第三十三話:筋肉による“対話”
「わたくしの、この『力』が、あなた方の『力』に値するかどうか、見極めに来てさしあげましたのよ」
わたくしの不遜な言葉に、玉座の間の空気が凍りつきました。兄ヴォルメ様は、もう、何かを言う気力すら失ったのか、ただ、胃のあたりを押さえ、壁に寄りかかっております。
ですが、ドワーフの王と獣人の王の瞳には、侮辱された怒りよりも、むしろ、面白いものを見つけたという、好戦的な光が宿っておりました。
「…ほう。ならば、見せてみよ。その、細腕で、何を語るというのかを」
交渉は、成立ですわね。
ええ、ええ。力と誇りを重んじる、この国の王たちには、魂と魂、筋肉と筋肉の、直接的な「対話」こそが、彼らの心を動かす、唯一の道なのですから!
最初の対話の舞台は、火の気の消えた、大鍛冶場でした。ドワーフの王は、巨大な槌を手に取り、わたくしの前に、立ち塞がります。
「我らドワーフの魂は、この槌音に宿る!お前が、我らと語らいたいと申すなら、このわたくしと、夜明けまで、槌を打ち合ってもらおうか!」
「望むところですわ!」
わたくしは満面の笑みで、同じ大きさの槌を、軽々と持ち上げました。
カン!カン!と、二つの槌が金床を叩く音が、静まり返っていた鍛冶場に響き渡る。
王の一振りは、まさしく、山を砕くがごとき豪腕。ですが、それ以上に、そのリズムと、鋼を打つ角度は、寸分の狂いもない、まさに、職人の神業でした。
わたくしは、その、神速の槌音に、必死で、食らいついていきます。
一時間、二時間と経つうちに、わたくしの額には、玉の汗が浮かび、呼吸が、わずかに、乱れ始めました。腕の筋肉が、灼熱の鉄のように、悲鳴を上げている。
(素晴らしい…!この、負荷!この、痛み!わたくしの、僧帽筋と、三角筋が、喜びに、打ち震えておりますわ!)
兄様が、遠くから、ハラハラとした顔で、叫んでおりました。
「馬鹿者!ただ、力を合わせるな!相手は、生涯を、この槌に捧げた、ドワーフの王なのだぞ!そのリズムに、飲まれるな!」
ええ、ええ、兄様。分かっておりますわ。だからこそ、楽しいのではございませんか!
夜明けの光が差し込む頃。ついに、王は、ぴたり、と槌を置きました。わたくしも、それに合わせて、槌を置く。その腕は、もはや、感覚がないほど、痺れておりました。
王は、荒い息の下で、こう、呟いたのです。
「…見事だ。お前の、その魂、錆びついてはおらぬようだな」
次なる対話の相手は、獣人の王。舞台は、都市の外に広がる、険しい、狩猟場でした。
「我が同胞と認められたくば、このわたくしよりも早く、この山の主を、狩って見せよ!」
「最高の、有酸素運動ですわね!」
獣人の王は、まさに、風でした。その、しなやかな体は、獣道を、音もなく、駆け抜けていく。
ですが、わたくしは、道なき道を、ただ、まっすぐに、突き進む!木々をなぎ倒し、岩を砕き、最短距離を、その圧倒的なパワーで、作り出す!
やがて、洞窟の奥で、山の主である、巨大な洞窟熊と、対峙した時。
「グルアアアアアッ!」
それは、わたくしの、倍はあろうかという、巨体。その、振り下ろされる爪は、鋼鉄すら、切り裂くという。
王が、その俊敏さで、熊の側面を、切り裂く!だが、傷は浅い。
怒り狂った熊の、憎悪の瞳が、より大きな脅威である、わたくしを、捉えました。
「イザベラ!」
兄様の、悲鳴のような声が、洞窟に、響き渡る。
凄まじい勢いで、突進してくる、その、肉の塊。
わたくしは、正面から、その突進を、両腕で、受け止めました。
「ぐっ…!重いですわね…!」
足が、地面にめり込む。全身の骨が、軋む音を立てる。
ですが、わたくしの口元には、笑みが、浮かんでおりました。
(これですわ!これこそが、対話です!)
熊の、巨大な顎が、わたくしの頭上から、迫る!
わたくしは、その顎を、下から、拳で、突き上げ、体勢を崩すと、がら空きになった、その懐へと、潜り込みました。
そして、ありったけの、体重と、意志を込めた、渾身の、アッパーカットを、その、分厚い胸板へと、叩き込んだのです!
ゴッ、という、鈍い衝撃音。
巨大な熊の体が、くの字に折れ曲がり、数瞬の後、沈黙しました。
その日の夕刻。玉座の間に、再び集った時。
二人の王の、わたくしを見る目から、以前のような、冷たさは、完全に、消え失せておりました。
そこに宿っていたのは、ただ、一人の、揺るぎなき魂を持つ、「戦士」に対する、純粋な、敬意の光でした。
ええ、ええ。最高の「対話」でしたわ!
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