第三十話:意志の力と、開かれる道
わたくしはあの見えざる壁の前で、ただ膝をついておりました。
苛立ちも怒りもとうに過ぎ去り、後に残ったのは、冷たくて重い無力感だけ。
わたくしの筋肉信者たちも、その主の初めて見せる敗北の姿にただ戸惑い、静まり返っておりました。
その絶望的な沈黙を破ったのは、エドワード殿下が懐から取り出した、王家特製の魔導通信機の甲高い起動音でした。
「イザベラ!王都のエリアーナ嬢から、緊急の連絡だ!」
殿下のその切羽詰まった声。通信機から聞こえてきたのは、エリアーナの必死な、しかしどこまでも澄んだ声でした。
彼女が語ったのは、にわかには信じがたい陰謀の全貌。
ヴァルシェード家が管理する蒼波港。そこで秘密裏に陸揚げされたという、「植物に寄生する特性を持つ、禁制品の魔獣」。
その一つの情報が、まるで暗闇を照らす一筋の光のように、わたくしたちの行き詰まった状況を貫きました。
「…なんと」
同行していたドルヴァーン家の当主エルウィン様が、呻くように呟きました。
「森を蝕む病の正体が、人為的に持ち込まれた魔獣だと…?許しがたい…!」
そのあまりに衝撃的な事実に、誰もが言葉を失う。
ですがわたくしの心の中には、無力感とは全く別の新しい感情が芽生えておりました。
そうだ、わたくしは間違っていた。
壁をただ正面から殴りつけることしか考えていなかった。ですが、鍵穴さえ見つければ、どんな堅牢な扉でも開くことができる。
そしてその鍵を、遠い王都であのか弱かったはずのヒロインが見つけ出してくれたのです。
わたくしはゆっくりと立ち上がりました。
そして傍らに置いていた大戦斧を拾い上げることはしませんでした。
その代わりにまっすぐに、再びあの見えざる壁の前に進み出たのです。
「イザベラ…?」
兄様の訝しむ声が聞こえる。
わたくしはもう結界を睨みつけたりはしませんでした。
ただその向こうにある偉大なる森の魂そのものに語りかけるように、静かに、しかし凛とした声で告げたのです。
「お聞きなさい、森の精霊たちよ」
わたくしはもはや筋肉を誇示しませんでした。ただ一人の「守る者」としての純粋な意志を示す。
「わたくしは、あなた方のその神聖なる森を傷つけたいわけではございません。この森を蝕む病の真の原因を、わたくしたちは突き止めました。どうか、わたくしにその病巣を断ち切る手伝いをさせてはいただけませんか」
わたくしの、その一点の曇りもない言葉。
それはわたくしの魂からの叫び。
兄を、家族を、そしてこのわたくしの愛する世界を守りたいという、ただ純粋な願い。
その時でした。
わたくしたちの行く手を阻んでいた、あの絶対的な結界が、まるで朝霧が晴れるかのように、すうっとその輝きを失っていったのです。
そして目の前に、森の奥深くへと続く一本の道が現れました。
その道の先には、数人のエルフの衛兵たちが静かに立っておりました。
彼らの瞳から以前のような敵意は消え失せている。
ただ静かに、わたくしたちを見つめておりました。
わたくしの意志の力が、森の精霊とエルフたちの固く閉ざされた心を動かしたのです。
わたくしはその開かれた道を見据えると、仲間たちに静かに告げました。
「参りましょう。本当の戦いは、ここからですわ」
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