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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【愛にすべてを】
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プロローグ(6)

「――あなたは、“異世界”についてどの程度の知識を持っているのかしら?」


 綺麗な女の人だった。

 黒い髪、白い肌、青い瞳……。その外見的特徴は彼女が日本人ではない事を意味していた。

 XANADU、あの異世界から強制的にはじき出された俺はニ週間ぶりに現実世界への帰還を果たした。体感では一ヶ月以上異世界にいた気がするが、時の流れが不一致である事には特に驚かなかった。

 むしろ、二つの世界の時の流れはこれまでもっと乱れていた筈だ。こちらの一日で向こうの世界では数年が経過しているなんて事もあったくらいなのだから。

 それに比べれば現在の時のすれ違いは緩和され、随分とお互いの世界が擦り寄っているような印象を受けた。それも彼女からの説明を聞けば納得する事なのだが……。

 目が覚めた俺がJJに付き添われ、警察の……厳密には警察ではなかったが……車で連れて来られたのは、都内のオフィス街に聳える巨大なビルの一室だった。

 ――トリニティ・テックユニオン。そう、XANADUの開発元だと噂されていた大企業の本社ビルだ。ともかく俺はその応接室に通され、彼女と対峙する事になった。


「あまり詳しくは……。えっと、あの世界が俺達の世界の人間……つまり上位世界の住人を核として成り立っているという事くらいしか……」

「上位世界と下位世界について理解しているのなら、この世界の住人としては十分すぎる知識ね」


 女はふと笑みを浮かべる。冷たく研ぎ澄まされたような印象を受けるが、そのすらりとした身のこなしにはどこか暖かさが感じられた。

 自分に人を見る目があるとは思わないが、この人はなにか言い知れない強さのような物を感じる。経験から裏打ちされた圧倒的な自信、そして洞察力。彼女の余裕は他人を押し潰すようなものではなく、受け入れて吟味するような穏やかさがあった。


「私が知る限りすべての世界がそうやって増殖してきたわ。勿論、あなたの住むこの世界もね」

「俺達のこの世界も、元々はどこか別の世界……その、上位世界の住人が思い描いた空想だったんでしょうか……?」

「この世界にも相応の神話があるのでしょう? ならばそういう事なのかしらね。ただ、通常創世を成した神は、役目を終えると同時に元の世界に戻されるの。だから神話は常に神の不在によって終焉を迎えるのよ」

「……あなたの世界も、ですか?」


 少し驚いたように瞳を揺らし直ぐに笑みを繕う。その反応だけで答えたようなものだ。

 彼女の日本語はあまりにも流暢すぎる。それに外国人というよりは……なんというのだろう。そういう“外”の感じじゃないんだ。もっと外側……この全く別の種類の人間と向き合った時の違和感は、ザナドゥの世界の住人と出会った時に似ている。

 だから俺にはわかった。この人はこの世界の住人じゃないのだ、と。


「ええ、そうよ。私は元々この世界の住人じゃない。あなた達がザナドゥと呼んでいるのと同じ、この世界の下位に当たる世界からやってきたの」

「逆召喚という奴ですか」

「よく知っているわね。けれど不正解。私は逆召喚ではなく、世界と世界の間に道を作り移動する独自の技術で渡っているの。多分ここまで自在に世界移動が出来る人間は他にいないと思うわ」


 もう少し詳しく説明しましょう。そう言って彼女はテーブルの上に図面を広げる。


「まず、世界というものは基本的に閉じているの。だから、世界間移動は簡単な事じゃない。移動しようにも道が全くないのね」


 世界という名の小さな円。その外側は殻で覆われている。彼女はそこに一つ、まっすぐに線を書き下ろす。


「ただひとつの例外、それが上位世界から神を召喚する事。これは世界の成り立ちの法則としてすべての世界におけるオーソドックスにして唯一の世界間移動法であると言えるわ」

「では、逆召喚は?」

「この“神が上の世界から降りてきた道”を使って、下位の存在を上位世界に具現化する。それが逆召喚よ」


 世界は閉ざされているが、そこには一つだけ道が存在する。生みの親である上位世界とつながっていたヘソの尾のような、か細い道だ。

 それは普段は閉ざされているなんの役にも立たないが、“世界”そのもの、あるいは神の意思により一時的に二つの世界をつなげる道となる。


「最もこれは二つの世界の合意による道の生成ではないから、多大なコストがかかるわ。維持する事は難しいの」

「そういえば逆召喚は長時間行えないってアンヘルに言われたっけ……」

「異世界から救世主……即ち異世界人を召喚するプロセスは、いくつかの世界で見られるわ。けれどこれもまた本来の神の召喚、世界双方向による道の作成ではないから、レアケースだと考えていいわ」

「でも、使っているルートは同じなんですよね?」

「そう。で……私はここに強引に別のルートを作り出す術を編み出したの。それはもう、私の体感ではニ百年以上前の事なんだけどね」


 思わずぎょっとして彼女の顔を見つめるが、その外見は三十代半ばくらいにしか見えない。二十代と言われてもちょっと信じるくらいだ。

 そんな反応には慣れていると言わんばかりに彼女は笑い。


「私は不老なの。不死ではないけれどね。私の世界の錬金術によって、この身体の構成を大幅に書き換えているから」

「錬金術? その力で異世界に道を?」

「私の生まれた世界に存在した神秘、その中でも錬金術はものの構成を組み替えたり、新しい法則を付与する事に特化していたの。完全な無から有を生じさせるような術ではなかったけれど、今既に世界にある法則には干渉するだけの可能性を秘めていた。で、私はその真髄に迫った」


 彼女はその力を使い、世界を渡る力を得た。即ち、自らの生きる世界の殻に穴を開け、移動先の異世界にも穴を開ける行為だ。


「……けど、これは本来の世界の作用ではないの。世界は自分に空いてしまった穴を自力で塞ぐことが出来ない。そして穴の開いてしまった世界は、他の色々な世界と本来ありえない繋がりをするようになってしまう。本来繋がっていなかったはずのヘソの尾が、ふとした拍子につながってしまうようになる」

「つまり、あまり良くないことなんですね」

「ええ。あまりどころか、大罪よ。そのせいで私達の世界は滅びかけた。自分の世界にプロテクトをかけ、世界の混線を防ぐ事はできた。でもそれは私の力が万全に発揮できる自分の世界だけだった」

「じゃあ……もうひとつの世界に空いた穴は、そのまま?」

「そう。“その穴”を使って、私は今ここにいる」


 それはつまり、彼女のいた世界が、ザナドゥとは別の、俺達の世界にとっての下位世界という事になる。

 しかしそれが一体俺となんの関係があるのか、いまいちピンと来なかった。怪訝な俺の様子を見て彼女は笑い、それから改めて片手を差し出す。


「前置きが少し長くなったわね。はじめまして、レイジ。私の名はメリーベル。“バテンカイトス”という、そうね……異世界のモメ事を解決する組織のリーダーをしているわ」

「バテン……カイトス?」


 握り返した手の感触は、何故か冷たく、固かった。それが人間の手ではなく何かしら人造の“モノ”による義手なのだと気付き、視線がわずかに泳ぐ。


「今、この世界には大きな穴が開いてしまっている。あなた達の世界はね、いくつもいくつも下位世界を産んだの。それは下位世界達が望んだ事でもあり、この世界の必然でもあった。この世界の人間はね、異世界の私から見ても圧倒的に想像力が豊かで……そして、心の奥底に破滅を抱いている。異世界の神になる条件は知っている?」

「……高い創造性を持ち、世界を変えたいと願う事……?」

「あなたはこの世界が好きかしら?」

「……あんまり考えたことはなかったですけど……どうなんでしょう。確かに退屈だなとか、理不尽だなとか、そういう風に思う事はあります」

「この世界は私が見てきた幾つかの世界と比べると遥かに平和なんだけど、その平和は少し歪んでいるわね。悪意や敵意を重く胸の内に押し込んで、隠して笑うような、そんな平穏……。創造は常に息苦しさの中から生まれ、絶望によって解き放たれるから」


 なんとなく、ロギアの話を思い出していた。

 ロギアはきっとこの世界のどこかに生まれて、その生まれた時代の不幸さから絶望の中に身を置いていた。その嘆きや苦しみが自由への渇望となり、抑圧された渇望が創造を成した……。


「ともかく、この世界は下位世界を多く生み出す土壌でもあったの。そこに私が空けてしまった穴は大きい。この世界はいつ自分が作ってしまった世界とリンクしてしまうかわからないような、不安定な状態にあるの。だからね、実はあなた達が知らないだけで、この世界では何度も異世界との間にトラブルを抱えていたのよ」


 言われてみればすんなりと納得出来る。自分があのザナドゥという異世界に行き、そこであんな事件に巻き込まれてみればわかる。

 あれと同じような下位世界がいくつもあって、それがもしこの世界とつながったら……きっとこういう事件が起こるのは最初じゃないんだ。異世界がいくつもあるのなら、そのトラブルに対応する組織があっても不思議はない。


「私はそういうトラブルを解決しながら、被害者でもあるこの世界の人間達にアプローチを続けてきた。そしてある程度相互理解を図れたわけ。バテンカイトスは私が異世界を旅する為に作った組織だけど、幸いこの世界のこの国……日本にもそういった超常現象に対処する組織があるわ。鳴海機関、とか言うんだったかしら?」


 この部屋には今俺とメリーベルの二人きりではない。部屋の出入口にはサングラスをかけた黒服の男が二人、まるで俺達を見張るように立っている。小首を傾げるメリーベルの問いかけに男達は眉一つ動かさない。完全無視だ。


「鳴海機関はこの国の治安維持組織にも顔が効く。だからあなたをここまで警察に連れてきて貰ったの」

「少しずつ自分の状況は見えてきましたけど……それで、あの空に浮かんだ城はなんなんですか? 今の話と関係あるんですよね?」


 今この世界の空にはザナドゥの世界のものと思われる巨大な建造物の映像が浮かび上がっている。

 道中JJに少し聞いた話によると、どうやら関東圏の一部でだけ見えるらしいあれは実際に物体として城がそこにあるわけではなく、蜃気楼のように近づこうとしても常に“誰にとっても一定の距離を保つ”らしい。

 ニュースサイトのまとめなんかも見せてもらったが、異常気象だの怪奇現象だの世界の終わりだの様々な憶測が飛び交いはしても、真相に関しては誰もたどり着けない様子だった。


「あれは異世界との境界。つまり、私が空けてしまったこの世界の穴に、向こうの世界が干渉し、可視化してしまった世界と世界の狭間なの」

「向こうの世界が干渉って……」

「向こう側の神が、ザナドゥの力を使ってこちら側へ続く道をこじ開けようとしている。それも神を召喚したような小さな道じゃない。大規模かつ無尽蔵の転移を可能とするものよ」

「そんな事が可能なんですか!?」

「ケースバイケースだけれど、今回のは多分、“やる”と思う。異世界とこちらの世界の境界が完全につながれば、向こう側の世界の法則が流れこむ事になる」

「それってつまり、魔物とか天使まで来ちゃうってことですか?」

「それも万全な形で、ね。私の本来帰属する世界とこの世界のリンクは今は絶たれている。だから私は自分の世界程、世界固有の異能を使えないわ。けれど境界が完全に崩壊した場合、ザナドゥは100%の力をこの世界で振るえるようになる」

「二つの世界をつなげて何をするつもりなんだ、ケイオスのやつ……」

「私達にもわからないわ。でも、そうなれば異世界が雪崩れ込むだけじゃなくて、この世界のなんとかふさがっている“傷跡”がこじ開けられる事になる。そうしたらザナドゥだけではなく、他の異世界ともつながってしまう可能性があるわ」


 そうなればもうしっちゃかめっちゃかだ。この世界がどうなってしまうのかなんて考えたくもない。


「ザナドゥの神がどういうつもりで門を開こうとしているのかはわからない。けれど門が開いた段階でこの世界の危機なの。だからそれは未然に防がないといけない。それは理解した?」

「ええ、そりゃもう。それで、俺は何をすればいいんですか?」

「…………強いのね。こんな話をされて、“自分に何が出来るか”なんて、直ぐに考えられるものじゃないわ」

「強いわけではないです。ただ、何もしないで後で後悔するのだけは嫌なんです。それだけは……絶対に嫌だから」


 俺は何も出来ずにあの世界から戻ってきた。それは、いい。それが俺の結末だっていうのなら、そんなものは仕方ない。

 けれどまだ出来る事があるというのなら、最後まで足掻く。運命に抵抗し続ける。それが、あの世界の命運に関わった人間の果たすべき努めだと思うから。


「俺にもまだ何か出来る事があるから、呼び寄せたんですよね?」

「……その通りよ。というより、あなた達にしか出来ない。あの世界にもう一度転移……いえ、侵入し、神を止める事は」

「メリーベルさんが門を開いてくれるってことですか?」

「いいえ。私は異世界を通過する時、移動先の世界を傷つけない身体になってる。そういう風に改造したから。けれどあなた達は違うから、無理にこの世界からザナドゥへ送り込もうとすれば、必然的に世界に穴を開けることになる。そうすれば結局世界の傷跡が開いて、同じことになるわ」

「じゃあ、どうすれば……」

「方法はいくつかあるんだけど……それについては私達だけで決定するには少し重すぎる議題ね。だから専門家の話も交え、あなたの仲間の意見を聞いて決めましょう」

「……専門家?」


 立ち上がりながら言った彼女の言葉は腑に落ちなかった。こんな状況、専門家と言えば彼女自身を置いて他にいるはずもないと思うのだが。

 メリーベルはわずかに肩を竦める。そうして同じく立ち上がった俺の傍らに立つと、そっと肩を叩き。


「……入ってもらえるかしら?」


 部屋の外にそう告げた。

 黒服の男が退いて開かれた扉。そこからゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた人物を見て、俺は思わず息を呑んだ。

 白い幾重にも重なった独特のドレス。まるで作り物のように綺麗な顔。銀色の髪を揺らし、女はやや戸惑った瞳に俺を映し出す。


「専門家って…………まさか、あんたなのか? ロギア……」

「……久しぶりですね、救世主。お互いなんとも無様な状態に成り下がったものです」


 自嘲するような笑みと共に彼女がかざした両手には手錠がはめられていた。異世界のものではなく、この世界の警察のものだ。

 そんなものがあのロギアに対し意味があるのかどうか疑問だったが、なるほど。メリーベルの言うとおり、異世界人は自分の世界以外で使用出来る能力は大幅に制限されるという事か。

 何よりロギアは元々異世界人だったわけではなく、この世界の人間が異世界で力を手にしたケースだ。力の供給源であるザナドゥから切り離されてしまえば、ただの非力な女性に過ぎない。あんな小さな物理拘束でさえ、自力で脱することは出来ないという事。


「ロギアまで戻されていたのか……」

「ええ……まあ。“戻ってきた”……という、感覚は全くありませんが。それにこうして異国の言葉が通じている所を見ると、まだ私は完全に開放されたわけではないようです」


 そういえばメリーベルさんの日本語も異常に流暢だが……。気になって目を向けると。


「異世界に帰属する人間が他の世界に移動する時はね、自動的に世界そのものが翻訳をしてくれるの。自分の上に異物が乗り込んできた時、これを可能な限り自分にとって無害な存在に変えようとする力が働くの。そのせいで異世界の異能が使えなくなったりするんだけど、こういう細かいメリットもあるわけ」

「なるほど……。それで、ロギアがまだザナドゥから完全に開放されたわけではないっていうのは……」

「込み入った話は皆のいる所でしましょう。前提となる話はゆっくりできた事だしね。ロギアもそれでいいかしら?」

「いいも悪いも……この状態では言う通りにするしかないのでしょう?」


 まるで何もかも絶望したかのようにロギアの目は淀んでいた。折角手に入れたと思った自由がかりそめで、しかもこんなわけのわからない不本意な形で故郷の世界に戻された。挙句の果てには拘束され黒服に銃まで光らせられては、嫌気が差すのも当然だ。


「どうでもいい事です。私にとってはこの世界も、あの世界も……何もかも、とうに終わった筈の物語なのですから」


 窓の向こうに見えるオフィス街。降り注ぐ太陽の光から一歩身を引いた場所で、ロギアはぼんやりと呟く。

 こうして俺達の最後の戦いは、これまでとは少し違う場所、立場、面子で幕開けを迎えようとしていた。

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