真実の告白
夕食の時間が近づき、アイヴァンとフリーダは使用人に案内されて屋敷内の食堂へと向かった。
長い廊下を歩きながら、アイヴァンは昼間の出来事を振り返り、再び気を引き締める。抱えていた不安や葛藤はまだ完全に消え去ったわけではないが、フリーダとの会話で少しだけ心が軽くなったような気がしていた。
食堂に足を踏み入れた二人は、少し戸惑った。これまでの旅の間、王女とアイヴァンとフリーダの三人で食事を摂ることが常だった。しかし、今夜は違うようだった。食卓には四人分のカトラリーが用意されている。
「四人分……?」
「どなたかいらっしゃるのでしょうか?」
客人が同席するという話は聞いていない。アイヴァンとフリーダが顔を見合わせていると、食堂の扉が再び開き、着飾ったスズが現れた。
「スズ……?」
アイヴァンの口から驚きの声が漏れる。スズは微笑みながら一礼し、二人の前に立った。舞踏会の夜とは違った色合いの装束だったが、とても似合っていると、場違いにもアイヴァンは感じた。
「こんばんは、アイヴァンさん。そしてフリーダ様。お二人共お疲れ様でした。どうぞお座りください」
二人は戸惑いながらも、スズの誘導に従い席に着いた。
「お二人にお伝えしなければならない重要なことがあります」
スズが言葉を続けようとしたその時、食堂の扉が再び開き、一人の若者が現れた。黒髪の二本の角が生えた鬼人族の青年だった。
「誰……?」
フリーダの口から疑問が零れる。若者は、人懐っこい笑みを浮かべ、堂々とした態度でアイヴァン達に近づいてきた。
「驚いた?」
その声を聞いて、二人は確かに驚いた。何しろその声は、これまで共に旅をしてきたリンレイ王女の声そのものだったからだ。
「そう、君たちが考えている通り、僕が今日の昼までのリンレイ王女だよ」
若者はフランクな笑みを浮かべながら言った。
「僕の本当の名前はジンフイ。リンレイ王女の弟だ」
驚愕するアイヴァンとフリーダを見て、ジンフイ王子は続ける。
「ちょっと事情があってね、僕が姉上の身代わりをしていたんだ」
アイヴァンは戸惑いながらも、ようやく口を開いた。
「では、本物のリンレイ王女は……」
まさかと思いながらスズを見ると、彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。
「私が本物のリンレイです。これまで貴方がたを騙すようなことをして申し訳ありませんでした」
スズ、いや本物のリンレイ王女は深く頭を下げた。その表情には謝罪の色が滲んでいた。
「今回、僕たちはヴェリアスタだけじゃなくて、その前にもいくつかの国を回ってる。表向きの理由は親善訪問だけど、本当は姉上の婚姻相手を探す旅だったんだ」
突拍子の無いことに驚く二人を置き去りに、ジンフイ王子が続ける。
「姉上の美貌を見た男たちが殺到してしまうと、本当に相応しい人間を見極めるのが難しくなるんだ。だからこうやって身代わりを立てて安全に、そして冷静に相手を見極めることにした」
ジンフイ王子扮するリンレイ王女がヴェリアスタの男たちに遠巻きにされていたのは、彼女(彼?)があまりに大柄であったからだ。アイヴァンに並ぶほどの身長にたくましい体つきは、ヴェリアスタの美意識とはかけ離れている。
「弟は心配性が過ぎるんです」
リンレイ王女がそう言うと、王子は少しムッとした表情で返した。
「何かあってからでは遅いでしょ」
実際、国内での縁談が無くなったことが周知されると、鬼燈国の周辺国からは縁談が殺到したらしい。王女の美しさは有名らしく、彼女の顔を一目見ようと、多くの求婚者が訪れた。だが、その中には礼儀を欠いた者もおり、王女の身に危険が及ぶこともあったという。
説明を聞いたアイヴァンは、確かに本物のリンレイ王女が姿を見せれば、サディアス王子は王女を口説いただろうと思った。他の者たちも王女を放ってはおかなかっただろう。王女の美貌と地位を見て、必ず彼女に接近しようとする者たちが現れたはずだ。
そして、自分が選ばれることはなかっただろう、とアイヴァンは自嘲気味に考えた。自分の立場や評判を思えば、王女の相手に相応しいと到底思えなかったのだから。
リンレイ王女は、そんなアイヴァンの心中を察したように言葉を紡いだ。
「アイヴァンさん、私が貴方を選んだのは、貴方の真心と誠実さを信じたからです」
その言葉に、アイヴァンは胸が熱くなるのを感じた。しかし、まだ自分の心の奥底にある不安を完全に拭い去ることはできなかった。
「ですが、私は……王女殿下に相応しくない存在です。自分の評判や立場を考えると、どうしても……」
リンレイ王女は静かに首を振り、真剣な表情でアイヴァンを見つめた。
「そんなことはありません。私が求めていたのは、地位や名声ではなく、人の心です。貴方の誠実さと真心こそが、私にとって一番大切なものなのです。それに、貴方がどんなに辛い状況でも諦めない姿勢を私は尊敬しています」
ジンフイ王子も微笑んで、アイヴァンに視線を向けた。
「そうだよ、アイヴァン殿。君の誠実さと優しさが、僕たちにとって何よりも大切なんだ。だから、これからもよろしく頼むよ」
二人の言葉に、今までの不安や自嘲が少しずつ溶けていくようだった。
感情が込み上げ、涙が込み上げるのを感じたが、アイヴァンはなんとか堪える。すると隣にいたフリーダが優しく兄の背中に手を置いた。
「お兄様……」
フリーダもまた涙を堪えながら、微笑んでいる。
アイヴァンはフリーダの温かい手の感触に力を得て、深く息を吸い込んだ。そして再びリンレイ王女に向き直る。
「リンレイ殿下、ジンフイ殿下。お二人のご期待に沿うよう全力で勤めを果たします」
アイヴァンは決意を込めて頭を下げた。その姿に、リンレイ王女とジンフイ王子も微笑みながら頷いた。
「アイヴァンさん、フリーダ様、共に新しい未来を切り開いていきましょう」
アイヴァンは深く頷いた。リンレイ王女とジンフイ王子、そしてフリーダと共に、これからどんな困難が待ち受けていようとも乗り越えていく覚悟を決めたのだった。
「それじゃあ、皆で乾杯しよう!僕たちの新しい未来に!」
場の空気を変えるように、ジンフイ王子はにっこり笑顔を浮かべて、グラスを高々と掲げる。アイヴァンもフリーダも、そしてリンレイ王女も、それぞれのグラスを持ち上げた。
「乾杯!」
四人の声が重なり、グラスが軽やかに触れ合った。その音が、新たな絆と未来への希望を象徴するかのように響いたのだった。




