本音と建前(1)
夏休みも終わり新学期が始まっている以上、自由に動ける時間は大幅に制限される事になった。夏休み中なら幾らでも時間を使えたのだが、今はそういうわけにはいかない。
勿論、俺個人の気持ちだけで言えば、学校なんかよりも今は深雪を救い出す事の方が遥かに優先すべき事柄なのだが、学業を疎かにするなと他ならぬ深雪本人から釘を刺されている以上、学校をサボって活動するような事は出来なかった。
元よりザナドゥにログイン出来る時間は一日三時間と決まっている。いくら気持ちが逸った所で俺に出来る事はそう多くは無い。結局一日三時間という与えられた少ない持ち時間をどれだけ有意義に運用するか、そこがポイントになってくるわけだ。しかしもしもそれ以上の成果を望むのであれば……週末の時間を使って行動するしかないので……。
「やあ礼司君。早速だけど、そろそろ電車が出る時間だからね。話は道すがらしようか」
学校が休みになる土日を利用して、俺は遠藤さんと共に京都を目指していた。新幹線で片道二時間半の道程を遠藤さんと共に揺られながら進む。鈍行とは比べ物にならない程快適な車内は静かで揺れも少なかった。俺は今、深雪の指示に従って彼女の実家がある京都を目指している。目的は単純明快……現実の彼女の肉体がどのようになっているのか確認する為だ。
「ここまでも既に時間が掛かったろうけど、もうひとふんばりだよ。京都についたらおじさんが何か美味しい物奢ってあげるからね」
「あ……いえ、そんな。ていうか本当に新幹線代とか、大丈夫なんですか?」
「ああ、うんうん。あんまり気にしなくていいよ。僕はこんなナリだけど、大人だからね。万年金欠間違い無しの高校生よりはお金は持ってるさ。それよりもすまなかったね、わざわざ来てもらって。君の家から京都までじゃあ長旅だろうに」
「それこそ気にしないでください。深雪の為……ですから」
遠藤さんと合流し京都に向かっている旨を“りんくる!”に記してから俺はケータイをポケットに納めた。窓の向こう、猛スピードで通り過ぎて行く景色の手前。映りこんだ俺の横顔はいつも以上に冴えない、憂鬱な物だった。
深雪がザナドゥにログインしてから既に五日。と言う事は、五日間彼女の肉体は眠りから覚めずにほったらかされている事になる。まさか本当に横たわったままという事もないだろうから、既に深雪の異常は家族に知れている事だろう。ゲームからログアウトできなくなった人間がどのような状態にあるのか、それを知る事は俺達にとって決して他人事ではない。だがそんな建前よりも何よりも、俺は心配だった。深雪と美咲、二人の娘をこんな目に合わされてしまった家族がどうなっているのか……。
「それで遠藤さん、ミユキが今どうなっているのか、どこにいるのかは?」
「ああ、既に調べがついているよ。彼女は父親が勤めている大病院に入院しているようだね。原因不明の意識不明という診断を下され、学校側には入院の連絡も既に行っている。既に彼女の学友がお見舞いに行っているんじゃないかな?」
「流石ですね……そんな事まで調べてあるなんて。今更ですけど、俺、必要でした?」
「深雪君本人の希望だと言っただろう? 僕のような胡散臭い大人ではなく、礼司君にその目で確かめてほしかったんだろう。そういう乙女心を尊重してあげた方が良い」
遠藤さんの声を聞きながら、俺は自らの手を強く握り締めていた。深雪が俺を選んでくれた事は素直に嬉しい。けれど本当に俺でいいのかという疑念は尽きない。
そもそも俺がちゃんとしていれば深雪はあんな事にはならなかったんだ。深雪を巻き込んだ張本人がどの面下げて彼女の会いに行けというのか……。
「……ふむ。礼司君、京都に着くまでまだ時間がある。少しおじさんの話に付き合わないかい?」
「……え? あ、はい。えーと、話っていうと……?」
「おじさんが何故、ザナドゥというゲームに興味を持ったのかという話さ」
驚いた。というのも、彼がその……何かを秘密にしているのであろうという事は前々からこう、公然の事実というか。それが恐らくザナドゥというゲームと遠藤さんの“似合わない”感じに結びついているのだろうとは思っていたが……。
「それ、こんな所で俺に話していい事なんですか? 秘密にしてたんですよね?」
「そうだね。だけどこんな所で、そして君にだからこそ話しておこうと思ったのさ。何、別に大した理由じゃない。どこにでもある有り触れた、一人のおっさんのお話さ」
そう良く分からない前置きをしてから彼は語り始めた。それはまだ俺達がこのゲームに関わる事になる一年以上前に遡る。
「君も知っているだろう? トリニティ・テックユニオンによる、VRMMOの開発会見。その場で記者達の好奇の視線と失笑を一身に浴びていた男がいる。彼の名前は黒須惣介。恐らく君達がゲーム内で出会ったという、“クロス”と呼ばれる男と同一人物だと思われる。俺は元々ゲーム自体に興味があったわけではなく、黒須惣介……彼をある仕事で追いかけていたんだ」
黒須惣介。一人で作り上げた自主制作ゲームから一気にゲーム業界のカリスマにまで成り上がった男。俺もその名前は聞いた事がある。彼に関する記事も幾つか目を通した。その印象は奇人、或いは天才――。幼稚で感情的で一般人とはズレた感覚の持ち主。天才なんて風に揶揄される人間は大体総じてそんなものだとは思うが、彼は正に絵に書いたような奇人であった。
「僕は黒須惣介が作ったという新作ゲームを調べていた。まあ調べていたというか……それをあわよくば横取りする算段を整えていてね。僕のクライアントは海外の大企業で、黒須が実現したというVRシステムを狙っていた。僕は黒須になんとか取り入り、彼自身を引き抜くか、或いはVRシステムの理論を奪い取る手筈になっていた」
「……って、ちょ、ちょっと待って下さいよ!? 今遠藤さんの昔の話をしていたはずなのに、なんで急にそんな映画みたいな話になっちゃうんですか!?」
「君が知らないだけで、そんなにこの世界じゃ珍しい話じゃないんだよ。ずば抜けた力を持つ天才はそれを欲する愚者に纏わりつかれるのが世の常だ。ただまあ、そんなに悪い話じゃなかったんだよ? トリニティ社よりもずっと高待遇で黒須を受け入れる準備は出来ていたんだ」
「いやいやいや、遠藤さん、探偵なんですよね!? 何やってんですか!?」
「あー、うん。それがね、探偵っていうのは半分正解で半分嘘なんだ。厳密には探偵もやっていますって事でね。僕の肩書きは色々。まあ、何でも屋ってところかな。とにかく僕の話は今するべきものでもないから、適当にスルーしてよ」
そんなに簡単にスルーできるような内容ではない気がしたが、確かにこれを根掘り葉掘り聞いているときりがない。俺はある程度彼のトンデモ話を受け入れる気構えを持つ事にした。
「しかしね。調べてみると……どうも実在しないらしかったんだよ。黒須惣介は、VRシステムの開発を成功させてはいなかったんだ。いや、理論上は完成していたという話だったかな? ただ、フルダイブという事象における安全性を彼は証明出来なかったんだ」
フルダイブ型のMMORPGなんて気軽に言うが、とても俺達常人には理解出来ないような理屈で動いている未知の物体だ。しかしなんとなくだが、素人目にもどういう理屈であれが動いているのか想像する事は出来る。
それこそまるでSFのような話だが、脳波をあのHMDで読み取って……とか。或いは、HMDと脳を直接繋いで……とか。まるで自分の肉体を動かすかのようにゲームをする為には、どうしても“五感”をゲームに取り込む必要がある。それが今の時点での科学力ではまだ誰も実現した事がない物で、とても“お遊び”目的でほいほい認可できるようなものでないというのは誰にだってわかる事だ。
例えば今回の深雪のケースのように、ログインしたままログアウトできなくなる可能性。ログイン中に第三者が接続を強制中断した場合……落雷による停電もあるかもしれない。事故事例は考えれば考えるほど果てしなく、VRシステムというものがクリアしなければならない問題は天を穿たんとばかりに山になっているわけで……。
「理論上は可能。そこまで黒須は漕ぎ着けただけで凄まじい天才だと思うが、それをどうやらトリニティ社が、そして日本政府が認可しなかったらしい。そうなるまでは確かにトリニティ社内にザナドゥというプロジェクトチームは実在していた。だがザナドゥプロジェクトは既に凍結され、チームは解散されているわけだね」
「じゃあ、遠藤さんは……?」
「うん。僕は黒須を引き抜く事も技術を盗む事も出来なかった。認可されなかった時点で黒須は自らが積み重ねてきた研究成果を殆ど破棄してしまったらしい。勿体無いよね。日本じゃ無理でも、海外だったら幾らでも彼を使ってくれるところがあっただろうに……」
「VRシステムって言葉が持つ可能性はそれこそ無限大ですからね……」
「ともあれこうしてVRMMOシステムの開発は中断されたと……。しかしさっきも言った様に黒須本人を引き抜けばそれで僕の目的は達成出来る。それで以前僕は黒須にその話を持ちかけたことがあるんだ。もう一年以上前だね」
「黒須惣介に直接会ったんですか!?」
「うん。だけど彼はその時こう言っていた。“別の理解者が現れたから必要ない。彼女という協力者が居れば僕の理想は実現出来る”ってね。まあ引き抜きには思いっきり失敗したわけだ」
「その協力者っていうのは……えっと、彼女? 女性なんですよね? じゃあ……まさか、ロギア……ですか?」
「その可能性が高いだろうね。だがVRシステムはまだ日本じゃ安全性を証明出来ていないんだから、協力者が誰であろうと日本でやるのはご法度なはずなんだ。しかしザナドゥは実際に完成して僕らはそのテストに参加している……と」
遠藤さんがペットボトルのお茶を飲むのを切欠に俺は腕を組んで話を整理してみた。
まず黒須惣介がVRMMOの開発を宣言したのは二年と少し前。しかし一年半くらいかな? 前の時点では、VRシステムの安全性が証明出来なかった為プロジェクトは凍結されてしまった。その後遠藤さんが接触するも、黒須は別の協力者、理解者を得てゲーム作りを完成させる目処が立ったと話した。そして現在、恐らく前に二度テストを経て俺達サードテスターを巻き込んだ戦いが繰り広げられている。とすればこの話の肝は厚い壁に阻まれた黒須に手を差し伸べた協力者が何者なのか、という事だろうか。
「遠藤さん、ロギアについては何か知っている事はないんですか?」
「それがさっぱり。いくら調べて見ても何も出てこないんだよね。こういう調べ物は得意だと自負していたんだが……彼女はどうやら僕よりも更に一枚上手と見える」
「じゃあ結局何もわからない事には変わりないんじゃないですか……」
「力になれずに申し訳ないねぇ。というわけでこの話は一旦終わり。僕が何故サードテスターに応募する事になったのかという話に戻そうと思う」
そういえばそんな話をしていたんだっけか。幾ら考えた所で答えは見えないであろう先の話を頭の隅に追いやり、俺は改めて彼の言葉に耳を傾けた。
「話は打って変わって、黒須惣介との接触から半年後。今から一年くらい前だね。その頃僕はある人探しの依頼を受けた。表向きは興信所みたいなものだから、そういう依頼もこなしているんだけどね。依頼人は中島瑞樹という女性だった。そろそろ三十路になろうかという微妙なお年頃の彼女が探していたのは彼女の姪に当たる少女。名前を中島葵と言った」
本当に話が変わったな……と思いながらも、しかし遠藤さんの真剣な顔つきに俺は何も口を挟めずに居た。わけのわからん話だなと思いながらも、何と無くそれは自分にとっても無関係な事ではないような不思議な予感がしていたからだ。
「葵はまだ十歳……いや、そろそろ十一歳になるのかな? ともかく小学生でね。色々と複雑な事情があって両親と離れて暮らしている、まあ言ってしまえば孤児みたいなものだったんだ。あ、一応両親は生きてるんだけどね。ただ両親共に刑務所に入れられてしまっていて、そんな両親だったものだから娘を預かってくれるような親戚もいなかったんだ」
重すぎる話に唖然とする俺をほったらかして彼はどんどん話を進めて行く。
「孤独な少女に唯一近づこうとしたのが叔母の瑞樹だった。瑞樹と葵の母は犬猿の仲でね。若い頃色々苦労した二人の姉妹だったが、姉はいい加減な犯罪者に、しかし妹は立派な働く女性になっていた。瑞樹は姉の事を嫌っていたが、彼女の娘である葵にまで罪はないと考えて彼女を気にかけていた。しかし瑞樹は独身、かつバリバリのキャリアウーマンでね。まあ、大きくなった姉の子供を丸々引き受ける事も躊躇っていたんだ」
犯罪者の娘を育てろっていうのは、幾ら血縁に当たると言ってもやはり躊躇われる物だったのか。女性一人が働きながら十歳の子供を育てろというのも中々きついものがあるのかもしれない。ともかく他人である俺にその瑞樹さんと言う人を責める権利はないだろう。
うちの両親は平凡だが、それでも俺をここまで何不自由なく育ててくれた立派な親だ。子供を育てるのが大変だったなんて話は一度として俺にした事はないが、きっと様々な苦難があった事だろう。子供を育てる事は犬や猫を拾ってくるのとはわけが違う。だから瑞樹さんも葵ちゃんの扱いに関しては色々と思うところがあったんだろう。
「しかしある時、葵は養護施設から姿を消してしまったんだ。最初は家出じゃないかという話になったが、いつまで経っても見つからない。たかが十歳そこそこの少女が、しかも養護施設に預けられていたようなお金も持っていない子供が何日も外をウロウロ出来る筈はなかった。だが現実問題彼女は見つからなかった。警察も手を尽くしてはくれたようだが、少女が一人や二人居なくなるなんて事は、言ってしまえばそう珍しい事じゃないんだ。今も全力で探し続けてくれているかどうかというと、わからないだろうね」
「そんな……人間が一人居なくなっているのに……」
「礼司君はそう言うが、君はこの電車内から唐突に誰かが一人いなくなったとしても気付けないだろう? そして気付いたとしても別に気にも留めないはずだ。人間というのはそれこそ掃いて捨てる程この世界に溢れている。これは善悪の観念以前に、認めざるを得ない事実だ」
遠藤さんの言っている事は確かにわかる。だけどそれを認めてしまったら……まるで美咲の失踪も“仕方がなかった”んだと言われているような気がして腑に落ちなかった。彼もそれは察してくれたのか、この件についてこれ以上話をするつもりはない様子だった。
「ともあれどうにも姪っ子が見つからないので、瑞樹は僕の所にやってきたわけだ。僕は軽い気持ちで引き受けた。家出した女の子を見つけるのはそこそこ得意だったし、見つかりそうになかったらさっさと他所に投げるつもりだったからだ。しかし軽く調べただけで、僕は黒須惣介という名前に行き着く事になったんだ」
「え? どうしてここで黒須惣介が……?」
「黒須惣介は変わり者でね。色々な養護施設に、中古ゲームだとか自分が作ったゲームなんかをよく送りつけていたらしい。葵が居た養護施設もそんな中の一つで、比較的東京に近かった事もあって黒須は何度かその施設に直接ゲームを持って遊びに行っていたらしい。当然だが子供からの評判は抜群に良かった。ゲームをタダでくれる子供っぽいおじさんだからね、誰だって好きだろうさ。そんな黒須惣介は、中島葵が心を許す数少ない大人の一人だったんだ」
その話だけ聞けばまるでというか美談以外の何者でもないのだが、問題は葵が他の大人には心を開く気配すら見せなかった事、そして葵が黒須ととても親しい間柄にあった事だ。
「僕も黒須の話を元々知らなかったらここに引っ掛かるようなことはなかっただろう。他の大人達からすれば、黒須は子供たち皆の人気者で、中島葵という特定の個人との関連性はないものだとされていた。しかし僕はザナドゥというゲームが破局を迎えた事、しかし黒須が別の協力者を得てゲーム作りを続けている事を知っていた。そこからどんな想像が出来るかな?」
「それは……えっと、まさか……その中島葵という少女に……ザナドゥを?」
つまり、黒須は葵をテスターとして選んだのだろうか? だから彼女を半ば誘拐……いや、この感じだと本人も同意の上で、か。ともかく黒須は葵をザナドゥのテスターとして起用した。有り得る話だ。なにしろザナドゥは一度ログインしたらログアウトできなくなるようなテストをやっていたゲームだ。誰からも忘れられたような孤児なんてテスターにうってつけじゃないか。
「元々僕はザナドゥについて、黒須惣介に関しての追跡調査を依頼されていた。中島葵の捜索はある意味ついでだった。ともあれ僕は二つの依頼を解決する為に、サードテスターに応募したというわけさ。まあ……テスターに当選したのは僕じゃなかったんだけどね」
最後のそんな事を付け加え彼は苦笑いを浮かべた。ゲームにログイン出来るのは何も本人だけではない。深雪の一件から、HMDの貸与、譲渡は恐らく可能。一度ログインすればそこで本人認証がかかるのかもしれないが、少なくとも未使用品なら何の問題もない。だからこそHMDがネットオークションとかに並ばないのが逆に不思議なんだが……。
「まあざっと話すと、これが僕がザナドゥにログインしている理由さ。そしてだからこそ、この状況にあっても僕は退くわけにはいかないんだ。まだ何の目的も達成していないんだからね」
「そっか……。だから遠藤さんは単独行動が多かったんですね。あれは人探しをしていたのか」
「探索範囲を広げないと、いつまで経っても葵に辿り着けないと思ってね。どうだい? 思っていたより大した理由じゃなかっただろう?」
苦笑を浮かべて濁してみたが……確かに思っていた程複雑な事情ではなかった気がする。いや十分複雑と言うか、特別な理由ではあるのだが……。
「……さて、ここからが本題だ。礼司君、この写真の女の子に見覚えはないかな?」
遠藤さんが取り出したのは恐らく先の話に出てきた中島葵の写真であった。まだ幼い少女が他の子供たちから少し距離を置いて映し出されている。察するにこれが例の養護施設で撮られた写真なのだろう。それを受け取り確認し、俺は息を呑んだ。
「こ……この子って……」
「やはり、そうなのかい?」
ゆっくりと頷くと彼はなんとも言えない表情を浮かべた。写真を返しながら俺は記憶を掘り返す。といっても僅か数日前の記憶だ。思い出すのは難しくもなんともない。
あの日、バウンサーを名乗る者達との接触があった日。バウンサーの長、氷室という男に連れられてやってきた二人の護衛。その片方であるあのロボットのような精霊を使っていた少女こそ、中島葵だったのだ。
ザナドゥはリアルとゲーム内とで外見を使い分ける事が出来ない。だから見れば一発でわかる。これまではあの機械の鎧に覆われていたから素顔を見たことはなかったが……つまり彼女が、中島葵がフェーズ2から俺達の邪魔をしてきた事になる。
「遠藤さん……これ……」
「さっきの話を君にした理由がこれさ。礼司君……君を仲間と見込んで頼みたい。僕は次の接触時、中島葵に説得を試みるつもりだ。君にその手伝いをしてもらいたいんだ」
「そんなに改まって言われなくても、そういう事情があるなら手伝いますけど……相手はバウンサーか。これは少し厄介ですね……」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ! いやー、JJあたりには物凄く警戒されてしまっているようでね。気軽に事情を打ち明ける事も出来なかったんだ。流石は我らがリーダー、実に頼もしいものだね!」
冗談っぽくそんな事を言いながら俺の肩を叩く遠藤さん。それからシリアスな表情に戻しながら、小さな声で言った。
「……僕のような大人を君達子供は信じられないかもしれない。だがその上で……信じてほしい。僕は決して君達を、仲間を裏切るような事はしない。僕はただ瑞樹君の憂いを晴らしてあげたいだけなんだ。だから……力を貸してくれ、礼司君」
「遠藤さん……」
遠藤さんがこんな風に言ってくれるのは初めてではないだろうか? 確かに彼は……こう、胡散臭い。何を考えているのか、本心を明らかにしないタイプの大人だ。確かに彼の行いには怪しい所が沢山ある。そもそもやっている事がいちいち犯罪紛いのような気はするが……これまで俺達を助けてくれたのも事実で。そして中島瑞樹さんという、一人の女性を救おうとしているのも事実なのだ。
「……わかりました。俺も葵ちゃんの奪還に手を貸します」
「ありがとう、礼司君。お礼にご飯はいい所に連れてってあげるからね。そうだ、ガイドブックもあるよ? 行きたい所があればリクエストは受け付けるけど、どうだい?」
「そんな……旅行じゃないんですから……。深雪の話覚えてますよね?」
「覚えてるさ、当然じゃないか。だけどただお見舞いをして帰るだけじゃあ折角京都くんだりまで来た意味がないだろう? せめて美味しい物食べて、お土産くらいは買わなきゃね」
本気なのか冗談なのか、彼はまたわかりづらい笑顔を浮かべた。それで何と無く緊迫していた空気が解けたような気がして、思い悩む事にすっかり参っていた俺は彼の道化のような振る舞いに乗っかる事にした。二人で小さなガイドブックを眺めながらどうでもいい話を延々としていると、京都までの長く重苦しい沈黙も少しは明るく過ごせるような気がした……。




