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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
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84. 思い出にするために

青く晴れた空。開いた窓から大きく息を吸い込んで身体を伸ばす。今、この会場には白校の選手たちもいる。ということは、阜もいるんだろうか?

そんなことを考えているうちも、自然と怖くはならなかった。


『俺たちは俺たちのやり方で勝ってやろうぜ!』


高津が、ああ言ってくれたからだろうか。

私はあれから、少しでも強くなれたのかな。




* * *




「里宮、ちょっと来て」


そう声をかけたのは、やけに真剣な目をした黒沢だった。言われるがまま控え室の外に出ると、黒沢は唐突に言った。


「里宮、工藤と知り合いなのか?」


ドクン、と心臓が大きな音を立てる。

一瞬にして全身が強張った。なるべく考えないようにしていた存在を明言され、思わず一歩後ずさる。

余程酷い顔をしていたのだろう、流石に何かを察した様子の黒沢はゆっくりとした口調で話を続けた。


「俺、前まで白校の生徒だったんだ。工藤とは元クラスメイト。それで、“女嫌いの女”……里宮の、話も聞いたことがあって。……工藤が、お前に会いたがってた」


……会いたがってた?

上手く状況が飲み込めない。

だって、阜は。


『里宮さんの友達なんてやめた方がいいよ』


「白校の試合が終わったら、東階段で工藤が待ってる」


それだけ言うと、黒沢はどこかへ行ってしまった。

……意味がわからない。

まさか、本当に会いに行くの?

阜は何もかもバレてないと思ってるのに?

今更、何を……。


混乱した頭のまま、拒絶するようにその場から離れる。無意識に足は動いていた。

ジャージ姿の選手たちが行き来する階段を一階まで降りると、丁度第一試合開始のブザーが聞こえた。

白校のユニフォームを着た選手たちが大きな身体を揺さぶってオフェンスを惑わせている。


相手校のパスを妨げる大きな手が目に映り、ふと自分の両手に目を落とす。もう少し手が大きければ、パスを防ぐのだって、受け取るのだって、シュートだって……。

もどかしく両手を開いたり閉じたりしてみても、その大きさが変わることはなかった。

当たり前だ。


『蓮には蓮だけの特別な力があるよ!』


記憶の中から聞こえた声に、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。思わず顔をしかめて拳を握った。


『大丈夫だよ、蓮』


私の頭に手を置いた阜が、ふわりと笑う。

何が“大丈夫”だ。

ふざけるな。


歯を食いしばり、小さな拳を壁に打ちつける。

鈍い音と共に焼けるような痛みが広がった。

結局、全部嘘だったじゃないか。

私を救った優しさも、言葉も笑顔も体温も。

全て、私を騙すためのエサだった。

阜も、彩と同じだった。


だから私は、自分を隠すようになった。

この弱さに気づかれたら、攻撃される。騙される。

それを痛感させられたからだ。

どんな優しさにも怯まないように、信じすぎないように意識して生活するようになった。

そうして私は、本当の自分に黒を被せた。


壁越しに人と接するのは、正直言って楽だった。

黒じゃない私を誰も知らない。

本当の私を誰も知らない。

知らないから、嫌われることもない。

裏切られることも、騙されることもない。

けれど今、こんなにも自然体でいられるのは、私と同じように黒を被っていたみんなと出会えたおかげだろう。


みんなの弱さを知って、痛みを知って、より一層絆を深めることが出来た。

本当の自分を見せなければ、嫌われることはない。

けれど、好かれることもない。

信頼されることもない。

いつまで経っても、大きな溝が埋まることはない。


私は、本当の私で、みんなと仲間になりたかった。

だから私は、知ってもらう道を選んだんだ。


……私の信じた阜は、偽物だった。

じゃあ、本物の阜はどんな人なんだろう。

私はあれから、阜を避け続けるだけで、一度も向き合おうとしなかった。

今の阜が、あの頃の阜じゃなくても。


……知れば良いんだ。

本当の阜を。


必ずしも、美しい結末だけが残るとは限らない。

もしかしたら私は、またボロボロになって泣くかも知れない。

……それでも、傷を受け入れて立ち上がることができたら、“ありがとう”で終われる気がするから。


「白校ファイトー! オフェンス攻めてー!」


会場中に響く声。他のマネージャーがベンチで休む中、阜だけが立ち上がって声かけをしていた。

いつも私の背を押してくれた声だ。

誰よりも大きな声で、阜は私を応援してくれた。

そんな記憶さえ、全て真っ暗になっていた。

……だから今日、全部思い出にするんだ。


声を張り上げる阜の姿から目を離し、人の少ない廊下を進む。背中から会場の熱気が伝わった。

建物の端にある階段まで来ると、いよいよ人の姿はなくなった。しんと静まり返った空間を窓から差し込む光が照らしている。

階段の端に座り、小さく息を吐く。


私は、阜のことを嫌いになれなかった。

どんなに深く傷ついても、心のどこかで許してしまいそうになるくらい、私は阜のことが好きだった。


……好き、()()()よ。阜。

本当に、私は。


鼻先が熱くなり、視界が滲んでいく。

やっぱり私には、阜と向き合う勇気なんてなかった。


『東階段で工藤が待ってる』


脳内で響いた黒沢の声に、胸が苦しくなる。

大粒の涙が零れ落ちた。



私が座り込んでいたのは、“西”階段だった。

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