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悪評高き騎士、異国の王女と共に未来を切り開く  作者: 小笠原ゆか


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懺悔

国境までの旅の途中、ヴェリアスタの護衛が帯同していたが、アイヴァンは既に鬼燈国の人間として扱われており、特に交流があるわけでもなく、馬車の中で過ごしていた。


馬車の中での時間は、ほとんどリンレイ王女との会話に費やされていた。これまで通訳を介してしか会話をしなかったのが嘘のように彼女は饒舌だった。そして知識の深さに驚きを隠せなかった。


彼女は歴史、文化、政治に精通しており、その話題は多岐に渡った。王女の博識さに感心しながらも、自分の不勉強さを痛感するばかりだった。


王女との会話は時に鋭く、具体的であり、アイヴァンの知識と判断力を試すこともあった。アイヴァンは真剣に答え続け、王女の評価の目を感じながら、その知識と洞察力に対して深い敬意を抱くようになっていった。



国境を越えた一行は、リンレイ王女の大叔母が所有するという屋敷で一泊することとなった。


王女の大叔母は、かつて王女と同様に外遊を行い、それをきっかけに鬼燈国からヴェリアスタ王国の隣国に嫁いできた経緯もあり、その縁で今回の宿泊が実現したのだった。


宿泊する屋敷は避暑地にある別荘らしく、大叔母本人がいる本邸にも立ち寄る予定である。今回のような閑散期は基本的に管理人夫婦と通いの使用人がもてなすということらしい。


間もなく屋敷に到着するかという頃、リンレイ王女が口火を切った。


「アイヴァン殿、君とスズは随分と仲が良いようだね」


穏やかな一言だったが、アイヴァンは一気に血の気が引くのを感じた。内心の動揺を抑えきれずにいたが、平静を装い、深々と頭を下げた。


「お許しください、王女殿下。確かに私は侍女殿に特別な感情を抱いておりました。しかし、これからは殿下を第一に考え、貴女様のために尽くすことを誓います。どうぞ猶予をお与えください」


その切実な様子に、リンレイ王女は少し驚いたように声を上げた。彼女の声には喜色が滲んでいるように聞こえるのは気のせいか。


「君の誠実さには感心するよ。だが、誓いを立てるにはまだ早いかもしれないな」


意味不明な言葉にアイヴァンは困惑したが、深く息を吸い込み、再び頭を下げたのだった。



到着した屋敷は美しい庭園に囲まれ、古風ながらも華やかな印象であった。色とりどりの花が咲き誇り、訪れる者たちの目を楽しませるのだろうと思ったが、アイヴァンの心はどこか上の空であった。


理由は分かっている。自分の想いが結婚相手である王女に知られている事実に打ちのめされているのだ。


使用人に案内された部屋で、アイヴァンは深く息をついた。しばらくするとフリーダが訪ねてきた。


「お兄様、お疲れ様でした」


アイヴァンは苦笑いを浮かべながら頷いたが、その笑顔には明らかに陰りがあった。


「ありがとう、フリーダ。お前は大丈夫だったか?」

「はい。鬼燈国の方々がとても親切にしてくださって、安心して過ごせました。あちらでの生活にも少し自信が持てそうです」


兄を安心させようと微笑む健気なフリーダに、アイヴァンは少しだけ安堵し、頷いた。


「それは良かった」


しかし、彼の表情にはまだ不安の影が残っていた。フリーダはその様子に気づき、心配そうに尋ねた。


「顔色が優れませんわ。何かありましたか?」


アイヴァンはしばらく黙っていたが、心の中で葛藤を続けていた。彼は妹に自分が不実な兄だと知られるのが怖かった。しかし、話さないわけにはいかなかった。


「実は、鬼燈国一行がヴェリアスタの滞在中に、リンレイ殿下の侍女殿と親しくしてしまったんだ。それが原因で殿下の不興を買ってしまったかもしれない」


兄の告白を聞いたフリーダは驚いたようで、しばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。


「それは、軽い気持ちでの関係だったのですか?」


その言葉にアイヴァンは強く首を横に振った。


「そんなつもりはなかった。本気で彼女を愛していたんだ……」


アイヴァンは言葉を詰まらせ、深く溜息を吐いた。自分の胸に秘めていた思いを妹に告白することは、彼にとってとても辛いことだった。


「本気だったのですね。では、その方に対して誠意を持って接していたと?」


フリーダの声には責める様な色は無く、ただ事実を確認するための冷静さが感じられる。


「そうだ。彼女に対する気持ちは本物だった。しかし、今になってはそれが過ちだったのかもしれない」


アイヴァンは自嘲気味に笑い、目を伏せた。


「父上と同じだ。エセルとの婚約がありながら、他の女性に心を奪われるようなんて……。お前にも迷惑をかけるようなことになってしまった」


フリーダは兄の言葉に静かに耳を傾けていた。そして、少しの沈黙の後、優しく微笑んだ。


「お兄様が私にこうして気持ちを打ち明けくださること、それがとても嬉しいです。今までは私を守ろうとばかりして、御自分の気持ちを押し殺して来たでしょう?でも、今は私を頼ってくれている。それが何よりも嬉しい」

「フリーダ……」

「もし王女殿下がお怒りでいらっしゃるのなら、私も一緒に謝ります。お兄様と一緒に罪を償う覚悟です。だから、一人で抱え込まないでください」


その言葉に心が軽くなるのを感じた。


「ありがとう、フリーダ。お前と話して、ようやく決心がついた。王女殿下に誠意を尽くし、許されなくてもその責務を果たし続けることを」


フリーダは頷き、兄を見つめる。


「はい、お兄様。私もお手伝いします」

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