第七話:血を流す人形
「さあ、始めましょうか! あなたの、その貧弱なステータスで、このわたくしの筋肉に、一撃でも入れられるものなら!」
わたくしは、セレスティーナ様を背後に庇い、黒装束の刺客に向かって、にこやかに言い放ちました。ええ、ええ、戦闘前の挑発は、相手の冷静さを奪うための基本戦術。悪役令嬢の嗜みですわ。
刺客の男は、わたくしの、その、あまりに場違いな余裕に、明らかに動揺しておりました。ですが、さすがはプロ。彼は一瞬で冷静さを取り戻すと、その狙いを、わたくしではなく、本来の標的であるセレスティーナ様へと、再び定めました。
「イザベラ様、お下がりなさい! わたくしが対処します!」
背後から、凛としたセレスティーナ様の声が響きます。振り返らずとも、肌を刺すような絶対零度の魔力が、部屋の温度を急速に奪っていくのが分かりました。彼女の周囲に、凍晶‐シアン系統の、無数の氷の刃が形成されつつある。見事な制御ですわ 。
(ほう。彼女も、自ら戦う意志があるようですわね。ですが、詠唱が、まだ甘いですわ!)
刺客は、セレスティーナ様の魔法が完成する、その一瞬の隙を突きました。
彼は、わたくしの脇をすり抜けるように、電光石火の速さで、セレスティーナ様へと肉薄します!
セレスティーナ様の瞳が、冷静な怒りに細められる。ですが、彼女の環流マナ術が放たれるよりも速く、一つの影が、動きました。
音もなく。感情もなく。
ただ、完璧な、合理性だけで。
メイドのリリアが、自らの主人を庇うように、その前に、滑り込んだのです。
そして、刺客が振り下ろした短剣を――その、細い左腕で、真正面から、受け止めました。
ザシュッ、という、肉を抉る、鈍い音。
短剣は、リリアの腕に、深く、深く突き刺さりました。鮮血が、純白のエプロンを、見る間に赤黒く染めていく。
「リリアッ!」
セレスティーナ様の、その声は、怒りと、隠しきれない動揺に満ちたものでした。彼女の周りに形成されていた氷の刃が、主の動揺に呼応するように、霧散していく。
ですが、当のリリアは、表情一つ変えませんでした。
その人形のような瞳は、ただ、目の前の敵を、無機質に見つめているだけ。
そして、信じられないことが、起こりました。
彼女は、腕に突き刺さった短剣を、逆に、自らの腕の筋肉で、ぐっと締め上げ、刺客の動きを、完全に、封じ込めてしまったのです。
「なっ…!?」
刺客が、驚愕に目を見開く。
その、一瞬の隙を、リリアは見逃しませんでした。
空いていた右手が、鞭のようにしなり、刺客の、無防備な首筋に、寸分の狂いもなく、叩き込まれる。
ゴッ、という、硬い音。
刺客の男は、白目を剥くと、糸の切れた人形のように、その場に、崩れ落ちました。
後に残されたのは、絶対的な、静寂。
そして、腕から、だらだらと血を流しながらも、無表情で、佇む、一人のメイド。
わたくしは、その光景にただ、感嘆の息を漏らすのでした。
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