第二十八話:脳筋令嬢、本当の“無力”
わたくしは、目の前の、見えざる壁を、ただ、睨みつけておりました。
エルフたちの、あまりに一方的な、拒絶の言葉。そして、わたくしの、完璧なる一撃を、無へと還した、あの、不可解な結界。
その全てが、わたくしの、誇りを、逆撫でしておりました。
(…もう一度、ですわ)
わたくしは、背負っていた、愛用の大戦斧を、その両手に、構え直しました。
先ほどは、素手でしたから、威力が半減してしまったに違いありませんわ。ですが、この、父上から賜った、わたくしの魂そのものである、戦斧の一撃ならば!
「お下がりなさい!」
わたくしは、兄様たちの制止を振り切り、再び、結界へと、肉薄する。
そして、有り余る魔力と、鍛え上げた全身の筋肉を、その、一点へと、集束させ――
「奥義!ツェルバルク式・大地粉砕撃!!」
決闘で、訓練場を半壊させた、あの必殺の一撃を、寸分の狂いもなく、見えざる壁へと、叩き込みました。
ですが――
何の、手応えも、ございませんでした。
轟音も、衝撃も、ない。わたくしの、全力の一撃は、まるで、静かな湖面に吸い込まれる小石のように、何の波紋も立てることなく、ただ、消えてしまったのです。
「そん、な…」
わたくしは、呆然と、己の戦斧と、何一つ変わらぬ結界とを、見比べました。
兄ヴォルフ様が、苦々しい顔で、わたくしの肩に、手を置きます。
「やめろ、イザベラ。分からぬか。それは、力で、どうにかなるものではない。我々とは、理の違う、相手なのだ」
「お黙りなさい、兄様!」
わたくしは、その手を、振り払いました。
「理が違う、ですって? この世に、わたくしの筋肉で、粉砕できぬ理など、存在しませんわ!」
ツェルバルク家訓第一条『迷ったら殴れ、話はそれからだ』。
そうだ。迷っているから、いけないのです。わたくしの、拳に、まだ、迷いがあるから!
わたくしは、戦斧を投げ捨て、再び、自らの拳を、何度も、何度も、見えざる壁へと、叩きつけ始めました。
一撃、一撃、その全てが、無に還る。殴っているはずなのに、殴った感触すらない。まるで、虚空を、殴り続けているかのよう。
その、あまりの、不条理。その、あまりの、無力感。
わたくしの心に、じりじりと、焦りと、そして、これまで感じたことのない種類の、黒い苛立ちが、募っていきました。
「なぜ…!なぜ、砕けないのですか…ッ!」
わたくしは、とうとう、獣のような、咆哮を上げておりました。
それでも、結界は、ただ、静かに、そこに、存在するだけ。わたくしの、怒りも、焦りも、その、圧倒的な、静寂の前には、何の意味も、成しませんでした。
やがて、体中の力が、抜け落ちていく。
わたくしは、その場に、がくりと、膝をつきました。
そして、ただ、呆然と、己の、拳を見つめる。
魔獣を屠り、天災を覆し、王都を平定した、この、最強の拳が。
今、目の前の、この、たった一つの、見えない壁の前で、何の、役にも立たない。
それは、力が足りない、という、絶望ではありませんでした。
わたくしの、信じてきた、全てが。わたくしの、存在そのものが、この場所では、全くの「無意味」であると、突きつけられた、瞬間。
脳筋令嬢イザベラ・フォン・ツェルバルクが、生まれて初めて、本当の意味での、「無力」を、痛感した、瞬間でございました。
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等を更新しています。
作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/
Xアカウント:@tukimatirefrain




