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当世の常は……人の泡沫。

とんでもなく強いと云うのは、こんな感じだと思うんです。


では、お楽しみくださいませ。

二ノ郭、御殿大広間の時は止まっている。


不意にもたらされた壱岐守の『死』は、深志一族にとりて、其れ程までに深刻であった。


「重ねて、添谷の寿柱尼様からの手紙じゃ」


翻ってさねは愉しげである。


『鎗田との、(うてな)との、(へき)(れき)の件、誠によき馳走。お陰にて深志越前火攻め討ち取りたるは、かのもの供の手柄なり。首級はのちほど……』


そう、我らが茅野家一行が、季の松原の御城に向かう際に北東方向で鳴っていた遠雷は、実は儂こと神鹿兵庫介ご自慢の危険な爆発物『霹靂』を用い、山間部の狭き峠を活用した少数による待ち伏せ奇襲攻撃を報せる音雷でもあったのだ。


霹靂(あれ)』では雨は降らないから、こっちの芝居も大変だったが、汚爺(アホ)が引っかかってくれたので助かったわ(笑)


何より、我ら山に住まう馬鹿どもの、面目躍如たる戦ぶりであったであろうことは想像にかたくない。よくやってくれたものだわい。


とは言っても、たとえ我らに優秀な武器があるからとて此の世の中、そんなに事が上手くいくわけがないのも、自明である。


ホントに一番役立ったのは、深志家が国主家の威光を利用して布告した『深志四条文』を根拠に、各家から集めさせた、此の国の地形の絵図面のお陰であった。


世の中は割りと金な世界なので、手に入れるに苦労はなかった。とは、飯井槻さまの弁である。





とたり。


大粒の水滴が畳に落ちる音がした。


とたり。


また、同じ音がした。


この(せい)(ひつ)の最中に、弾ける音色。


兵庫介はなんだろうと思い、正体を探りにかかる。




果たして、目線が捉えたのは松九郎君を膝に乗せたまま身動ぎひとつせず、(ぎょく)(せき)の様な大粒の泪を止めどなく流す、深志弾正の姿であった。




「ふしし、皆動かなくなったのじゃ♪」


妙に気持ちが高ぶっている『さね』こと茅野実衛門は、自分が読み上げた一言で大広間が静寂に包まれたことが、大層可笑しいらしく、立ち尽くしたまま呆然とする深志方の人数を眺めて悦に入っている。


なんとも肝が据わった御方だ。流石は飯井槻さまの類縁の者と云うべきか。


まあ儂が、それと知らされたのは、此処に参る寸前だったのだがな。


しかし、それにしても『さね』様のハシャギ様も分からんではない。



「己ら‼嘘を申すでない!!」



だが、それも此まで。今の今まで空気だった奴が俄然やる気を出したらしい。


そう、力馬鹿の深志孫四郎が呼ばれもせぬのに、声を張ってみせたのだ。


「嘘じゃ‼嘘じゃ‼ 偽りに違いない‼」


孫四郎は頭を掻きむしり、頭上高く伸ばした(まげ)を振り乱して巨体を立ち上がらせ、上座に座する父のもとに駆け寄った。


「な、そうであろうが父上!」


孫四郎は父である弾正に取りすがり、仕切りに体を揺さぶり「嘘じゃ」「偽りじゃ」「しっかりなされよ」そう再三問い掛ける。


が、弾正は虚ろに一言。


「垂水……が、わしを……」


とだけ云い。


あとは何も謂わず、只ただ泪を流すだけの袋になった。




「父……う…え?」


あれだけ云い募り、渾身込めて問い掛けても、自分には応えてはくれぬ父上の、溢れ続ける泪を袖で拭き終えると、スラリ。


腰に提げたる長刀を抜き身にした。


「お、おま……えが?」


ん?どうした、馬鹿の力こぶ。


「…おお、ま……えがか⁉」


お主、言葉の調子が可笑しいぞ。


「……お、お、おまえが、おまえが!」


やれやれ、馬鹿が。


「我らを(たばか)った、お前の所為でぇ!!」


おい、おい。終わりも近いのに無駄な仕事を増やすなよ。


そう兵庫介が思った刹那。


全身を覆う、異様なまで盛り上がった筋肉をバネに、中空に跳んだ孫四郎と左右横合いから飛びこむ近習二人が、飯井槻さま目掛け刀を振り上げ………。



げべぇ。



………下ろせる道理がなかった。


兵庫介がさせる訳が無かったからである。


孫四郎に付き従った二人の近習は、東西六席に分かたれていた深志一族の直中に欠損した身体で飛び込み、者共を散々に狼狽えさせた。




こっきん。




巨漢の、孫四郎の喉仏はぺちゃり潰れている。


いや、因り正確には兵庫介によってべっちゃり血膨れ潰されている。


孫四郎の五体は、二人の近習のバラけた手指と墜ちた首に混じって床板に組敷かれ、喉には刀の柄を半ばまで、異様な丹念さを以て正確に、めり込まされていたのだ。


儂ならではの、小さき身体は相手の懐に入りやすいのでな。



「あのな、こちとら六郎様以来三十年、地道に下剋上やってんだよ。ぽっと出の能無し風情が、飯井槻さまの邪魔を致すな」


顔中が血泡にまみれた孫四郎の耳元で、兵庫介は懇切丁寧に教えてやったのだ。






















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