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わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが  作者: 水谷繭
2.改心してがんばります!

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2-4

 アベル様は、『星姫のミラージュ』のサブキャラクターだ。


 ヒロインのステラに思いを寄せるが、最後には兄とステラの仲を応援して身を引くことになる。


 読者からも大変人気のあるキャラだった。



 しかし、漫画の中でアベル様がリリアーヌと関わる場面はほとんどなかった気がする。


 なのに、漫画の記憶ではない私のこの世界の記憶では、アベル様はやけにリリアーヌに絡んでいた。


 私が王宮までジェラール様に会いに行けば、呼んでもないのに勝手に二人のお茶会に割り込んできたり、学園でも高等部と中等部で校舎が違うのに、やたらと会いにきたり。


 漫画にはそういった話は一切描かれていなかったので、前世と今世の記憶が合わさると、不思議に感じてしまった。


 首を傾げる私に、なおもアベル様は尋ねてくる。



「ねぇ、リリアーヌ。本気なの? 本気で兄上との婚約をやめるつもり?」


「え、ええ……。まぁ」


 私が曖昧に答ると、アベル様はぱっと目を輝かせた。


「よかった! それがいいよ! リリアーヌ、ちっとも相手にされていない兄上に毎日付き纏って、見ていられなかったもん!」


「さっきから失礼ですわね! 私は必死だったんです!」


 私が怒ると、アベル様はごめんごめんと謝る。


 それから私の手を取ってぎゅっと握りしめてきた。



「ねぇ、リリィ」


「愛称で呼ばないでください」


「それなら僕と婚約しない?」


「はぁ?」


 私はアベル様に手を掴まれたまま、間抜けた声で聞き返した。



「一体何をおっしゃってるんですか」


「だって兄上との婚約は破棄したんでしょう? ならいいじゃないか。僕と婚約し直そうよ。リリィには兄上より僕の方が合ってるって」


 アベル様は、笑顔でそんなことを言う。


「お断りします。今は新しく婚約を結ぶ気分ではありませんの。大体、ジェラール様との婚約だってまだ正式に解消されたわけではないのですよ」


「そんなこと言わないでよ。僕の何が不満なの?」


「不満だらけですわ。それに、私はシャリエ公爵家を継ごうと思ってるんです。今は新しい婚約者のことなんて考えている暇はないのですわ」


「えっ」


 アベル様は驚いた顔をした。



「リリアーヌ、本気? リリアーヌに公爵の仕事なんてできるの? その前に公爵って何かわかってる?」


「本当に失礼ですわね! わかってますし、できますわ! ……できるというか、ちゃんと勉強したら、将来は多分……できるようになりますわ!」


 反論する声が最後の方で弱気になってしまった。


 口に手をあてて何か考え込んでいたアベル様は、ふいに笑顔になって言う。



「でも、それなら僕がシャリエ家の婿になればちょうどいいんじゃない?」


「アベル様が婿に来るなんて嫌です」


「僕が君の補佐をするよ。リリアーヌだって今からよく知らない男と婚約し直すよりも、僕の方が気心が知れていていいだろ? ねぇ、リリィ。僕はずっとリリィのことを見てたんだ」


 アベル様はいつになく真剣な口調でそんなことを言う。


 私は眉間に皺を寄せて、掴まれていた手を振り払った。



「からかわないでくださいまし。私、もう行かせていただきますわ」


「あっ、待ってよ、リリィ!」


「だから愛称で呼ばないでください!」


 私はアベル様を無視して、バスケットを閉じてベンチから立ち上がった。


 アベル様はまだ付き纏ってきたけれど、全て聞こえないふりをする。


 私はこれからシャリエ家の当主を目指す予定なのだ。


 アベル様の突拍子もない冗談につき合っている暇なんてない。

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