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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第2章
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56. 幼馴染と転入生

ふわっと、体が浮くような感覚があった。

ふと目を開けると、閉じたカーテンから明るい光が漏れ出しているのが見えた。

手探りで枕元のスマホを手に取り、時間を確認する。


6時13分。あと2分でアラームが鳴ることに気づき、大きく息を吸い込んで体を起こす。

なんだか、ずっと長い夢を見ていた気がした。

そのせいか、いつもより頭が重い気がする。


その時、手元のスマホが賑やかな着信音を響かせた。

驚いてスマホを覗き込むと、そこには一文字『鷹』と表示されていた。

その名前を見て、思い出す。

長く、息苦しい夢の正体を。


小さく息を吐いてから通話ボタンを押し、スマホを耳元に近づける。


「もしもし」


「よぉ。久しぶりだな、茜」


数ヶ月前と変わらない鷹の声が聞こえて、俺は内心ホッと息を吐いた。

鷹は、あの時転校してから数ヶ月後何事もなかったかのようにこうして電話をかけてきた。


俺は、嬉しかった。鷹が元気そうで安心した。

ずっと胸に巣食っていたモヤが晴れたようで、泣きそうになったのを昨日のことのように覚えている。


それから鷹はたまに電話をかけてくるようになった。

何か相談があるわけでも、話したいことがあるわけでもなく、ふと思い出した時に気まぐれに電話をかけてくるのだ。

鷹のことだから、きっとただ暇なだけなんだろう。


中学生になっても、高校生になっても、それは変わらなかった。

ただ他愛のない会話をするだけ。

いじめに近い話題はあったけど、お互い核心に触れる話はしなかった。


そんな中でも鷹は、たぶん自分でも気づかないうちに、ぽろっと弱音を吐く時があった。

ある時鷹は、いじめに関して『そういう体質なのかもな』と笑いながら言っていた。

どうやら転校先の学校でも同じような目に遭っていたらしい。

そのたびに転校して、色々なところを転々としているという話を、少しだけ聞かせてくれた。


そんな鷹のことが、いつも心配だった。

もっと愚痴を言ったり、泣いたりしてもいいのに、と、思っていた。

でも、それを口に出すことはしなかった。

鷹が話さないなら、俺からは聞かない。

鷹と話す時は、いつも自然体でいようと決めていた。


「久しぶり。こんな早くにどうした?」


鷹が電話をかけてくるのは、大体部活が終わった夕方くらいの時間だった。

まぁたまたま思い立ったんだろうけど、なんとなく気になってそのまま聞くと、電話口の鷹は何も答えずに黙り込んだ。


「鷹?」


声をかけると、鷹は「ああ」と小さく呟いて、言った。


「俺のこと、思い出してもらおうと思って」


いたずらな口調。

電話越しでも鷹の表情が目に浮かぶようだった。

まさか本気で俺が鷹を忘れるとは思っていないだろうが、俺は思わず呆れ笑いを浮かべていた。


「覚えてるっつーの」


「そら良かった」


それから少し会話をして、いつもより短い時間で鷹との電話は終わった。

朝で時間がなかったこともあり、なんだか話し足りないような気がして、学校が終わったらもう一度電話をかけてみようと思った。

今度は、俺から。




* * *




「えー、今日はホームルームの前に転入生を紹介しまーすー」


眠そうにあくびをしながら喋るテキトー教師。

ぼーっとしながら窓の外を眺めていると、教室のドアが開く音がした。

そして、聞こえた。



「黒沢 鷹です。よろしくお願いします」



……はい?


聞き間違いかと思い顔を上げると、教卓の前に立っていた鷹と目があった。

最後に見た姿とは、当たり前だけど随分違っていた。

あの頃より背が伸びて、髪型も少し変わって……。

それでも鋭い目付きは変わっていなくて、今目があっているその人物は、確かに鷹なのだと、わかった。


目の前の光景が信じられず瞬きを繰り返している俺に、鷹はわざとらしくニッコリと微笑んだ。



『俺のこと、思い出してもらおうと思って』



あいつ……やってくれたな。






「茜!」


ホームルームが終わり、俺の席に駆け寄って来たのはもちろん鷹だった。

文句を言ってやろうと口を開きかけた時、隣の席の女子が「え、高津くんの友達?」と驚いたような声を上げた。


そりゃ驚くよな、と思い「そうだよ」と短く応えると、今度は鷹が目を丸くしていた。

なんだよ、と言うより先に鷹が俺の腕を掴む。

そのまま廊下まで連れて行こうとする鷹に、「なんなんだよ」と文句を言いながらも俺は素直に付いて行った。


廊下に出ると、鷹は突然勢いよく振り返った。

その迫力に軽く仰け反る。

そんな俺の様子には目もくれず、鷹は興奮気味に口を開いた。


「誰あれ! 茜、友達いたんだな!」


心の底から驚いた、というような口調で言われ、俺は少しムッとした。


「失礼だな! 普通にクラスメイトだよ!」


全く、鷹は一体俺のことをなんだと思っているんだ。

……まぁ、里宮に出会っていなかったら友達どころかクラスメイトすら全くの“他人”だったんだろうけど。


「お前の口からそんな言葉を聞くことになるなんて……」


そんなことを言ってわざとらしく涙を拭う真似をした鷹に、「あのなぁ」と顔をしかめる。

俺のことを心配してくれていたのだろうが、嫌味にしか聞こえない。


そのまましばらく廊下で立ち話をしていると、後ろから「おい」という聞き慣れた声が聞こえてきた。

振り返ると、教科書とノートを抱えた里宮がそこに立っていた。


「次移動だけど」


寝起きで機嫌が悪いのか、無愛想にそう言った里宮に「悪い」と軽く謝る。


「茜の友達?」


気づくと後ろから顔を覗かせていた鷹が言うと、里宮の視線が俺から鷹へと移ったのがわかった。


「誰」


ニコリともせず一言そう言った里宮に、鷹は驚きも怯みもせずに「えー、朝自己紹介したじゃないっすかー」とおどけて見せた。

それを聞いた里宮の表情が明らかに曇る。

ただでさえ不機嫌気味な里宮が本格的に怒り出さないかハラハラしていると、そんなことは全く気にしていない様子の鷹が再び口を開いた。


「俺の名前は黒沢 鷹です〜。昔ここ住んでて、また帰って来たって感じ。だから茜とは幼馴染なんで、よろしく〜」


そう言ってウィンクをした鷹に、随分と軽い挨拶だな、と小さく笑う。

それも、鷹なりの緊張隠しだったりするんだろうか。


「……幼馴染?」


その声を聞いて、目を見て、ハッとした。

里宮は、俺の“幼馴染”のことを知っている。

“幼馴染”がいじめに遭っていたこと。

“幼馴染”がいなくなってから俺もいじめられたこと。

“幼馴染”を、救えなかったこと。


里宮が再び口を開こうとした瞬間、俺は鷹にバレないよう素早く唇の前に人さし指をかざした。

目が合うと、里宮は開きかけていた小さな唇をキュッと結んだ。


「……里宮 睡蓮」


普段通りの声でそう口にした里宮に、俺は思わずホッと息を吐いていた。

呆れたように笑いながら軽く目配せをすると、里宮はほんの少し顎を引いて頷いた。


「へー、睡蓮ってなんか珍しい名前だな」


鷹が呑気にそんなことを言うと、里宮はあからさまに顔を顰めて「お前に言われたくない」と吐き捨てるように言った。

そんな里宮に苦笑しながらも、確かに“鷹”って珍しいよな、と思った。

昔から自然にそう呼んでたから、あまり気にならなかった。


そんなことを考えていると、毎日聞き飽きた授業開始のチャイムが廊下中に鳴り響いた。

思わず「えっ!?」と声を上げて腕時計に目を落とすと、時計の針は確かに授業開始時間を指していた。


慌てる俺の横で、里宮はだから言っただろ、とでも言うように大きなため息を吐いていた。


「ほら、行くぞ」


そう言って普通に歩き出した里宮に、「急がなくていいのかよ」と突っ込むと、里宮は振り返っていたずらな笑みを浮かべた。


「転入生が迷ってたんで連れ戻してました、とでも言っとけばいいだろ」


そう言った里宮に、俺は思わず笑った。

次に、隣を歩いていた鷹が飛び上がって「初対面なのに扱い荒くね!?」と喚くと、里宮は「知らない」と機嫌良さそうな顔を見せた。


「そういえばなんで黒沢手ぶらなの」


「まだ教科書とか届いてないんだよ」


そのまま自然と言葉を交わしている二人を見て、案外気が合うのかもな、と思った。

楽しそうに笑う鷹の横顔を見て、俺は気がつかないうちに微笑んでいた。


突然の再開だったが、これからの学校生活が更に賑やかになりそうだ。


「茜ー? 置いてくぞー」


少し先の廊下でこっちを振り返っている二人に「今行く!」と、一応授業中なのでなるべく小さな声で返事をしてから、俺はまた歩き出した。

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