第二十九話:エリアーナの悩み
わたくしと兄ヴォルフが、共同で、あの、あまりに美しい「解体用ナイフ」を鍛え上げてからというもの。学園内における、わたくしの評判は、もはや、畏敬を通り越して、神話の域に達しておりました。
「お聞きになって?イザベラ様とヴォルフ様が、力を合わせると、鋼鉄のゴーレムですら、豆腐のように、切り裂けるそうですわ」
「わたくしが見ましたわ。お二人が鍛冶場で槌を振るうたびに、地面が揺れておりましたもの」
「もはや、あのお二人は、人の姿をした、戦神ですわ…」
ふふふ。ええ、そうですわ。わたくしたち兄妹の、真の力の前には、誰もが、ひれ伏すのです。
わたくしは、そんな、心地よい噂話に耳を傾けながら、学園の敷地内を、パトロール(という名の散歩)しておりました。
破滅フラグは、いつ、どこで芽吹くか分かりません。日々の警戒こそが、平穏な明日を約束するのです。
わたくしが、図書館の裏手にある、静かな中庭に差し掛かった、その時でした。
ベンチに、ぽつんと、一人座っている、小さな人影が、目に入りました。
亜麻色の髪、そばかすの残る頬。わたくしが、保護対象に認定した、このゲームのヒロイン、エリアーナですわ。
彼女は、分厚い教科書を膝の上に広げ、深いため息を、何度も、ついておりました。
その姿は、いかにも、か弱く、そして、悩める乙女。
(…いけませんわ)
わたくしの脳内に、警報が鳴り響きます。
そうですわ、これこそが、ゲームのシナリオにあった、『学力不足で、ヒロインが、留年の危機に陥る』という、破滅フラグに直結する、重要イベント!
ここで、彼女が、勉強を諦めてしまえば、物語は、バッドエンドへ!そして、その余波で、わたくしの身にも、何が起こるか、分かりません!
わたくしは、エリアーナの元へと、大股で、近づいていきました。
「エリアーナ!そのような、溜息ばかりついていては、幸せが逃げてしまいますわよ!」
「ひゃっ!?い、イザベラ様!?」
わたくしの、突然の登場に、エリアーナは、小さな体を、ビクリと震わせます。
「何を、悩んでいるのですか。この、わたくしに、話してごらんなさいな」
「あ、あの…その…」
エリアーナは、おずおずと、膝の上の教科書を、指し示しました。それは、高等エーテル理論に関する、極めて難解な専門書。重さは、3キロ グアはございましょうか。
「この、エーテル濃度の、計算式が、どうしても、理解できなくて…。わたくし、平民の出身ですので、皆さんのように、幼い頃から、専門の教育を受けてきたわけでは…」
なるほど。
わたくしは、その、複雑怪奇な数式が並んだページを、一瞥いたしました。
…ええ、そうですわね。チンプンカンプンですわ。
ですが、ここで、わたくしが、分からぬ、などと、言えるはずもございません。
わたくしの、その、完璧な脳筋思考が、瞬時に、この問題の、本質と、その、唯一無二の解決策を、導き出しました。
「(そうですわ!勉強が分からない…?ふん、それは、血行が悪いからですわ!脳に、十分な、酸素と、栄養が、行き渡っていないのです!)」
わたくしは、エリアーナが広げていた、その、分厚い教科書を、パタン、と力強く閉じました。
「エリアーナ!あなたの問題、しかと、理解いたしましたわ!」
「え?」
「そのような、机上の空論と、何時間も、睨めっこしているから、いけないのです!思考が行き詰まった時こそ、体を動かす!これも、ツェルバルク家訓の一つですわ!」
わたくしは、呆然とする、エリアーナの、細い手首を、がしりと、掴みました。
「解決策は、ただ一つ!全身の血の巡りを良くし、脳を、無理やり、活性化させることですわ!」
「か、活性化、ですか!?」
「ええ!まずは、逆立ち10分!そうすれば、脳に、直接、血液が流れ込みます!その後、ブリギッテ特製の、脳に効くスペシャルプロテイン(新鮮な魚の目玉入り)を、1リータほど、飲んでいただきましょう!さあ、参りますわよ!」
「いやあああああ!また、トレーニングなのですかぁぁぁ!?」
わたくしは、ヒロインの、その、悲痛な絶叫を、心地よいBGMとして聞きながら、彼女を、再び、地獄の(しかし、愛情のこもった)トレーニングへと、引きずっていったのでございます。
ええ、そうですわ。
これで、エリアーナの、留年という、破滅フラグも、また一つ、見事に、粉砕してさしあげましたわ!
わたくしの計画は、完璧です!
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