〈11〉もちろんお供します
オーレリアが出かけるのだから、コリンが留守番をするわけがない。
庭先で事情を説明するとすぐに言われた。
「もちろん僕もお供します!」
オーレリアは予想通りの返事にククッと軽く笑った。
「うん、わかってる」
コリンの服を借りると言ったが、服は母が見繕ってくれるという。
コーベット商会の女性はパンツスタイルの人もいた。女性だから必ずスカートでなければならないわけではない。
働く女性にスカートは邪魔なだけだと強調しておいた。わかってくれると嬉しい。
コリンは不意に、オーレリアの顔をじっと見た。そして、ニカリと笑う。
「よかったです」
「うん?」
オーレリアが首をかしげると、コリンは笑顔で続けた。
「アーヴァイン様がいなくても姉御がいつもと変わりないからよかったなって」
あからさまにメソメソと、部屋から見える木の葉が枯れて落ちるのを数えるようになるとでも思ったのか。
寂しくないわけではないが、女心については行儀作法と同じくらい勉強中である。
「アーヴァインはちゃんと帰ってくるから、心配し過ぎないようにしてる」
すると。
「まーそーでしょーね」
見事な棒読みが返ってきた。いつものことである。
出発に際し、母が用意してくれた服は、白いブラウスにニッカーボッカー、サスペンダー、キャスケット、そしてただのガラスをはめ込んだ度なしメガネ。
それらを装着した後、メイドのケイトが髪を三つ編みにしてくれた。
鏡を見たら噴き出しそうになったが、まあいい。
「じゃあ、いってきます」
母に抱きつく。こういう挨拶は慣れないが、母が喜ぶと思った。
背中をポンポン、と叩いて摩られる。
「くれぐれも無理はしないで頂戴」
「うん」
大げさだなと思うけれど、長く行方知れずだった娘なのだ。心配はいくらだってしてしまうのだろう。
父はすでに仕事に出かけ、待たせてある馬車の前には兄とコリンがいた。改めて見ると、コリンも少しだけ背が伸びたような気もする。気のせいかもしれないが。
他の社員は連れていかない。もともと兄が自分で話をつけるつもりだったからそれでいいのだろう。
コリンは御者台の方へ乗ろうとしたが、兄が中へ入れてくれた。
「今さら畏まらなくてもいいよ。おいで」
アーヴァインだと断るコリンも、兄だとすんなり受け入れた。
「はい、ありがとうございます!」
そうして、馬車の車輪がゆっくりと回り始めるのを感じながら出発した。
コーベット商会の前を通り、他の社員の乗った馬車と合流する。オーレリアたちは馬車から降りることなくそのままアトウッドへ向けて走った。
道中、兄が相変わらずにこやかに話しかけてくる。
「アトウッドは都よりも寒いから、二人とも風邪をひかないように」
「うん。でもさ、この中で一番風邪ひきそうなのって兄さんじゃないのか」
「えっ」
コリンはアハハ、と笑っている。
「僕も姉御も港町で育ちましたから、冬の海風なんてそりゃあ冷たかったですし」
「そうそう。でも、体を動かしたりワインであっためたりして、そんなに寝込んだ経験はないよ」
「……逞しいね」
兄は疎外感を覚えたかもしれない。切ない目をした。
仕方がないので話題を変える。
「ところでさ、あたしは兄さんの助手、コリンは使いっ走りってことでいいよな?」
「オーレリアは僕の妹だってことを明かさないつもりなんだろう?」
片方の目を器用に眇めて兄は問いかけてきた。
「う~ん、まあ状況次第かな。とりあえずはアドラムの姓を使うけど」
「ほどほどにね」
「うん?」
ほどほどというのはなんだろう。オーレリアは首をかしげたが、兄はとても心配そうだった。
相手の出方がわからないから、そっちの心配をしたらいい。オーレリアは邪魔をするためについていくわけではないのだから。




