朝の幸せ (ビルのカフェ店員 と ビルの会社員)
同じ設定の小ネタが続いたので、こちらにまとめました。
「今日はケニアの豆になります。まろやかでやさしい甘みがありますので、朝の一杯にぴったりだと思いますよ」
朝。渋みのある落ち着いた声で説明してくれるのは、自社ビル一階にあるカフェのバリスタ店員。
自分よりもずっと年上であろうこのひとに好意を持つようになって、どれくらいだろうか。
出社前のこの時間のためなら、早起きだってできる。
「いつもありがとうございます。お仕事、がんばって」
温かいカップと共に渡されるやさしい言葉に、今日も幸せを噛みしめた。
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「やっと終わった…………。はやく帰ろ」
静まりかえった自社ビルを、コツコツと控えめな足音を立てて歩く。
月末が近くなると、回しきれなかった仕事を処理するために、こうして土曜出勤となることがある。
自分がうまく立ち回れなかったツケではあるものの、休日の会社というのは気分が下がる。
せめてあの一杯があればなあと、クローズの札をかけたカフェの入り口を通り過ぎようとしたとき。
「あれ? こんにちは」
まさに求めていた、渋みのある落ち着いた声が響いた。
吸い寄せられるように声のした方を向けば、そこに居たのはやはり、あのカフェの店員だった。
いつもの白いシャツに黒いエプロンではないラフな姿に、少しどぎまぎしてしまう。
「今日はお仕事ですか?」
「あ、は、はい。ちょっと仕事を溜めてしまって、休日出勤をするはめに」
「それはお疲れさまです。いつも頑張ってらっしゃるのに、休日出勤まで」
「いえいえ、頑張っているというほどでは、」
「でも、毎朝早くから出社されているでしょう? 若いのにいつも感心だなと思っていました」
「あ、あー…………」
それはあなたのコーヒーのためで、仕事のためではないのです――などとは言えないので、もごもごと口ごもる。
「ええっと、今日はお店のコーヒーがなくて残念でした。朝は美味しいコーヒーがないと気分が上がりませんね」
誤魔化すように笑って言えば、店員は少し考える素振りをした後に口を開いた。
「もしよかったら、すこし付き合ってくれませんか?」
「え?」
「僕もちょうど、コーヒーでもと思っていたところでした。この近くにある、美味しいコーヒーの店にご案内しますよ。どうですか?」
「い、行きます!」
即答に、店員は驚いたように目を瞬いた。
つい返事に力が入りすぎたことが恥ずかしくなり、軽く咳払いをしてから何事もなかったように仕切り直す。
「店員さんのおすすめするお店なら絶対に美味しいコーヒーが飲めるので、ぜひお供させてください」
「ふふっ、光栄です。期待に応えられるといいのですけれど。では行きましょうか」
店員はゆっくりと歩き始めたが、ビルのエントランス手前で、そうだ、と足を止めて振り返った。
「これからご案内する店がどんなに美味しくても、朝の一杯はうちから乗り換えたりしないでくださいね」
「そ、そんなことしませんよ!」
「そうですか、よかった」
「朝はやっぱりここのお店じゃないと!」
「ええ。朝、あなたの顔が見られなくなったら僕も寂しいですから」
「んん!?」
その言葉の意味を尋ね返す前に、店員はすでにエントランスをくぐっていた。
カフェ店員がどのくらい年上なのかは、ご想像にお任せ~(^^)
けっこうな年の差でもいいと思います。




