第三十七話:国境を越えた友情
どれくらいの時間、そうしていたのでしょうか。わたくしは自室のベッドの上で、ただ膝を抱えておりました。扉を叩く音も、心配する侍女の声も、今のわたくしの耳には届きません。ただ、脳裏に焼き付いた、仲間を傷つけた自分の力の残像に苛まれるだけ。
その時、静かに、ドアが開く音がしました。
鍵はかけたはずですのに。驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは、わたくしが今、最も会いたくない人物でした。
「リョーコ…殿…」
左腕に、痛々しい包帯を巻いたリョーコ殿が、静かに部屋へと入ってきました。
わたくしは、思わず顔を背けました。合わせる顔がありません。わたくしのせいで、彼女に、その腕に、消えないかもしれない傷を…。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
謝罪の言葉だけが、か細く口から漏れ出します。
ですが、リョーコ殿は何も言いませんでした。彼女は、ただ静かな足取りでベッドのそばまで来ると、わたくしの前に、そっと腰を下ろしました。
気まずい沈黙が流れます。わたくしが俯いたままでいると、リョーコ殿は、まず、自分の包帯が巻かれた腕を、右手でぽん、と軽く叩きました。そして、わたくしに向かって、ゆっくりと首を横に振ってみせました。
(…気にするな、と?)
次に、彼女は右手の拳を、ぐっと力強く握りしめてみせました。それが、わたくしの、そして彼女自身の「力」を象徴しているのが分かりました。
そして、その拳を見つめたまま、もう一度、静かに首を横に振ります。
(力は…)
彼女は、その言葉の続きを、ジェスチャーで紡ぎ始めました。
「力は、悪くない」とでも言うように。
そして、彼女の右手の指が、まっすぐに、わたくしの胸の中心――心臓のある場所を指し示しました。
(イザベラの…)
最後に、彼女は、その指で、何かを「決める」かのように、空中に、こく、と力強い軌跡を描きました。
(…心が、決める)
言葉は、一言もありませんでした。
ですが、彼女の真剣な眼差しと、一つ一つの丁寧な仕草が、その意味を、わたくしの心に直接、叩き込んできました。
――力は、悪くない。イザベラの、心が、決める。
父上の教えとも違う、もっと単純で、もっと根源的な言葉。
問題は、力の有無や大小ではない。それをどう使い、どう制御するのか。その持ち主である、わたくしの「心」が全てを決めるのだと。
彼女は、わたくしを責めてなどいなかった。それどころか、このどうしようもない恐怖の中から、わたくしを引っ張り上げようとしてくれている。
「…………」
わたくしは、何も言えませんでした。ただ、彼女の静かな瞳を見つめ返すだけ。
リョーコ殿は、わたくしがその意味を理解したことを悟ったのか、最後に一度だけ、小さく頷いてみせると、静かに立ち上がり、部屋を出ていきました。
一人残された部屋で、わたくしは、彼女が残していった温かい沈黙に、包まれていました。
恐怖が消えたわけではありません。ですが、分厚い暗雲に覆われていた心に、ほんの少しだけ、光が差し込んだような気がしたのです。
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)




