第二十七話:嵐の前の、筋肉賛歌
玉座の間を、わたくしは、一人、後にしました。
あの、メイドの、魂の叫び。わたくしの、完璧だったはずのゲーム理論を、根底から揺るがした、予測不能なイベント。
わたくしの頭の中は、混乱しておりました。
(ありえませんわ。NPCが、クエストの条件を、プレイヤーと交渉するなど。ましてや、その、あまりに生々しい感情の奔流は、一体…?)
このゲームは、わたくしの知る、どのゲームよりも、複雑で、そして、厄介なようですわね。
ですが、約束は、約束。一日だけ、待つと、わたくしは、決めたのです。
わたくしは、荒れ果てた白氷城の、中庭へと、足を踏み入れました。
雪が、静かに、舞い落ちている。城の、あちこちからは、先の戦闘で傷ついた兵士たちの、うめき声が、聞こえてくる。誰もが、絶望的な状況に、ただ、打ちひしがれているようでした。
彼らは、わたくしの姿に気づくと、びくりと、その身をこわばらせる。恐怖と、そして、わずかな、期待。彼らの、その、複雑な視線が、わたくしに、突き刺さりました。
ですが、わたくしは、彼らに、一瞥もくれることはありませんでした。
わたくしは、ただ、黙って、中庭の、中心へと進み出る。
そして、その場に、両手をつくと、ゆっくりと、しかし、寸分の狂いもない、完璧なフォームで、腕立て伏せを、始めたのです。
一回、二回、三回…。
雪が、背中に、静かに、降り積もっていく。
わたくしの、熱い呼気が、絶対零度の空気を、白く、染め上げていく。
頭の中を、様々な、思考が、巡ります。
あのメイドの、言葉。暴走する、セレスティーナ様の、苦しげな表情。そして、兄ヴォルフ様の、血に染まる、あの、最悪のビジョン。
分からないことだらけ。不確定な、要素だらけ。
ですが、一つだけ。この世界で、たった一つだけ、決して、わたくしを裏切らない、絶対的な、真実がある。
「――結局、最後に信じられるのは、己の筋肉だけですわ!」
わたくしの口から、熱い、魂の言葉が、漏れ出しました。
そうだ。迷った時、悩んだ時、わたくしが、立ち返るべき、原点は、常に、ここにある。
この、鋼鉄の、肉体。この、灼熱の、魂。
これさえあれば、わたくしは、どんな、理不尽なシナリオも、クソゲーも、ねじ伏せることができる。
わたくしの、その、あまりに、場違いで、そして、あまりに、力強い姿。
それを、絶望の淵にいた、白氷城の兵士たちは、ただ、呆然と、見つめておりました。
自分たちの主君は、暴走し、敵は、すぐそこまで迫っている。援軍は、目の前で、なぜか、腕立て伏せをしている、この、赤い髪の悪魔だけ。
その、絶望的な状況の中で。
なぜか、彼らの心に、一つの、奇妙な、感情が、芽生え始めていたのです。
(ああ、このお方は…きっと、大丈夫だ)
根拠など、ありません。ですが、その、圧倒的な、揺るぎない存在感が、彼らの、凍てついた心に、小さな、しかし、確かな、勇気の火を、灯し始めていたのです。
わたくしは、ただ、黙々と、己の肉体と、対話する。
来るべき、決戦の、その、瞬間のために。
嵐の前の、静かな、筋肉賛歌が、雪降る、白氷城に、響き渡るのでした。
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