第三十二話:鋼の国と、冷たい炉床
ティタニア樹界盟約にてエルフたちとの間に固い絆を打ち立てたわたくしたち「筋肉外交使節団」。次なる目的地は、父ゴードリィの代より我がツェルバルク家と強固な軍事同盟を結ぶ、質実剛健の国『ドルム・ガンド連合王国』でした。
山岳州の巨大な山脈をくり抜いて築かれたという大鉱山都市カラク・ホルン。その威容が目前に迫った時、わたくしはまず、その異常なほどの静けさに気づきました。本来であれば、山脈そのものを震わせるほどの槌音と、千の炉から立ち上る黒煙が我々を迎えるはず。ですが、今のカラク・ホルンは、まるで巨大な墓標のように、静まり返っておりました。
都市の内部へと足を踏み入れると、その静寂の理由が、より一層、肌で感じられましたわ。
街並みは見事なものでした。ドワーフが切り出したであろう、幾何学的で堅牢な石造りの建物の梁には、獣人の手によるであろう、勇壮な魔獣の彫刻が施されている。道行く人々も、ドワーフは獣人から贈られたであろう毛皮を肩に掛け、獣人たちはドワーフが鍛えたであろう鋼の装飾品を身につけている。二つの種族の誇りが、見事に融合した、力強い文化。
ですが、その民の顔に、力はございませんでした。
誰もが俯き、その足取りは重い。酒場の扉は固く閉ざされ、開いている店先にも、客の姿はまばら。すれ違いざまに聞こえてくるのは、希望のない、諦めの言葉ばかり。
「また一つ、西の炉が火を落としたそうだ…」
「ヴァルシェードの連中め…あの触媒がなければ、我らは牙を抜かれたも同然だ…」
その、あまりに覇気のない光景に、わたくしは、ぴたりと足を止めました。
兄ヴォルフ様が、訝しげにわたくしを見ます。
「どうした、イザベラ。王城へ向かうぞ」
「いいえ、兄様」
わたくしは、首を横に振りました。
「この街は、深刻なまでに、筋肉が弛緩しておりますわ。このような状態で、心の通った外交など、できるはずがございません」
わたくしは、後ろに控える、我が筋肉信者たちへと、向き直りました。
「お聞きなさい、我が使徒たちよ!言葉は不要!我らの来訪を、我らの誠意を、この街の魂に、直接、叩き込むのです!」
「これより、ドルム・ガンド連合王国への、我らツェルバルク流の、公式な挨拶を、執り行いますわ!」
わたくしの号令一下、兵士たちは、鎧の上着を脱ぎ捨てると、その、完璧に鍛え上げられた肉体を、惜しげもなく晒しました。
そして、街の中央広場で、始まったのです。
地鳴りのような雄叫びと共に、巨大な丸太(近くの建築現場から拝借しました)を天に掲げる、驚異的なデモンストレーションが。
それは、攻撃的な威嚇ではございません。ただ、純粋な、生命力の賛歌。迸る汗、躍動する筋肉、そして、天を衝くほどの、鬨の声。
その、あまりに異様で、しかし、圧倒的に力強い光景に、それまで、家の奥に閉じこもっていたドワーフや獣人たちが、一人、また一人と、窓から顔を覗かせ、広場へと集まってまいりました。
彼らの、その、光を失っていた瞳に、やがて、わずかな、驚きと、好奇の色が、灯り始めたのです。
やがて、王城から、二人の王の、名代を名乗る使者が、現れました。
わたくしたちは、ようやく、玉座の間へと、通されたのです。
そこには、岩のように厳めしいドワーフの王と、しなやかな獣人の王が、腕を組み、わたくしたちを、値踏みするように、見つめておりました。
「…広場での、奇妙な挨拶、見させてもらった」
ドワーフの王が、地を這うような低い声で、口火を切ります。
「馬鹿げた見世物だが、その力、偽りなし。…して、アルビオンの者たちよ。一体、何をしに来た」
エドワード殿下が、一歩前に進み出ようとするのを、わたくしは、手で制しました。
そして、まっすぐに、二人の王を見据え、言い放ったのです。
「あなた方の、その、死んだような目を、叩き直しに来ましたのよ」
その、あまりに不敬な言葉に、玉座の間の空気が、凍りつく。
ですが、わたくしは、構わず、続けました。
「炉の火が消え、民の活気が失われた。ヴァルシェード家の経済封鎖が、原因であることも、存じております。ですが、あなた方は、それで、諦めるのですか?誇り高き、鋼の国の王が、ただ、膝を抱えて、助けを待つだけ、ですって?」
「言葉だけの同盟に、意味はないと、そう、おっしゃりたいのでしょう。ええ、ええ、その通りですわ。ですから、わたくしは、ここに来たのです」
わたくしは、にやり、と笑いました。
「あなた方の、その、錆びついた魂に、再び、火を灯すため。わたくしの、この『力』が、あなた方の『力』に値するかどうか、見極めに来てさしあげましたのよ」
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