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初恋 (子竜 と たまごを拾った娘さん)
崖の下に、大きなたまごが落ちていた。
見上げてみれば、はるか上方に竜が飛んでいるのが見える。
もしやこれはと、トヨが再び目線を下に戻すと。
「クエっ」
たまごが孵っていた。
人間の幼児ほどの大きさのその体は硬そうな鱗で覆われ、背にはこれまた立派な羽がついている。縦長の瞳孔をきゅうっとさせて見つめてくるその生き物は、紛うことなき竜だった。
しばし子竜と見つめ合ったトヨは、竜は初めて見たものを保護者と認識する生き物だと思い出した。
慌ててその場を立ち去ろうとしたが、子竜はクエーっと甲高い声を上げてついてくる。すでに手遅れだった。
子竜はトヨによく懐いた。
全身で親愛の情を示されれば、トヨも満更でもない。
だが、親の愛情が奪われると思うのか、トヨが他の人間と一緒にいることを嫌がった。
「友達とちょっと出かけるだけだよ。すぐ戻るから」
「クエ!」
「えー、だめなの……?」
子竜の成長は早かった。
あっという間に大きくなって、これなら巣立ちもそう遠くないだろうと、トヨは安堵の息を吐く。その中に、少しの寂しさがあったことは見ないふりをした。
竜の生態は謎が多い。
だからトヨは知らなかった。
竜は、幼いときに共に生活した生き物を将来の相手とする習性があることを。
子竜が竜となれば、求愛が始まる。
刷り込みの初恋。




