第十一話:置き土産のトレーニングメニュー
「王都へ向かう…今すぐ、ですの?」
セレスティーナ様の、その、どこか縋るような、それでいて、わずかな希望に満ちた問いかけに、わたくしは、力強く頷きました。
「ええ、そうですわ!兄様が、そして、父上が、わたくしの帰りを、今か今かと、待ちわびておいでですもの!」
わたくしは、出発の準備を始めるべく、部屋を後にしようとして、ふと、足を止めました。
そうですわ。この、わたくしがいなくなった後、この白氷城の、か弱き乙女たちを、誰が守るというのでしょう。
(いけませんわ、いけません!わたくしとしたことが、この、愛すべき教え子たちのことを、忘れてしまうところでしたわ!)
わたくしは、踵を返すと、セレスティーナ様と、その背後に控えるリリアの前に、再び、仁王立ちになりました。
「セレスティーナ様、そしてリリア。わたくしが、この城を去るからといって、日々の鍛錬を、怠ってはなりませんことよ」
わたくしは、近くにあった机から、羊皮紙とインクを、失敬いたしますと、そこに、流れるような筆致で、何かを書きつけ始めました。それは、わたくしが、この白氷城での滞在中に培った、知識と経験の、全てを注ぎ込んだ、究極のトレーニングメニュー。
「これは、わたくしからの、友情の証。そして、あなた方の、心と肉体を、さらなる高みへと導くための、道標ですわ」
わたくしは、心を込めて書き上げたその羊皮紙を、セレスティーナ様へと、恭しく、手渡しました。
彼女は、恐る恐る、といった様子で、それを受け取ると、その内容に、目を落とします。
【イザベラ式・白氷城特別トレーニングメニュー】
・早朝の部(心肺機能強化):
城壁逆立ち歩行…五周(悪天候時は、玉座の間にて、天井逆さ歩行に切り替えること)
・午前の部(上半身強化):
氷筍懸垂…三百回(リリアは、セレスティーナ様を背負って行うこと)
・午後の部(下半身及び実戦応用):
雪だるま(巨大)投げ合い…城が半壊するまで(雪がない季節は、代わりに、城の石像を投げ合うこと)
夜間の部(精神統一):
・滝に打たれながら瞑想…一晩中(滝が凍結している場合は、氷塊を頭上から落とし続けること)
【リリア専用・感情筋強化追加メニュー】
・悲しみの涙を流すために:大胸筋上部集中トレーニング(インクライン・ダンベルプレス)…号泣するまで
・喜びの笑みを浮かべるために:広背筋集中トレーニング(デッドリフト)…満面の笑みになるまで
・正しき怒りを感じるために:僧帽筋集中トレーニング(シュラッグ)…怒髪天を衝くまで
その、あまりに過酷で、非現実的なメニューの数々を、セレスティーナ様は、ただ、黙って、見つめておりました。その美しい顔からは、もはや、何の感情も読み取ることはできません。
「まあ、ご安心なさいな。これは、あくまで、初級者向けのメニューですわ。いずれ、あなた方も、この程度は、準備運動にしか感じなくなる日が、参りますことよ」
わたくしが、優しくフォローを入れて差し上げますと、セレスティーナ様は、その羊皮紙を、まるで、この世の終わりのような顔で、ゆっくりと、しかし、確かに、受け取りました。
その隣で、リリアが、なぜか、その、光のない瞳を、キラキラと輝かせているように見えたのは、きっと、気のせいではないでしょう。
ふふん。わたくしの、この、完璧な置き土産に、二人とも、感動で、言葉も出ないようですわね!
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