支えを失った王子 (サディアス王子視点)
アイヴァンたちが王都を出て二週間が経過した。
その間、ヴェリアスタ王国では既にサディアス王子の無能さが、次第に露呈し始めていた。彼は初めのうちは、これまでアイヴァンにしていたように、側近たちに仕事を押し付けていた。
しかし、その結果、政務が滞り始めたのだった。
ある日の会議の終わり、宰相がサディアス王子に近づき、小声で尋ねた。
「殿下、最近の政務の進行状況が芳しくありませんが、一体どうなさったのですか?」
サディアス王子は思いもよらない問いに驚いた。これまで同様に側近たちに任せていたのに、どういうことかと不満を感じたが、外面の良さを保ったまま答えた。
「……アイヴァンとフリーダのことが気がかりで身が入っていなかったようだ」
宰相は一瞬の間を置き、王子の言葉を慎重に受け止めた。
「殿下。信頼する者を御心配されるお気持ちはよく分かります。しかし、政務の遅延は国全体に重大な影響を及ぼします。どうか心を乱されることなく、迅速かつ適切な対応をお願い申し上げます」
その苦言に対し、内心で苛立ちを覚えながらも冷静な表情で頷いた。
「分かった、宰相。すぐに対応する」
宰相と別れると、サディアス王子はすぐに執務室に向かった。
宰相の言葉が気になり、政務の状況を確認する必要があると感じたのだ。執務室の扉を開けると、目の前には山積みの書類が広がっていた。
「これは一体……?」
驚愕の表情を浮かべたサディアス王子は、怒りを露わにした。
「これは一体どういうことだ!?これほど仕事が滞るなど、これまで無かっただろう!!」
サディアス王子は怒りと驚きを隠せず、執務室の中心に立ち尽くしていた。側近たちは机にかじりついて、必死に書類を片付けようとしていたが、その光景を目の当たりにして彼の苛立ちはさらに募った。
「殿下、申し訳ありません。私たちも全力を尽くしているのですが、どうにも……」
側近の一人が頭を下げながら答えた。サディアス王子はその言葉に耳を貸さず、さらに怒りを募らせた。
「全力を尽くしているだと?これが全力の結果だというのか?アイヴァンがいた時はこんなことにはならなかった!」
その言葉に、側近たちは顔を見合わせた。アイヴァンとフリーダがどれだけの仕事をこなしていたのかを改めて実感させられたのだ。
「アイヴァンがいなくなったからといって、こんなことになるとは思わなかった。お前たちは一体、何をしていたんだ!」
側近の一人が恐る恐る口を開いた。
「殿下、実は……アイヴァン様とフリーダ様がほとんどの業務を引き受けていたのです。我々はその補佐をしていただけで、具体的な進行は彼らに任せきりでした」
実際には、側近たちは全ての業務をアイヴァンとフリーダに押し付けていた。彼らの無能さを隠すため、自分たちは表面上だけ取り繕い、実務はすべてアイヴァンとフリーダに丸投げしていたのだ。側近たちは互いに無言の了解を示し、誰もその事実を口に出すことはなかった。
「そんなことは……知らなかった」
サディアス王子は愕然とし、冷や汗が背筋を伝うのを感じた。自分がどれほどアイヴァンに依存していたのかを初めて理解した。
「もういい。これ以上無駄な言い訳を聞きたくない。とにかく、今すぐにこれを片付ける方法を考えろ!」
サディアス王子は側近たちに冷たい視線を投げかけ、苛立ちを隠そうともしなかった。側近たちは再び書類に向き合い、必死に仕事を片付けようとするが、その努力がどれほど実を結ぶのかは不透明だった。
その日以来、サディアス王子は公務に取り組まざるを得なくなった。生家の格だけで選ばれた側近たちは揃って無能であり、指示を出さなければ動けないのが現状だった。王子は苛立ちを抑えながら、書類に目を通し、次々と指示を出していった。
「これをすぐに片付けろ。あと、これも早急に処理しろ」
側近たちはその指示に従い、慌てて動き出す。彼らの動きは鈍く、効率が悪い。王子が目を離した隙に、仕事が滞ることもしばしばあった。アイヴァンがいた頃は、そんな心配をする必要がなかった。彼は王子の意図を察し、必要な手配をすべて済ませていたのだ。
「どうしてこんなにも遅いんだ……」
サディアス王子は一人ごち、机に積まれた書類の山を見つめた。彼が手を動かしても、次から次へと新しい仕事が舞い込んでくる。まるで終わりのない迷路の中にいるようだった。
「殿下、次の会議の資料が揃いました」
側近の一人が持ってきた資料を受け取り、王子は深い溜息をついた。会議の準備も、自分でやらなければならない。これまでなら、アイヴァンたちが全て整えてくれていたのだ。
王子は冷静な表情を保ちながら、資料に目を通す。しかし、その内容が理解できるまでに時間がかかり、会議の進行も滞りがちだった。
一方で、人を増やそうにも、これまでの功績がアイヴァンの力だったことが露見することを恐れ、新たな人材を入れることができずにいた。側近たちの管理を含め、次期国王としての資質を問われることを恐れていたのだった。
「殿下、次の案件ですが……」
次々と押し寄せる業務に対処しながら、サディアス王子は少しずつ、自らの無力さを痛感していく。そして、アイヴァンを手放したことへの後悔の念が日に日に募っていった。




