第十四話:兄の胃痛と父の感涙
わたくしの、あまりに唐突な「聖戦」の宣言。
鉄砦城の、あの広大な謁見の間が、水を打ったように静まり返りました。
「……せい、せん…?」
兄ヴォルフ様が、まるで、この世の終わりのような顔で、そう呟きました。その手は、無意識に、懐から胃薬の小瓶を取り出しております。
「イザベラ、お前は、自分が何を言っているのか、分かっているのか! 神託だの、世界の危機だの、お前のその、常軌を逸した妄想に、家を、民を、巻き込むというのか!」
兄様の、その悲痛な叫び。ええ、ええ、無理もありませんわ。凡百の常識人には、この、世界を救うという、壮大なクエストの重要性は、すぐには理解できぬものでしょう。
ですが、玉座に座る、このお方だけは、違いました。
「――それでこそ、我が娘よ」
父、ゴードリィ・フォン・ツェルバルクは、その、玉座から、静かに、しかし、地響きのような声で、そう言いました。
その、歴戦の傷跡が刻まれた顔には、怒りでも、困惑でもない、ただ、純粋な、誇りと、歓喜の色が浮かんでいたのです。
「父上!?」
兄様が、信じられない、といった顔で、父上を見上げます。
父上は、ゆっくりと、玉座から立ち上がると、わたくしの前に、進み出ました。その、山のように大きな影が、わたくしを、包み込む。
「ヴォルフよ。お前には、まだ、分からぬか。この娘の、その瞳に宿る、炎の色が」
父上は、わたくしの肩に、その、節くれだった、大きな手を置きました。
「理由など、どうでもよい。神託が、あろうが、なかろうが。このイザベラは、自らが『守るべきもの』のために、世界そのものに、戦いを挑むと、そう、決めたのだ。臆することなく、ただ、己の信じる『力』だけを頼りに。…これ以上、ツェルバルク家の血を、見事に体現した者が、どこにおる!」
その言葉と共に、父上の、その、百戦錬磨の瞳から、一筋、熱いものが、流れ落ちるのを、わたくしは見ました。
父上が、感涙に、むせんでいる。
「おお、イザベラよ!よくぞ、言った! それこそが、我が娘だ!」
父上は、わたくしを、力強く、抱きしめました。その、鋼鉄のような腕の感触。
「良いか、これより、ツェルバルク家の全権は、このイザベラに委ねる! 全兵士、全財産、この城にある、全てを、お前の、その聖戦のために、使うが良い!」
「ははっ!ありがたき幸せにございます、父上!」
わたくしと、父上の、その、あまりに熱く、そして、あまりに脳筋的な、親子の絆の光景。
その、片隅で。
兄ヴォルフ様は、胃薬の小瓶を、まるごと、一気に呷ると、静かに、その場に、崩れ落ちておりました。
ですが、その、絶望に染まった顔の中にも、どこか、「もう、どうにでもなれ」という、諦観と、そして、この、どうしようもない妹の、その、真っ直ぐな瞳を、信じてみようという、兄としての、覚悟の色が、浮かんでいるように、私には見えました。
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