバーになるって事はさ……もしかして、私達が思っているより遥かに危険な事なんじゃないかしら?」


 JJの危惧は尤もだ。というか、もうそんなのはミユキの一件がある前から皆薄々気付いていたんだ。現実から何故かミサキが姿を消してしまったあの時から……。

 だけど……その現実を認めるのが辛くて。それを受け入れるのが怖くて、俺はずっとその結論を無意識の内に避けていたんだ。ミユキの事でショックを受けているのは、ただ彼女がログアウトできなくなったからというだけではない。俺は……俺が気にしているのは……。


「……もしJJの仮説通りだったとしてさ。じゃあ……あの日……。俺の目の前で殺されたミサキの精神は、どうなっちゃったのかな……」


 ミサキは現実からもいなくなってしまった。それが何を意味するのかはわからない。だけどミサキがいなくなった事と、ゲーム内で彼女が死んだ事は絶対無関係なんかじゃないんだ。だとしたら……それは……。


「俺はこれまでミサキを取り戻そうとして……過去の失敗を挽回しようとして頑張ってきたんだ。だけどもしゲームオーバーになったらそこでもうどうしようもないんだとしたら……もう何も救いようがないんだとしたら……俺、何の為にこれまで戦ってきたのかな……」

「それは……その、まだわからないけど……。でも……ただ、このゲームは危険よ。私は……レイジ、もうこのゲームに……積極的に関わるのは、やめたほうがいいと……思う……」

「まだミユキがいるのに? 彼女を一人取り残して逃げろっていうのか?」

「そうじゃないけど……! でもっ、このまま戦い続けてもそれこそGM側の思い通りじゃない! あいつらは何か企んでるのよ……このテストに、“ゲーム”って名目に何かを潜ませている。もしこのまま私達があいつらの思惑通りに動いたとしたら……なにか、とんでもない事に……それこそ取り返しのつかない事になってしまう気がして……っ」


 JJの言う事は正しい。冷静で、全く持って合理的だ。

 だが今の俺にはその言葉はなんの価値も持たなかった。幾ら横で何を言われても何も感じられない。どんどん気持ちが冷めていって、目の前にある問題から意識を逸らす事に必死で、俺はJJがどんな表情をしているのかすら気にかける余裕はなかった。


「ミユキの事は、それこそもう警察機関に任せるとか……とにかく、個人が遊び半分で挑める状態じゃなくなってきてるのよ。レイジ、良く考えて。リーダーはあんたなんだから、あんたの判断によっては全員共倒れになりかねないのよ?」

「警察に任せたってこんなの解決するわけないじゃないか……それで済むんだったら最初からそうしてるよ。そう言ったのはJJだろ!? 第一なんだよ、今更になって急に……! これまでだって辞める機会は幾らでもあったのに、今になってそんな……!」

「それは……そうだけど……。とにかくレイジ……一人で戦おうとするのはやめて。一度頭を冷やして。最近のあんた、ちょっとおかしいわよ。それに……!」


 俺を見つめるJJの眼差しが淡く光を帯びたように見えた。これは確か能力を使っている時に出る兆候だ。俺の魔力反応やらなにやらがおかしいのかもしれない。そういう自覚はある。なにせこのフェーズ4に入ってから俺の力はどんどん増すばかりだ。昨日よりも今日、今日よりも明日、確実に俺は強くなっているだろう。今のペースで戦い続ければシロウだって追い抜ける。そしていつかはあの魔王すら……。


「とにかく……だから……一人で戦うのはやめて! ちゃんと私の指示を待って!」

「JJ……それは無理だよ……」


 背の小さなJJにあわせ少し屈んだ上で彼女の両肩を掴む。そうして顔を近づけると、JJは少し怯えた様な表情で俺を見た。


「わかるだろ? 俺はもうやりきるしかないんだよ。俺は……ミサキを救えなかった。だけどこれからまだ間に合う、きっといつかまた会える……救いはどこかにきっとある。そう信じてやってきたんだ。だけどその希望も、逃げ出してしまったら全部なくなってしまう。俺は過去の失敗を取り戻せないまま……ゴミみたいな無価値な人生を生きて行く事になる……」

「ち、違うよ……レイジは……レイジはこれまで、一生懸命やったじゃない……」

「一生懸命やったさ。やったよ当然。だけどっ、結果がついてこなかったら意味ないんだよ! わかるだろJJ……君にはわかるはずだ。ただ頑張っただけじゃ誰も救えない! 誰にも認めてもらえないんだ! 仮に誰もが俺の事をよくやったと労ってくれたとしても……俺は自分自身を許せない! 俺は……っ! 絶対にならなきゃいけないんだ! ミサキの代わりに皆のリーダーになって、ヒーローになって、全部なかった事にしなきゃいけないんだよっ!」


 気付けば肩で荒く呼吸をしていた。何故か全身がびっしょりと嫌な汗に濡れている。JJはまるで小動物みたいに小刻みに震えながら、泣き出しそうな顔で俯いていた。


「レイジ……肩、痛いから……」


 手を放しながらゆっくりと距離を取る。JJは肩を撫でながら、崩れるように壁にもたれかかった。そのままずるずると床に座り込み、小さな声で言う。


「……そんなに自分の命を投げ出したいんだったら好きにしなさいよ。だけどね……覚えておきなさい。目の前でミサキを失ったあんたがどうしようもない絶望と後悔に苛まれたように……あんたを止められなかったら、死ぬ程悔しい想いをする奴が居るって事はね……」

「……勝てばいいだけの話だろ。俺が、終らせればいいだけの事だ」

「馬鹿じゃないのあんた……。そのままじゃあんた……本当に死ぬわよ……?」


 何も言わずに通り過ぎると、背後でJJが苛立ち任せに床を叩く音が聞こえた。だけどどんなに力を込めたところで彼女は非力で、その程度じゃ苛立ちすら晴らせなかっただろう。

 だけど俺はいちいち振り返る事はしない。JJが協力してくれなくたって一人でもやってみせる。俺にはそれだけの力がある。ミサキのくれた刀がある。俺はこの力で希望をつかみ取って見せる。誰もが納得出来るような、眩い光を……。




「さてと。それじゃあ、とりあえず魔王を倒して短期決戦でこのゲームを終らせる為に必要な事を、とりあえずわかっている範囲で整理してみようか」


 翌日、俺、遠藤さん、シロウ、マトイの四人は城内で次の行動について話し合っていた。現状、勇者の介入によりこの世界の戦況はある程度の拮抗状態を迎えている。

 魔物はどこにでも出現するわけではなくなり、人類が領地としている場所には出現出来ないという縛りが生まれた。その結果、このオルヴェンブルムを中心とした絶対防衛圏を維持している限り、いきなり人類側が敗北するという事はなくなっている。

 南ダリアと北ダリアの間を封鎖するアムネア砦。西大陸との唯一の出入り口であるカルラ要塞。人類側の領地では最北端にあるスズナ村を駐屯地に改造したスズナ基地。この三点がオルヴェンブルム防衛の要である。三点を結ぶように大小さまざまな兵力を持つ拠点が存在しているが、現状この三箇所のどこかを落とされない限り、オルヴェンブルムまで一気に攻め込まれる危険性は低いというのが遠藤さんの考えであった。


「守る分にはとりあえずこの三つを守ればいいんだが、それは今の僕らの戦力ならそこまで難しくはないだろうね。問題は“負けない事”よりも“勝つ事”だ。こちらが勝利条件を収めない限り……即ち魔王を倒さない限り、只管一方的な防戦を強いられるだろう。となると、僕らは頃合を見て魔王を狩りに行かなければならないのだけれど……」

「そもそも魔王ってどこにいんだ?」

「シロウ君の言う通り、そこが問題でね……。倒しにいこうにも魔王の居所が全くつかめていないんだ。このままでは一気に魔王を倒して終了というわけにはいかない。そこで僕らは少しずつ情報を集めなければならないわけだけど、そんな時間もないわけで……」

「簡単な事です。情報ならバウンサーを倒して聞き出せば良い」


 俺の言葉に三人が目を向けてくる。これまで通り受身じゃだめだ。状況を好転させる為には守ってばかりじゃ意味がない。こちらから積極的に魔物の手に落ちている人類側の領土を奪還し、その妨害に現れるであろう魔物を倒しレベルを上げ、バウンサーが出現すればこれを叩く。そして情報を一気に引き出し、魔王までの最短ルートをはじき出せば良い。


「やることは普通のRPGと何も変わらないよ。俺達は敵を倒して強くなって、中ボスを倒して魔王への手がかりを得ればいい」

「この間のように魔王自らが陣頭指揮を執って襲撃してくる可能性もゼロではないけどね。まあ、恐らくはもう自ら前線に出るような事は避けるだろう。そうでないとゲームが直ぐに終わってしまうからね」

「前回の出現はギドというイレギュラーに対応する為でしょうから、魔王は直ぐには出てこないと考えていいでしょうね。魔王に直行しようにもどうしてもバウンサーが邪魔になる。だったら今の内に減らしておくのが効率のいいやり方だ。先ずはアムネア渓谷から出撃し、ダリア村と神殿を奪還する。あそこが俺達にとっての始まりの場所だし、反撃開始の一手には相応しいだろう。準備を終えたら直ぐに出発するよ」


 奪還したダリア村にはNPCの戦力を置いてもらう必要がある。ツァーリかブロンの隊は最低でも連れて行く必要があるだろう。段取りを終えたらすぐ出発しようと考えている所へ遠藤さんが近づいてきて、俺の肩を軽く叩いた。


「それで、結局ミユキ君の事はどうするつもりなんだい?」

「戦闘には参加させませんよ。当たり前でしょう?」

「そうか……うん、まあそうだねぇ。ただ、ツァーリ君から話を聞いたところ、彼女かなりの腕前にまでレベルアップしているみたいだからね。二年も戦い続けていれば最早僕らの先輩とも言える。その力があれば、対バウンサー戦も楽になるかと思ってね……」

「バウンサーが相手でも、俺とシロウが居れば十分ですよ」


 ミユキは絶対に戦わせない。遠藤さんの言葉にきっぱりと返して歩き出す。

 俺はミユキを守りたい。守らなければいけない。仲間を救わなければいけない……。だけど本当はわかっている。昨日のJJとの会話、あれが俺の本音なんだ。

 なんだかんだ言って俺は自分が救われたいが為だけに戦い続けている。それ以外の事は実際のところはどうでもよくて、俺は決してリーダーに相応しい人間ではないのかもしれない。

 ミユキの為、ミサキの為、みんなの為……。そんな建前を振り翳さなければ戦う事が出来ない自分の弱さと未熟さは、俺自身嫌というほど理解している。だけど今はもう少し。騙し騙しでもいい、前に進み続ける。

 どう転んでも終わりの時はやってくる。その時どんな真実が俺達を待っているのか……。目の前の戦いに目を向ける事で事実から逃げる俺は、誰よりも間違いなく偽善者だった。

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