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花束を抱えたまま、私はアベル様の全身を眺めた。
紺色のジャケットに白いシャツ、黒のトラウザーズ。
シンプルな恰好が、アベル様のよく目立つ桃色の髪や明るい緑色の目によく似合っている。心なしか少し大人っぽく見えた。
こういう恰好も意外と似合って……。
「リリアーヌ、今日のドレスもよく似合ってるね! すごく可愛いよ!」
アベル様にそう言われ、私ははっと我に返った。
なんで私がアベル様ごときに見惚れかけているのだ。
私は自分のドレスに視線を落とす。
今日の私は、シルヴィに着せられた青いサテンのドレスを着ていた。街に出るので動きやすいようにと、丈は膝より少し下くらいのいつもより短めのものを選んでくれた。
髪型は白いリボンでハーフアップにしている。
アベル様に大げさな調子で褒められるのなんていつものことなのに、なぜか今日は落ち着かなくなった。
それで、そっぽを向きながら、つい素っ気ない口調で言った。
「当然ですわ。アベル様に言われなくても、私が可愛いなんてわかっております。私はいつだって女神のように美しいのですから」
「確かにね! 僕もそう思うよ」
半分冗談で言ったのに、アベル様は熱心に同意してくる。
後ろでシルヴィとレノーも、「それはそうですね」だとか、「お嬢様は外見は文句のつけようがありませんからね」と頷き合っている。
ツッコんでくれないと私がナルシストみたいじゃないか。
私は微妙な気持ちで、全肯定の彼らの顔をぐるりと見まわす。
それから私とアベル様は、馬車に乗って街まで向かうことになった。
お屋敷を出る際は、シルヴィやレノーにやたらにこやかに送り出された。
「行こうか、リリアーヌ」
馬車に乗る時、アベル様はそう言って私に手を差し出した。
ついこの間まで私の後を付いて回っていた子供だったくせに、まるで紳士みたいなエスコートをしてくるから生意気だ。
私はすまし顔でアベル様の手に自分の手を重ね、馬車に乗り込んだ。
「アベル様、今日はどこへ行く予定なんですの?」
「シャリルの市場に行ってみようかと思って」
「シャリルの市場?」
シャリルの市場は、王都の中心部から少し離れた場所にあるとても大きな市場だ。個人の経営する小さなお店がたくさん立ち並び、日々多くの人たちで賑わっている。
「意外と普通な場所ですわね。オペラハウスのボックス席だとかクルーザーのスイートキャビンだとか、もっとすごい場所に連れていかれるかと思いましたわ」
「そっちのほうがよかった? リリアーヌが最近、経営学の勉強に熱を入れているみたいだから、参考になりそうな場所がいいかと思って」
「え、そんなことを考えていらしたの?」
「うん。リリアーヌに喜んでもらいたいもん」
アベル様はそう言って笑う。
私はちょっと驚いてしまった。アベル様がそんなことまで考えていてくれたなんて。
私は不覚にも少々感動しながら、市場までの道を馬車に揺られた。




