第三十六話:強さへの恐怖
自室に戻ったわたくしは、鍵をかけ、ベッドに倒れ込むようにして蹲りました。
頭の中で、先ほどの光景が何度も何度も、繰り返し再生されます。
リョーコ殿の、赤く爛れた腕。
ダフネの、引きつった悲鳴。
エリアーナの、怯えきった瞳。
そして、わたくしの手から滑り落ちた、大戦斧の乾いた音。
「…………ぁ」
声にならない声が、喉から漏れました。
違う。違う。わたくしは、仲間を、守りたかっただけなのに。
ヒロインを死なせてゲームオーバーになる破滅フラグを回避するため、そして、わたくしを信じてくれる仲間たちを、ただ守りたかっただけなのに。
わたくしが信じてきた、絶対の力。
迷ったら殴れ、というツェルバルク家の家訓。
筋肉は裏切らないという、揺るぎない信念。
その全てが、音を立てて崩れていくのを感じました。
わたくしは、自分の両手を見つめました。この手は、仲間を守るための手ではなかったのですか。この腕は、勝利を掴むための腕ではなかったのですか。
それなのに、この手は仲間を傷つけ、この腕は恐怖を生み出した。
わたくしの力が、暴走した。
二度も。
一度目は、ベンチを蒸発させただけですんだ。
でも、二度目は――仲間を、傷つけた。
もし、あの時、リョーコ殿が庇っていなければ、熱波を浴びていたのはダフネだった。もし、魔法の威力がもう少しだけ強かったら、リョーコ殿の腕は、ただの火傷では済まなかったかもしれない。
ぞわり、と。
背筋を、今まで感じたことのない種類の悪寒が駆け上りました。
それは、敵と対峙した時の武者震いとは全く違う、冷たくて、重い、純粋な「恐怖」でした。
わたくしは、初めて、自分の力が「怖い」と感じたのです。
制御できないこの力は、もはやわたくしの誇りではない。それは、いつ、誰を傷つけるか分からない、ただの暴力の塊。わたくしの中に潜む、獰猛な猛獣。
部屋の隅に立てかけてある、父上から贈られた大戦斧が目に入りました。あれは、わたくしの誇りの象徴だったはず。でも、今のわたくしには、ただの凶器にしか見えません。
「もう…いや…」
わたくしは、戦いたくない。
もう、この力を使いたくない。
破滅フラグ?ゲームオーバー?
そんなもの、どうでもいい。
わたくしが力を振るうことで、また誰かを傷つけてしまうくらいなら、もう、何もしない方がいい。
わたくしはベッドの上で、ただ小さく、小さく体を丸めました。
ツェルバルク家のイザベラとして、悪役令嬢として、破滅に抗うことを決めたあの日から、初めて。
わたくしは、戦うことを、放棄しようとしていました。
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