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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【勇者召喚】
15/123

偽りの翼(2)

 真正面から雪崩れてくる大漁の水は来るとわかっていても回避出来ない。竜にとってこの道は自分の胴体がぎりぎり通過出来る程度の幅しかないのだ。避ける事はおろか、そもそも旋回して逃れる事すら不可能である。


「ぬ……おおおおっ!? どんだけ溜め込んでやがったんだ!」

「暇さえあればコイツには水をがぶ飲みさせておいたんだ! あの日は大雨だったし、最近川の水量はかなり増えていた! ただの水でも……こんだけぶっ放せば!」


 放出するのは良いが、その反動も相当のものであった。レイジの身体だけならばとっくに吹っ飛んでいただろうし、何とかシロウが持ち堪えているものの二人は徐々にのけぞり、姿勢を崩しつつあった。


「ったく、このくらいでヘバってたまるかっつーの!」

「シロウ、大丈夫!?」

「野暮な事訊くんじゃねえ! こっちの事は構わずやっちまえ!」


 びしょ濡れになりながら頷くレイジ。そうして更に念じる。ミミスケの中に蓄積した膨大な量の水をより鋭く、勢い良く放出する事を。


「い…………っけぇええええ!」


 竜はすっかり水に飲み込まれつつあった。勢いに耐えられない体は転倒しかけ、その場に踏み止まるだけでも精一杯という様子だ。そんな状況ならば周囲に対する警戒など出来る筈もなく、動き出したポイントBとCに気付く事もなかった。


「ちょっと、勢い良すぎ……ここまでバケツひっくり返したみたいになってんじゃないのよ、もう!」

「わひゃー! あ……きれいな虹が見えます!」

「言っている場合ではないのでありんす」


 無数のカードを自らの周囲で回転させるJJ。同時にアンヘルも杖を取り出した。


「アンヘル! 今がチャンスよ!」

「合点承知でございます。せーの」


 無数のカードを岩に貼り付けゆっくりと押し出すJJ。一方アンヘルは杖を思い切り振り上げ、岩に向かって叩き付けた。この衝撃で岩は落下し、それに僅かに遅れてJJも竜の頭上に落とす事に成功した。

 落下してきた巨大な岩は竜の身体に叩きつけられただけでなく、その身体を渓谷の中に埋めるだけのサイズを誇っている。砕けながらも放水に混じり、竜の身体を埋めようと今も暴れ続けている。


「ぷはあー! 思った以上に、重労働ね……!」

「JJ、次を落とさないと」

「わ、わかってるわよ……! 弓隊も攻撃準備! 狙いは奴の頭! 放水に動きを制限されているうちに命中させなさい!」


 JJの声に村人達が身を乗り出し弓を構える。そうして一斉に周囲から矢が放たれ、それは放水から露出している竜の頭や首の部分に次々に命中した。

 しかし竜の身体の硬度は尋常ではない。わかっていた事だが矢は一本も突き刺さらず、ただ命中して弾かれるだけであった。しかしこれで全ては予定通りなのだ。


「攻撃完了、十分よ! あいつが動き出す前に退避して!」


 岩を落としながら叫ぶJJ。いい加減上からの攻撃にも気付いている竜は顔を挙げ、JJに向かって炎を放出しようとしていた。

 慌てるJJだが、カードの操作中で身体が固まってしまっていた。そこへ放たれた竜のブレスであったが、急にJJの身体は浮かび上がり、背後に引っ張り込まれ炎をかわす事に成功する。


「危ない所だったね、JJ」

「遠藤……いつからそこに隠れてたの?」

「結構前からだね。はははは……いたた! 助けたんだからいいじゃないかー」


 自分の首根っこを掴んで持ち上げている遠藤の足を蹴飛ばすJJ。放水も徐々に弱まり、竜は尾と首を振りながら炎を撒き散らし、激昂をアピールしている。


「レイジ、シロウ! もう十分よ! さっさと仕上げをしちゃって!」

「もうこっちも動いてるっつーの!」


 シロウはレイジを抱え壁面の僅かな傾斜を走っていた。直ぐに崖を登りきり、JJ達のいるポイントへと飛び込み、大地を滑って足を止めた。


「壁を走るとか……シロウって本当に人間じゃないよね……」

「褒めても何も出ねーぞ。それより準備しろ、準備!」

「あ、ああ……うん」


 目を瞑り念じる。レイジは頭の中で何度も何度も繰り返しあの瞬間を再生した。

 それは彼の目の前で大切な人が失われた瞬間。闇の中に瞬く雷光。目の奥に焼きついて今も離れない神々しい姿。優しく、穏やかで、そして力強い声……。


「下ろすぞ! こっからは俺が道を切り開く……エスコートは任せな!」


 シロウに下ろされると同時によたつきながら走り出すレイジ。小脇にミミスケを抱え、呼吸を整えながら目標を見下ろす。

 シロウの加速はレイジの比ではなかった。一瞬でレイジの倍近い速力に達し、そのまま大きく跳躍。竜に向かって崖を飛び降りていく。

 竜は今身動きの取れない状態にある。放水で崩れた壁、土、そして放り込まれた岩。自らが暴れて崩した分も助けになっているか。ともかく竜は今大漁の土砂に埋もれた状態にあった。足元は粘土質の土でぬかるむ事で滑りもよくなり、どうにも踏ん張りが効かない。

 故に竜は襲い掛かるシロウに対し口を開き炎を吐き出すという対応を取る。だがシロウは炎を扱う精霊を持つ。彼は致死の炎を浴びながらそのど真ん中を突っ切り、竜の顔を横から殴り飛ばして見せた。

「いつまでも……こっちがやられっぱなしだと思ってんじゃねえぞォ!」

 空中で身体を捻るシロウ。踵の先で爆発を起こし回転を行なう。その勢いのまま竜を蹴りつけ、減り込んだ足先から爆発を起こして空中移動、距離を取って壁面に着地した。


「彼はあれかい? 人間なのかい?」

「……あいつ、マジで身体能力だけは私達の中でぶっちぎりね」


 呆れ混じりの仲間の賞賛の声も今のシロウには届いていない。壁に足をつけたのはほんの一瞬。体制を整え飛び出すまでにもう一瞬。その刹那の中でシロウは次の攻撃地点を見極め、素早く拳を繰り出していた。

 減り込む拳。その先端から爆炎と共に衝撃が迸る。その瞬間竜は悲鳴を上げ、ぐらりと身体を傾けて見せた。

 これまでシロウの攻撃では竜にダメージを与える事は出来なかった。確かにこの僅かな期間で彼は自分の能力を知り、コントロールを格段に向上させていたが、基礎的な攻撃力が急上昇したわけではない。ではなぜ、竜の身体に亀裂を生じさせる事が出来たのか。


「上手くハマったみたいね、“新技”」


 ぽつりと呟くJJ。シロウが狙ったのは竜の首についていた赤く発光するマーク。そのポイントを殴った瞬間だけ、明らかに打撃の威力が跳ね上がっていた。


「能力は使いようなのよ。倒せない相手がいるのなら、条件をつけて倒せるような能力を――勝手に捏造してしまえばいい」


 それはJJが能力について考え、出した結論であった。

 このゲームにログインしたプレイヤーには自動的に能力が付与される。その能力はプレイヤーの意志とは無関係で、変更する事は出来ない……それは間違いではない。

 だがその能力の大本となる力……それは非常に曖昧で概念的な物なのだ。シロウの“炎”、遠藤の“情報”のように、中には幅広い応用を利かせる事が出来るような能力も存在する。

 何をどうして炎を起こすのか。どうやって炎を強くするのか。その能力は条件付けや限定付けで幾らでも強化が可能なのだ。シロウの炎は特にそれが顕著で、僅かな期間の修行で十分な成果を上げるだけの“新技”を開発してしまった。


「“誘爆能力”って所かしらね」

「それは、シロウ君がみんなの鏃を一つ一つ丁寧に叩いていたのと関係があるのかい?」

「ええ。シロウのあの能力はね。一度物に触る事で、その部分に爆発しやすいエネルギーを蓄積させるの。それはどんなものでも構わない。そして接触した瞬間、爆発しやすいエネルギーって奴が移動する……そういう性質になってるの」

「爆弾を擦り付け合えるって事かい? なんだか古いゲームみたいだね」

「まあそういう事。要は鏃に仕込んだ爆弾を、竜の体表に設置したってだけの話ね」


 村人達が放った矢は決して竜を傷つけなかったが、その鏃に仕込まれていた誘爆の力は付与する事が出来た。後はそこをシロウが殴り抜けば、これまで以上に破壊力のある攻撃を叩き込むことが出来ると、そういう算段である。


「決まった所しか殴れねーのは若干不満だが……これでテメーにも拳が届くぜ! オラァアアア、どしたどしたどしたああああッ!」


 渓谷を跳びまわり、走り回りながら竜を攻撃するシロウ。ブレス攻撃を回避し、身動きが取れない竜に次々と有効打を決めていく。


「竜の首が自在に動くって言ってもね、その角度と反応速度はある程度決まってるのよ。それがわからないシロウじゃないわ」

「とくれば、ワンサイドゲームってわけだね」

「でも、元々シロウはあの竜とは相性が悪いのよ。多分ね……」


 前回の交戦時、シロウの攻撃は殆どダメージを与えられず仕舞いであった。しかし実際の所、シロウの戦闘力は勇者達の中でも明らかに抜きん出ている。

 竜に対しシロウの攻撃が通用せず、ミサキの攻撃が効果的であった理由というのは、単純な力量の差だけではない。言うならばそれは相性の問題なのだ。


「シロウの攻撃属性を仮定するなら、炎と打撃って所かしら。ミサキの方は雷と斬撃……。攻撃属性の相性が戦闘に大きく関わるなんて、RPGじゃ当たり前だけど」

「でも、ミサキ君の力はそれだけではなかったんだろう?」


 遠藤の言葉に目を細めるJJ。そう、勿論相性の問題はある。シロウが炎を一切受け付けないという力を持っているように、竜にもそのような防御能力があったという可能性はある。だが……ただ相性という問題だけでは、ミサキの力は説明がつかない。


「当然の事、なんだけどね……」


 目を見開くJJ。すると瞳が淡く光を帯び、一瞬で視界にその光が広がっていく。

 変貌した景色の中、戦うシロウと竜の姿が見える。そのお互いの身体を覆っている光の強さ、そのゆらぎがそれぞれの持つ力の多寡を意味しているという事をJJは知っている。

 目で見て測り――そして手で触れて確認した。確かにミサキと触れ合った自らの右手を見やり、自らの身体を覆う弱弱しい光に目を細める。


「ミサキは最強だった。誰がなんと言おうと、私達の中でぶっちぎりに」


 思えば竜との戦い以外で彼女が本気を出した事があっただろうか?

 常に一歩引いた視線で全体を見ていたミサキ。彼女は自分自身が持つ巨大な力にも気付いていた。しかし気付いた上で、それを行使しようとはしなかった。

 過ぎた力を持つという事が何を意味するのかを理解していたし、何よりその力を自分が制御しきれないであろう事にも気がついていたからだ。

 恐らく磨き上げれば途方もない剣となっていたであろうミサキの能力。それは片鱗だけであの竜に大きな傷を残すだけのものであったというのに。


「シロウの力だけじゃ足りないのよ。あいつじゃ竜に致命傷を与えるまでに何発殴ればいいのかわからないもの。だから……どうしてもミサキの力が勝利に必要だった」

「しかしミサキ君はもういない。もしや万事休すかね?」

「そんなわけないでしょ? ただ――主役の為に舞台を整えただけよ」


 溜息混じりに目を瞑り、どこか寂しげな……しかし優しい眼差しを向けた先。JJと遠藤が見たのは、竜に向かって走るレイジの姿であった。高所から竜を見下ろしつつ崖を下り、滑り落ちるようにしてシロウの背後につく。

 大暴れする竜と戦うシロウ。牙から逃れた男は背後に大きく跳躍し、レイジの前方に着地する。竜はその軌道を追い、口を開いてブレス発射の体勢に入った。


「奴はもう大分弱ってるが、それでも一発でも攻撃を受ければ即ダウンするくらいの攻撃力は残ってる! やるんなら一撃で決めろ!」

「わかってる! どっちみち、使えるのは一回きりだ!」


 ブレスを放出する竜。炎の壁が狭く崩れた道を埋め尽くしながら襲い来る。それに対しシロウは片手を前に突き出し、炎の面を掴む様にして受け止めていた。

 四方に弾かれた炎。シロウの背後には道が生まれ、レイジはそこを低い姿勢で走っていく。やがてシロウが完全にブレスを薙ぎ払うと、レイジは抱えていた白いウサギへと手を伸ばした。

 次の瞬間、うさぎはぐねぐねと蠢き、眩い光を発する。その光が収まった時には既にそこにうさぎの姿はなく、代わりに黒い怪鳥が現れていた。否――変身を遂げていたのである。

 ミミスケと呼ばれた精霊は今三つの瞳をぎょろりと開き、黒翼を羽ばたかせ空へと舞い上がったのだ。そして空中で黒い光を発し、更に姿を変え主の手の中へと収まろうとしている。

 それは一振りの刀。黒く塗り潰された刀身を持つ刃。鞘から引き抜けば雷を纏い、触れる全てを美しい光沢で両断する。この世の物ではない武器。精霊と呼ばれる物だけが変貌し、形成する事のできる力。即ちそれは――。


「……ミサキ君の刀」


 変身の余波が黒い光の羽となってレイジの周囲を舞う。少年は自らが握り締めた刀の感触を確かめ、鞘から刃を解き放った。


「行けるな、相棒!?」

「――ミサキの力を感じる。行けるよ。俺が……俺が、あいつを斬る!」


 弾かれるように走り出した大地。刀を手にした瞬間、全てがぐんと軽くなった。一歩一歩を踏み出す挙動の全てが速く、正確に身体を前へと運んでいく。


「炎は防いでやる! 攻撃も吹っ飛ばしてやる! だからお前は首を落とす事だけを考えろ!」


 並走するシロウの言葉に頷きを返す。二人は交差しながら竜へと続く直線を突き進む。


「なんで正面から行くのよ。さっきの間に回り込めばよかったのに、バカ」


 苦笑を浮かべるJJ。今のレイジではあの力を使いこなせず、出す為には十分な溜めが必要だ。それにしたってもっと他にやりようがあったろうに。

 だがそれでいいと思っている自分がいる事にJJは気付いていた。今のレイジにとって必要な事は、単純にただ相手を倒すという事ではないのだ。

 あの時、レイジは目の前の恐怖から逃げ出した。確かにそこで戦ったミサキに対し、彼に出来る事など何もなかった。援護しようとした所で足を引っ張って二人ともやられていたのがオチというものだろう。

 だがそれでも、そうだとしても、逃げ出して見殺しにしたという事実は決して変わる事はないのだ。力不足が、臆病さが、大切な人を失わせてしまったという現実は、どう足掻いた所でレイジの心の中に残り続ける。

 彼は恐らくその事を無意識に理解していたのだ。だから他の誰にでもなく自分に対して証明する必要があった。恐怖に立ち向かう意思を。自分に出来る事の全てを。

 炎を殴り消すシロウ。レイジはその間に壁を駆け上がり一息に跳躍した。炎の壁を突きぬけ舞い上がる空。雲の切れ間から渓谷に差し込む日光を背に少年は刃に力を込める。

 ――あの日。あの時。後悔だけが心の中を支配していたあの場所で。奇しくもレイジは自分の精霊が持つ最大の……そして本来の力の価値を知ったのだ。

 血塗れになり、自分の腕の中で目を閉じたミサキの事だけしか映していなかった彼の瞳では決して知り得なかった事実。あの瞬間、あの場所で起きていたもう一つの偶然。


「実は気付いてたんでしょ? 何しろその事実を私に教えたのがあんたなんだから」


 腕を組んだまま微笑む遠藤。ヒントは彼の言葉から齎された。

 あの時あの場でその事実に気付けたのは彼だけであった。遠くから戦闘の様子を消えながら覗っていた遠藤だけが、死んだプレイヤーの精霊がどうなるのかを目撃した。

 プレイヤーと精霊はセットで運用される存在だ。故にプレイヤーが死亡した場合、精霊も命を失い倒れる事になる。プレイヤーの死体は死亡後も僅かな時間の間その場に残留し、徐々に光の粒となって消えていく決まりだ。そしてそれは精霊にも同じ事が言える。

 ミサキの精霊であるヤタローは地べたに横たわり消滅の時を待っていた。レイジがミサキに駆け寄った時、同じく精霊であるミミスケがヤタローに駆け寄った。そしてレイジがミサキを抱き上げた時、ミミスケは大口を開けてヤタローを飲み込んだのである。


「彼の精霊は確か、生きている物は食べられないんだったね。では、死んだものはどうなのかな?」

「もしかしたらその行為そのものに意味はなかったのかもしれない。でもその事実があるのなら、能力をこじつけるには十分よ」


 ミミスケはヤタローを飲み込んだ。ミミスケの能力とは、飲み込んだ物を自在に取り出す力である。ミミスケは今――飲み込んだヤタローの力を再現しているのだ。

 跳躍し空を舞いながら刀を振り上げるレイジ。その刀身に黒い雷が収束し、巨大な光の刃を作る。それはミサキがあの竜の首を落とす時に使った必殺の一撃――。


「俺は……自分一人じゃ何も出来ない臆病者だ。俺は……好きな女の子一人守ってやれないどうしようもないヘタレだ。だけど……!」


 ありったけの思いを刀に込める。後悔だろうがなんだろうが、想いだけなら無尽蔵に湧き出てくる。直感的に理解した。この刀は力で振る物ではない。この刀は、誰かを思う心で振り抜くものであると。


「誰かの想いを継ぐ事は出来る! だから……俺に力を貸してくれ!」


 ――格好つけたってしょうがないだろ?

 ――頑張ったってどうせダメなんだろ?

 ――最初から諦めて逃げていれば楽なんだろ?

 ――今更取り返しのつかない事だってわかってるんだろ?

 ――ああ、そうだ。わかっている。頭の中で反響する弱気な自分を一瞥して。それでも。


「……んな事、知るかあああああああああッ!」


 目を開き、雄叫びを上げながら刃を振り下ろす。その目前で竜はレイジを捉えブレスを発射しようと口を開いた。だが次の瞬間、下方から飛び上がってきたシロウが竜の顎を蹴り上げ口を閉じさせた。


「行けぇ! 行っちまえ、レイジ!」

「てめえなんかに……美咲は負けねぇ! てめえなんかに……ッ!」


 振り下ろす光の刃。勿論、どう考えたってこんなのは怖いに決まっている。

 だけどレイジは知っているのだ。どんなに怖くても。どんなに苦しくても。何もしないでずっと後悔し続けるよりはずっとましなのだと。


「この剣が……負けて堪るかよォオオオ――ッ!」


 首筋にすらりと刃が入る。そのまま落下の勢いに合わせ、擦れ違い様に刀を振り抜いた。

 黒い光が竜の首を横断する。無理な体勢から放った攻撃のせいでレイジは無様に地面に激突し、それと同時に――竜の首もまた、ごとんと音を立て地べたに落下した。

 噴出す黒い光が空に舞い上がり、竜の身体全体が分解されていく。その様子を眺めながら、レイジはゆっくりと目を閉じた。


「あっ。あいつ……力の使いすぎだわ」

「え? 一回刀振っただけじゃないか」

「今のレイジにミサキの力は強過ぎたのよ。あれで決まらなかったら負けてたわね」


 崖下ではシロウが喚きながら跳び跳ね、気絶しているレイジを抱き上げている。何かどや顔で絶叫しているが、遠藤は肩を竦めるだけであった。


「……ったく。しまらないやつ。でもまあ……ある意味レイジらしいのかもね」


 レイジは完全に気を失い目覚める気配はない。横でシロウがバカ騒ぎしてレイジの身体を激しく揺さぶっているのに起きないのだから、それは間違いないだろう。ただ……。


「やり遂げた顔……しちゃってさ」


 苦笑するJJ。レイジはどこか安らかな顔で眠っている。それはきっと、気を失う直前に聞いた幻聴のせいだろう。

 決して聞こえる筈のない声。あの日、腕の中で消えていく弱弱しい光が告げた、最後の最後の言葉。


「――君ならやれるよ。だって君は本当は……優しくてかっこいい、素敵な男の子だもん」


 無力な少年を叱責する言葉は一つ足りともなく。ただ優しく穏やかな笑みで告げたのだ。


「……みんなをよろしくね。レイジ君……」


 刀に変化していた怪鳥が翼を広げる。

 黒翼の精霊はレイジを労わるように、その身体をそっと翼で包み込んでいた。

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