第三十一話:筋肉と精霊の連携『治療』
エルフの衛兵に導かれ、わたくしたちは病んだ森の奥深くへと足を踏み入れました。
進むほどに空気は澱み、生命の気配は薄れていく。やて、全ての木々が黒く枯れ果てた、忌まわしい広間へとたどり着きました。
その中心に、それはおりました。
森の生命力を吸って醜悪に肥大化した巨大な寄生魔獣。その体は大地に根を張り、まるで森そのものが絶望に脈打っているかのようでした。
「あれが…森を蝕む病の正体…!」
エルウィン様が悔しそうに歯噛みする。
エルフの長老らしき人物が、わたくしたちに静かに告げました。
「あれはもはや森の一部。迂闊な攻撃は、この森そのものにとどめを刺すことになる」
単純な攻撃は禁忌。なんと厄介なボスモンスターでしょう。
ですがここで引き下がるわたくしではございません。わたくしがこの難解なパズルをどう筋肉で解いてやろうかと腕を組んだ時、ドルヴァーン家の当主エルウィン様が一歩前に進み出ました。
「道は一つしかありません」
彼は覚悟を決めた瞳でわたくしたちを見据えます。
「ですがこの儀式を執り行えるのは、我が一族の中でも最も深く精霊と心を通わせる者のみ。…娘を、この危険な地に呼ぶことは、断腸の思いでしたが」
エルウィン様の言葉に、彼の後ろに控えていたフード付きのマントの人物が、静かにそのフードを取りました。
「シルヴィア!?」
わたくしは思わず声を上げておりました。そこにいたのは、王都でわたくしに協力してくれた、あの穏やかで、しかし芯の強い瞳を持つドルヴァーン家の令嬢、シルヴィアだったのです。
エルウィン様は誇らしげに、そしてどこか案じるように彼女を見つめます。
「彼女こそ我がドルヴァーン家が誇る最高の精霊の使い手。彼女が我が家に伝わる精霊環伺術の秘儀を執り行います。森の精霊に呼びかけ、魔獣と森とを繋ぐ理を一時的に遮断するのです。ですが儀式の間、彼女は完全に無防備となる」
彼の視線がまっすぐに、わたくしを捉えました。
「イザベラ殿。そしてツェルバルクの戦士たちよ。どうか儀式が終わるまで、このシルヴィアを、この森を守ってはくれぬか」
その魂からの願い。
わたくしはただ静かに頷きました。
「承知いたしましたわ。攻撃ではなく『防御』。最高の耐久力トレーニングですわね!」
儀式が始まる直前、シルヴィアがわたくしの元へ静かに歩み寄ってきました。
「イザベラ様」
「なんですの、シルヴィア。怖気づきましたか?」
わたくしが冗談めかして言うと、彼女はふふ、と穏やかに微笑みました。
「いいえ。ただ、あなたがいらしてくださって、本当によかった、と。わたくしの知識と、あなたの力。二つが合わされば、きっと、この森を救えますわ」
その絶対的な信頼を込めた瞳。
わたくしは、ふん、と鼻を鳴らし、彼女の華奢な肩を、ぽん、と力強く叩いて差し上げました。
「当然ですわ。わたくしの筋肉と、わたくしが認めた頭脳が組むのですもの。負ける道理がございません。あなたは、ただ、儀式に集中なさいな」
儀式が始まりました。
シルヴィアが祭壇で祈りを捧げ始めると、魔獣は即座にその危険を察知し彼女へと牙を剥きました。無数の毒に塗れた触手が、嵐のようにシルヴィアへと襲いかかります。
ですがその猛攻が彼女に届くことはありませんでした。
「「「ハイル・マッスル!!」」」
わたくしとわたくしの筋肉信者たちが、シルヴィアの周囲に鋼鉄の生ける壁を築き上げたのです。
わたくしたちは決して攻撃はいたしません。ただひたすらに守る。
その時、一本のひときわ太い触手が、予測不能な軌道でシルヴィアの死角を突きました!
「しまっ…!」
わたくしの声よりも早く、一人の兵士が動きました。わたくしの副官を務める、最も大胸筋の優れた男、ギュンターでした。
「我が主に、指一本触れさせるかぁっ!」
彼は自らの鋼鉄の肉体を盾とし、その触手を正面から受け止めました。ゴシャリ、と嫌な音が響き、彼の口から血がこぼれる。ですが、彼は倒れませんでした。
「ハイル…マッスル…!」
その姿は、まさに、守護神。
やがてシルヴィアの儀式が頂点に達しました。
まばゆい翠の光が、魔獣と森とを繋ぐ黒い絆を断ち切る。
魔獣が苦悶の絶叫を上げ、その巨体をぐらりと揺めかせました。その胸の中心に、これまで見えなかった禍々しい核が、無防備に晒されている。
好機は今、この一瞬。
わたくしは守りの陣形から、弾丸のように飛び出しておりました。
(父上の教え、リョーコ殿の導き…!力は、乗りこなすもの!)
わたくしは、有り余る魔力を暴走させるのではなく、ただ一つの「意志」へと集束させる。大戦斧の切っ先が、蒼く、清浄な光を帯びました。それは、破壊のためではない、「守る」ための、完璧に制御された光。
「奥義!ツェルバルク式・意志集束撃ッ!」
わたくしの一撃は、光の槍となって、弱体化した魔獣の核を、寸分の狂いもなく、貫きました。
轟音も、爆発もない。ただ、聖なる光が、邪悪な核を内側から浄化していく。
魔獣は声なき断末魔を上げ、塵となって消え去りました。
戦いが終わった後、エルフたちは静かにわたくしたちの前に進み出ました。
そしてその長老が深く、深くこうべを垂れたのです。
「森を尊重し、仲間との連携によって我らを救ってくれた異邦の戦士よ。あなたこそ『真の森の友人』だ。我らも世界の霊脈を安定させるため、その力を貸すことをここに誓おう」
ええ、ええ。筋肉と仲間との絆。
それこそが世界を救う、最強の力なのですわ!
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