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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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76. 恋バナ?

人の波に流されながら、教室までの道を歩く。

いつもは耳につく大きな話し声も今は気にならなかった。


『流石にわかるだろ?』


そう言って笑った黒沢に、私は何も言えなかった。

何も言えないまま、逃げるように屋上を後にした。

上手く状況が飲み込めない。

黒沢が言った言葉の意味も、あの笑顔も。

私には理解出来そうになかった。


「里宮!」


教室のドアを開けるなり名前を呼ばれ、反射的に顔をあげる。そこには見るからに心配そうな顔をした高津が立っていた。


「えっと……大丈夫? だった?」


不安気に眉を寄せた顔を見て、思わず笑いそうになる。


「平気。……だけど」


『お前のことが好きだからだよ』


一瞬、歪んだように見えた黒沢の笑顔が脳裏をよぎる。さっきの出来事を、高津にどう説明すれば良いのか分からなかった。

あの言葉の意味がもしも恋愛関連だったとしたら、彼女持ちの五十嵐か川谷に相談した方が良いんだろうけど……。


五十嵐は死んでも話したがらないだろうし、川谷は照れて教えてくれなさそうだし。

長野は私以上に色々分かってなさそうだし……。


自然と小さなため息が漏れ、目の前の男に目を向ける。高津は相変わらず不安気な瞳で私を見ていた。

今まで考えたことなかったけど、そういえば高津からそういう話聞いたことないな……。


その時、頭の中で弾けるように黒沢との会話が浮かんだ。


『茜が好きな奴いるって言ってたから、お前ら両想いだと思ってたのに』


……そうだ。

高津、好きな人いるんじゃん。


「さっき黒沢に好きだって言われたんだけど」


“好き”って気持ちが分かるなら、何かアドバイスしてくれるかもしれないな。

そんなことを思いながら気軽に口にした言葉だったが、高津は目をまん丸くして硬直していた。

その口から「は……?」と呆けた声が漏れる。


まぁ確かに、当然っちゃ当然の反応だ。






とりあえず自席に戻り、昼休みがまだ終わらないことを確認してから、私は黒沢との出来事を全て高津に話した。始めはただ目を丸くするだけだった高津も、最後の方にはなんだか納得したような顔になっていた。

「なるほどな……」と腕を組んだ高津は、思い出したように呆れ笑いを浮かべた。


「つーか、そういうのは彼女持ちに聞けよ」


そう言って肩を上下させた高津に、私は思わず首を傾げる。


「だって、高津も好きな人いるんでしょ」


「は……え、なにが!?」


分かりやす……。

慌てて飛び上がる高津が面白くて思わず笑ってしまう。


「なんでそう思うんだよ!?」


「黒沢が言ってた」


「まじか……。そういえばそんなこと聞かれたな……」


「で?」


「……え?」


不思議そうに目をしばたたかせる高津に、小さく息を吐いて言う。


「誰?」


「……え!?」


再び大きな声をあげて飛び上がった高津に、思わず顔をしかめる。そんなに驚くことでもないだろ。という私の心情を察したのか、高津は申し訳なさそうに肩をすくめた。


「いや、興味あるんだな……」


「そりゃ気になるでしょ」


何あたりまえのこと言ってんだ。

五十嵐のことも川谷のことも私なりに応援してるつもりだし、高津のことも応援するに決まってる。

まぁ、具体的に何をするって訳でもないけど。


口元を隠して目を逸らしている高津の頬はいつもより赤くなっている気がした。

もしかして、これが“恋バナ”とかいうやつなんだろうか。

しばらく変な唸り声をあげながら宙を仰いでいた高津は、「そもそも」と私に向き直って苦笑いを浮かべた。


「里宮、女子の名前言っても分かんないだろ」


言われて、同じクラスの女たちを思い浮かべてみる。

なんとなくシルエットだけ浮かんでくる女たちの顔は全てのっぺらぼうだった。

教室を見渡しても、そこにいる女がクラスメイトなのかどうかすら分からない。


「……確かに」


顔と名前が一致しないというか、顔も名前も覚えていない。他クラスともなればシルエットすら浮かばなかった。


「……まぁ、応援はする。どこのどいつだか知らないけど」


諦めて言うと、高津はあからさまにほっとしたような顔をした。……なんか悔しい。


「お前も早く彼女持ちの仲間入りできるといいな〜」


いたずらに笑って言うと、高津は一瞬キョトンとした顔になって、呆れたように笑った。


「フクザツ……」


「なにが?」


「いや、なんでも」


何か誤魔化された気がしないでもないけど……。

ほぼ無意識にジトッとした視線を送っていると、高津は逃げるように話題を変えた。


「話戻すけど、結局鷹のことはどうするんだよ?」


「……分かんない。また嘘かも知れないし」


本心の見えない黒沢の態度は、あの時少し揺らいだように見えた。後悔に苛まれて、自分を責めて。

……でも、あの言葉まで本気なのかどうかは分からない。正直、黒沢に好かれるようなことをした覚えもなかった。


「……嘘なわけないだろ」


あたりまえのようにそう言った高津に、私は耳を疑った。今までどれだけあいつの“嘘”に振り回されたと思ってるんだ。

私が口を開くより先に、高津が言う。


「鷹は、そんな嘘吐かない。嘘だったとしてもメリットがないだろ」


それを聞いて、思わず大きなため息が漏れた。

警戒心がなさすぎる。今まさにバスケ部を潰されそうになってるっていうのに、今更何を根拠にあいつを信じるって……。


『それでも俺は、今でもあいつのことを、一番の親友だと思ってる』


……あたりまえか。


「分かった。……ちゃんと答える」



高津にとって黒沢は、かけがえのない“唯一”の存在なのだから。

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