第二十七話:見えざる壁と、見えざる敵
わたくしたち「筋肉外交使節団」の、王都からの出立は、それはもう、壮観なものでしたわ。
使命感に燃えるエドワード殿下が先頭に立ち、その後ろに、わたくしと、胃痛で顔を歪める兄ヴォルフ様が続く。そして、後方には、ドルヴァーン家から派遣された案内役の方々と、わたくしが鍛え上げた、完璧なる筋肉信者たちが、整然と、しかし、大地を揺るがすほどの力強い足取りで、行進しておりました。
幾日もの道程を経て、我々はついに、最初の目的地である「ティタニア樹界盟約」の、その入り口へとたどり着きました。
目の前に広がるのは、息を呑むほどに、美しく、そして、荘厳な光景。天を衝くほどの巨大な木々が、まるで、世界の天井のように、空を覆っている。空気は、どこまでも澄み渡り、濃密な生命の気配が、肌を、優しく撫でていきました。
「なんと…これほど、清浄なエーテルに満ちた場所は、初めてですわ…」
わたくしは、思わず、感嘆の息を漏らしました。
ドルヴァーン家の案内役が、一歩、前に進み出ます。
「これより先が、盟約の地。古のしきたりに従い、我らの来訪を、森に告げましょう」
彼が、厳かに、そう告げた、その時でした。
わたくしたちの行く手を阻むように、木々の間の空間が、ふわり、と陽炎のように、歪んだのです。
それは、物理的な壁ではございません。ですが、その先に、一歩も、進むことができない。精霊たちが作り出したのであろう、不可視の、しかし、絶対的な結界でした。
案内役の顔に、困惑の色が浮かびます。
「馬鹿な…!我らドルヴァーン家の者を、拒むなどと…!このようなことは、数百年の歴史の中で、一度も…!」
ですが、わたくしは、そんな彼の動揺を、鼻で笑ってやりましたわ。
「ふん。なんと、臆病な。姿も見せずに、このような、小賢しい結界で、客人を足止めするとは。エルフという種族は、礼節も、そして、筋肉も、足りていないようですわね」
わたくしは、馬を降りると、その、見えざる壁の前に、仁王立ちになりました。
「よろしいでしょう。言葉で通じぬのならば、このわたくしが、ツェルバルク流の『挨拶』を、してさしあげますわ!」
わたくしは、大きく息を吸い込むと、全身の筋肉を連動させ、渾身の力を込めた右ストレートを、その、歪んだ空間へと、叩き込みました。
ですが――!
手応えが、全く、ございませんでした。
わたくしの、岩盤すら砕く拳は、まるで、分厚い綿にでも受け止められたかのように、その全ての衝撃を、完全に、吸収され、霧散してしまったのです。
「なっ…!?」
わたくしが、驚愕に目を見開いた、その時。
結界の向こう側、森の奥深くから、複数の、人影が、音もなく、現れました。
長く尖った耳、しなやかな体つき。エルフの、斥候たちですわ。
彼らは、その、美しい顔に、隠すことのない、敵意と、侮蔑の色を浮かべ、弓に、矢をつがえながら、冷たい声で、言い放ちました。
「去れ、人間たちよ。この森は、お前たちのような、野蛮なる者たちが、足を踏み入れて良い場所ではない」
エドワード殿下が、慌てて前に進み出ます。
「待ってほしい!我々は、国王陛下の名代として、そなたらの森を蝕む病を、共に、解決すべく参ったのだ!敵意はない!」
ですが、エルフの斥候は、その言葉を、せせら笑いました。
「ドルヴァーン家の甘言には、もはや騙されぬ。その、後ろに控える者たちを見よ」
彼の、鋭い視線が、わたくしと、わたくしの、筋肉信者たちを、射抜きます。
「かの、武力と破壊だけを信奉する、ツェルバルク家の者たち。そのような、森の理を、破壊しかねない野蛮人を、この聖域に招き入れることなど、断じて、できぬ!」
その、あまりに、一方的で、聞く耳を持たぬ、拒絶の言葉。
わたくしは、初めて、直面したのです。
この、鍛え上げた、完璧な肉体では、決して、打ち破ることのできない、見えない「壁」の、存在に。
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