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現世の夢は……転ぶ調べの。

さてさて、夢戻しの話はさっくりサクサク残酷に進んでいきます。


では、お楽しみくださいませ。

「首じゃと⁉」

「生首じゃ!!」

「斯様な場になんたる事ぞ!」

「しれものめが!!」


深志一族の者共が驚きの余り皆がみな及び腰になり、ついで羅乃丞に怒声を浴びせる。


「なんぞと申されましても、弾正様も御存じの、三つ首の(しるし)にござりまするが、如何に」

「……」


羅乃丞の問いに弾正は反応を示さない。


魚油の(ともし)()(すこぶ)る暗く明るさは、弾正親子の大蝋燭のみにてながらも、化粧箱の中身の首は(まげ)(もとどり)がぷっつり切られた、見るも無惨なザンバラ頭にされており、そこにペタリと、一枚の短冊状の紙が張り付けられ首の持ち主が記されていた。



ひとつ目の短冊。


(いぬ)()太郎(たろう)()衛門(えもん)寿(ひさ)(のぶ)


謂わずと知れた、茅野家に仕える参の家老の首である。




ふたつ目の短冊。


(とく)(のう)(ひこ)(じゅう)(ろう)(みち)(ます)


謂わずと知れた、川廻船問屋にして密かに茅野家に仕える新興土豪の首である。




みっつ目の短冊。


(たか)(はし)(てん)(ぜん)(みち)(しげ)


誰あろう、あの料理人一家の爺様の名と首である。官名は高橋氏系統の宮中料理人出らしく『天膳』であった。




これら三つ首は、歳嵩や、髪の有り無し、白髪の有り無しに関わらず、兵庫介が直に見知った者たちであり、その罪状は……。


「『彼の者たち』は、御社様に仕えし雇われし者なれど、深志家に深く嘉みを通じ御社様を売った罪、到底許しがたし。よって斬首に処するもの成り」


茅野家の内情をつぶさに知ることが出来た三人の男たち。


先ず、戌亥様に関しては今更云うまでもなかろう。茅野家の枢機に参画出きる立場である。


次に、得能彦十朗は、此の国の河川流通を主に商い、海路に於いても茅野家の臣下と成ることで、隆盛を見るに至った。


無論、彼が扱うのは物品のみではなく、商売上知り得た各国各地、そして茅野家の内外情報も含まれていたのである。


最後に、高橋天膳は、各国や彼の地の有名人、招待した名家相手に遍歴する料理人の一家の当主である。


遍歴の職業人はその性質上、ただ其処に行き、その場に居るだけで様々な見識をつぶさに得られる情報屋でもある。


彼らはそれで以て、茅野家と深志家の間を情報の提供という形で渡り歩きし、自らの利益を優先させる為に、両者の複雑な関係を利用していたのである。



まあ此方もきっちりと彼らから、深志家との接触の状況や内外情報を聴取し、常に監視下に於いて、利用出来るだけ利用していたので、用が済んだからクビを切った(物理)訳だが。


と、しておこう。




「で、(それ)がどうしたのか?内膳正殿よ。お互い様であろうにの」


生首を見て泣く松九郎君をあやしつつ、左手を右から左に振って、直ちに首入り化粧箱の蓋を閉じるよう羅乃丞に命じた弾正は、閉じられたのを確認すると、御殿の周辺の警護を任せているのであろう、あの垂水を呼び耳打ちしたあと、胡座を組み直して表情を暗くさせ、憂鬱気な雰囲気を醸し出してから、こう問うてきた。


「まさかとは思うが内膳正殿よ。此の乱世での、たった其だけの不始末で、此の者たちの頸をはね、松九郎君の御身辺を騒がせ、折角の宴……。いや軍議を妨げたなどとは、よもや申されぬよな?」


此の二ノ郭御殿にやって来てからも一言も発せず、大広間に居を移してからも、両手で大扇を丸くくねらせて御顔を覆い東向に座したまま、微動だしない飯井槻さまを見据えて弾正は言った。


「なんの、それとこれとは別なのじゃ♪ あっちらは御社様を騙して仮祝言を行うとする偽りの宴を壊すための、些細な生首の余興としか思ってはおらん♪」


飯井槻さまに代わり、笑顔で弾正に応じたのは娘侍の『さね』

であった。


「ぬ、何者か?」

「あっちは(かや)()(さね)衛門(えもん)、もとは遠国に住まう御社様の縁者なのじゃ♪」


いつの間に現れたのか、さねは飯井槻さまの背後に片膝立ちに座り、せっせと懐から取り出した文を何通も手渡しながら、名と繋がりを弾正に告げた。


「なるほどの、縁故の者か。なれば我らが一族も同義の娘じゃな」

「だから仮でも祝言しないって言ってるのに、何いってんの?このおじさん」


「「「「「ぶっ‼」」」」」


茅野家一同、飯井槻さま以外、思わず吹き出してしまった。


何故なのだろう?さね坊、実衛門様が何かを為さると、可笑しみが自然に込み上げてくるのは、何故なのだろうか?


お陰で、我ら茅野家一同の緊張感が解かれてしまった。


「…………さての、仮にも何も、我らは婚姻により結び付き、以後は万事を一心同体になる定めではないのか? もしや、我らと袂を別ち、戦に及ぶとでも申すか?(それ)とも、其処な実衛門な如き、御城の大手に火を放っての遊びのおつもりかの、さて、(いづ)れであろうかの、うん?」


「じゃが、アレは助かったであろう?『彼の者』の何れかより聴いてはおろうがの♪」


屈託のない笑顔で、さねこと実衛門は弾正に云う。


「ふふ、お陰で易々と、慌てふためいた添谷を取り込めはしたがのう。されどの……」


弾正は引き付けを起こしたみたいに泣く松九郎を、ぎゅっと抱き寄せ。


「されど、総ては我らを謀った上での話であろう!」

「それこそお互い様なのじゃ♪」


この『さね』の言葉が切っ掛けに、深志一族に付き従う近習どもが二十数人がザッと立ち上がり、此れに釣られたのであろう土豪どもも同じ様に立ち上がりて、我らを包むように大広間にいっぱいに広がった。


ほら、めんどくさくなったじゃないか。


兵庫介はいつものように嘆息ひとつ、恨めしそうに背後で実衛門から手渡された幾通もの文を読みつつ、如何にも愉しげな様子の飯井槻さまに、速く何とかしやがれと悪態をつくが、当の飯井槻さまは相変わらず一言も発せず素知らぬ顔で、大扇で御顔を依然として隠されたまま……。


やおら一通の文を、実衛門の手に戻されたのだった。



そして包囲が(せば)まるなか、実衛門の口から発せられた言葉が……。



「深志郡垂水郷が乙名衆、慎んで茅野内膳正様に言上奉る。去る五月二十六日夜半、柳ヶ原城寝所に於いて……」



此の国の……。



『深志壱岐守 討ち取り申候』



歴史を変え、深志一族の時を止めた。

















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