第二十九話:令嬢たちの情報網(フィットネス・コネクション)
わたくしがエルフの森の、あの見えざる壁の前で己の無力さを噛み締めていた、まさにその時。
遠く離れた王都では、一人の可憐なヒロインが起こしたささやかな、しかし確かな奇跡が、物語を次なる局面へと動かそうとしておりました。
その知られざる戦いの記録を、ここに記しましょう。
わたくしがあの見えざる壁の前で、ただ己の無力さを噛み締めていた頃。
遠く離れた王都では、わたくしの危機を誰よりも早く、敏感に感じ取っていた者がおりました。
そう、この物語のヒロイン、エリアーナですわ。
わたくしたち「筋肉外交使節団」がエルフとの交渉に失敗し足止めを食らっているという絶望的な公式報告は、王都の貴族たちを失望と諦めの溜息で包み込みました。
ですが、エリアーナだけは違いました。
彼女にとってわたくしは、無敵の「王子様」。そのわたくしが足止めされている。それはただの敗北ではございません。何か我々の想像も及ばぬような巨大な陰謀が渦巻いているに違いない。
彼女はそう直感したのです。
(イザベラ様が困っている…!わたくしに何かできることは…!)
その一心で、彼女は行動を開始いたしました。
彼女が頼ったのは騎士団でもなければ、魔術師でもない。
彼女が自らの手で一から築き上げた、乙女たちの筋肉と汗と友情のネットワーク。
そう、『学園フィットネス・クラブ』の仲間たちでした。
その日の放課後、クラブの部室に緊急の招集がかかりました。
集まった令嬢たちを前に、エリアーナは震える声で、しかし強い意志を込めて訴えかけたのです。
「皆様!今、イザベラ様が北の地で窮地に立たされています!わたくしたちの力は小さいかもしれません。ですが皆様は、王国の様々な場所に繋がっている。どんな些細な情報でも構いません!どうか、わたくしに力を貸してください!」
その真摯な訴えに、令嬢たちの心は一つになりました。
彼女たちの父や兄は貴族議会の重鎮。あるいは王国経済を裏で支える大商会の会頭。
乙女たちのお茶会の話題は、今や王国で最も密度の濃い情報交換の場となっていたのです。
その時でした。
一人の見慣れぬ侍女が、エリアーナに一枚の封蝋もされていない羊皮紙をそっと手渡しました。
「どなた様からですの?」
侍女はただ静かに、首を横に振るだけ。
そのあまりに怪しげな手紙に、エリアーナは戸惑いながらも目を通します。
そこに書かれていたのは、ただ一行の謎の言葉だけでした。
『――蒼波港にて、“禁制品の魔獣”の、密輸あり』
その不吉なキーワード。
エリアーナがその意味を測りかねていると、一人の令嬢がはっと息を呑みました。彼女の家はヴァルシェード家が管理する蒼波港で、代々貿易商を営んでいるのです。
「…まさか」
彼女は震える声で語り始めました。
「そういえば最近、父様がぼやいておりましたわ。『ヴァルシェード家が妙な荷物を秘密裏に陸揚げしている』と…。その荷物は確か、植物に寄生する特性を持つ、大変珍しい魔獣だと…!」
その決定的な証言。
全ての点が、線で繋がりました。
ティタニア樹界盟約を蝕む謎の病。そしてヴァルシェード家による、植物に寄生する魔獣の密輸。
これらが無関係であるはずがございません!
エリアーナはその震える手で証言を羊皮紙に書き留めると、部室を飛び出しました。
彼女が向かった先は、王宮。
愛するイザベラを救うため、一人の王子にこの命よりも重い情報を託すために。
そう、エドワード殿下の元へと。
か弱きヒロインのその小さな一歩が、今、絶望的な状況を覆すための唯一の鍵となろうとしておりました。
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