第二十三話:世界の異変と、森の悲鳴
王都が、空前の筋肉革命の熱狂に包まれてから、しばしの月日が流れました。
わたくしの弟子エリアーナがもたらした、この、あまりに健全で、活力に満ちた流行は、もはや、一過性のものではありません。貴族たちは、夜会で着飾るためのドレスを選ぶのと同じくらい、真剣な眼差しで、その日のトレーニングメニューを組み立て、議論を交わしております。
ええ、ええ。正直予想外の転がり方をしましたが、全ては、順調。
わたくしの新たな「破滅フラグ回避計画」は、今や、王国の価値観そのものを、より良く、より逞しいものへと、作り変えつつあるのです。
この、平穏な(そして筋肉的な)日々が、永遠に続くものと、わたくしは、そう、信じておりましたわ。
ですが、物語というものは、プレイヤーに、安息の時間など、長くは与えてはくれないもの。
その日、わたくしが、王宮ジムにて、エドワード殿下の、ますます逞しくなってきた大胸筋の仕上がりを、満足げに確認しておりました、まさにその時でした。
一人の、伝令騎士が、文字通り、転がり込むようにして、ジムの静寂を破ったのです。
その肩には、森と自然を司る王侯五侯の一角、ドルヴァーン家の紋章。ですが、その鎧は泥に汚れ、顔は蒼白でした。
「き、緊急報告!ドルヴァーン領より、緊急報告にございます!」
その、ただならぬ気配に、ジムの喧騒が、ぴたり、と止まります。
隣にいたエドワード殿下の表情から、いつもの柔和さが消え、一国の王子としての、厳しい光が宿りました。
「落ち着きなさい!何があった!簡潔に述べよ!」
王子の、その、凛とした声に、伝令騎士は、はっと顔を上げ、震える声で、最初の言葉を、絞り出しました。
「森が…ティタニア樹界盟約の森が…悲鳴を、上げております…!」
「悲鳴、ですって?」
わたくしは、思わず眉をひそめました。比喩表現にしては、あまりに、不吉ですわ。
エドワード殿下も、その言葉の異常さを、即座に感じ取ったのでしょう。彼の顔に、険しい色が浮かびます。
「どういうことだ、詳しく説明せよ!森が病にでもかかったというのか!」
「はっ!病、という言葉ですら、生ぬるいほどの…!森の木々は、生命力を失って枯れ果て、大地は、毒に侵されたかのように、黒く変色!その腐敗は、今も、森の内側から、広がり続けているとのこと!」
伝令騎士の報告は、断片的でした。ですが、その、一つ一つの断片が、組み合わさるほどに、恐るべき全体像を、形作っていく。
「そして、その影響で、世界の霊脈の流れに、深刻な乱れが生じている、と!」
その言葉を聞いた瞬間、わたくしの背筋を、今まで感じたことのない種類の、冷たい悪寒が、駆け上りました。
(霊脈の乱れ…?それも、これほどの規模で…?これは、ただの地域限定イベントではございませんわね。ワールドクラスの、シナリオに関わる致命的なバグ…!)
「馬鹿な…!」
エドワード殿下が、呻くように、呟きました。彼の顔から、血の気が引いている。
「ドルヴァーン家はどうした!彼らには、エルフとの、古き盟約があるはずだ!」
「それが…!」
伝令騎士の顔が、絶望に歪みます。
「エルフたちは、頑なに、森への入り口を閉ざし…外部との接触を、完全に、拒絶しております!彼らは、あの、死にゆく森と、運命を共に、するつもりのようです…!」
ジムは、完全な沈黙に支配されました。
誰もが、その、報告が意味する、絶望的な未来を、悟ったのです。
ですが、わたくしは――その、絶望の、さらに先を見ておりました。
わたくしの唇に、獰猛な、戦士の笑みが、浮かびます。
(世界の危機。閉ざされた、エルフの国。そして、頑固な、NPCたち…)
そうだ。これこそが、英雄の出番。これこそが、わたくしの、筋肉の見せ所。
恐怖が、一周して、歓喜へと変わる。
(ええ、ええ。結構ですわ。実に、結構!)
(これほどまでに、ゲーマーの、そして、脳筋の魂を、くすぐる、最高のクエスト設定が、ありまして?)
わたくしは、まだ、誰も気づかぬ、次なる戦いの舞台を思い描き、静かに、しかし、確かに、闘志の炎を、燃え上がらせるのでした。
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